第21話 ダンジョンの出現

「は、し、か、わ、さん?」


 実菜がものすごく不機嫌そうに俺を睨む。

 はるかという女教師に迫られているところに、教え子のJKたちが現れたという状況に俺は困惑した。


「どうしておまえたちがここにいる?」


「さっきまで配信していたのを見て、慌てて来たの。橋川さんに悪い虫がついちゃう」


 悪い虫がつくなんて年上の男に使う言葉じゃないと思うが……。

 それはともかく、これで彼女たちが来た理由がはっきりした。


 つまり、はるかのことを止めに来たらしい。

 玲奈は顔を赤くして、俺を見つめる。


「そ、その……先生が望むなら、わたしもちょっとぐらいならエッチなことをされてもいいです……」


「へ!?」


 実菜と舞依が慌てた様子で玲奈を止める。


「そ、そうじゃないでしょ!? 玲奈」

 

「そうそう。先生にエッチなことをしてもらうのあたしなんだから!」


 実菜の言葉に、舞依が冗談めかして言葉を重ねる。はるかは「あらあら」と首に手を当てた。

 

「橋川先生はモテモテですね」


「からかわないでください」


「あら、からかっているつもりはないのですけれど」


 そう言って、はるかは俺の胸板をそっと撫でる。

 いちいち、仕草が妖艶だ。


 実菜、玲奈、舞依の三人が面白くなさそうな表情をする。

 舞依が進み出て、俺の腕を取った。


「そんな人より、進一さんは若い子の方が好きですよね?」


「……女子高生に手を出すつもりはないぞ?」


「女教師はオーケーなんですか?」


「そういうわけではないが……」


「あたしが進一さんをメロメロにするんですから!」


 なんだか収拾がつかなくなりつつあるが、俺は別に実菜にも玲奈にも舞依にもやましい気持ちを抱いているわけじゃない。


 ついでに、会ったばかりのはるかは論外だ。


「一限目からダンジョン探索の授業なんだろ? 早く準備をしてこい」


「へえ、そうやってごまかすんですか?」


「ごまかしていない! ともかく……」


 そのとき、耳をつんざくような爆音が響いた。実菜が「きゃあっ」と悲鳴を上げ、舞依が俺に抱きつく。


 玲奈は震えていて、アリサだけが冷静に窓の方へと駆け寄った。

 銀髪の少女は窓から校庭を見下ろすと、しばらくしてこちらを振り向いた。


「ダンジョンが……出現したみたい」


 アリサは淡々とそう告げた。新規のダンジョンの出現。それは……地上にとっては大災害が起きることを意味する。


 上層が攻略済みのダンジョンは人類の管理下に置かれているし、モンスターがそこから大量に現れたりはしない。

 だが、新規ダンジョンの出現……通称『インシデント』は違う。


 新たなダンジョンはその存在自体が周囲の空間を巻き添えにして破壊し尽くすし、大量のモンスターも生み出す。


 校庭には女子生徒もいたはずで巻き込まれたかもしれない。

 俺は舞依を落ち着かせる。


「安心しろ。大丈夫だから」


「進一さんが守ってくれるんですか……?」


「ああ」


 舞依はふふっと笑い、「ありがとうございます」と言う。

 そして、俺から離れた。


 俺も窓へと駆け寄る。

 よりにもよって学校か。場所が悪い。ダンジョン……その入口は黒い巨塔のように校庭のどまんなかに突っ立っていた。


 たぶん、女子生徒が数人はダンジョン出現に巻き込まれただろう。そうすると、その場で死んだか、ダンジョンに取り込まれたか……。


 ダンジョンの扉が開き、モンスターが奔流のように湧き出てくる。

 そのなかのゴブリンに女子生徒たちが捕まった。


「ダメっ、やめてえええええっ」


「いやああああっ」


 悲鳴と絶叫が校庭に響き渡る。女子生徒たちは今にも凌辱されそうになっていた。

 助けなければ……!


 ダンジョンの出現『インシデント』はめったに起きない。

 だが――一度起きれば、それはその場の人間たちの運命を変える大事件となる。


 10年前。俺が巻き込まれた東京崩壊がそうだったように。

 突然、ドローンが起動する。俺が振り向くと、実菜がこくりとうなずいた。


「助けを求めるために配信をすることにしたの」


「なるほどな……」


「橋川さんがいれば、助けが来るまでのあいだ平気だよね?」


 実菜が不安そうに俺を見上げる。

 俺はうなずいた。


「ああ。なるべくダンジョンの被害を食い止めたい」


<橋川がいれば安心だよな>


<橋川! むしろおまえなら一人でダンジョンを止められるだろ!?>


<橋川さんならできます!>


 それは俺も考えていた。インシデント発生の際は、政府自衛軍の専門部隊が事態を収拾しにくる。

 通常のダンジョン探索より大掛かりな戦力で一気に片をつけないといけないからだ。


 だが、究極的には俺一人でもなんとかなるのではないか……?

 これはうぬぼれかもしれない。


 いつのまにか、はるかはいなくなっていた。逃げたか? いや、あれでも教師だ。戦いに行ったのだろう。

 迷っている時間はない。


 俺が行こうとすると、実菜が俺の腕をつかんだ。


「あたしたちも一緒に戦わせて、橋川さん。ううん、進一・・


 実菜は俺の名前を呼び、まっすぐに俺を見つめた。


「ダメだ。おまえたちはここにいろ」


「どうして? あたしたちだってCランク冒険者なんだよ? 他の子達に比べれば強いし……」


「それでもダメだ。もしおまえらになにかあったら、俺は……」


 自分を許せなくなる。一応、俺はこいつらの師匠なのだ。通常のダンジョン探索ならともかく、この異常事態で実菜たち弟子を守りきれる自信はない。


「進一があたしたちを大事に思ってくれてるのはわかるよ。でも、あたしたちは戦うために冒険者をやっているの」


 実菜の言葉に玲奈も舞依もうなずく。それはそうなのかもしれない。


 彼女たちは戦うことを選んだ。たとえ負けて悲惨な運命をたどる可能性があっても、その危険を承知でダンジョンに立ち向かう。それが冒険者だ。


 だが……俺は愛華を死なせてしまった。そのときの記憶のせいで、俺はこいつらと一緒に戦うことはできない。


 結局、迷っている理由はなくなった。


「いやああああっ」


 部屋の外から悲鳴が聞こえてくる。

 俺が廊下に飛び出すと、そこにはプテラゴブリンに押し倒されたはるかがいた。

 もう校舎まで来たのか。

 

 スカートもブラウスも剥ぎ取られ、あられもない下着姿ではるかはジタバタとしている。

 このままだとゴブリンの慰み者になるのは時間の問題だ。


「助けてください……橋川先生! やだっ」

 

 必死な様子ではるかが懇願する。

 言われなくても、そのつもりだ。俺は魔法剣を取り出すと、一閃してプテラゴブリンを薙ぎ払った。


「ありがとうございます。た、助かりました……」


 半裸のはるかは涙目で俺に言う。

 だが、モンスターは次々と集まっていた。とてもプテラゴブリン一体を倒しただけでは安心できない。


 それにモンスターが予想外に強力だ。ダンジョン科の教師はるかがプテラゴブリンに敗れたように敵はダンジョン下層レベル。

 実菜たちではとても太刀打ちできない。それどころか、Aランク冒険者でも厳しいかもしれない。


 案の定、次はダンジョン科の職員室から戦闘の音が聞こえてくる。舞依がなにか叫んでいる。


「あたしも進一さんの役に立つんだから……あっ、きゃああああ、助けてっ!」


「舞依ちゃんっ! あっ……ダメです! 服脱がさないでっ!」


 玲奈の悲鳴がそれに続く。そして、実菜が「やだっ! あたしの初めては進一にあげるのっ、ゴブリンなんかに奪われるわけにはいかないんだからあっ!」と甲高い声で叫んでいる。

 

 どうやら戦おうとしたものの、瞬殺されて陵辱されそうになっているらしい。

 俺は慌てて部屋に戻ると、魔法剣でプテラゴブリンたちを薙ぎ払った。


 本当に間一髪だった。実菜たちは全員、セーラー服を剥ぎ取られ、全裸にされていた。

 全員無事だったのは本当に良かった。


「ううっ、進一!」


 実菜が俺に抱きつく。は、裸のまま抱きつくのはやめてほしい。

 いくら俺でもさすがに意識させられる。女子高生といっても、身体はもう大人なのだ。実菜の柔らかい胸が俺の胸板に当てられる。


「あたし、さっきあんなに威勢のいいことを言ったのに……なにもできなかった」


「そんなものさ。気に病むことはない。これから強くなればいいんだから」


「うん……」


 実菜は恥ずかしそうにうなずいた。

 そう。べつに実菜たちがいま強い必要はないのだ。これから彼女たちを強くするのが俺の役目なのだから。


 だが……。

 このまま負ければ、そんな未来もなくなる。俺は殺され、実菜たちはモンスターに弄ばれる。


 俺一人で実菜たちを守りきれるだろうか……?


<いくら橋川でもこの量のモンスターをさばくのは……>


<厳しいかもな>


<じゃあJK陵辱配信になるわけか>


 コメントが次々と勝手なことを言う。

 俺は自分の実力に自信があるが、単独でできることには限界があるし、単騎の強いモンスターとの戦いは得意だが、量を相手に持久戦は苦手だ。


 さて、どうしたものか……。

 やるしかない。実菜たちを泣かせるわけにはいかないからだ。


 俺は魔法剣を抜く。廊下にはますます大量のモンスターがあふれていた。

 無意識に実菜の腰を抱き寄せる。「あっ」と実菜が小さく声をもらす。


「ちょ、ちょっと! どこ触ってるのよ……」


「ああ、すまん」


 俺は慌てた。相手が裸だということを忘れていた。

 けれど、実菜はうつむくと、「進一ならいいけど」とつぶやいた。


「そのかわり、絶対に守ってね?」


「俺のことを信用していないのか?」


 俺が冗談めかして問い返すと、実菜はふふっと笑った。


「信じてるよ。だって、あたしの師匠だもん」


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