第8話 勝手にイチャイチャを配信された!
結局「橋川進一@ダンジョン育成者チャンネル」という無味乾燥な名前で、動画投稿サイトに俺はチャンネルを作った。
これはあくまで職務だ。
上戸は俺に話を持ってくる前に上層部と話をつけていたということで、事業部長の稟議決裁もあっさり取ったとか。
さすがエリート。要領が良くて、手早いことで。
余計な仕事を増やさないでくれれば最高なのだが。
俺がそうこぼすと、後輩の佐々木夏菜子が首を横に振った。
「ダメですよー。上戸さんのことそんなふうに悪く言っちゃ。良い上司じゃないですか」
いま、俺と夏菜子、そして実菜の三人はダンジョンにいた。
さっそく業務命令で、実菜を教えるために来たのだ。
といっても、上層のかなり安全な場所だ。
なので、あまり緊張感はない。雑談もできる。
「おまえ、上戸が良い上司だって、本気で思ってるのか?」
「そりゃあ、多少厳しくて、お高く止まってて、偉そうだし、人の気持ちを考えない人だなあとは思いますけど」
「おまえの方がボロくそ言ってるじゃないか……」
「あと、有能な上に、あんなに美人なのはずるいです! 羨ましい!」
「べつにおまえも十分――」
俺は言いかけて、口を閉ざした。
思わず、「おまえも十分可愛いだろ」と言いかけてしまった。
同僚、しかも年下の後輩女性の容姿を「可愛い」なんて言えば、これはもうセクハラである。
たとえ褒めても、異性に対して見てくれで判断するようなことを言ってはいけないのだ。
夏菜子が美人……というより可愛い系の美少女なのは事実だが。
ところが、夏菜子は「えへへー」とにやにや笑うと、後ろ手を組んで前かがみになった。
あ、あざといポーズだ。
「何を言いかけたんですか?」
「べつに何も言うつもりはなかった」
「あたしも十分に可愛いって言うつもりだったでしょ?」
「俺がそうだと言ったら、おまえも困るだろ」
彼氏とか好きな相手、まあ少し良いなと思っている相手に「可愛い」と言われるなら、喜ぶところなのだろうけれど。
俺なんかに言われても、ちっとも嬉しくないだろう。
ところが、夏菜子はふふっと笑って、首を横に振った。
「あたしは先輩から褒められたら嬉しいですよ」
「えっ」
「だから、素直に『可愛い』って言ってください」
そして、夏菜子は一歩俺に近寄った。
甘えるように、彼女が俺を上目遣いに見る。
俺は迷い――。
そこに実菜が割って入った。
「は、配信中だから!」
「「えっ!?」」
俺も夏菜子も慌てて互いから離れる。
まだ配信は始めていなかったはずでは……?
実菜が顔を赤くしながら、ごほんと咳払いをする。
「イチャイチャするのはダメなんだから」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。どこから配信していた?」
「上戸さんの悪口を言っているあたりから」
「そ、それはまずい……」
いくら反りが合わないからと言って、俺も面と向かって上戸に悪態をついたりしたことはない。
譲れない点を除けば、上司は無難にやり過ごすタイプだからだ。
コメント欄を見ると……。
<橋川、ざまぁwwwwwww>
<女上司に怒られてこい!>
<むしろ責められるのはご褒美では?>
おまえら……好き勝手言いやがって!
夏菜子も慌てている。
「上戸さんに怒られちゃうよー! 実菜ちゃん!」
「実菜ちゃんって馴れ馴れしくない?」
「そ、そう?」
「……橋川さんになら、名前でも呼ばれてもいいんだけど」
実菜と夏菜子がどうでもいい会話をしているあいだに、俺は急いでドローンの撮影を切ろうとした。
だが、ドローンの制御は、起動した実菜にある。
仕方なく、俺は実菜に向き合う。
「あー、御城。訓練場所に到着してから配信予定だったはずだが。どういうことだ?」
実菜に尋ねる。ちなみに御城は実菜の名字だ。最初は名前しか知らなかったから、どうしても名前の実菜のイメージが強いが、さすがに呼び捨てというわけはいかない。
ちなみに、夏菜子を呼ぶときは「夏菜子」でもなければ、名字の「佐々木」でもなく「おまえ」のことが多い。なんとなく、それがしっくりくるからだ。
実菜はふてくされたように、ぷいっと横を向いた。
「だって、橋川さんと佐々木さんが、あたしそっちのけで仲良さそうにしてたし……気に入らなかったから、驚かせようと思って」
「そんな子供みたいな理由で、びっくりさせるな……」
「女子高生は子供だもん」
「午前と言っていることが違うぞ」
「べつにあの上司の女の人に嫌われても、橋川さんが戦ったら楽勝で勝てるでしょ?」
「そりゃ簡単に勝てると思うが、そういう問題じゃないだろ」
俺は反射的に言う。「殴ったら勝てる」理論は世の中では通用しない。
だが――。
<上司より優秀宣言!>
<もっと怒られるんじゃね?>
しまった。
普通の会社なら腕力は問題にもならないが、ダンジョン探索法人は違う。
上戸は冒険者としての実力にも自信を持っている。
俺にだって勝てると思ってるだろう。ということで、いまの俺の発言は、上戸のプライドを傷つける、火に油を注ぐ発言だったわけだ。
まあ、起きたことは仕方ない。困りはするのだけれど。
実菜にとってはどうでもいいことかもしれないが。
「それに……橋川さんと佐々木さん、放っておいたらイチャイチャして……キスまでしそうな雰囲気だったし」
「そんなことはしない」
俺は言うが、肝心の夏菜子が「き、キス!?」と顔を赤くして慌てふためいている。
なぜそんなに動揺する……。
<まさかこの後輩、本気でキスまでするつもりだったとか……?>
<少なくともされてもいいとは思ってるんだろ>
<襲っちゃえよ橋川>
<わたしも進一さんとキスした―い!>
コメント欄を俺は無視することにした。夏菜子が俺なんかといきなりキスしようなんて思うはずがない。
夏菜子がなぜかジト目で俺を見る。
実菜は相変わらず不満そうだった。
「せっかく橋川さんと二人きりだと思ったのに」
「というか、おまえ、他の連中はどうした?」
「えーと、その、ほら、最初はあたし一人の方が良いかなと思って! 橋川さんもいっぺんに大勢教えると大変だろうし」
というか、実はこいつ学校サボっているじゃないだろうな……? 今日は平日だぞ?
口には出さないことにする。配信中だしな。まあ、ダンジョン出現後の治安が最悪な世の中じゃ、高校生が学校をサボったぐらい大したことではないので、炎上したりはしないと思うが。
<つまり、抜け駆けした、と>
<実菜ちゃんって行動力があるというか、なんというか……>
<年上の男をストーカーして会社に押しかけた行動力は買う>
<実はわたしも橋川さんのストーカーをしていてですね……>
<ま、そのぐらい橋川のことが好きなんだろ>
最後のコメントを見て、実菜が頬を真っ赤にして、「橋川さんのことなんて全然好きじゃない!」と叫ぶ。
<ツンデレだ>
<素直になれない>
<可愛い……>
コメントに煽られて、実菜がますますうろたえて、耳まで赤くする。
俺は見かねて、実菜に言う。
「コメントを気にしすぎるな。いまはいいが戦闘中に気を取られると、命取りだぞ」
俺の言葉に実菜はこくんとうなずいた。こういうときは、意外と素直だ。
実菜はコメントを無視することに決めたのか、深呼吸した。
「あと勝手に配信を始めるなよ。一応、御城は俺の弟子なんだから、俺の指示には従え」
俺がそう言うと、実菜はぱっと顔を明るくして「うん!」とうなずいた。
一応、叱ったつもりなのだが……。
「弟子って認めてくれるんだ?」
「まあな。仕事だから仕方なく」
「それでも嬉しい!」
まっすぐなきらきらとした瞳に見つめられると、俺はうろたえてしまう。
この高校生の眩しさは、俺にはすでに失われたものだからだ……。
ともかく、俺は実菜への訓練を始めようとした。まずは基本から。
ところが――。
<おい、あれ。迷惑系配信者のトクダたちだろ?>
コメントが一斉に増える。
Aランク冒険者パーティ――それも素行の悪い――が俺たちの前に立ちはだかった。
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