小さな変化

第9話 見方が変われば

 固まるシエルをソファに座らせ、ジーノはその向かい側に腰を下ろす。そして、改めて話し始めた。


「シエル姫の故郷、リシューノア王国の王族は、皆水属性の魔力を持っている。それは世界共通認識で、最も強い魔力を持つ者が時期国王として君臨する……ということで合っているかな?」

「その通りです」

「ありがとう。……しかし極稀に、別の属性を持つ子が生まれることがある。その時、その子の存在は伏せられ、歴史書にも記載されない。これは、リシューノア王国が表立っては認めないことだけれど、周辺国の王族は皆知っているんだ。そして、貴女がその稀な子だということもね」

「ご存知、だったのですか?」


 真っ直ぐに頷くジーノ。彼の瞳は、目を見開くシエルを映す。

 祖国の暗部を暴露され、シエルは少なからず動揺した。動揺しつつも、ジーノが今なぜそれを明かしたのかがわからない。


「……ですが、何故今?」

「このお菓子、カップケーキを食べさせてもらって、推測が確信に変わったからさ」

「カップケーキ?」


 一体何を言っているのか。未だ話の結末を見いだせずにいるシエルに、ジーノは説明してくれた。


「焼き菓子は、文字通り火を使うよね。オーブンを使うけれど、それを動かすには、オーブンに備えられた炎の魔力の出力を調整する必要がある」

「その通りです」


 シエルたちの生きる世界には、魔力が当然のように存在する。魔力を扱えるのは基本的にただ人のみで、獣人には魔力持ちはおらず各獣の能力が色濃く反映されるのだ。力では一切獣人に敵わないただ人が過去に獣人と戦をすることが出来たのは、魔力の存在が大きい。

 オーブンやテレビという家電は、それぞれに必要な魔力の属性が決まっている。家電を購入する際、必要分の魔力は既に家電に封じられているのだが、それをうまく調節するには使い手の力量が必要だ。


「シエル姫の作るお菓子は、本当においしい。昨日レーヴェも驚くほどうまかったと言っていたから、もしかしたらと思ったんだ」

「……!」


 思わぬところでレーヴェの感想を聞け、シエルは内心喜ぶ。そして、いよいよ話の核心に入ったと固唾を呑んだ。


「シエル姫は、炎属性の魔力を持つ人がなりやすい職業を知ってるかな?」

「……料理人や鍛冶職人、そう言った火を扱う職業でしょうか」

「その通り。だから、もう私の推測内容はわかったと思うけれど」


 一呼吸置き、ジーノはシエルを見て微笑む。


「貴女の炎属性の魔力は、貴女の好きなことに繋がっている。お菓子作りが得意なのは、魔力を扱う力に長けているからだ。それは故郷では喜ばれない特技だったかもしれないけれど、この国では確かに武器になる」

「武器、に……?」

「そう。獣は火が苦手だから、もしも危険を感じたら使うと良い。必ず、貴女を守る武器になる。それに、こんなに幸せな時間を創り出せるのも魅力的だよね」

「魅力……」


 青天の霹靂は、あの突然の嫁入り宣告だと思っていた。しかしシエルにとって、今この時も充分驚きに満ちている。マオ以外の誰もが嫌った己の力が、武器にもなれば魅力にもなると言われたことなどない。

 驚き言葉を失うシエルを見て、ジーノはクスッと苦笑した。


「本来なら、これはレーヴェが言うべきなんだろうけれど。……ほら、シエル姫。弟が貴女が来るのを待ちかねているはずだ」

「――は、はい」


 シエルは気を取り直し、パタパタと急いでレーヴェの部屋へと向かう。

 彼女が閉じた戸を眺め、ジーノは肩を竦めていた。


「これは……後々怒られそうだな」


 素直ではない弟の顔を想像し、ジーノはクックと小さく笑う。しかし、すぐに仕事モードに気持ちを切り替え、さくさくと進めて行くのだった。


 それから少しして、シエルはレーヴェの部屋の前に立っていた。昨日、さっさと入れと言われたばかりだ。緊張するが、勇気を出してノックする。


「レーヴェ殿下、シエルです」

「ああ、入ってくれ」

「お、お邪魔致します」


 そっと中に入ると、レーヴェもまた兄と同じように書類仕事をしていた。その手を止め、近付いて来たシエルの手元を見て目を大きく開く。


「……今日も、作ってくれたのか?」

「今日から行ける時は、サナエラさんにお菓子作りを教えて頂くことになったんです。わたしも故郷のお菓子を教えるという条件で。その第一回ということで、サナエラさん直伝のカップケーキです」


 レーヴェの前に置いたのは、ストベリーという酸味よりも甘さが際立つ赤い果物を使ったカップケーキだ。見た目はプレーンだが、ケーキの中にジャムを入れている。上に乗ったクリームにもストベリーを潰したものが入っていた。

 表立っては甘いもの好き、かわいいもの好きを言いたくないというレーヴェの気持ちを汲み、シエルはその事実を誰にも言っていない。マオにさえも。

 シエルにとって、お菓子を作るということは趣味以上の意味を持ち始めている。意味の一つに、レーヴェと話す機会が増えるという大切な意味があった。


「どうですか、レーヴェ殿下?」


 仕事中よりも顔を緩ませたレーヴェが上品にフォークでカップケーキを頬張るのを見ながら、シエルは問う。ジーノにはおいしいと言ってもらえたが、レーヴェのものとはまた味が違う。だからこそ、感想は違うはずだ。

 固唾を呑んで待機するシエルに、レーヴェはわずかに微笑んで見せた。


「そんなに注目されると食いにくい」

「あ、ご、ごめんなさい」

「言う程気にしていないから大丈夫だ。それに……うまいし」

「本当ですか?」

「お前に嘘をついて何になる」

「――だったら、よかったです」


 そう口にして微笑むシエルを見ていたレーヴェは、違和感を感じて椅子から立ち上がった。

 身長百八十を超える青年に見下ろされ、百六十センチもないシエルは一歩たじろぐ。しかしレーヴェは気にすることなく身を屈め、シエルの左目の下に親指を添わせた。その触れ方は優しく、シエルは自分のものではない体温をわずかに感じてビクッと反応する。


「あの、何を……」

「誰かに泣かされでもしたのか? 目が赤い」

「え……。な、泣かされたりしていませんよ。ただ」

「ただ?」

「……ジーノ陛下に、故郷で貰ったことのない言葉を頂いて、驚いているだけです」

「……」


 何も言わないレーヴェに見詰められ、シエルの胸の奥が大きく音をたてる。彼の真剣な瞳を直視し続けられず、わずかに視線を外した。

 レーヴェは眉間に浅くしわを寄せ、シエルに「兄上は何を言ったんだ」と尋ねる。するとシエルは嬉しそうにはにかみ、ジーノの発言を口にした後にこう言った。


「――『武器になり、魅力になる』と」

「武器になり、魅力にも、か。……あの人は何を考えているんだ」

「殿下?」

「何でもない。続けて」


 レーヴェはシエルを座らせ、水差しから冷水を注いだコップを手渡す。それを一口飲み、シエルは頷いて続けた。


「はい。……そんな風にわたしの力についていう人なんて、今までいませんでした。マオは褒めてくれましたけれど。こんな風に言われたことはなく、驚いて……嬉しくて、泣きそうな気持ちになったんだと思います」

「そう、か」

「レーヴェ殿下? どうかなさいましたか?」

「いや……」


 心配したシエルに顔を見詰められ、レーヴェは軽く首を横に振った。何となくもやのかかったようなつかみどころのない気持ちがあるが、それの正体はまだ知りたくないように思う。だからそこから気を逸らし、レーヴェは水を一口飲んだ。


「兄上の言う通り、お前の炎属性の魔力は獣人の国では大きな武器だ。更に調理家電を扱うことにも長けているとなれば……この城だけでというのは惜しい能力かもしれないな」

「そこまで評価して頂いて、嬉しいです。わたしはまだ、この城の方々全員と顔を合わせたわけではありませんから……そこから始めたく存じます」

「ああ。……五日後にはこの国について学んでもらうための講座を受けてもらうようになる。それまでに、挨拶回りなどは済ませておくと良い。サナエラさんやミシューレさんに聞くと良いだろう」

「わかりました、殿下。ありがとうございます」

「……いや」


 おやつにどうぞ。そう言って、シエルは一つ装飾の少ないカップケーキを袋入りで置いて行った。それを手に持って眺めながら、レーヴェは何とも言えない複雑な心境に陥る。


「……武器になり、魅力になる、か。その言葉」


 その言葉を最初に伝えるのは、自分が良かった。そんなことを口走りそうになり、レーヴェは一人唇を固く結んだ。

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