収穫祭へ向けて

第14話 喜んで欲しいから

 シエルの部屋を出たレーヴェは、ジーノの執務室の前で一旦呼吸を整えた。何故か、いつも以上に緊張している自分に戸惑う。一旦気持ちを落ち着け、トントントンとノックした。


「兄上、レーヴェです」

「入りなさい、レーヴェ」


 レーヴェが「失礼します」と言って部屋に入ると、ジーノは丁度分厚い本を読んでいた。何を読んでいるのか、タイトルは見えない。

 本を閉じ、ジーノは「どうした」と弟に話すよう促す。


「兄上、シエル姫が目を覚ましていました」

「そう、よかった。熱を出したと聞いていたから、心配していたんだ」

「はい。それで丁度よかったので、ついでに兄上がおっしゃっていた収穫祭の件も承諾を得て来ました」


 シエルは、収穫祭で城を訪れた人々への土産となるお菓子を考案することを承諾してくれた。そのことを話すと、ジーノはにこりと微笑んだ。


「よかった。シエル姫に協力してもらうのが、一番おいしいものが食べられるし、皆に喜んでもらえるだろうって思ったんだ。ありがとう、レーヴェ」

「いえ。只今は、大事を取って寝かせています」

「それが良い。本調子ではないだろうからね」


 うんうんと頷くジーノを見て、レーヴェは「それでは、俺は戻ります」と踵を返した。彼はこれから兵舎に顔を出さなければいけない。

 弟の予定を知っているため、ジーノは特に引き留めることもなく「いってらっしゃい」と送り出す。しかしパタンと戸が閉じた後、楽しそうに呟いた。


「私も、一つ支度をせねばね」


 ジーノは早速関係各所へ連絡すべく、便箋とペンを取り出した。インクをつけ、思い付いた文章をまとめてさらさらと書き出す。

 その便箋には、彼とっておきのサプライズが書かれていた。


 それから数日後、シエルは朝さっぱりと目覚めた。熱も引き、体が軽い。伸びをしていると、マオが水を持ってやって来た。


「おはようございます、姫様。お加減は如何ですか?」

「おはよう、マオ。お蔭様で、気持ちも体も楽よ」

「それは良うございました。ですが、油断はなさらぬように」


 そう言うと、シエルにコップ一杯の水と錠剤を二つ手渡す。それはここ最近シエルが処方されていた飲み薬で、城の医師に熱が下がっても無くなるまでは飲むようにと言われているものだ。

 シエルは素直にそれを受け取ると、一気に飲み干す。一気にいかなければ、コーティングされていた苦い薬が出てきてしまう。


「……ふう。マオ、今日からまた料理教室も勉学も再開しましょう。でないと、忘れてしまうから」

「シエル様ならば大丈夫ですよ。ですが、おっしゃる通りに致しましょう」


 サナエラたちへの連絡はマオに任せ、シエルは着替えや支度を整えた。


「よし」


 手にはスケッチブックとペンがある。熱が出ている間は十分に描くことが出来なかったが、今日から本格的にお土産のお菓子試作を本格化させる予定だ。


「おはようございます」

「おはようございます、妃殿下。もう御体調は宜しいのですか?」

「お蔭様で。今日からまた、宜しくお願い致します」

「はい。収穫祭が迫っておりますし、頑張りましょう」


 サナエラと二人して、今日はパウンドケーキを焼いた。丸いケーキよりも贈り物に向いているそれを、今回は基本的なプレーン味で作る。

 粉と卵、砂糖、バター等の材料を準備したら始まりだ。シエルはお土産にすることを考え、少し小さめの型を使った。そうすれば一口サイズのケーキが出来るし、崩れにくくなる。

 材料を混ぜて型に入れ、後は焼き上がるのを待つのみだ。シエルは自分の魔力とオーブンに貯められた魔力を合わせ、火加減を調節する。


「良い具合ですね。私のような獣人が作るのとはまた違う、シエル様だからこその味に仕上がりましょう」

「だと良いのですけれど。今のうちに、色々アイデアを出したいんです。サナエラさん、手伝ってくれますか?」

「勿論ですよ」

「ありがとうございます! マオも手伝ってね?」

「私で宜しければ」


 女三人、お菓子の種類からラッピングの方法まで、お土産を作り上げる上で重要と思われることを話し合った。

 三人寄ればとはよく言ったもので、育ってきた背景が違う彼女らの思い付くことは少しずつ違う。それらを合わせ、引き、掛け合わせることで全貌が薄っすらと見えてくる。

 オーブンが焼き上がりを知らせる頃、シエルのスケッチブックには幾つものお菓子のアイデアが描かれていた。


「この中から決める、というのが良さそうですね」

「はい。三種類くらい……でしょうか」

「このパウンドケーキ、とても美味しいです! これと、こちらのクッキーなどはどうでしょう?」


 味見の会も盛り上がり、一つ目としてパウンドケーキとクッキー二種類という案が出た。パウンドケーキの味をどうするのか、クッキーはシンプルに型抜きにするのか等、考えることは多いが初日としてはうまくいったと思われる。

 シエルはマオとサナエラにその場を任せ、ジーノとレーヴェにパウンドケーキを届けに行った。二人は偶然にもジーノの執務室にいて、彼女を迎える。


「いらっしゃい、シエル姫。体長は良いのかな?」

「ご心配をおかけしました。でも、もう大丈夫です! サナエラさんとマオと一緒に、収穫祭で配るお土産の案を考えていたんですよ」


 嬉々として語るシエルをニコニコと見守っていたジーノは、ちらりと自分の隣に立つ弟を見た。レーヴェはクールな表情を崩してはいないが、兄であるジーノには面白くないという彼の気持ちが手に取るようにわかる。だからこそ、吹き出さないように必死だ。

 一方、シエルはそんな兄弟の葛藤には気付かない。一人分ずつ切ったパウンドケーキを皿に載せ、フォークと共に差し出す。


「今日は、シンプルなパウンドケーキを作ってみました。やはり、焼き菓子はこちらの国の方がおいしいですね。木の実などを入れてもおいしいかもと思うのですが、お二人は如何ですか?」

「……うん、シンプルなのも充分おいしいけれど。そうだな、レーヴェはどう思う?」

「俺ですか?」


 突然兄に話を向けられ、レーヴェは目を丸くした。辞退しようにも、シエルまでもが身を乗り出しており、逃げ道はない。仕方なく、レーヴェは「一つアイデアとしては」と前置きした。


「クルミはどうだ? ケーキが柔らかい分、硬いクルミはアクセントになると思う」

「良いですね! 早速明日、作ってみます。味、みてもらえますか……?」

「ああ。今日みたいに……」


 今日みたいに持って来てくれれば良い。レーヴェがそう続けようとした矢先、ジーノが悪戯を思い付いた子どものような顔で爆弾を投下した。


「一度、シエルの料理教室を覗いて来たら良いよ。レーヴェ」

「――え」

「えっ」

「ね、決まり」


 国王命令ということで。驚き言葉もないシエルとレーヴェを放置し、ジーノはにこにこと楽しそうに笑っていた。


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