第10話 城案内

 ジーノとレーヴェのもとを辞した後、シエルはマオと共にミシェーレに城内を案内してもらうことになった。

 リシューノアの高さとは違い、こちらは建物の高さはないが広い。幾つもの棟に分かれ、その間には橋が架けられている。更に緑豊かな庭も点在し、鳥の声が聞こえた。

 小さな歓声を上げながら歩く二人を微笑ましく思いながら、ミシェーレは一つずつ丁寧に説明する。


「こちらの部屋は、資料室。過去五百年程の記録が保管されています。……あちらは近年百年程のものですね。それ以降は選別をして、一部を向こうの部屋に保管しています」

「なるほど。……あちらは兵舎?」

「ええ、その通りです。訓練場がありまして、毎日皆懸命に鍛錬しておりますよ」

「そうなのですね……」


 確か、レーヴェもよく鍛錬に行くとジーノから聞いた。なんとなくそちらが気になっていると、察したらしい。にこやかに微笑みながら、ミシェーレは自然に体を訓練場へと向けた。


「やぁっ」

「おおぉぉっ」

「次、走れ!」

「はい!」


 男たちの叫び声が聞こえるようになり、熱気が伝わってくるようだ。教官らしき男性の野太い声も響き、その声が空気を凍らせる。

 ミシェーレに連れられたシエルとマオは、その大きさと迫力に度肝を抜かれた。緊張感で張り詰める空気を感じ、シエルはぶるりと武者震いする。しかし彼女は真っ直ぐに兵士たちの姿を見て、その場を動かない。


「これが……国を守る人たちの鍛錬」

「兵力など使わなくて済む世界ではないのが残念ですが、彼らは皆真剣に鍛錬をしています」

「……はい」


 戦争など、無くなれば良いのに。ミシェーレの言葉の端々に感じる感情にハッとさせられながら、シエルは熱心な兵士たちを見ていた。

 やがて模擬戦が始まり、左右から一人ずつ出て来て一礼から剣が交わる。キンッキンッという金属音の撃ち合いを見学することになったシエルは、少し離れたところにいるこちらに気付いた教官に頭を下げた。

 教官は険しい顔からわずかに表情を緩めて会釈すると、すぐに表情を戻して兵士たちに向き直る。それはわずか五秒未満のことで、兵士は誰一人として気付かない。


「次!」


 鋭い声に、兵士たちは入れ替わる。

 負けた兵士が下がり、別の兵士に交代する。勝った方はそのまま、次の挑戦者と手合わせをした。


「次々と……。勝ち抜き戦?」

「はい、その通りです。ああ、あそこに」

「え?」


 ミシェーレの視線の先を辿ったシエルは、大きく目を見張った。彼女らがいるのは訓練場全体が見渡せる観客席のような場所だが、そこからも金髪の青年の後ろ姿はよく見える。


(レーヴェ殿下……!)


 シエルの視線はレーヴェに釘付けとなり、それに気付いたミシェーレとマオは顔を見合わせ「あらあら」と微笑む。


「シエル妃殿下、もっと近くでご覧になりますか?」


 手すりから身を乗り出すようにして訓練場を見詰めるシエルに、ミシェーレが声をかける。それを聞いて、シエルは「え……? あ……」と初めて自分のしていることに気付いて顔を赤らめた。


「大丈夫、です。ここから、見守りたいです」

「わかりました」

「あらあら、シエル様」

「ま、マオっ。その顔は何……」

「何でもありませんよ」


 にこにことしながら首を横に振るマオに言いたいことがあったものの、シエルの視線は一際鋭いキンッという金属音の主に奪われた。レーヴェは対戦相手の剣を弾き飛ばし、地面に突き刺す。

 鮮やかな一撃を受け、相手は呆然と自分の手と突き刺さった剣を見比べる。


「あ……ありがとうございました!」

「ありがとうございました」


 勢い良く頭を下げる兵士とは反対に、レーヴェは兵士に対し落ち着いた所作で頭を下げる。そしてすぐ、別の兵士が呼ばれた。

 続けて三戦を見たシエルは、ほぅっと息を吐く。


「殿下も、ああやって参加されるのね」

「はい。度々、ああやってやって来ては兵士たちと共に汗を流しておられますよ」

「……そう」


 勝ち抜き戦が全て終わる前に、シエルたちはその場を去った。城の案内を続ける必要があったためである。

 次にミシェーレが二人を連れてきたのは、住み込みの侍女たちが住まう宿舎だ。男女が棟で分けられ、シエルたちが行ったのは女子棟である。


「あれ、シエル妃殿下?」

「あなたは……リリス」


 女子寮の廊下を歩いている時、前からやって来た兎耳の女性が声を上げた。それに気付いたシエルも笑顔で応じる。

 リリスはぴょこぴょこと耳を揺らし、ミシェーレとマオにも頭を下げた。


「お疲れ様です。ミシェーレさん、マオさん」

「お疲れ様」

「お疲れ様です、リリスさん」

「城内を案内されているんですか、ミシェーレさん?」

「ええ、そうよ。リリスは?」

「忘れ物をして、戻っていました。これからまた、キッチンに戻ります」


 そう言ってペコッと再度頭を下げ、リリスは去って行った。

 リリスとの出会いを経て、シエルたちは王城内にある庭の一つに辿り着く。大木が風に揺られるそこは、手入れされた木や花が溢れる鮮やかな場所だ。


「綺麗……!」

「シエル様、花がお好きですからね」

「うん!」

「でしたら、きっと気に入って下さるでしょう。ジーノ陛下も植物がお好きで、庭の手入れにはかなり力を入れておられますから」


 季節の花を見付け、シエルはしゃがんでにこにこと微笑む。近くには天蓋付きのベンチがあり、そこで休憩する者も多いという。


「一応、これで私の出来る城の案内は終わりました。また不明点があれば、いつでも仰って下さいませ」

「わかったわ。ありがとう、ミシェーレ」

「ありがとうございます、ミシェーレ様」

「これから、シエル様は忙しくなりますから。気を抜きたい時など、ここを利用して下さい」


 ミシェーレに言われ、シエルは「そうするわ」と頷いた。

 後で聞いたところによると、訓練場にシエルがやって来たことを教官に言われて後で知った兵士たちから様々な悲鳴が上がったという。そしてレーヴェもまた、軽く眉間にしわを寄せたとか。しかしそれらは、シエルの耳に直接届くことはなかった。

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