第15話 お嬢様生徒との決闘
実菜は上機嫌な様子で学校を案内してくれた。
直情径行というか、まっすぐすぎるほどまっすぐで素直な良い子だ。
それゆえに危ういところも感じる。
まあ俺がちゃんと教えてあげられればいいのだけれど、
「それでね、あそこが体育館への入口で、あっちがプール」
実菜が指差す。
俺がプールに用事があることはないだろう。女子高生のスク水姿を眺めていたら不審者である。
と疑問に思っていると、実菜がくすりと笑う。
「ほら、水系のモンスターとかいるでしょ? ああいうのを倒す訓練に使える設備がプールにはあるの」
「へえ。最近の学校はすごいな」
「うちの学校はダンジョン探索の授業にも力を入れているからね」
ダンジョンが日常になった、というのはこういうところにも現れている。
実際にダンジョン冒険者として活動するかはともかく、身を守るためにもモンスターと戦えるようにすることは必要だ。
「俺が高校生を卒業した頃は、まだダンジョンが出現してから一年も経っていなかったからな」
「橋川さんって10年前はどんな高校生だったの?」
「普通の高校生だったぞ?」
「嘘」
「……なぜ信じない?」
俺は肩をすくめる。正真正銘、普通の高校生だったのだが。
<こんな化け物が普通の高校生だったわけないだろ>
<全国の不良の元締めだったとかに違いない>
コメントは無責任に言うが、別にそんなことはない。
まあ、当時は東京に住んでいたが。ダンジョン出現後、崩壊した東京から逃げて新都・名古屋に来たのだ。
そういう人間は少なくない。たとえば夏菜子だってそうだ。
「ねえ、教えて。昔の橋川さんのこと。Sランク冒険者だったこともあるんでしょう?」
実菜が甘えるように言う。
だが、話してためになる内容なんて何もない。
「俺の昔のことなんて知っても面白くはないぞ」
「橋川さんのこと、もっと知りたいの」
実菜が俺をまっすぐに見つめる。
そういう純粋な表情を見せられると弱い。
「……昔は俺は『聖杯の翼』って名前のパーティにいた。今思うと、恥ずかしい中二病なネーミングだな」
「そう? かっこいいと思うけど」
実菜は小首をかしげる。お世辞ではなく本気でそう思っているらしい。
まあ、結成当時(大学生だった)の俺もかっこいいと思ってたし、人の感性はそれぞれだ。
「たしかにそのときの俺はSランク冒険者だった。『聖杯の翼』は最強のパーティだなんて呼ばれていたな」
「どうやってそんなに強くなったの?」
「あの頃はまだダンジョン出現後で世の中も混乱していたし、ほとんど独学だな。自分を、そして仲間を守るために必死だった。だけど、俺は仲間を守れなかった」
俺はつい言ってしまう。しまった、と思うが、もう遅い。
死んでしまった婚約者の話なんて、するつもりはなかったのに。
けれど、実菜は驚いた様子もなく、静かに俺に尋ねる。
「愛華さんのこと?」
「どうして知ってる?」
「その……掲示板に書いてあったの。橋川さんが昔、清野って名字だったのも、愛華さんと婚約していたことも知ってる」
まあ、当時はそれなりに話題になったことだ。
隠せるものでもない。
「橋川愛華っていうのが俺の婚約者で、仲間の名前だった。幼馴染だったんだ。身内の俺が言うのも変だが、優しくて有能で美人で強い冒険者だったよ」
「そう、だったんだ」
「でも、死んだ。俺たちが愛華を守れなかったんだ」
あの日もいつもどおり、俺たちはダンジョンに潜っていた。最強パーティの俺たちに倒せない敵はいない。
そんな思い上がりがあった。
神族と呼ばれる最強の人型モンスターたちに取り込まれたのは、そのときのことだった。
今でこそ神族の存在はよく知られているが、当時遭遇したのは俺たちが初めてだった。
圧倒的な存在を前に俺たちはなすすべもなかった。そのなかで愛華は重傷を負った。
「わたしのことはいいから、逃げて」
大量の血を流しながら、愛華は弱々しく微笑んだ。もちろん俺は愛華を置いていくつもりなんてなかった。
だが……。春人と葵という二人の仲間を守り、無事に戻るためには愛華を見捨てざるを得なかったのだ。俺はリーダーだったから。
こうして、俺は愛華――最愛の婚約者を失った。そして、聖杯の翼は解散し、俺はトラウマから仲間と一緒に戦うことができなくなったのだ。
愛華の死体は結局、後日になっても回収できなかった。
「その後はいろいろあった。愛華のご両親の希望で、俺は橋川の家の養子になったし、今は橋川家の次女――愛華の妹の智花と一緒に暮らしている」
けれど、結局のところ、俺はただのしがないDランク冒険者だ。仲間とともに戦いパーティのサポートを行えなければ、Cランク以上のランク認定要件を満たせない。
冒険者をやめることも考えたが、不景気な上に、俺は人付き合いが得意ではない。
ダンジョン探索法人の黎明新社以外に就職先は見つからなかった。
「智花……俺の妹に不自由な思いをさせないことだけが、俺の罪滅ぼしなんだ。大学までの学費は出してやりたい。そのためなら、このきつい仕事だってこなしてみせるさ」
俺はつぶやく。
<橋川も苦労しているんだな>
<死んだ婚約者の妹のためか>
<橋川さん……>
コメント欄もしんみりとする。
実菜も少しうつむいた。
「聞きづらいことを聞いてごめんなさい」
「いや、謝るなよ。いつまでも黙っておくわけにもいかなかったし、ちょうど良かったんだ」
「ねえ、橋川さん。あたしが橋川さんと一緒に戦えるぐらい強くなったら、あたしを仲間にしてくれない?」
「え? いや、さっきも言ったが俺は仲間と戦えないんだ」
「それも、あたしがなんとかしてみせるから! 橋川さんと一緒に戦っても、絶対に死なないぐらい強い冒険者になったら、橋川さんも安心できると思うの」
「まあ、そりゃあそうかもしれないが……」
「無理だって思ってるでしょ?」
「いや、そうでもないな。おまえはまだ若いんだから、十年後には俺より強くなってるかもしれない」
「うん。橋川さんと並べるぐらい、ううん、橋川さんを守れるぐらい強くなって、十年後も一緒に冒険できたら嬉しいな」
こいつ……十年後も俺と一緒にいるつもりか?
まあ、でも、悪い気はしない。愛華、春人、葵。あの三人のような仲間が、ふたたび俺に得られたら。
それはどれほど良いことだろう。
「まあ、まずは基本からだけどな。ともかく危険は避けろ。無理をするな。死ぬな。それだけは守ってくれ」
「うん!」
実菜は笑顔でうなずく。
廊下の曲がり角で、突然、目の前に金髪碧眼の女子生徒が現れたのはそのときだった。
ロングヘアのすらりとした美少女だが、お嬢様とした雰囲気で目つきがきつい。
「御城さん、何をしているのですか? もうすぐ授業が始まるでしょう?」
高飛車な口調で、彼女は言う。実菜は「ふ、富士宮……」と困ったような表情を浮かべた。
<高慢なお嬢様か>
<可愛いけど性格悪そう>
<クラスの嫌な子そっくり……>
実菜は富士宮という少女が苦手らしい。
「新しい先生に校舎を案内していたの」
「新しい教師?」
富士宮はじろじろと俺を見つめる。
「臨時雇用の教員の橋川だ。よろしく」
「ああ、ダンジョン探索の『先導者』ですね」
先導者というのは、ダンジョン探索を高校生や中学生に教える先輩冒険者のことらしい。
ベテランのダンジョン冒険者を臨時教員として雇って、ダンジョン探索のコツを教える制度だとか。
俺もその先導者なわけだ。
富士宮は露骨に俺を侮蔑したような目で見た。
「Dランクなんですね。わたくしより劣った人間なんて、先導者としては認めませんわ」
実菜が慌てる。
「ちょ、ちょっと富士宮! 橋川さんはすごい人なんだから!」
「どうだか。詐欺師の類でしょう? まあ、御城さんみたいな落ちこぼれ冒険者は人を見る目がないのかもしれませんが」
富士宮はBランクの冒険者のようだ。階級章からわかる。
この若さでそれはすごい。だが――。
「おいおい、俺はともかく、御城は落ちこぼれなんかじゃない。優秀な冒険者の卵だぜ」
実菜が「ほ、褒められた……」と嬉しそうにする。わかりやすい良い子だなあ……。
富士宮は「ふうん」と不機嫌そうにつぶやく。
「なら、それを証明してみせてください」
「なんでそんなことをしないといけない?」
「わたくし、理事長の娘なんです。この意味、わかりますか?」
つまり、教師としての俺をクビにすることもできるということだろう。
まあ、俺はクビでもいいのだが、上戸に怒られてしまう。それに俺は実菜に期待されている。彼女を育てるためには、教師をやるのが良いこともたしかだ。
俺は少し考えて、実菜をちらりと見た。
「実菜、ちょっとした賭けをする。俺を信じてくれるか?」
「橋川さんの言うことなら、あたしは何でも信じるよ?」
実菜が宝石のような瞳を輝かせ、言う。素直すぎる。……悪い大人に騙されないか心配になるが、成長するまでは俺が守ってやればいいのか。
俺は「ありがとう」と実菜に言うと、実菜は顔を赤くして「どういたしまして」なんて答える。
そこで、俺は富士宮に向かい合った。
「じゃあ、こうしよう。御城と君が戦って、御城が勝てば納得してくれるかな」
実菜が「えっ!」と驚いた表情をする。
BランクとCランクの実力差は大きい。普通なら、ランク上位に勝つなんてできないのだ。
富士宮もそう思っているらしい。
「わかりましたわ。Bランクのわたくしが負けるわけありませんから!」
富士宮は自信満々に言う。万に一つも負けるとは思っていないのだろう。
この生意気なお嬢様相手にも「教育」を施してやろう。負けを知るのもいい経験だ。
つまり、実菜は勝てる。そう。俺の指導を受ければ。
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