第22話 炎の魔法
城の見学を終えた人々には、お菓子が配られる。それは普段シャイドゥ国ではお目にかからないケーキとクッキーで、特に若い女性や子どもたちが喜んだ。
「ねえ、ママ。とってもかわいい」
「おいしそうだけど可愛すぎる! 食べるのがもったいないです」
「そんなこと言わず、美味しく食べて下さいな。その方が、作った者も喜びますので」
そんな会話が繰り広げられるのは、シャイドゥ国の王城にある門の一つ。五人の侍女をまとめるリーダー役をしているのは、シエルの専属侍女であるマオだ。
(本来、ここにいるべきなのはシエル様。だけど今は……私が務め上げてみせる!)
笑顔全開で応対しながら、マオはシエルの無事を祈っていた。
同じ頃、レーヴェはレリアと合流していた。場所は、レリアが隠密活動の時に使うというバーの地下である。薄暗い中、二人はカウンターで隣り合っていた。
「レリア様、曲者は如何でしたか?」
「五つ全て同時に当たったけれど、駄目ね。使った形跡はあれど、リシューノア王国との繋がりを示すものは見付からなかった。けれど、こちらがまごついている間にシエルさんが……」
「……。悔やんでいても仕方ありません。相手の狙いはシエルであることは間違いありませんから、最悪の結果だけは何としても阻止したい」
シャイドゥ国の地図を広げ、二人はまず曲者たちに拠点とされた五か所にペンでバツを書く。それから、目撃証言をもとに隠れているであろう場所を数か所に絞る。
最も考えられるのは、リシューノア王国と連絡を取るために彼の国との国境地帯に潜伏すること。更に最近怪しい人物を見たという証言を拾い上げ、より明確な場所を探していく。
真剣な顔で地図を見詰めるレーヴェを見て、レリアはふっと微笑んだ。
「変わったわね、貴方」
「何の話です?」
つっけんどんに言い返すレーヴェには慣れているレリアは、そのまま言葉を続けた。
「昔は、誰かのために懸命になるなんて姿、見たことなかったもの。……ねえ、シエルさんってどんな人? 私は儀式が終わるまで会う予定がないから、とても気になるのですよ?」
「……」
シエルはどんな人か。問われ、レーヴェはふと動きを止めた。レリアが観察していると、徐々に顔を赤くしていく。
このまま問い詰めるのもかわいそうか、とレリアが話を変えようとした時。レーヴェは重い口を開いた。
「……彼女は、ただ人への不信感しか持っていなかった俺の闇に光をくれた人です。温かくて、一生懸命で、丁寧に扱わないと壊れそうで……とてもかわいい。だから、俺は彼女を大切にしたい。必ず助けたい、んです」
「――そう」
懸命な吐露に対し一言で済ませられ、レーヴェは安堵と共に複雑な気分に陥った。口をへの字に曲げてレリアを見れば、彼女は楽しそうに目を細めている。
「……レリア様?」
「ふふっ。陛下も驚いておいでよ。だから、そんな風に貴方を変えた子を必ず救い出しましょう」
「――はい」
照れを押し殺し、レーヴェは深く頷いた。今は、こんなことで時間を食っている暇はない。
二人はレリアの部下の力も借り、あたりをつけた三か所へ突撃することとなった。
同じ頃、シエルは見知らぬ場所で目を覚ました。目を覚ましたとはいえ、何も見えない。どうやら布で目隠しをされ、更には腕と足も拘束されているらしい。
シエルは感覚を頼りに上半身を起こし、埃を吸い込んで咳き込んだ。その音に気付いたのか、何者かが部屋に入って来た。
「目覚めたか、落ちこぼれ姫」
「……っ。あなたは、誰ですか?」
「リシューノアの高貴な方より、お前を殺せと命ぜられた者」
「……姉上、ですか」
「それはご想像にお任せしましょう」
相手の言い方に余裕があるのは、シエルが何も出来ないから。そして、誰も助けに来るはずがないと思っているからだ。
シエルは別れる直前のマオの顔を思い出し、奥歯を噛んだ。
(気を付けていたのに。わたしはまた、同じ過ちを)
後悔しても、時間は元には戻らない。シエルは出来る限り正体不明の相手から情報を引き出すため、会話を続けようと試みた。
しかし相手もこれ以上話すつもりはないのか、早々に引き下がってしまう。最後に「精々リシューノアの落ちこぼれとして生を受けたことを悔め」と言い置いて。
「何とかして、ここから出ないと」
そろそろ、来城者へお土産を配り始める時間帯だ。シエルがいなくてもマオやミシェーレが対応してくれるだろうが、それは戻らない理由にはならない。
大切に思う人たちが出来た。その人たちのもとへ無事に戻りたい。だからシエルは、普段ならば絶対にしない行動に出た。
「――炎の精霊、少しだけ力を貸して」
その声は、ドアの向こう側の見張りには聞こえない程小さな声。しかし魔力を持つ国の出身者であるこの隠れ家の人々は、突然膨れ上がった魔力の気配に驚き、牢屋へと向かおうとした。
彼らが動き出そうとした瞬間、隠れ家の戸がこじ開けられる。驚き振り返った彼らの前に立ったのは、レーヴェとレリア、そしてレリアの部下たちだった。
レリアはシャイドゥ国の逮捕状を広げ、その場にいた全員に聞こえるように発言した。
「全員動くな! シャイドゥ国の名において、お前たちを誘拐恐喝の罪で逮捕する!」
「全員散れ!」
当然の如く、曲者たちは逃げようとする。しかしそれをレリアの部下たちが許すはずもなく、次々と捕らえられていく。
「レリア様、俺は」
「ここは私たちに任せて、姫を!」
「はい」
隠れ家の奥へと走るレーヴェは、本能が何かを告げていることに気付いた。シエルが隠されていると思われる場所に近付くにつれ、冷汗が出て来る。
その理由は、すぐに判明した。レーヴェの目の前に、火の海が迫っていたのだ。本来、獣は火が苦手である。
「これは……っ。シエル、何処だ!?」
しかし、ここで逃げ帰るわけにはいかない。レーヴェは本能を意志の力でねじ伏せ、火傷を厭わず炎の中に駆け出した。
「シエルっ……ごほっ。シエル、何処だ!?」
「――レーヴェ、でん、か?」
「シエル!?」
咳き込みその度に喉を焼かれる気がしつつ、レーヴェは炎の中で全くの無傷で座っているシエルを見付けた。駆け寄れば、手首と足首を縄で拘束されている。近くに焼き切れた布が一枚落ちていたが、今はここから出ることが先決だ。
炎の範囲が広がっているのか、先程までレーヴェがいた部屋の方からも悲鳴が聞こえる。
シエルは持っていたナイフで縄を切ってくれるレーヴェを待ち、彼の手にすがって立ち上がった。
「走れるか?」
「はい。——消火」
「これは貴女の魔法だったか」
「はい。でも……殿下に怪我を負わせてしまいました」
ごめんなさい。そう頭を下げるシエルを、レーヴェは思わず抱き締めた。謝るな、と呟いて。
「あのっ」
「謝らないでくれ。貴女が無事で……それだけで、俺は」
「……ありがとう、ございます」
その後、シエルはレーヴェに手を引かれて隠れ家を出た。ジーノの正妃であるレリアは犯人をしかるべき場所に送り届けるために先にいなくなっていたが、部下が一人残ってそのことを二人に告げた。
「……帰るぞ」
「はい」
シエルは遠慮したが、レーヴェは彼女をおんぶして王城に帰ることを望んだ。結局シエルが折れて実現するのだが、彼女も胸が苦しいほどの緊張を強いられる羽目になった。
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