第9話 校外学習1日目①
女神カナリア様こと宮本先生から大魔王キミヅカ討伐の命を受けた、僕たちは、大魔王を倒すための力と言われているスタンプ集めに勤しむこととなった。
ちなみにスタンプラリーの開催地はホテルの近くにあるちょっとした森のような場所で、少しオリエンテーリングっぽい要素も含んでいる。
そして、今はスタンプラリーの開始から1時間半が経過したころだ。
疲れがたまってきたのか、前へ前へと先に進んでいた夏生と内田さんが突然立ち止まった――。
「まさか、ただのスタンプ集めがこんなに難しいとは……」
夏生がげっそりとした顔で言った。
「ほんとだね……」
内田さんも夏生と同様に疲れ切った様子で言った。
そんな2人の様子を見て、僕は、バスではお互いに干渉せずみたいな感じだったけど案外相性がいいのでは……? などと考えた。
僕の視線に気づいたのか、内田さんが――、
「なんか妙なことを考えられてる気がするんだけど気のせい……?」
不服そうな顔をして言った。
「あはは……。気のせいだよ」
何でわかるんだ……? 女子の勘って怖いな、などと考えながらも僕は誤魔化した。
「そう……。ならいいけど」
まだ少し不服そうな顔をしているが、内田さんは僕から視線を外した。
なぜだかはわからないが、僕はホッと息をついた。
閑話休題。話を戻そう。
ただのスタンプ集めだと思っていたが、5人の賢者たちがスタンプ入手のために課してくる試練がただの高校1年生の僕たちにはかなり厳しいものとなっていた。
例えば、数学の賢者を担当している香川先生は、まだ1年生で受験勉強など意識していない僕たちに大学入試レベル(ギリギリ1年生が習う範囲)の問題を解かせてきたり、思った以上にしっかり学生の本分に関連していたのだ。
他のグループがかなり苦戦する中、僕たちのグループには、勉強面で頼れる隊長――真島奈緒がいるため、数学、英語、社会科は今のところ何とかクリアすることができていた。残るは、国語と理科の賢者のみとなっている。
「そういえば、国語の賢者様は、この辺にいるってマップに書かれてるけど、見当たらないね……?」
真島さんがキョロキョロとしながらそれらしき人影を探していた。
「はあ……。あの先生のことだから、どうせ僕たちを驚かせようとでも思ってるんだと思うよ」
僕は、ため息まじりに呆れた様子で言った。
国語の賢者様こと大塚先生は、行事に全力なことで有名な先生だ。実際、文化祭などで、大塚先生のクラスだけやたらクオリティが高かった記憶がある。確かメイドとか執事の衣装を着た生徒が働く喫茶店だったが、なんだかプロに仕込まれているかのような立ち振る舞いだったのは強烈な記憶だ。
そんな記憶があるため、大塚先生はこういったRPGじみた設定のスタンプラリーにも全力を注ぐと考えられ、易々と姿を現すとは思えない。
「ありえそうだね……! でも、ほんとに居なさそうだよ……?」
真島さんがもう一度周囲をじっくり観察しながら言った。
「ああ、真島さんの言う通り、どう見ても、ここにはいなさそうだぞ……?」
「うん、気配も感じない」
夏生と内田さんも諦めた様子で言う。
しかし、3人がそう言うものの、配布されたマップを見る限りこのあたりで間違いない。
「まあ、見てて」
僕は、大塚先生が近くにいるとしか思えなかったため、試しにあることを叫んでみることにした。
「期末テストの文学史の問題の正答率が1%だったとかクソ問題すぎない!?」
僕の大声が森にこだました。
その瞬間――、
『ドサッ!』
近くの木から何かが落ちる音がした。
その音に僕たちは驚き振り返った。
そして、落ちてきた何かの正体を見て、僕はニヤリと笑った。
「こんにちは、大塚先生」
「ったく……。人が気にしてることを言いやがって……」
痛てて、と言いたげに腰を撫でながら国語の賢者様こと大塚先生が言った。
「あはは……。こうでもしないと出てこないんじゃないかと思って……」
「まあ、どんな方法であれ、俺を引きずりだすのが登場条件だからな」
呼び出された方法に不満があるのか、少し機嫌が悪そうな口調で大塚先生が言った。
「いや、それ普通に難しすぎません……? 俺たち普通に移動しそうになりましたよ?」
夏生が苦笑いをしながら言った。
「普通にクエストの入口で待ち構えてる賢者がいるか! 他の奴らはぬるすぎる!」
興奮気味に大塚先生が言った。
そんな大塚先生の様子に若干僕たちが引き気味でいると――、
「そんなことよりもだ、上坂……。喧嘩売ったからには覚悟はできてるんだよな……?」
大塚先生が眼光を鋭く光らせた。
あ、やばいやつかもこれ……。
僕は、本能で悟った。
「この試練は上坂、お前がやれ」
その重たい声に僕は、肩があがりそうになったが、何とか平静を保った。
「わかりました」
僕がそう言うと――、
「上坂君、大丈夫なの……?」
真島さんが心配そうな顔をしながら言った。
言い忘れていたが、このスタンプラリー、実は一度でも試練に失敗すると、強制的に実行委員にスタート位置まで連行され、スタンプラリーの運営側に回されるルールになっているのだ。
そのため、真島さんの心配は当然だ。
そんな真島さんに――、
「うん。大丈夫! こう見えて読書家だから! それに真島さんばかり頼りにしていられないしね」
僕は、安心させるように親指を立てて言った。
「わかった……! 頑張ってね……!」
真島さんがそう言いながら近づいてきて、僕の手をぎゅっと握って言ってきた。
「う、うん……」
予想外の身体的接触のある罰ゲームアプローチの一環と思われる行動に僕は、意識を奪われかけたが、先生の方へ視線を戻した。
「準備はいいみたいだな……? それじゃあ、俺からの試練はこれだ」
「は、はい!」
真島さんに手を握られ、まだ少しドギマギしている僕がそう言うと、大塚先生は1枚の紙を手渡してきた。
僕は、どんな難問が来るんだ……? と身構えた。
しかし、問題を見た瞬間、僕は思わず吹き出しそうになった。
『大正時代の有名な文豪である芥川龍之介の書いた作品を30個書け』
そう、期末テストの文学史の問題がそっくりそのまま出題されていたのだ。
いやいや、どんだけ気にしているんですか……?
「何だ、何か文句あるか……?」
「いえ、何も」
僕はそう言うと、解答用紙に芥川龍之介の書いた本の作品名を書き連ね始めた。
「なっ……!?」
続々と芥川龍之介の作品名を書き連ねていく僕に、大塚先生が驚きの声をあげた。
そんな先生の様子など露知らず、僕は、どんどん作品名を書いていく。
作品名を書き出すこと5分ほど。
「こんなもんですかね……?」
口を開いている大塚先生に解答用紙を渡した。
「あ、ああ……。今、確認する」
先生が我に返り、僕の解答を確認し始めた。
そして――、
「嘘だろ……? 期末テストでも正答率1%だったのに……!?」
誰か正答してくれることを願って再び出題したであろうに、そんなことを大塚先生は呟いていた。
「だって、その1%の正解者僕です」
僕がそう言うと、大塚先生が驚きに満ちた表情を浮かべた。
「そうか……。俺としたことが……。貴重な正解者の名前をほとんどの生徒が未回答だったことによるショックで忘れてしまっていたとは……。申し訳ない……」
「あはは……。いいんですよ。それよりもスタンプを……」
「そうだな……。スタンプ帳を見るに、これで後1つか……。頑張れよ……! さっきから脱落報告が多くなってきているからな」
僕は、多分ほとんどの人が大塚先生のところで脱落しますよ、と言いたかったが言葉を飲み込んだ。
こうして僕たちは、国語の賢者のスタンプを入手し、残された理科の賢者のスタンプ入手に向かうこととなった。
***
「上坂君、すごいね! 私もあの問題できなかったのに!」
真島さんが国語の賢者の試練後、前のめりになって言ってきた。
「あ、いやいや、大したことじゃないよ。僕がただ芥川龍之介好きで全部読んだことあるだけだから……。人数がいっぱいいるアイドルグループのファンがメンバーの名前全員言えるみたいなもんだよ」
「でも、上坂君がいなかったら、あの試練はクリアできなかったよ! ありがとう……!」
僕の顔を下から覗き込むようにしながら真島さんが言った。
罰ゲームじゃなきゃここまでしないだろうに……。
僕は、真島さんの可愛らしい仕草にドキッとしつつもそんなことを考えた。
「いえいえ、役に立てて良かったよ」
社交辞令のように僕は言葉を返した。
「よーし! じゃあ、この調子でラストもクリアしよー!」
真島さんはそう言うと、とても楽し気な様子でズンズンと先に進んでいった。
内田さんもすぐに真島さんの後に続いていき、僕と夏生が少しだけ取り残される形になった。
「来愛さんよ、つかぬことを聞くが、真島さんに構ってもらえて実は満更でもなかったりします……? 好きになっちゃってたりします……?」
思わず殴りたくなってきそうなニタニタとした笑顔を浮かべながら夏生が言った。
「しばくよ……?」
「ったく……。素直じゃないなー」
夏生が呆れたと言いたげな仕草をしながら先に進んでいった。
ありえない……。僕が真島さんに構ってもらえてるのは、罰ゲームだからであって、それを本気にして好きになるなんてありえない……。もちろん、あんな美少女に罰ゲームとはいえ、構ってもらえて悪い気はしない。それは、年頃の男子として仕方のないことだろう。否、そう思わせてほしい。
それに、もし仮に僕が、真島さんのことを好きだとしても、その気持ちは虚構に縋りつくようなものだ。
この真島さんと僕の虚構でできた関係性は、僕が完全に真島さんのことを好きになって告白する時点で崩れ去ってしまう。
もしも、僕が恋愛感情を真島さんに抱いてしまったら何が何でも押し殺して全てなかったことにし、今まで通りに立ち振る舞うか、冷たくするなどをして、真島さんに諦めてもらう外、道はない。
そうして、真島さんとの虚構の関係性を否定しなければ、僕は、僕が6歳のときに母との虚構の関係を涙ながらに切望していた父親と変わらなくなってしまう。あのときからずっと心のどこかにわずかにある嘘をつかずに生きていきたい、そして、あのとき父親に母親たちのことを伝えた僕は間違っていなかったと思いたい、という希望を完全に捨て去ることになってしまう。
そんな愚かなことはしたくない。否、そこまで僕は愚かでない。
僕がそんなことを考えていると――、
「上坂くーん! 何してるのー!? 置いていっちゃうよー!」
遠くから真島さんが大声で僕のことを呼んでいるのが聞こえてきた。
「あ、うん! すぐ行く!」
僕は、すかさず大声で返事をし、真島さんたちの方へ向かった。
これからのことをちょっと本格的に考えないとダメかもな……。
僕は、手を大きく振ってくる真島さんを見てそう思った――。
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