第31話 過去


 さて、いったんあたりにモンスターはいなくなった。

 俺は美波を背負うと、舞依とともにふたたびダンジョン脱出を目指して歩き始めた。

 

 舞依は周囲を警戒しながら、歩いている。いまの舞依ならある程度の強さのモンスターと遭遇しても自分で自分の身を守ることができるだろう。


「ねえ。進一さん」

 

「なんだ?」


「昔の進一さんって、最初からこんなに強かったんですか?」


「まさか。冒険者を始めた頃は、スライム相手にも苦戦したぜ。だいいち俺が中学生の頃まではダンジョンなんてなかったしな」


「そっか。あたしたちと同じぐらいの年齢のときに、ダンジョンが現れたんですよね」


 10年前のダンジョン出現。

 それで世界は一変した。


「東京が壊滅して、俺は新首都の名古屋まで逃げてきた。最初のうちはダンジョンに対抗する手段なんてないものだったからひどいものだったよ


 周りでばたばた人が死んでいくのを見ながら、必死で敵を倒していく。戦っても戦っても犠牲者は減らなかった。


 最初の一年は、公共交通機関は止まり、学校もまともに機能しなかった。

 だが人類というのはすごいもので、一年も経てばダンジョンへの対策方法を編み出していた。


 装備やテクニックを身に着けた冒険者たちが活躍して、ダンジョンとモンスターによる世界の破壊を食い止めていったのだ。


 ダンジョンは攻略――つまり各層のコアとなる部分を破壊すれば、モンスターの出現を人類でコントロールできるようになる。

 それを目指して多くの人が戦った。

 

 自衛軍にも特殊遠隔地作戦群という専門の部隊もできて、一方、民間でもダンジョン冒険者の組織化が始まった。


 そして、二年後には既存のダンジョンはおおよそ攻略され、あとは新規ダンジョンの出現さえなければ、人的被害はほぼ出ないようになった。


 俺たちの冒険者パーティ「聖杯の翼」もそんななかで活躍した


「おっさんの昔話なんて聞いても面白くないだろ?」


「いえ、面白いですよ。というより、知りたいんです。進一さんのこと」


 舞依は微笑む。


「そ、そうか……」


「聖杯のの翼は、攻撃役の新島春人、盾役の北宮葵、黒魔道士の橋川愛華、そして白魔道士の清野進一……の四人だったんですよね」


「ああ。だが、よく知ってるな……」


「調べましたから。進一さんのこと知りたかったんです」


「なるほど」


 俺は口が重くなる。聖杯の翼。その栄光と挫折は俺にとっての苦い過去だ。

 大事な仲間だった。そして、その仲間の一人で、生涯の伴侶となるはずだった婚約者・愛華を失った。


 舞依もそのことはわかっているようだった。


「すみません」


「べつに気にしなくてもいい」


「進一さんのことを知りたいから。だから、聞いてしまいました」


 そんなふうに言われると、俺も答えたくなる。


「あいつらは高校の同学年の奴と後輩だった」


「同じ学校だったんですね」


「まあダンジョンのせいで、当時は学校も半分ぐらいは休みだったけどな。最初に知り合ったのは葵――北宮葵はクラスメイトだったんだよ」


 授業中にモンスターに学校が襲われた時、一緒に戦ったのが葵だった。周りが怯える中、俺と葵は武器を振り回してモンスターを薙ぎ払った。


 終わった後、俺たちは互いを見て、くすりと笑った。そのときの葵のセリフはいまでも覚えている。「清野くんもなかなかやるじゃない」なんて強気なことを言っていた。


 それが「聖杯の翼」の始まりだった。

 そこに隣のクラスの春人が加わった。最後が愛華だ。


「愛華は一学年下だったんだよ。俺が冒険者として活動しているのを知って向こうから声をかけてきた」


 ブレザーの制服姿の愛華がいまでも目に浮かぶようだ。


「清野先輩♪」


 愛華の綺麗な声を思い出す。

 思い出のなかの愛華はいつも楽しそうに笑っている。泣いたり怒ったりしないやつだった。

 そう。死を目前にするまでは。




<あとがき>

こちらの新作ラブコメもよろしくです!(幼なじみヒロインのひとり語り)


タイトル:「犬を飼いたい」と言ったら、世話焼き幼馴染が犬の鳴き真似をして甘えてくるようになった

キャッチコピー:【ASMR】わたしが「あなたの犬」になって、耳たぶを舐めてあげる♪

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