第16話 勝ったご褒美に……してほしいな
勝負はこの場で行われることになった。
一対一の決闘形式だ。
実菜と富士宮があらゆる手段を使って戦う。もちろん魔法使用もあり。ただそれだけだ。
ふたりともパーティでは魔法攻撃役になるから、その意味では条件に有利不利もない。
「何を使っても良い。条件はそれでいいな」
俺が確認すると、富士宮が不敵に笑う。
「怪我をして泣いても知りませんからね」
実菜は不安そうに俺を見上げた。
「あたしで勝てるのかな」
「大丈夫。御城は俺の弟子だからな」
「でも……」
実菜が口ごもる。実菜の心配も当たり前だ。
俺は実菜にまだ何も教えられていない。
だからこれが、俺の教育の第一歩だ。
そして、俺は実菜の耳元に唇を近づけ、声を低める。
「御城。俺の言う通りに行動しろ」
「ひゃっ、くすぐったい……」
実菜がびっくりしたように声を上げる。富士宮に聞かれないようにしたのだが、吐息がかかってしまったらしい。
甲高い甘い声に俺は少し動揺する。これでは俺が不審者だ。
が、気にしている場合ではない。
「いいか……」
俺は戦うときに守るべき、ある原則を伝えた。そして、具体的な作戦行動も。
そして、ポケットから切り札を取り出し、こっそりと渡す。富士宮が気づけないぐらい小さなものだ。
これで実菜は富士宮に勝てるはずだ。
実菜はこくりとうなずく。俺のことを信じてくれたらしい。
富士宮が苛立った様子でこちらを見る。
「早くしてください。それとも怖くなって逃げますか? それならそれで賢明だと思いますけど」
「あたしは戦うわ」
実菜ははっきりとした口調で言う。
さっきのような不安そうな表情はもうどこにもない。
「へえ、Cランクのくせに?」
「Dランクの橋川さんはわたしよりずっとすごいんだもん。あたしだって、Bランクの貴方に勝てるはず……!」
「なんでそんな男の言うことを信じるんですか?」
「富士宮こそ、橋川さんのこと知らないの?」
「ただのDランク冒険者のことなんて、知るわけないでしょ?」
富士宮は言う。どうやら、俺たちのチャンネルのことは知らないらしい。
お嬢様だから動画投稿サイトなんて見ないのか……。
<世間知らずなお嬢様だな>
<橋川のすごさも知らないなんて>
<すごいというより人外だけどな>
失礼な。
ともかく、実菜と富士宮は戦い始めた。
ふたりとも黒魔道士だから、杖を取り出して魔法を繰り出す。
一番扱いやすく強力な炎魔法だ。
ただ、その速さも威力も富士宮の方が優れている。
これがランクの差だ。
富士宮は愉快そうに、実菜は悔しそうに対峙する。
けれど、それはあくまで魔力と魔法の差に過ぎない。
勝負の決定打にはならないのだ。
実菜はタイミングを見計らって魔法を止め、さっと身をかわす。そして、杖を放り投げて富士宮の視線をそちらに誘導する。
富士宮が怪訝な顔をする。
「戦いの最中に魔法を使うのをやめるなんて、自殺行為では……?」
そして、富士宮の炎魔法が実菜へと向かう。
だが、実菜は短剣を取り出していた。それを目の前へと突き出す。
その短剣――ミスリル・ダガ―が富士宮の魔法攻撃を防いだ。
「なっ……! それは盾役が使う武器でしょう!? なんであなたがそんな武器を使うの!?」
「一対一の決闘に盾役とか黒魔道士なんて役割はないでしょ? だったら、一番有効な手を使う……!」
実菜が使うダガーは俺が渡したものだ。護身用に持っている魔力付きのミスリル・ダガー。
盾役の使う武器としては標準的なもので、それほど高価なものでも珍しいものでもない。
だが、この場においてはかなりの力を発揮する。
黒魔道士は自分を守ってくれる前衛の剣士と盾役がいて、初めて本領を発揮する。
逆に言えば、直接的な物理攻撃の手段を持つ相手には単独では無力なのだ。
富士宮が焦った様子で、炎魔法の攻撃力を上げるが実菜はダガーでかわしてしまう。
「こんなの卑怯ですよっ!」
「何を使っても良い条件だったでしょ? ダンジョンでの戦いに負ければ命を失う。だから、勝つためにはあらゆる手段が許される」
実菜はつぶやいた。それがさっき俺が伝えた原則だ。
ダンジョン冒険者は、モンスターに勝つことこそが正義。そこに正道も卑怯もない。
富士宮は黒魔道士同士の対決、というふうに勝負を思い込んだ。魔法を使うという固定観念に囚われたのだ。
だが、実際の勝負の条件は何を使ってもいいと富士宮自身が言ったはずだ。
「未熟だな」
俺はつぶやいた。
富士宮は才能ある優秀な魔道士なのかもしれない。だが、あんなふうに傲慢で、視野狭窄ではすぐにダンジョンで命を落とすだろう。
実菜のダガーが富士宮に迫る。
「富士宮の負けだよ」
「違う。このわたくしが負けるなんて、そんなはずが……」
「これでおしまいね!」
実菜のダガーが富士宮の杖を断ち切った。
呆然とした表情の富士宮は、黙って立ちすくんでいた。
「やった! あたしの勝ちだね」
そう言って、実菜が俺に優しく微笑む。
そして、俺に近寄ると、上目遣いに俺を見た。
「褒めてほしいな」
「ああ。御城は優秀だよ。よくやった」
「ね、ご褒美に頭ぽんぽんするの、して?」
実菜が甘えるように言う。俺は少しためらってから、実菜の頭を軽く撫でる。
茶色のきれいな髪の毛が、俺の手に合わせて少し揺れる。
実菜は心地よさそうに目を細めた。
「ありがと。橋川さんがいれば、あたしはもっと強くなれる気がする」
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