開城日

第20話 男装の麗人

 薬を嗅がされ気を失った後、シエルはずっと夢を見ていた。

 シエルは劇の観客席にいるような感覚で、目の前に現れる昔の自分の経験を見ているのだ。幼い頃に魔力属性が判明した魔力測定の儀、水属性出ないとわかると、皆態度を一変させた。

 一度だけ、マオの母が侍女長をしていた頃に連れて行ってもらった隣国で出会った心優しいおにいちゃん。顔もほとんど覚えていないが、今思えばレーヴェに似ている。

 更に場面は移り変わり、家族から虐げられる日々が続く。それでも寂しさを感じずにいられたのはマオが傍にいてくれ、役人や侍女の一部が慕ってくれていたからだろう。

 そして夢の時は流れ、シエルは自分の意識が観客ではなく演者になっていることに気付く。目の前にはレーヴェらしき誰かが手を差し伸べている。その手を取ろうとした瞬間、シエルは背後から何者かに刺された。

 振り返って見えたのは、故郷にいるはずの姉や父の姿だった。

 目覚めた時、シエルは目元から何かが流れ落ちたと気付く。それが涙だったと理解するのに、数秒を要した。


「……夢」

「お目覚めになられましたか、シエル様」

「……マオ?」

「ええ、マオでございますよ。起きて下さってよかった。とんでもなく心配したのですよ」

「わたし、どうしたんだっけ?」


 マオに泣きつかれながら、シエルは徐々に眠る前のことを思い出していく。レーヴェと祭の視察に出かけ、途中で曲者に襲われたのだ。そこで薬を嗅がされ、気を失った。

 そこまで思い出し、シエルはハッと大切なことに気付く。


「マオ、今はいつ? わたしは何日も眠っていた?」

「いいえ。倒れられたのは昨日で、今は翌日の朝ですわ。ですがまだ……シエル様!?」


 ベッドから早々に起き出そうとしたシエルに、マオは悲鳴を上げる。


「すぐに動いてはなりません! お医者様も薬が完全に抜けきるまでは無理をするなとおっしゃっていました」

「でも、今日は開城日でしょう? わたしの、初めて殿下たちに与えて頂いた役目だもの。きちんと果たしたいの……」

「シエル様」

「もう体が痛いとかだるいとか、そういうことはないし。大丈夫よ、マオ」


 にこっと微笑んだシエルに、マオが向けるのは疑いの眼差しだ。それだけ彼女を心配させたのだと胸を痛め、シエルは役目までの時間を大人しく過ごすことにした。


 一方、レーヴェは早朝からジーノと共にいた。

 収穫祭は国内で最も有名な祭の一つで、各地から多くの観光客が押し寄せる。昨日から始まった祭だが、城に誰もが入ることが出来る今日は最も多くの人出が予想された。


「兄上、警備は昨日の倍用意している。他にすべきことはありますか?」

「ありがとう、レーヴェ。配置や巡回頻度、交代時刻は決めてあるから、これを周知すれば問題ないだろう。町の人々にも協力してもらえるのは、毎年有り難いことだね。……あと一つ、懸念事項があるとすれば」

「リシューノア王国の動向ですね」


 眉間にしわを寄せるレーヴェに、ジーノは頷く。

 昨日シエルを襲った者たちは、リシューノア王国の誰かの指示で動いていると言っていた。それが明確に誰かということはわからなかったが、警戒を怠らないに越したことはない。


「レーヴェ。僕は公務があるから見ていてあげることは出来ない。彼女のこと、頼んだよ?」

「だが、俺も警備や他の……」

「そちらは、レリアに任せることにしたから」

「そういうことですから、殿下は可愛いお嫁様を守って差し上げて下さいな」

「……レリア様」


 突然ジーノの部屋の奥から現れたのは、ジーノの正妃であるレリアだ。軍服の似合う麗人である彼女は、夫に代わって遠くの領地をよく視察しに行っている。今回は祭に合わせ、久し振りに帰城していた。

 黒光りする長い髪をお団子にまとめており、金色の瞳がやわらかく細められる。彼女はまだシエルと面識はないが、祭の後に挨拶をすると聞いていた。


「警備の件、わたくしが請け負います。ですから、殿下は隣国のおいたに目を光らせておいて下さいませ」

「少々の問題ならば、僕が必ず何とかする。……義妹を悲しませる相手は、例え舅たちであろうと容赦はしないよ」


 にこりと微笑んだジーノには、何やら黒いものが見える。レーヴェは気のせいだと思い込むことにして、ジーノとレリアの厚意に甘えることにした。


「昨日貴方たちを襲った身の程知らずについて、こちらでも調査を続けるわ。何かわかったら、すぐに知らせる」

「ありがとうございます。……では、俺は外しますね」

「ああ」


 パタンと戸が閉まる。その後、少し急いだ様子の足音が遠ざかる。

 音が聞こえなくなってから、ジーノは表情を変えて立っているレリアを見上げた。


「レリア、それで調べは?」

「幾つもの目撃証言から、潜伏先を幾つか絞り込みました。今朝がた、向かわせています」

「よし。決して殺さず、自殺もさせるなよ」

「勿論です」


 レリアも去り、タイミングを見計らっていた大臣の一人がジーノを呼びに来た。


「陛下、そろそろ」

「わかった。行こうか」


 国王らしく、ジーノはマントを翻した。

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