第16話 校外学習2日目⑤


 夕食を昨日と同様に男女別で取った後、僕と夏生は外に出て、キャンプファイヤーの集合場所へ来ていた。


「やっぱ、校外学習といったらキャンプファイヤーだよな!」


 少し興奮気味に言う夏生と同じように、他の生徒たちも興奮気味なようで、校外学習の目玉イベントを前にわいわいとしながら会話をしている。


「ドラマとかアニメでもよくある定番イベントだからね」


 実際、僕が大好きな漫画や、ライトノベルでもお約束イベントのように発生するイベントで何度も目にしてきている。ついでに、漫画やライトノベルの世界では、キャンプファイヤーのときに好きな人を誘って一緒に踊ると結ばれるみたいな謎のジンクスがある。


 どうやら、この謎ジンクスは、現実世界でも有効みたいで、周囲の生徒たちの会話に耳を澄ませると「おい、キャンプファイヤーで一緒に踊った男女が結ばれるって聞いたんだが」と噂し、各々の好きな人に想いを馳せている会話が聞こえてくる。


 そんな会話の中に――、


「俺、真島さん行くわ!」


 真島さんを誘おうと言う男子生徒の声が聞こえてきた。


 僕は、その声がした方を振り向く。


 無意識の行動だった。


 振り向いたはいいが、声の主はわからずじまい。僕は、顔を前に戻した。


「やっぱ、気になるよなー。キャンプファイヤーで一緒に踊った男女が結ばれるとかそんな馬鹿げた話はありえないとは思うが、誰と一緒に踊るかは重要だよな」


 夏生がいつも通りニタニタとした笑顔を僕に向けていた。


「つまり、何が言いたい……?」


「要するに、来愛が真島さんに選ばれるといいな! ってことよ!」


 親指を立てながら言う、夏生に僕はため息をついた。


「さすがに、そんな都合のいいこと起こらないでしょ……」


 僕は、漫画とかライトノベルの世界じゃあるまいし……と思いながら言った。


「あれ? 来愛、真島さんにキャンプファイヤー、誘われたいんだ……?」


 いつものニタニタとした笑みをさらに色濃くした顔をしながら夏生が言った。


 僕は、そう言われて、自分が無意識に都合のいいことが起きてほしいと思っていたことに気がついた。


 そうはいっても、僕の心の表層には、あれは嘘告白だから騙されるな、と言う自分もいるため混乱してしまう。


「ああ、いや、まあ……」


 口どもる僕に、夏生がにっ、と歯を見せながら僕の肩に手を置いてきた。


「いい傾向だな……!」


 夏生がうんうん、と首を縦に振っていた。


 僕は、何ともいうことができずに、黙り込むことしかできなかった。


「まあ、もっと前の方に行こうぜ! 真島さんに選ばれなかったら俺が一緒に踊ってやるからさ!」


「いや、普通に夏生と踊るつもりだから」


 真島さんと一緒に踊ろうものなら、キャンプファイヤーが終わった後には、僕の命は潰えているだろう。わざわざ、危険を冒してまで真島さんと踊るなんてそんなことはできない。否、したくない。


 ――まあ、心のどこかで真島さんと一緒に……なんて考えている自分もいるのだけど……。


 そんなことを考えていたときのことだった――。


「ねえねえ、上坂君見なかった……?」


「来る途中で見た気がするけど……」


 真島さんが僕のことを探して、近くにいた女子生徒に声をかけているのが聞こえてきた。


 幸い周囲には生徒がたくさんいるため、まだ僕の姿は視認されていない。


「夏生、僕は、ちょっと夜風にあたってくるよ」


 僕は、そう言い残して人気のない方へ駆け出した。


「あ、おい! ちょっと!?」


 夏生が急に駆け出した僕に驚いて、後ろから何かを叫んでいるが、僕はそんなことは構わず、走り続けた。


***


 あてもなく走り続けている内に、ベンチを見つけた。


 体育の授業以外でまともに運動をしない僕は、もう既に息も絶え絶えだったため、ベンチに腰掛けることにした。


 ベンチに腰掛け、僕は、はあ、と息をついた。


 キャンプファイヤーの会場から大分遠ざかったみたいで、生徒たちの喧騒は聞こえない。


 かなり遠くに来てしまったのではないか? と不安になったが、少し離れたところにホテルが見えたため、僕は安心してホッと胸を撫でおろした。


 ふと、夜空を見上げると、雲ひとつない綺麗な星空が広がっていた。


 周囲の明かりがあるため、明かり1つない山で見えるものほどではないのだろうが、自分が普段見ている星空よりもずっと美しい。


 そんなことを考えながら星空に見惚れていると――、


『ピロン!』


 スマホが通知音を鳴らした。


 ポケットからスマホを取り出し、確認すると夏生からのメッセージだった。


『急にいなくなってどうした? かなちゃんが上坂君がいない!? ってめちゃくちゃ心配してるけど……?』


 僕は、宮本先生があたふたとしているのを想像して、くすりと少し笑みをこぼした。


『なんか真島さんが僕のこと探してたから逃げた。宮本先生には、少し人酔いしたから、少し離れてますって誤魔化しておいて』


 僕は、少し自意識過剰みたいで嫌だなと思いながらも、夏生に返信を送った。


 せっかくここまで来たし、少しゆっくりしていこう……。ちょっと静かなところで考え事もしたいし……。


 そう思って、再び星空を眺めようと上を見上げた瞬間――。


『ピロン!』と再びスマホが通知音を鳴らした。


 僕は、手に持ったままだったスマホのスクリーンに再び目を向けた。


 また夏生からメッセージが届いていた。


『すまん! かなちゃんと真島さんが来愛のこと探しに行った……!』


 






 


 






 



 






 


 


 



 


 


 


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