第2話 女子高生たちに頼られる
目の前にはプテラゴブリンの死体が転がっている。
上手いこと全員助けられて良かった。
もちろん、ここのモンスター相手に俺自身が遅れを取ることはない。が、助ける前にこの女子高生たちが死んでしまう可能性もあった。
四人組の少女たちは、まだ信じられないという表情をして、床に倒れていた。
俺はそのうちの、一番近い位置の茶髪の少女に近づく。実菜という名前の賢者の子だ。
「立てるか……」
「う、うん……」
こくりとうなずき、実菜は立ち上がった。最初に俺を罵倒したときの威勢はどこにもない。
まだ淡い茶色の瞳は涙でいっぱいだった。
しかも……。
「ううっ……うわーん!」
突然、実菜は俺に抱きついた。
「えっ……!?」
俺はぎょっとする。よほど怖かったのかもしれないが、それにしても見ず知らずの「おっさん」に抱きつくか……?
女の子特有の甘い匂いがして、俺はどきりとさせられる。
しかも、恐怖のせいで失禁したせいでスカートがちょっと濡れている……。
落ちつこう。相手はずっと年下の女子高生だ……。
俺はその華奢な身体を俺はどうすればよいかわからなかった。とりあえず、ぽんぽんと髪を撫でてみる。さわり心地の良い、きれいな髪だ。
すると、実菜は少し安心した様子で、それでも俺にしがみつき、俺の胸元に顔をうずめる。
もうひとりの少女・玲奈が慌てた様子でこちらに駆け寄ってくる。プテラゴブリンに服を引き裂かれたせいで、ぼろぼろのセーラー服姿だ。
「み、実菜がすみません……! そ、それと助けてくださってありがとうございます」
「別にいいが、君も腕に怪我してるだろう?」
「は、はい。でも、このぐらい大したことないですから……」
「けっこう血が出ているじゃないか」
玲奈という少女は真面目で、やせ我慢をするタイプらしい。傷痕はかなり大きいし、痛くないはずがない。
本当だったら、実菜を助け起こした後、すぐに玲奈の怪我を治すつもりだったのだが、実菜に抱きつかれて少し遅れてしまった。
俺は片手で実菜の髪を撫でたまま、もう片方の手を軽く振り、玲奈に治癒魔法を使う。
すると、玲奈は驚いた様子で自分の腕を見つめた。
「すごい……。か、完全に治ってる……!」
「まあ、俺のジョブは一応、白魔道士だしな。このぐらいはできて当然だ」
「普通の白魔道士は、こんな一瞬で怪我を完全には癒せません……!」
「俺は普通の白魔道士だよ」
「でも……魔法剣を使って戦ってましたし、白魔道士には見えなかったのですが」
「ソロで戦う以上、何でもできないといけないからな」
普通の冒険者は四人一組でパーティを組む。物理攻撃担当、盾役の二人の前衛、魔法攻撃担当、回復役の二人の後衛の構成が一般的だ。
分業が効率的だし、一人が倒れても他の仲間がフォローできる。
だが、俺は事情があって、一人でダンジョンに潜っていた。だから、攻撃から盾役、回復まで一通りのことはできる。
「すごいです……! プテラゴブリンも一瞬で倒してしまうし……本当に何でもできるんですね!」
玲奈がきらきらとした目で俺を尊敬するように見つめる。
ずっと年下の少女からそんな目で見られるのは、ちょっとくすぐったい。
「それより……服、大丈夫か?」
俺が遠慮がちに聞くと、玲奈は「あっ」とつぶやき、白い頬を赤くした。
プテラゴブリンに服を引き裂かれたせいで、玲奈の制服はボロ布になっていて、ほとんど下着姿だ。
玲奈は慌てて、小さな手で白のブラとショーツを隠そうとするが、隠しきれていない。
「み、見ないでください……」
「変な目で見たりしていない!」
「わ、わかってます。命の恩人ですから……でも、恥ずかしくて……」
「着替え用の服は?」
「持ってきていないんです」
「あまり説教みたいなことは言いたくないが、ダンジョンに潜るときは、着替えを持ってくるのは鉄則だ。服が破れていると、怪我をしやすくなるしな」
俺は収納ザックからジャージを取り出した。
「サイズが合わないと思うが、ないよりマシだろ」
「えっと、その……」
「おっさんの服なんて嫌かもしれないが、我慢してくれ」
「そ、そんな失礼なことは考えていません! ただ、申し訳ないな、と……」
「礼は言ってくれてもいいが、謝る必要はない」
「は、はい! 本当に、ありがとうございます」
そして、玲奈は俺のジャージを受け取ると、ふふっと嬉しそうに笑った。
「優しいんですね」
「俺はまったく優しくはないが……」
「あんな失礼なことを言った実菜を助けて、慰めてくれているんですから、優しいに決まってます」
玲奈は言い切って、そして、赤い顔のまま俺を上目遣いに見つめた。
実菜はまだ震えていて、俺にぎゅっと身を寄せている。
俺は肩をすくめた。
俺はそんなに立派な人間じゃない。ただ、誰かが理不尽にダンジョンで死ぬのはごめんなだけだ。もう昔みたいな思いはしたくない……。
「あっ、そうだ……! 配信、切り忘れてました……!」
玲奈がぽんと手を打つ。
「えっ……」
じゃあ、女子高生に抱きつかれて、動揺している俺の姿が、動画投稿サイトに流されているのか……。嫌だなあ。
早く配信を切ってくれ……。
ところが、俺の願いは叶わなかった。
モンスターの気配がする……!
「きゃあああああああっ」
俺が振り向くのとほぼ同時に、悲鳴がその場に響き渡る。
少女冒険者たちの残りの一人だ。赤い髪のギャルっぽい少女は尻もちをついて、ダンジョンの上方を指さしていた。
「な、なに……あれ?」
玲奈が呆然とした様子でつぶやく。
ダンジョンに浮かんでいたのは……巨大な黒竜だった。
「エンシャント・ドラゴン……。深層38層以下にしか出てこないはずのモンスターだ」
俺がつぶやくと、玲奈も、腕の中の実菜もびくっと震えた。
「そ、そんな……! 深層38層のモンスターなんて、Aランク冒険者でも倒せないです……!」
「あ、あたし、ここで死んじゃうの?」
玲奈と実菜が口々に言い、恐怖で顔を青ざめさせる。
たしかに、プテラゴブリンに苦戦したこの子たちでは、エンシャント・ドラゴン相手では瞬殺されるだろう。
だが――。
「大丈夫だ。俺が守ってやる」
「いくらあなたでも無理ですよ!」
玲奈が怯えた声で言う。
俺はにやりと笑った。
「無理かどうかは、やってみないとわからないだろ?」
俺は格好をつけてそう言ってみたが、内心は少し違った。
やってみないとわからない、というわけではない。
俺は確実に、このバカでかいモンスター、エンシャント・ドラゴンを倒す自信があった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます