第4話 女子高生たちの師匠となる

 ということで、俺はエンシャント・ドラゴンをさして苦もなく倒した。

 女子高生四人組も無事。これで万事解決だ。


 下層21層に、深層のモンスターであるエンシャント・ドラゴンが出てくるのはイレギュラーだった。

 原因はわからないが、これ以上強い敵がここで出てくることはないだろう。

 

 玲奈という黒髪の少女がこちらに駆け寄ってくる。


「あ、あの、勝つのは無理なんて言って、ごめんなさい。本当に勝っちゃうなんて…… すごかったです!」


「いや、別に大したことはしてないよ」


「そんなわけないです。あんな簡単に深層のモンスターを倒しちゃうなんて、Sランク冒険者でもできないと思います。でも、どうして……えっと」


 そこで、俺は名乗っていなかったことに気づく。


「橋川。橋川進一だ」


「橋川さんはDランク冒険者なんですか?」


 聞いてから、玲奈はしまったという顔をする。


「すみません。し、失礼なことを聞いてしまって」


「いや、別にいいよ。それは俺が『強くない』からさ」


「あんなに強いのに、ですか……?」


「まあ、ちょっと事情があるんだよ。それより、今日はこのへんで引き上げようか」


 実のところ、仕事内容であるゴーレムからの素材採集はまったく終わっていないのだが……仕方ない。


 あとで上司からは激詰めされることは間違いなしだ。人助けをしたところで、会社には一銭の得にもならない。


 だからといって、こいつらをこのまま放置するわけにはいかない。戦闘の継続は不可能だし、(俺の役目ではないが)心のケアも必要だ。


 ダンジョンから地上へと連れ帰られないといけない。子供を守るのは大人の義務だ。


 玲奈ももちろん賛成らしい。こくんとうなずいた。


 残り三人の少女の様子を俺は確認する。

 一人は実菜だ。彼女はなぜか、頬を赤くして、ぽーっとした目で俺を熱く見つめている。

 ど、どうしたのだろう……?

 

 気になったが、今はそれどころではない。

 もう一人は、銀髪碧眼の少女だ。無口なタイプなのか、これまで(悲鳴以外は)一言も喋っていない。放心状態で床に座り込んでいるが、怪我はない。


 最後の一人が、エンシャント・ドラゴンに襲われそうになっていた、赤髪のギャルっぽい子だ。

 彼女はにこにこしながら、とても嬉しそうに、俺と玲奈に近寄ってくる。


「助けてくださってありがとうございました! とってもかっこよかったです! お兄さん♪」


 ふふっと笑い、彼女は上目遣いに俺を見る。四人のなかでは一番背が高いというか、スタイルが良い。


「それはどうも……ええと」


「あたし、秋原舞依あきはらまいって言います。舞依って呼んでくださいね」


 さすがに女子高生を下の名前で呼ぶわけにはいかないのだが。

 そういえば、玲奈と実菜は名字を聞いていない。


「わ、わたしは清閑寺玲奈せいかんじれなです!」


 玲奈が早口で言う。なぜか焦っているようだし、舞依に対抗するような口ぶりなのはなぜなのか。


 黒髪の真面目な剣士が清閑寺玲奈、赤髪のギャルっぽい盾役の子が秋原舞依、無口な銀髪碧眼の白魔道士が羽城はしろアリサ、そして、リーダーの賢者・御城実菜みしろみな


 これが女子高生四人組の構成らしい。


「ね、お兄さん。見てください、これ」


 舞依はすっと俺に身体を近づける。きょ、距離が近い。

 そして、彼女は俺にスマホの画面を見せた。

 

 それは舞依たちの動画チャンネルのようだった。

 ちゃ、チャンネル登録者数10万人……!?


 高校生なのに、大したものだと思う。まあ、彼女たちは見た目はアイドルのように可愛いし、人気でもおかしくないのか。


 というか、こんなに人気なら焦って下層に来なくても良かったと思うのだが。

 俺がそう言うと、舞依は首を横に振って、くすっと笑った。


「違いますよ~! ついさっきまでチャンネル登録者数は5,000人だけでしたし」


「え?」


「お兄さんの活躍のおかげです! だって、深層のドラゴンを、たった一人で活躍しちゃうんですもん」


 たしかにコメントを見ると、


<この冒険者、何者なんだ……?>


<Dランクなのは、判定が狂ってるだろ>


<異次元すぎる……>


 俺のことしかコメントしていないね……。

 というか、俺がドラゴンを倒すところがばっちり配信されてしまったのか……。

 

 舞依が「ね?」となぜか楽しそうに俺を見つめる。

 

「お兄さんのおかげってわけです。ほらほら、青鳥でもトレンド一位です」


 SNSでも俺のことが話題になっている。冷や汗をかいた。

 これまでは、意識して目立たないようにしていたのに……。


「お兄さんは命の恩人というだけじゃなくて、チャンネルの恩人でもあるわけです」


「あー。それは良かったが、無関係な人間がこんなふうに映ったら良くないんじゃないのか……? 俺がここに映るのは今日限りだぜ」


 ダンジョンからこいつらを連れ帰ったら、俺と彼女たちの縁は切れる。もともと、見ず知らずの他人なわけで。


 俺の言葉に、舞依は「うーん」と頬に人差し指を当てて、考え込む。

 そこに突然、実菜が割って入った。


「あの!」


 よく通る声に、みんな驚いて実菜の方を見る。

 舞依が「あら?」といたずらっぽく笑った。


「怖くておもらししちゃったリーダーが、なにか言いたいことがあるの?」


「……っ!」


 実菜は恥ずかしそうに、スカートを手で押える。たしかに、まだセーラー服のスカートが少し濡れてシミになっている……。


<照れてる実菜ちゃん、可愛い///>


<16歳にもなって、おもらしか……>


<女子高生の失禁が全国配信されて切り抜きもwww>


 実菜が顔を真っ赤にして、舞依を睨みつける。


「うっさい!!! 舞依だって泣きそうになってたくせに!」


「まあね。でも、お兄さんに慰めてもらうから平気」


 舞依が俺の手を突然握り、くすくすと笑う。心臓に悪いからやめてほしい。

 

 実菜はそんな俺と舞依を見て頬を膨らませる。

 そして、深呼吸してから恥ずかしそうに目を伏せる。


「助けてくれてありがとう。それに、最初にひどいことを言って、ごめんなさい」


 意外と素直に謝れる子らしい。

 俺は肩をすくめた。


「別にいいよ。そんなに感謝もしなくていい。助け合いは冒険者の義務だからな」


「実際、他の冒険者を助ける人は多くないよ……」


 実菜は小声で言う。

 残念なことに、自分さえ良ければいいという冒険者のほうが多いのも事実だ。


 というより、ダンジョン出現以来、この国では他人のことを心配している余裕なんてない国民が大半だ。


「まあ、ともかく、無事で良かった。あまり親御さんを心配させないように」


「親なんていない……」


 実菜はそんなことを言う。しまった。地雷を踏んだかもしれない。

 ダンジョンからあふれるモンスターのせいで、家族や大事な人を失った人も多い。


 俺自身もそうだ。

 

 ところが、実菜は顔を上げて、そして、宝石のように美しい茶色の瞳をきらきらと輝かせ、俺を見つめた。


「だから……代わりに頼れる人がほしいの」


「え?」


「あたしたちとあんたの関係、『今日限り』って言ったよね?」


「事実、そうだからな」


「なら、その事実を変えてしまえばいいと思うの」


 実菜は何を言い出すつもりなのか……?

 なんとなく、嫌な予感がした。


「ねえ。その……つまりさ……あたしたちの師匠になってほしいの!」

 

 実菜が勇気を振り絞るように言い、そして頬を真っ赤に染めた。


 この実菜の提案が、俺の運命を、そして彼女たち四人の運命を大きく変えて……ついでに同棲することになるとは、このときは思いもしなかった。

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