第8話 校外学習、本格始動!


 昼食の時間が終わった後、早々にホテルの部屋に案内され、僕たちは体育着に着替え、再び外に来るように指示された。


「それにしても、ほんとに何をやるんだか」


 ホテルの外へと繋がる廊下を僕と歩きながら夏生が言った。


 僕たちが受けたのは、体育着に着替えて外に出るとの指示のみであり、未だに何をするかは謎に包まれたままだ。


 周囲の生徒たちの様子を見てみると、僕と夏生と同じような会話をしている生徒がほとんどで、やはり、これから何をするのか気になっているようだ。


「ホテルの周りを見た感じ特に変わった施設はなさそうだし、やばいことはしないでしょ」


 僕は、呑気な口調で言った。


「それもそうだな……! まあ、秘密にされている分、期待しまくってるけどな……!」


「秘密にされていたのに拍子抜けするようなやつじゃなきゃいいけど……」


 ここまで秘密にされると、どうしても期待してしまうのが人間の性だ。僕の心配は自然なものだろう。


「そこのところは……大丈夫だろ……。実行委員と先生たちを信じようぜ……」


 僕たちがそんな会話をしている内に、集合場所に指定されている貸し切り状態のホテルの駐車場が見えてきた。既にかなりの人数の生徒が集まっていて、わいわいとしている。


 僕たちが集合場所にたどり着き、真島さんたちと合流しようとキョロキョロとしていると――、


「上坂君……! こっちだよ……!」


 遠くから真島さんが手を大きく振ってきた。


 真島さんが昼食の時の気まずい雰囲気のままでいたらどうしようかと思っていたが、どうやらその心配はなさそうだ。おそらく、僕がバスでの出来事について何も知らないのなら、これ以上は気にしても仕方ないと思ったのだろう。


 バスでの出来事をずっと引きずっていたら、お互いにこれからグループで行動するのに支障をきたしてしまう。そのため、僕の方としても、これ以上は気にしないでもらえるとありがたかった。


 僕と夏生は、真島さんと内田さんの方へ歩き始めた。


 真島さんと気まずい問題は、とりあえず解決したとして――。


 いい加減割り切ってもらいたいのだが……。


 僕は、周囲に目を向けた。


 男子生徒たちが歯を食いしばり、「上坂の野郎……。真島さんとバスであんなことを……」などと呟いているのが聞こえてくる。今までは、同じクラスの男子生徒たちからの殺気が多かったのだが、別クラスの方から向けられる殺気の数も確実に増えている。


「はあ……」


 僕はため息をついた。


 おそらくだが、バスで撮られていた写真が一部のグループチャットか何かで出回っているのだろう。肖像権というものを尊重してほしいものだ。


 しかし、そうは言っても、一度出回りだした写真を手にした全員に削除するようには言えないし、これ以上の拡散を防ぐことも難しいだろう。僕は、もとより写真のことは撮られてしまった時点で諦めている。


 まあ、真島さんが写真が出回っていることを知って、再び気まずい雰囲気を出してくることが予想されるが、その時は「事故みたいなものだろうし、気にしないで!」と言えばいいだろう。


 そんなことを考えながら殺気のこもった視線をかいくぐり歩いている内に、真島さんたちのいるところまでたどり着いた。


「これで全員揃ったね! 実行委員の子のところに行ってくる!」


 真島さんが元気よく言い、人数確認を担当している実行委員の生徒のもとへ走っていった。


「そういえば、先生たちは……?」


 夏生がキョロキョロとしながら言った。


「私も気になってさっきから探してるんだけどいないんだよね」


 内田さんも夏生と同じくキョロキョロとしている。


「先生用の部屋で会議でもしてるんじゃない……?」


 どこにも姿が見当たらないならそれしかないだろうと思った。


「うーん……。でも、もう集合時間の5分前だよ……?」


 内田さんが腕時計を確認しながら言った。


「マジでどうしたんだろうな……? 実行委員が慌ててる様子も特にないし……」


 夏生の言う通り、実行委員が慌ててる様子は一切見られない。


 これが予定通りなんてことは、ないよね……?


 僕がそんなことを考えていると、真島さんが戻ってきた。


「お待たせ! もうすぐ、始まるから座って待っててだって!」


「あ、了解っす! 隊長!」


 夏生が謎に真島さんを隊長と呼んで敬礼をし、その場に座った。なぜか内田さんも夏生に続いて敬礼をしていた。


 そんな2人を見て、僕も苦笑いをしながら敬礼をしてから、その場に座ることにした。


「あはは……。えっと、私が隊長ってことでいいの……?」


 少し困った顔でそう言う真島さんにすかさず、夏生と内田さんが手を挙げ、「意義なーし!」と言っていた。


「上坂君もいいかな……?」


 唯一すぐに返事をしなかった僕に真島さんが聞いてきた。


「あ、うん……! もちろん!」


「そっか……! じゃあ、私が隊長ってことで!」


 ニコッ! と笑顔を浮かべて真島さんが敬礼をした。


 その瞬間、あまりの可愛さに夏生が気を失いかけたため、僕は慌てて夏生を支えた。


 正直、僕も危なかったが、何とか罰ゲームアプローチのこととか色々思い出して持ちこたえることができた。


***


 僕たちのグループの隊長が決まって、5分が経ち、集合時間になったのだが――。


 先生たちが来る様子が全くないけど、大丈夫か……?


 そう、集合時間になっても先生たちが現れないのだ。


 周囲の生徒たちも先生たちがいないことに気づき始めたのか少しガヤガヤとし始めている。


 ――これ、先生たちのところに行った方がいいんじゃ……?


 そうは思うものの、先ほど夏生も言っていたように実行委員はやけに落ち着いていて、僕は、違和感を覚えた。


 僕が何で実行委員は先生たちの様子を見に行かないんだろう? と考えた瞬間だった――。


『ピーッ……!』


 実行委員の持っているメガホンが耳をつんざくようなノイズを出した。


 突然の大きな音に喧騒が一気に止んだ。


『あーあーあー、聞こえますー……? あ、聞こえてるみたいだねー』


 実行委員長らしき女子生徒が話始めた。


『よし、それじゃあ、早速みんな集まってるみたいだし、校外学習1日目のメインイベントを始めるよー!』


 突然のメインイベント開始の宣言に周囲の生徒たちがどよめいている。


 先生たちの姿も見当たらないため、生徒たちが動揺するのは無理もない。


『あー、先生たちなら大丈夫だよ。直にわかるから』


 それじゃあ気を取り直して、と言いたげに、こほん! と実行委員長が咳払いをし、どよめきがおさまる。


 皆が静かになったのを見て、実行委員長が話を再開した。


『校外学習1日目のメインイベントは……』


 後ろに待機していた実行委員の生徒たちがドラムロールをするように自分たちの膝を叩き始めた。


 かなりいい音が鳴ってるけど、大丈夫かな……?


 僕の心配をよそに実行委員の生徒たちは楽し気に自分たちの膝を叩いている。


 そして――、


『スタンプラリーです!』


 メガホンから発せられた実行委員長の声が虚空に響いた。


 あれ? 秘密にされていた割にめちゃくちゃ普通じゃ……?


 実行委員長が声高らかに宣言した瞬間、僕は、そう思わずにはいられなかった。


 周りの生徒たちも僕と同じことを考えているのか、困惑の表情を浮かべていた。


『あちゃー……。やっぱり、こういう反応になるよねー……』


 実行委員長が頭を抱えながら言った。


 僕が、わかってたのなら、あんな仰々しい演出しない方が良かったのでは? と思ったときだった――。


『まあまあ、ただのスタンプラリーじゃないから……! 安心してよ! じゃ、そゆことで! 後は、みんなが大好きなにお任せします!』


 実行委員長が突然、話をやめた。


 突然、話をやめた実行委員長がササっと後ろにはけていくのを眺めていると、ホテルの入り口の方から何やらコスプレをしている人物がこちらに向かって走ってきているのが見えた。


 ――なんだ……? コスプレ?


 だんだんと人影が近づいてきて、その姿がだんだんとはっきりと見えてきた。


「か、かなちゃん!?」


 近くにいた女子生徒が大声を出した。


 ホテルの入り口から走ってきている人物は、僕たちの担任の宮本かなえ先生だった。しかも、なぜか異世界転生ものとかRPGゲームに出てきそうな女神のコスプレをしている。


 うん、全くもって謎だ。


 中には「可愛い! 一緒に写真撮りたい!」などと興奮気味な生徒もいるが、ほとんどの生徒が口を開けている。


 やがて、僕たちのもとへたどり着いた宮本先生は、実行委員の生徒からメガホンを受け取った。


 そして――、


『え、ええっと……選ばれし勇者の皆さん……。こ、こんにちは! め、女神……か、カナリアです……!』


 宮本先生が緊張しているのが伝わってくる口調で語り始めた。


 ああ……。なるほど……。


 僕は、このスタンプラリーの大筋がだんだんと見えてきた。


『じ、実は、困ったことがありまして……。大魔王キミヅカが復活してしまい、世界が滅亡の危機なのです……』


 大魔王キミヅカとは、おそらく宮本先生が女神の衣装を着ているように、魔王の衣装を着た体育教師の君塚先生のことだろう。君塚先生は、普段から強面で生徒から恐れられている分、意外感がものすごい。まあ、引率で来ている先生たちの中で最も魔王感があるけども……。


『そこで勇者の皆さまに各所に散らばる、5人のけ、賢者からスタンプを集めて、大魔王を倒すための力を集めてほしいのです……!』


 引率で来ている先生たち全員を巻き込んだ特殊なスタンプラリーか……。


 確かにこれならサプライズ感もあるし、当日まで秘密にされていてもおかしくない。なにせ、普段は真面目に授業をしている先生たちがコスプレをしてこんな芝居じみたことをするなんて面白くて仕方がない。


『それでは、皆さん! 私の部下の天使たちが配るアイテムがありますので、詳しいことは、それで確認してください。女神の間で待ってます!』


 そう言って、宮本先生が話を締めくくった――。


 話を締めくくった女神カナリアこと宮本先生に生徒たちが拍手を送り始めた。


 ――先生……。あなたはよく頑張ったと思いますよ……。


 顔を真っ赤にしながら後ろへはけていく宮本先生へ、僕はチラリと視線を向け、拍手をした。


『カナリア様、ありがとー! では、勇者の皆さん、大魔王討伐頑張ってください!』


 いつの間にかメガホンを受け取っていた実行委員長が言った。


 おおー! とテンションが上がってきた生徒たちが拳を突き上げ、実行委員長に続く。


 こうして、僕たちの校外学習が本格的に始まった。


 


 






 


 







 


 


 


 




















 


 


 


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