第4話 くじ引き
真島さんに心を乱された朝から数時間が経ち4限目の時間になっていた。
「えっと、ギリギリになってすごくごめんなんだけど、この時間は、感染症の影響で延期になっちゃってた来週末に予定されている校外学習のグループを決めます!」
僕たちの担任の宮本かなえ先生が声高らかに宣言した。
宮本先生は、まだ教師歴2年目の若い先生だ。ついでに永遠の19歳らしい。永遠の19歳を自称するだけあって、生徒たちとの会話もよく弾み、親しみを持ちやすいため、休み時間は「かなちゃん! かなちゃん!」と、男女問わず多くの生徒に声をかけられているところをよく目にする。
「ということで! 早速、くじ引きでグループから決めちゃうよ! あ、後、グループは、全部で10グループで4人組です!」
宮本先生はそう言うと、ドン! と大きな音を立てて抽選箱を教卓に置いた。
先生が抽選箱を置くと、すぐに前の方に座っていた生徒から我先にとくじを引きに行く姿が見受けられた。後ろの方で待機する生徒の中には、当然のように「真島さんと同じグループになりてえ!」などと意気込んでいる男子たちが多数いた。
そんな男子たちの意気込む様子を見て、僕は彼らと対照的に、真島さんと同じグループになりませんようにと心から願った。もしも、真島さんと同じグループになってしまったら、どんな罰ゲームアプローチをされるか分かったもんじゃない。
――罰ゲームだと分かってても、真島さんにアプローチされたら身が持たないよ……。
僕は、ふうと息をついた。
「あれれぇ……? 来愛君どうしたのぉ……? もしかしてもしかして、来愛君も真島さんと同じグループになりたいなーとか思ってるぅ……?」
夏生がわざとらしく僕をからかう口調で話しかけてきた。
――ウザすぎる……。絶対、また変な恋愛嗅覚なるものをきかせてるな……これ……。
どうやら、夏生は、まだ僕と真島さんの間に何かあったと疑ってるみたいだ。
正直、夏生の勘は当たってるけど、ここは、誤魔化さないと……。
いずれバレるかもしれないが、今、話すと暴走されて面倒なことになる予感がしていた。
「むしろ、逆だよ……。真島さんと同じグループになんてなったら、男子たちに殺気を向けられながら校外学習を過ごさなきゃいけないし」
僕は、淡々とした口調で言った。
「つまんねえな……。じゃあさ、誰か他に同じグループになりたい人とかいないの……?」
残念そうに口をとんがらせながら夏生が抽選箱の方へ歩いて行った。
僕も夏生に続いて、くじ引きの列に並ぶ。
「僕は、夏生と同じグループになれればそれでいいよ」
「いや、そういう意味じゃなくてだな……」
夏生は呆れた顔をしていた。
僕は、夏生の呆れた顔を見て、同じグループになりたい女子はいるのか? という質問だったことに気づいた。
「ああ……。そういう……。まあ、実際、そんな人いないし、夏生と過ごせれば本当にそれでいいよ」
僕がそう言うと、夏生は軽くため息をついた。
「まあ、でも、そう言ってくれて嬉しいよ」
そう言う夏生は少し照れ臭そうな顔をしていて、僕までなんだか照れくさくなってきた。
そんな風に会話をしながら、自分たちの番を1分ほど待っているとその時が来た――。
抽選箱の中でがさごそと手を動かして紙を1枚取った。
『グループ5』
僕の引いた紙にはそう書いてあった。
「あちゃー、はぐれちゃったか……」
夏生が僕の引いた紙を見て、落胆する様子を見せた。
僕も夏生の引いた紙を覗きこむと、『グループ2』と書かれていた。
「うわ……。マジか……。くじ引きだからしょうがないか……」
頭ではくじ引きだし仕方ないのはわかるが、このクラスで夏生以上に仲のいい男子がいないため、残念な気持ちを隠し切れなかった。
そんなときだった――。
「うわあ……。美里と違うグループか……。誰か『グループ5』と『グループ2』で変わってくれるやついないかな……?」
最近、付き合い始めたというカップルの田中信二君と中井美里さんが残念そうな顔をしながらそんな会話をしていたのが聞こえてきた。
――都合よすぎないか……? こんなの交換しない手がないでしょ。
そう思ったときには、僕の足は田中君たちの元へ向かっていた。
「ねえ、僕、『グループ5』なんだけど、よかったら『グループ2』のくじと交換してくれない……?」
僕は、先生にばれないように田中君に小声で取引を持ち掛けた。
「マジ……!? いいの!?」
田中君は、顔をぱあっと明るくし、僕の手を握ってきた。
「うん。僕も、夏生が『グループ2』だったから交換したいなって思ってたとこなんだ」
「よし、じゃあ、取引成立ってことで……。このことは内密にな……?」
田中君は、何かやばいものを取引している裏組織の人間のような口調で言った。
「了解……。誰にも見られていないな……?」
僕も、少し悪ノリして言ってみた。
「あはは……。上坂って意外と悪ふざけに乗ってくれるタイプなんだな。このお礼は今度な」
「お礼なんていいよ。僕も助かったし」
僕がそう言うと、田中君は納得したような顔をした。
「そっか……! 困ったときは、お互い様だな」
「うん……!」
こうして、僕と田中君の取引は終わり、再度、握手を固く交わした。
そして、スッとこっそり紙を交換し、僕はその場を去った。
僕が田中君とグループを変わってもらい、夏生の元へ戻ると、夏生がニヤニヤとした顔で僕のことを待っていた。
「いやあ、お主も悪ですなぁ……」
ゴマをこするような仕草をしながら夏生が言った。
「まあ、ずるではあるけど、ウィンウィンの取引だし……」
「そうだな……! まあ、無理矢理、交換を迫ったわけじゃないし、怒られはしないだろ」
夏生がにいっと口角を上げて言った。そして、思い出したかのように言葉を続けた。
「あ、そう言えば、俺たちのグループの他のメンバーって誰なんだ……?」
「あ、確かに誰だろう……? まだ、引かれてないのかな……?」
僕がそう言った瞬間だった――。
「おいおいおい、真島さん、『グループ2』だってよ……」
「えー、俺、『グループ8』なんだけど……。同じグループになった男子いたらマジ許さん」
今、僕と夏生の横にいる男子生徒2人の会話が聞こえてきた。
「ねえ、夏生」
「ああ、俺らに命はなさそうだな」
僕と夏生は、わなわなと震え始めた。
どうやら、さっきは僕のことをからかってきた夏生も自分まで真島さんと同じグループになることになるとは思っていなかったのか、冷や汗をかいていた。
さっきの2人の会話を聞いていたのは僕と夏生だけでなく、男子生徒たちが少しばかり殺気をもらしながらそわそわし始めていた。
僕は、これは自分がずるをして夏生と同じグループになった報いか……?と思った。
そんなことを考えていると――、
「えっと、『グループ2』の人……。どこにいますかー?」
真島さんが『グループ2』と書かれた紙を天高く掲げ、呼びかけていた。
真島さんと同様に内田さんもひらひら~と『グループ2』と書かれた紙を掲げている。僕は、人脈の広い内田さんが真島さんと同じグループになるために何人かに取引を持ち掛けたのだろうと推測した。
僕と夏生は、意味もなく、すすっと、教室の隅の方に移動した。
しかし――、
「あ、『グループ2』なら、上坂と末吉だよ」
さっき、僕が取引をした田中君が真島さんに声をかけていた。
――あっ、オワッタ……。
瞬間、クラスのほとんどの男子生徒たちの視線が僕と夏生に向けられた。
「「ひいっ……」」
僕と夏生は、殺気のこもった視線を向けられ、怯えた声を出してしまった。
そんな僕たちのことなんて露知らず、真島さんがニコニコとしながら僕たちの方へ歩いてきた。その後ろには、ウサギのように可愛らしい足取りで内田さんが続いている。
「上坂君、よろしくね!」
真島さんが満面の笑みを僕に向けてきた。
――マジですか、校外学習でも罰ゲームアプローチ続いちゃう感じですか……。
想定していた中でも最悪の事態だ。
僕にできることと言ったら、真島さんからのアプローチは嘘告白の延長線であることを常に忘れずに身構えることのみだ。
「う、うん……。よろしく……」
一瞬、他の男子とグループを交換しようかと思ったが、先生もばっちり今の状況を見ているため、動くに動けなかった。
「末吉君もよろしくね……!」
「は、はい……! こ、こちらこそよろしくお願いします!」
夏生は、真島さんと初めて話すのか、ガチガチに緊張していた。
「私もよろしくねー」
真島さんの後ろからひょこっと顔を出して、内田さんが言った。
「「こちらこそ、よろしくね」」
――内田さんも人気あるみたいだし、マジで殺されるぞ……。
僕は、内心震えながら挨拶をしていた。チラリと夏生を見ると、夏生も同じみたいだ。
――早く、この時間が終わってくれ……。
僕は、そう願うことしかできなかった――。
このまま、僕と夏生は、クラスの男子たちから殺気を向けられ続け、耐えきれなくなり、4限後の帰りのホームルームが終わった瞬間、一目散に廊下へと飛び出していった。
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