第6話 業務命令は、女子高生を育てること?

 実菜たちを助けた翌日の午前。


「それで、せーんぱい? 結局、そのJKの子たちを教えてあげることにしたんですか?」


「するわけないだろ」


「えー、もったいない! 花の女子高生ですよ、女子高生!」


 明るい声でそう言いながら、後輩の佐々木夏菜子ささきかなこが俺の背中をバシバシと叩く。


 ここは俺と夏菜子の所属するダンジョン探索法人・黎明新社のオフィスだ。ダンジョン出現後に首都となった名古屋、その中心地である新名古屋駅から徒歩五分の雑居ビルにある。


 ダンジョン関係意外に就職できなかった俺が、仕方なく入った会社だ……。


 ダンジョン探索には、国から特殊な許可がいる。所属組織がダンジョン探索のライセンスを持っていないといけないのだ。

 ちなみに学生の場合は、学校がそのライセンスを持っている事が多い。


 いまやダンジョンも教育の一部に含まれているわけだ。


「ガキは学校でお勉強していれば十分だろ?」


 俺が言うと、夏菜子はむうっと頬を膨らませる。

 一応、夏菜子も大学新卒とはいえ、社会人で22歳。なのに、子供っぽい表情をするやつだと思う。


 ふわふわとした茶色の髪は、いかにも若い女性らしい可愛い雰囲気だ。白いブラウスに、黒のタイトスカート姿も、なかなか様になっている。

 けっこう美人……というか童顔で小柄なので美少女という雰囲気だ。


 制服を着れば、実菜たちと並んでいても違和感ない。

 つい、実菜や玲奈たちのことを考えてしまう。


 実菜は俺に師匠となってほしいと言った。

 だが、俺は丁重にお断りした。


 俺よりもっとふさわしい人間がいるはずだからだ。

 だいたい、俺が彼女たちを教えたところで、1銭の得にもならない。


 俺がそう言うと、夏菜子は肩をすくめた。


「あの子たちのチャンネルに出演して、出演料をもらえばいいじゃないですか。ほら、先輩のおかげで、チャンネル登録者数も100万人突破!」


「いや、女子高生から金をもらうのはちょっと……」


「というより、先輩自身が配信者になればいいじゃないですか! いますっごく話題になってますよ!」


 まあ、たしかにエンシャント・ドラゴンを倒した一件以来、俺はかなり注目されている。

 切り抜き動画も出回り、ついでに俺がかつてのSランク冒険者・清野進一だともバレてしまった。


「うちの会社がそれは許してくれないだろ」


「まあ、そうですけどねー。配信禁止ですものね」


「それに、だ。俺はダンジョン配信が苦手だ」


「ダンジョン探索を英雄視しているから、でしょ?」


「よく知っているな」


「先輩が何度も言ったんじゃないですか」


 夏菜子の言う通り、俺はダンジョン配信というものに馴染めない。


 ダンジョン探索はどこまで行っても、生活の手段であるべきだ。なるべく危険を犯すことなく、地味に必要な処理だけをこなす。

 それで良い。


 なのに、一部の配信者たちがヒーローのように扱われることで、ダンジョン探索は鑑賞する「冒険」になってしまった。

 だから、命を賭けて無茶をするやつが出てくる。


 たとえば、実菜たちのように。

 すべての配信者を否定するつもりはないが、俺自身はやるつもりはない。

 

 夏菜子はふふっと笑った。


「まあ、先輩は他に教えるべき相手がいますしね」


「……誰だ?」


「素でとぼけないでください! あたしですよ、あたし!」


「Bランク冒険者様にDランクの俺が何を教えることがある?」


「元Sランク冒険者のくせに」


「……俺がソロでしか活動できないのは知っているだろ?」


「そうですね」


 急に夏菜子が、俺を気遣うような、優しい表情になる

 ……同情なんていらないのだが。


「でも、あたしが先輩を絶対に――」


 そこで夏菜子の言葉は途切れた。そして、彼女は慌てて立ち上がる。

 上司の管理職・マネージャーの上戸佐緖うえとさおがやってきたからだ。


 上戸は20代後半の女で、ブランドもののスーツを着ている。黒髪ロングの清楚な超絶美人の上に外部の官庁から出向してきたエリート。しかも、冒険者としてもAランク。


 非の打ち所がない。 

 だが、それがかえってお高く止まっているように感じられて、俺は苦手だった。

 

 しかも、会社の利益のために安全を軽視しすぎる。無理なノルマと長時間労働も課してくるし……。


 俺とは入社前からの昔馴染みだが、あまり反りが合わない。


「橋川。ちょっといいかしら?」


「なんでしょう?」


「ぜひ君にやってほしいことがあるの」


 なぜか上戸はニコニコしている。

 いつもの嫌味な口調が待っているかと思ったら拍子抜けした。


 それと、てっきり、上戸から業務放棄したことを詰められると思ったのだが。

 

「君にぴったりの仕事があるわ。ぜひ会社に貢献してね」


 そう言うと、彼女は脇にどいた。その後ろから、一人の制服姿の少女が現れる。

 俺は驚きのあまり椅子から転げ落ちそうになった。


 茶髪のセーラー服の少女は可愛らしく、えへへと笑った。


「橋川さんのこと、追いかけてここに来ちゃった」


 女子高生賢者の御城実菜が、そこにはいた。

 上戸はにやりと笑った。


「業務命令。君には、この子を、一流冒険者に育ててもらうから」


 どうなっているのか、話がまったく見えない。夏菜子もびっくりした様子で、俺、上戸、実菜を順番に見比べている。


 実菜はとても嬉しそうだった。


「よろしくね、師匠。あと、これも配信中だから」


 実菜はとんでもないことを、さらりと言った


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