第23話 誓いの儀

 レーヴェとレリアたちにより、シエルは無事に城へと戻る。幸いにも開城時間終了間際には間に合い、最後の来城者に手ずからお菓子を渡すことが出来るという良い結果に終わった。

 シエル誘拐犯たちは祭の後、取り調べられ送還される予定だ。

 しかし、シエルがほっとするのにはまだ早かったらしい。城から賑やかな声が消えた後一度自室に戻ったシエルだったが、マオが再会した時と同様のハイテンションで部屋に入って来た。


「シエル様!」

「どうかしたの、マオ? いやにテンションが高……」

「これから、収穫祭における最後の儀式があるそうです。それに是非、シエル様にもご参加願いたいと」

「儀式?」


 確か、収穫祭の主役は王族ではなく国民の方だったはず。王都の聖地にて神への感謝を述べ、終了ではなかっただろうか。シエルがそれを口にすると、マオは「そうなのですが」と続けた。


「その神への感謝の儀は、ジーノ陛下がなさいます。その次に、国民の皆様にシエル様をご紹介下さるのだとか」

「そう、なのね。そういえば、忙しくて正式な挨拶を忘れていたわ……」


 しかも、レーヴェと自分は正式に結婚の儀を終えたわけでもない。若干の混乱を含んでシエルが頷くと、マオは不意に真剣な表情で主を見詰めた。


「マオ?」

「シエル様、一つお聞きしても宜しいですか?」

「何を、かしら」

「……シエル様は、レーヴェ殿下が好きですよね?」

「――っ」


 単刀直入にもほどがある。シエルはマオの問いに顔を真っ赤に染めながらも、小さな声で「好きよ」と応じた。顔から火が出そうな程、最近自覚した恋心を口にするのは恥ずかしい。

 するとマオは、「ならば、何も問題はありません」とよくわからないことを言って微笑んだ。更に、部屋のクローゼットを開けて一着の衣装を取り出した。


「では、シエル様はこれに着替えて下さい」

「これは……。綺麗な衣装ね。真っ白で」


 渡された衣装を見て、シエルは感嘆の声を上げる。それは真っ白なワンピースを基礎とした、レースをふんだんに使ったドレスだ。

 マオに手伝ってもらいながら、シエルはそのドレスに袖を通す。背中で大きなリボンを結び、足首丈のドレスを身に着ける。更に頭からレースをかぶせられ、シエルは目を瞬かせた。


「あの、マオ? これは一体……」

「詳しくはご説明出来ないんです。ですが、必ず良いことが起こりますから。目を閉じて、良いと言うまで開けないで下さいませ?」

「わ、わかったわ」


 素直に瞼を閉じたシエルの手を引き、マオは部屋を出た。ゆっくりゆっくり、目的地へと歩いて行く。廊下を歩き、階段を上がり、何処かへ。

 そろそろ不安になって来た頃、マオが「私はここまでです」と告げて手を離した。その代わり、誰かがシエルの手を誘導してくれる。


(い、一体この手は誰? 気になるけれど、目を開けてはいけないし)


 不思議と、不安はない。シエルは不思議な心地のまま、何処かへと連れ出された。頬を風が撫で、何処からか大歓声が聞こえる。その時になって、シエルの耳元で「目を開けてくれ」と慣れ親しんだ声が聞こえた。


「……でん、か? ——っ、これは!?」


 シエルは目を見張った。いつの間にか広いバルコニーに立っていたシエルは、数えきれない人々に見上げられていた。そして彼女の隣にはレーヴェが立ち、優しく手を握ってくれている。レーヴェの服装は王子のそれで、紺を基調に金の装飾が美しい。


「あの、殿下。これは……」

「俺も、さっき知ったんだ。これは兄上の悪戯だと」

「悪戯だなんて酷いな? 丁度良い機会だから、儀式の前のみんなへの挨拶の時にお披露目しようと思っただけだよ」


 悪びれず言い訳するのは、人々へ丁寧に手を振るジーノだ。彼の隣には、美しい軍服姿の女性がいる。ジーノの正妃というレリアだろうか。

 シエルは戸惑いながらも、柔らかい笑みで人々に応える。

 しばし後、ジーノが人々への挨拶を開始した。その挨拶の最後で、彼は弟とシエルを前に押し出す。


「今日は、お知らせがある。この度、弟レーヴェが、シエル姫と結婚することになった! どうか、祝福してやって欲しい」

「兄上!」

「へ、陛下っ」


 二人の戸惑いを無視し、人々の興奮は最高潮へと達する。更に煽るように、ジーノはとんでもない要求を口にした。


「さあ二人共、ここで誓いの儀もしてしまおうか」

「「え!?」」

「ふふ」


 逃げ場はない。おろおろするシエルに対し、レーヴェは覚悟を決めて彼女に向き合った。そっと彼女の顔を隠すベールに手をかけ、苦笑する。


「俺は、。……俺と、共にこれからの人生を歩んでくれませんか?」

「――っ、はい。わたしも、貴方をお慕いしています。大好き、です」


 気持ちが通じ合ったことに涙するシエルのベールが上げられ、レーヴェの顔が近付く。目を閉じると、優しい唇がシエルのそれに触れた。

 途端、歓声が沸き上がる。おめでとうの言葉が飛び交い、シエルとレーヴェは顔を見合わせ微笑み合った。


「シエル、宜しくな」

「こちらこそ、レーヴェ殿下」


 どんなことがあろうと、二人で乗り越えて行ける。シエルはレーヴェの強く温かい手に触れ、心からの安堵と幸せを感じてレーヴェの手を握り返した。

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落ちこぼれとして身代わりに嫁がされましたが、美味しいお菓子と素敵な旦那様がいればわたしは無敵です! 長月そら葉 @so25r-a

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