第11話 校外学習1日目③


 スタンプを全て集め終えた僕たちは、遂にゴール地点にたどり着いたのだが――。


「我が配下たちよ、我に仇なす不届き者どもを始末しろ!」


 大魔王キミヅカこと体育教師の君塚先生が言った。


 普段は強面なのも相まって、衣装を身に纏い配下たちにノリノリで命令する姿は衝撃的なものだった。


「上坂来愛……! 覚悟ォォォッッッ!」


 魔王の配下の衣装を着た生徒たちが僕たちを追いかけ始めた。


 どうやら脱落した生徒たちの一部には、魔王の配下をするという役割が与えられているみたいだ。


 僕たちは、ゴール地点に入ったら魔王が倒される演出を見て、このスタンプラリーは終了すると思っていたのだが、どうやら違ったらしい。先ほど、ゴール地点付近に立っていた実行委員に新しいマップを渡されたのだが、そこに聖域と書かれた場所が書かれているため、ここに逃げ込めということだろう。


 おそらく、このイベントは、体育教師である君塚先生からの試練ってところだろうか。


 それにしても、あの配下たち、僕しか狙っているようにしか見えないんだけど……?


 配下役をしている男子達の目は血走っており、彼らの目は僕だけを見据えていた。形式上、真島さんたちも追われてはいるが、明らかに彼らの目には僕しか映っていない。


 誰か教えてくれ……。僕は、後何回殺気を向けられればいい……?


 僕がそんなことを心の中で呟いていると――、


「来愛……! 後は、任せた!」


 夏生が急に僕と別方向に向かって走り出した。


「は!? え!? ちょっと!?」


 僕は、思わず叫んだ。


「上坂君、後はよろしく」


 内田さんもグッ! と親指を立てて、僕に言い、夏生と同じ方へ向かっていった。


 僕は、すかさず2人を追おうとしたのだが、2人が同時に振り返ってきてギロリとした視線を向けてきたため、思わずひるんでしまった。


「わ、私は、上坂君と一緒に行くよ……?」


 真島さんは僕と一緒に逃げようとしてくれたのだが――。


 ものすごい勢いでこちらに戻ってきた内田さんに引きずられていってしまった。


 僕はだんだんと姿が見えなくなってきている夏生たちの後ろ姿を眺めることしかできなかった。


 こんなのあんまりだ……。


 僕がそう思っていると――。


「「「「待てや! おらぁ!」」」」


 魔王の配下たちが僕に迫ってきていた。


 夏生たちが向かっていったルートは少し遠回りのルートであるため、走る距離が長くなってしまう。そのため、どうせ走らなければならない僕にとっては、このまま最短ルートを走ることが最善の選択であった。


「どうしてだよおおおお……!」


 校外学習1日目にして理不尽を一身に受け続けた僕は、某有名俳優のように叫んでいた。


***


「ぜえ……ぜえ……」


 聖域とされている場所にたどり着くなり僕は、肩で息をしていた。


「お、来愛。お疲れ」


 涼しい顔をしながら少し遅れて夏生たちが合流してきた。


 魔王の配下たちは全員僕のことを追っていたため、難なく聖域に着けたみたいだ。


 僕は張り付けたような笑みを浮かべながら夏生の肩をガシッと掴んだ。


「ひいっ……! すみません……! つい出来心だったんです……!」


 ガタガタと震えながら夏生が言った。


「後でゆっくりお部屋でお話しようか?」


 僕は張り付けたような笑みを崩さずに言った。


「は、はい」


 内田さんにも思うところがあったが、女子相手に説教をするのは気が引けたため、やめておいた。


「ぜえ……ぜえ……」


 夏生にキレかけたせいか再び興奮状態になり未だに息が整わない。


 本当に疲れたんだけど……。もう、部屋帰りたい……。


 不安定な森の中を走り抜けた僕は、完全に消耗しきって、そんなことを考えていた。


 そんなときのことだった――。


「上坂君、大丈夫……?」


 僕の目の前に天使が降り立った。


「あ、うん……。大丈夫……。ありがとうね、天川あまのがわさん」


 僕に話かけてきたのは、女神カナリア様の使いといったところだろうか、天使の衣装を身に纏った同じクラスの天川結菜あまのがわゆいなだった。


 天川さんは、日本人とフランス人のハーフらしく、金髪までとはいかなくても、比較的明るい髪色で一際目立つ女の子だ。あまりに美しいその外見から普段は、あまり人に話かけられているところは見ないが熱烈なファンがいるのだとか。


「ううん……。それにしても、災難だったね……。辛そうだったからお水汲んできたけど飲む……?」


 そう言うと、天川さんは、先生たちの休憩所から持ってきたと思われる水の入った紙コップを差し出してきた。


「本当にありがとう……。助かります……」


 僕は、紙コップを受け取り、一気に飲み干した。


 死ぬほど走って消耗しきった体が潤っていくのを感じる。


「ふう……」


 僕は、息をついた。


「お役に立てたなら何よりだよ……!」


 天使のような笑顔を浮かべながら天川さんが言った。


 天使のような笑顔を浮かべる天川さんが眩しく見えてしまい、天川さんが元々美しいのもあるが僕は、思わず見惚れてしまった。恋愛感情が伴うものでなく、純粋の美しいものを見たときのものだ。


 そんな風にぼけーっと、僕が天川さんに見惚れていたときだった――。


 僕は、突然とてつもない悪寒を感じ、我に返った。


「上坂君……?」


 天川さんが首をかしげながら言った。


「あ、えっと……。なんかわからないけど、今、悪寒が……」


 僕がそう言うと、天川さんはクスクスと笑って、何かを納得したかのような顔をした。


「お邪魔しちゃったみたいでごめんね。それじゃ、私は女神様のお手伝いがあるから戻るね」


 頭上に大きなクエスチョンマークを浮かべる僕を残し、天川さんが去っていった。


「来愛さんや、ラッキーですのお……」


 横で僕と天川さんのやりとりを見ていた夏生がニヤニヤとしながら言ってきた。


「ま、まあ……。すごく親切な人だったね」


 思わず見惚れてしまっていたため、否定することができず、言葉を濁した。


「あれぇ……? 意外とああいう感じが好きだったりします……?」


 ニヤニヤとしながら夏生が聞いてきた。


「そんなんじゃないよ。別に綺麗な人だなと思っただけだよ」


 言葉の通り、綺麗な人だなとは思ったが、それ以上の感情は抱かなかった。


 真島さんの罰ゲームアプローチの方が僕にとっては、心臓が持たなくなりそうになるし、心揺さぶられるな……。


 ……って、何を考えているんだ……。僕は……。


 僕は、無意識に真島さんのことを考えてしまっていた。気をしっかり持たねば、と両手で頬をパチンと挟みこむ。


 僕と夏生がそんな風にしていると――、


「そろそろ、魔王封印の儀式やるってー」


 内田さんが僕たちを呼びに来た。


「あ、うん……! ……って、真島さん、どうしたの……?」


 僕が内田さんについていこうと後ろを振り返ったとき、真島さんがとてつもなく冷たい気を放っていて、思わず震えてしまった。


「あー、うん……。末吉君は気にしなくていいけど、上坂君は気にしておいて」


 なぜか内田さんも僕にじとーっとした目を向けてきた。


「あー、やっぱり、そういうことかー」


 理解の追いつかない僕を置き去りにして夏生は言った。


 仕方なく、なぜそんなに不機嫌なのかと真島さんに聞くことにした。


「あのー、真島さん……?」


 僕がそう話しかけると、ぷいっと顔を逸らされた。


 あれ……? 僕に怒ってる……?


 どうすればいいのか、わからずあたふたとしていると――。


「それでは、勇者の皆さん、儀式の準備ができたのでご案内します」


「魔王の封印に必要なスタンプを手元にご用意の上、私どもについてください」


 今度は天使の衣装を身に纏った小野寺君と田中君が現れた。


 真島さんが不機嫌なのは、後でどうにかするしかないか……。


 そうは思うものの――。


 ああ……! でもすごく気になる……! あれ、絶対、僕絡みじゃん……!


 やはり、気になって仕方がなかった。


 直近で思い当たる節があるとすれば、僕が天川さんに見惚れていたことだ。


 しかし、罰ゲームで僕に構っている真島さんが、僕が天川さんに見惚れていたという理由で怒るとは考えにくい。そう思うと、思い当たる節が全くない。


 僕がそんなことを考えている内に説明が終わっていて、気がつけば皆、歩き始めていたのが見え、僕は慌てて歩を進め始めた。


***


 その後、僕たちは大魔王キミヅカが、僕たちが集めた賢者の力で他の追随を許さないチート能力を得た女神カナリア様に一方的にボコボコにされて封印されていく劇を見た後、クリアの証である表彰状を受け取って校外学習1日目のメインイベントであるスタンプラリーが終わった。


 ちなみに後から知ったことだが、国語の賢者こと大塚先生と理科の賢者こと福田先生の作った試練は、僕たちがクリアした後、かろうじてクリアできた他の賢者たちの試験と比べても難しすぎると苦情が入りまくった結果、実行委員たちによって問題が差し替えられたらしい。ついでに大塚先生のめんどくさすぎる登場条件も廃止されたみたいだ。


 それでもクリアできたのは、全部で60グループくらいある中で、僕たちを含めて、8グループしかなかったらしい。


 実行委員と先生方恐ろしや……。


 それは、さておき、真島さんが不機嫌になっているという問題に関してなのだが――。


 夕食の時間に話ができたらなと思っていたのだが、夕食は昼食のときとは違い、時間に余裕があるからということでグループでなく男子と女子で分けられ、真島さんとは話すことができなかった。


 そのため、真島さんがなぜか不機嫌になってしまったという問題は、校外学習2日目に持ち越されることとなった――。


 


 



 















 



 



 


 






 




 


 


 


 

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