第14話 指切りげんまん!


「あら、実菜。橋川さんと仲良くしているだけなんだけど」


「仲良くって、髪を撫でてもらったりなんて……ずるい。あたしの橋川さんなのに」


「いつ実菜のものになったの?」


 舞依が呆れたように言う。

 たしかに、俺も実菜のものになった記憶はないのだが……。


<実菜のものになれよ>


<JKの所有物になる……いい……>


<むしろわたしは橋川さんに支配されたいですっ!>


 コメントは毎度のことだが無視するとして、実菜と舞依の互いを見る目が気になった。

 前回ダンジョンで助けたときも思ったが、二人はあまり友好的な雰囲気ではない。


 命を賭けて一緒にダンジョンを冒険するのだから、普通は信頼できる仲間同士でパーティを組むはずだけれど。


 愛華や春人、葵――かつての「聖杯の翼」での俺の仲間たちは、みな信頼できる人間だった。たまには喧嘩もしたが、基本的には互いの仲は良好だったと思う。


 けれど、実菜、舞依、そして、この場にはいない玲奈、アリサも互いに親しいという空気は感じなかった。


 なにか理由があるのだろうか?

 舞依はわざとらしく俺の右手を取り、まるで恋人のように腕を組む。


 実菜が顔を赤くした。


「な、なにしてるの!?」


「ただの愛情表現♪ さっきはハグしたり、ほっぺたにキスもしちゃった」


「そ、そんなハレンチなのダメっ!」


「実菜もしたいと思っているくせに。でも、進一さん・・・・はあたしのものにしちゃおうかなっ♪」


「だ、ダメなんだからっー!」


 実菜はそう叫ぶ。


<修羅場?>


<修羅場か>


<修羅場ですね>


 舞依は楽しそうだった。実菜をからかうのが愉快という感じだ。


「悔しかったら、実菜も同じことをすれば?」


 まさかそんな安い挑発に乗らないだろうと思ったら、実菜はためらった後にそっと俺に近づいて、俺の左腕に自分の手を絡めた。


 そして、自分の胸を強調するように俺の腕に押し当てる。

 実菜がちらっと俺を上目遣いに見る。


「橋川さんがいけないんだよ……? 舞依にデレデレするから」


「デレデレなんてしてない」


「しているくせに」


<してるしてる>


<してるな>

<してますよね>


 おまえら……!


 実菜はむうっと頬を膨らませていた。

 舞依がくすりと笑う。


「実菜って変わったよね。最初は進一さんのこと、『おっさん』なんて呼んでたくせに」


「あ、あれは忘れてよ……」


 実菜が弱々しく言う。

 最初に実菜からいろいろ言われたが、それはもう水に流したつもりだ。舞依も過去のことを蒸し返すのはあまり感心しない。


 舞依は相変わらず俺にくっついていて、ささやく。


「あたしは最初に会ったときから、進一さんのこと、頼りになりそうなお兄さんだなあと思っていましたよ?」

 

「嘘つけ」


「本当ですよ~♪」


 舞依がくすくすっと笑う。


「これからいろいろ教えて下さいね、進一さん♪」


 そう言うと、舞依は「部活の用事があるんでした! またあとで!」と言って、急に立ち去ってしまった。

 おいおい、案内してくれるんじゃないのか……。


 ほぼ同時に実菜も俺から離れた。しょんぼりとした表情でうつむいている。


「橋川さんは……あたしのこと、嫌いだよね」


「どうしてそんなふうに思うんだ?」


「だって、初対面のとき、あんなひどいこと言っちゃったし……」


「そのことは謝ってくれたし、気にしていないさ」


「でも……」


「大人は子供がした失敗に目くじらを立てたりしないさ」


「そう……なの?」


「そうそう」


 俺は言うが、実菜の表情は晴れなかった。


「あたし……ダメなの。すぐに感情的になっちゃう。冷静でいられない」


「高校生なんて、みんなそんなもんだろ」


「そうかな。でも、あたしはリーダーなのに。みんなをちゃんと引っ張って行けていない。舞依も玲奈もアリサも、あたしのことをリーダーとして認めてないと思うの……」


 実菜が珍しく気弱なことを言う。

 たしかにこのパーティのリーダーは実菜だけれど、頼りないところがあるのは否定できない。


 だからこそ、ダンジョンで死にかけて俺に助けられたわけだ。

 でも、それは大きな問題じゃない。


「まあ、おまえは今は未熟かもしれない」


 うっ、と実菜は泣きそうな顔になる。

 俺はなるべく優しい表情を浮かべた。


「だからこそ、俺がいるんだろ?」


「え?」


「おまえが完璧な冒険者なら、俺は教える必要なんて無いんだ。俺が師匠をやるのは、おまえを導くため」


「橋川さんが……あたしをちゃんとしたリーダーにしてくれるの?」


 安請け合いはできない。俺は教育者じゃないから、そんな自信はない。

 それでも、目の前で不安そうにしている少女のために、俺はできることをしたいと思った。俺はこの実菜という少女に情が移ってしまったのだ。


「ああ。俺がおまえを立派なリーダーに、一流の冒険者にしてやる」


 実菜がぱっと顔を輝かせる。

 そして、照れたように顔を赤くして目を伏せる。


<ひゅー! 橋川かっこいい!>


<よっ、この女たらし>


<優しいところもあるんだな>


 コメントがそんなふうに言う。

 べつに優しいわけじゃない。それが俺のやるべきことなだけだ。


 実菜が、その白い小指を俺に突き出す。


「約束」


「え?」


「指切りしてほしいの。あたしを成長させてくれるって、約束して」


「まあ、そんなことならお安い御用だが……」


 俺も自分の小指を突き出すと、実菜がそれに自分の細い指を絡める。

 実菜はうっとりとした表情で、自分の指と俺の指が結びついているのを見つめていた。


 その様子に俺はどきりとする。そういえば、婚約者の愛華ともよく指切りをした。彼女とは……何を約束したのだろう?

 

 実菜は俺を見上げ、そして、とても嬉しそうに笑った。


「あたしが……橋川さんの一番弟子なんだから。忘れないでね?」

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