第21話 気付いた気持ち
午後の鐘が鳴り、城の門が開け放たれた。列を成して待ち望んでいた人々が順に入って行き、好きな方向へ足を向ける。城の中では屋台や大道芸人のショー、博物館並みの展示物等が来城者を迎えた。
シエルは、レーヴェと共に外からは死角になるバルコニーに立っている。そこから見えるのは、城の中へ笑顔で入って来る人々の顔。
「凄い人出……」
「みんな、この日を楽しみにしてくれていたんだろう。この景色を見る度に、俺たちは人々の期待を裏切らないよう努め続けなければならないと身が引き締まる思いがする」
「その通りですね。わたしも……」
「貴女は頑張り過ぎだ。この祭の期間も、今までも。だから、これは俺の」
「?」
「――何でもない。そんなことより、本当に良いのか?」
首を傾げたシエルに緩く首を横に振って応じ、レーヴェは話題を変えた。彼が言うのは、本調子ではないのに人前に出続けて大丈夫なのかという問いだ。
だから、シエルは「はい」と頷く。
「皆様にお菓子を手渡すのは、わたしの約目です! 精一杯務めます」
「……昨日のこともある。何か気付いたらすぐに知らせてくれ」
「ありがとうございます。きっとわたしの故郷の……父上か姉上の手の者でしょう」
「意外と冷静なんだな」
笑みさえ浮かべて身内の罪だと言うシエルに、レーヴェは軽く目を見張った。しかしシエルにとって、この出来事は起こるべくして起こったと言うことも出来る。
「姉上は落ちこぼれのわたしを虐めることが大好きで、そんな姉は父に溺愛されていました。ですが、わたしがこの国に来てからのことは探らせていたのでしょう……。彼女の思った通りではなかった為に、
「……だとしても、貴女のことは必ず守る。この国に来てよかった、と言わせたいからな」
和らいだレーヴェの表情に、シエルはドキッとした。無造作に触れられた髪にまで神経が通ったかのようにレーヴェの指を感じ、頬が真っ赤に染まる。
「あ、ありがとうございます。レーヴェ殿下」
「礼を言うのは俺の方だ。……いや、何でもない」
淡く頬を染めたレーヴェは、梳いていたシエルの髪から指を離す。そして「警備に戻る」と言い置いてその場を去ろうとした。しかしぴたりと止まり、シエルを振り返る。
「菓子を配り始めるのは、あと一時間後だったな」
「はい。城門近くの橋の前で」
「念のためだ。一緒にいる。迎えに行くから、大人しくしておけよ」
「は、はい」
颯爽と去って行くレーヴェを見送り、シエルはバルコニーの手すりで辛うじて体を支えた。それでも足は体を支えられず、へなへなと座り込む。胸に手を置けば、激しく走る鼓動を感じるしかない。
「……わたし」
己が望んだことが、現実になっている。それがわかって安心すると同時に、独りよがりの感情であったらと思うと怖くもある。
「……こんなに、不安にもなる気持ちだったんだね」
ただ毎日に怯え、通り過ぎるだけだった日々。そこから突き飛ばされるように辿り着いた先にあったのは、緊張とはまた違う胸の痛みだった。
(あの人に、わたしは嫁ぎに来た。けれど、心を伴わないのは辛いから……)
祭が終わったら、想いを告げよう。シャイドゥ国に来て一ヶ月以上が過ぎ、そろそろ婚礼の儀が執り行われても良い頃だとミシェーレが言っていた。もしもレーヴェが優しさだけでシエルを迎え入れようとしているのならば、彼の幸せのために身を退くべきだろう。
身を退く。ただその言葉を呟くだけで、シエルは胸がキリキリと痛むことに気付いた。いつの間にか、彼に対する気持ちが膨らんでいたのだと知った。それだけで、決意するには十分だ。
「……そろそろ、部屋に戻らないと」
深呼吸を何度か繰り返し、シエルは立ち上がった。丁度マオが彼女を探していたのか、バルコニーに繋がる廊下を通りかかる。
「マオ!」
「姫様、よかった。ここにおられたのですね。そろそろ時間で……!」
「――っ」
マオが目を見開き、手で口を覆った。それが何故かわからないまま振り向いたシエルは、バルコニーの手すりの上に立つ一人の男と目が合う。
「――ぁ」
「ここは外からは死角。残念だったな」
「姫様!」
シエルの鳩尾に拳が叩き込まれ、華奢な姫君は曲者の腕に倒れ込む。その時になって初めて我に返ったマオが、駆け出すと同時に魔法を放った。
マオの魔力属性は雷。電光石火の電撃が宙を真っ直ぐに飛ぶが、曲者に一閃されてしまう。
「くっ」
「流石は姫の侍女。弱いとはいえ魔力持ちか……」
「姫様を返しなさい!」
「……」
バルコニーへ向かって走り、シエルに手を伸ばすマオ。しかし後少しというところで、曲者がシエルを抱えたままで屋根の上へと跳躍する。
マオがバルコニーの手すりから身を乗り出した時には、もうその姿はない。
「そんな……。っ、まずは殿下に!」
身を翻し、マオはシエルの部屋へと向かった。そこにレーヴェがいることは、数十分前に彼から聞いて知っていたから。
「レーヴェ殿下!」
「……何があった?」
マオの異常なほど白い顔を見て、レーヴェは間髪入れずに問う。するとマオは、息を整える間も惜しいという様子で、絶え絶えに叫んだ。
「姫様が、何者かに、攫われました!」
「――何だと」
レーヴェは一瞬動きを止め、すぐに駆け出した。
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