第4話 侍女の師弟
「
そう口にしたのは、シエルとマオを部屋に案内してくれた女性だ。落ち着いた雰囲気を持つ彼女は、この城で侍女長を務めていると言う。
シエルはこれから世話になる彼女に対し、礼を尽くさなければと頭を下げる。
「シエルと申します。こちらはマオ。二人共この国では不慣れなことばかりですから、教えて頂きたく存じます。どうぞ、宜しくお願い致します」
「マオでございます。主共々、ご指導頂ければ幸いでございます」
「……どんな性悪姫が来るかと思っていましたが、杞憂だったようですね」
「え?」
ミシェーレの呟きを聞き、シエルは思わず顔を上げて聞き返す。それに対し、ミシェーレは軽く息をついて話してくれた。
「隣国から……しかもかつての敵国から娶るということで、国内では様々な憶測が飛び交ったのです。しかも身代わりを立てたという話も流れ、私たちは『国王が可愛い娘を嫁入りさせたくなくて、代わりの者を寄越すのだろう。一体どんな身代わりだろう』と話していたのですよ」
「……」
「ですが貴女方の様子を見れば、それが勘繰りであったことがわかります。……お耳に入れるべきではなかったのでしょう。お許し下さいませ」
絶句していたシエルを見て、ミシェーレは深々と頭を下げる。
しかしシエルは「とんでもない」と慌てた。
「そんな話が流れているであろうことは、わかっていました。頭を上げて下さい! ……それに、身代わりというのは間違いではありませんし」
「シエル様……」
「どういうことか、私が知っても良い範囲でお教え願えますか?」
悲しげに伏せられたシエルの瞼に、主を気遣うマオの姿。ミシェーレは不審を抱いて尋ねる。
するとマオが、かいつまんで今回の
実姉に嫌われ、その姉を可愛がる父に遠ざけられ、他国へと嫁ぐことになった。しかもその事実を知ったのは、昨日のこと。マオの短い話に、ミシェーレは驚きを隠せなかった。
「何という……」
「まあ、いつかはあるかもしれない位の覚悟はありましたから。それが突然だっただけです」
「だとしても……。私は決めました、シエル殿下」
「はい……?」
決然とした声色のミシェーレに、シエルとマオは首を傾げる。するとミシェーレは、強い意思を込めた瞳で微笑んだ。
「殿下とマオ殿が一日でも早くここでの暮らしに慣れて楽しめるよう、私も精一杯お世話致します」
「私も、ミシェーレ様に師事して早く仕事を覚えますわ。是非、宜しくお願い致します」
「勿論ですよ、マオ殿」
「私のことはマオとお呼び下さい」
「わかりました、マオ」
あれよあれよと言う間に、ミシェーレとマオは意気投合してしまった。その速さに目を見張るシエルだが、別々の国で生まれ育った二人が仲良くなれたのならば、それが一番だと思い直す。
二人が話す様子を見ていたシエルは、ふと気になったことを聞いてみることにした。
「あの、ミシェーレさん?」
「ミシェーレ、とお呼び下さって構いませんよ。殿下」
「では、ミシェーレ。この国は獣人の国だと聞いていたのだけれど、この城に入ってから獣らしさを一切感じないの。これは一体?」
「お気付きでしたか。皆、殿下が驚かないようにと気を遣ったのですよ」
ミシェーレによれば、獣人のいない国から嫁いで来るということで、皆最初は獣の耳やしっぽを隠そうということで一致したという。獣人とただ人は見た目から違うため、それだけで判断されたくないという彼らの策でもあった。
「かつて、獣人であるというだけで友人のただ人と会えなくなったという経験を持つ者もいますから」
「そうだったのね……。確かに、初めて獣人をそれらしい姿で見たら少なからず驚くでしょう。けれど、わたしを受け入れてくれた人たちを拒むことなどないわ。知らないことばかりだから、もっとよく知りたいって思うもの」
だから、ミシェーレの本当の姿も見せて欲しい。シエルが遠慮がちに頼むと、ミシェーレは「良いですよ」と即答した。
「私は、猫の獣人なのです。ですから……このように、耳としっぽがあるのが常ですわ」
そう言うミシェーレの頭に一対の黒猫の耳が、そして黒いしっぽが生えた。獣人は己の意思でただ人に化けられるのだという。
耳をピコピコと動かし、ミシェーレは「どうでしょう?」と微笑んだ。その瞳もまた、猫のように瞳孔が細長く変わっている。
「私のような半分ずつの獣人が、この国では大半を占めます。けれど時に、自在に獣そのものへと変化出来る者もおります」
「獣そのものへ……。不思議ね、初めて見たのに全く怖いなどとは思わないわ。むしろ、貴女と近付けたようで嬉しい」
「私もです。それとも、私たちが珍しいのでしょうか……?」
「そうかもしれませんね。……さあ、お疲れでしょう。あと数時間したら、夕食にお呼びします。それまで、ゆっくりくつろいで下さいませ」
「ありがとう、ミシェーレ」
手を振るシエルと頭を下げるマヤに見送られ、ミシェーレは彼女たちの部屋を辞した。
「さあ、わたしたちも荷解きをしてしまいましょうか」
「ええ、姫様」
荷物と言うが、それは手持ちの鞄一つずつのみ。厳選したお気に入りだけを持って来た。嫁入りにと何か持たせられたわけでもなく、ただ身一つ。本来ならば、国と国との繋がりを強めるために他国へ嫁ぐのだろうが、今回ばかりは目的が全く違うのだろう。
(獣人の国だから、関係を悪くしても構わないということなのでしょうね。……だったらわたしは、この国で自分の幸せを探して見付けてみせる)
まずは、この城の人々のことを一つでも知らなければ。シエルは気合を入れ、今後の暮らしに想いを馳せた。
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