第18話 きまずい


「じゃあ、そういうことで……! 真島さん、上坂君のことよろしくね!」


 宮本先生は、真島さんに僕を保険の先生のところまで連れていってほしい旨を伝えると、信じられない速度で走りだし、その場を去った。


 いや、あれ、速すぎない……!?


 僕は、唖然としながら、宮本先生の背中を見送った。


「先生、すごく早いね。さすが、元陸上部って感じだね」


 真島さんがくすりと笑った。


「先生、陸上部だったのか……。初耳だよ」


 僕も真島さんにつられて笑う。


「インターハイまでいったとかそんな噂も聞いたことあるよ」


「そんなにすごい人なの……!?」


「普段、ほんわかした感じだから意外だよね」


「ね。何で体育の先生にならなかったんだろうね」


「確かに……。何でなんだろうね……」


 そんな会話をしながら僕は、内心焦っていた。


 ――いやいや、先生が陸上部だったことなんて、どうでもよくはないけど、今は、それどころじゃない。


「「……」」


 僕の懸念していた通りすぐに会話は途切れてしまった。


 気まずい空間が流れ、木々がざわめく音が聞こえる。


 こうなると分かっていたから、先生に一緒にいてほしかったんだよな……。


 無理矢理押し切ってきた、先生に心の中で毒づく。


「とりあえず、歩こうか……?」


「うん……」


 真島さんに問いかけられた僕がそう言うと、僕たち2人は並んで歩き始めた。


「はあ……」


 歩き始めるなり、僕は、静かにため息をついた。


「えっと……その……ごめんね……? やっぱり、私と2人きりは嫌……?」


 僕のため息が聞こえてしまったのか、真島さんが不安気な表情で僕のことを見ていた。


「あ、いや、別にそういうわけじゃ……」


 正直、真島さんがどんなつもりで僕にここまでするのか真意がわからないため、嫌と言えば嫌なのだが、そんなことを本人に言えるわけがない。


 それに、そんなことを思っているのにも関わらず、僕の制御を離れた心臓が普段よりも激しく脈打つのが気持ち悪い。


 平静を装おうとするので手一杯だ。


「ううん……。隠さなくていいよ、ごめんね……。一度、告白してきて振った女子と2人きりなんて気まずいよね……」


 急に真島さんが、今までタブーのように扱っていた、あの日の告白について触れた。


 いや、ほんとに、そうですよ……。どうして、ここまでしてくるのかわかんないし、困惑しますよ。


 内心、真島さんからあの日の告白に触れてくるとは思わなかったため、驚きつつもそんなことを思った。


 心の中で真島さんの言葉に頷いていると、僕は、違和感に気づいてしまった。


 ――それにしても、これじゃ、嘘告白がまるで嘘だったみたいじゃないか……。


 真島さんの独白でさらに僕は、混乱していく。


「ま、まあ、気まずくないとは言えないかな……」


 何か返さないと、と思って、出てきた言葉はこれだった。


 もっと気の利いた表現があるかもしれないが、このときの僕にはこれが精いっぱいだった。


「そう……だよね……」


 僕の言葉に真島さんが沈んだ表情を見せる。


 その表情にチクりと胸が痛むのを感じる。


「うん……」


 僕は、それ以上言葉を返すことができなかった。


 正直、この胸が痛む理由は何となくわかってはいる。


 でも、僕は、この感情を無視しなければならない。


 全ては、自分の理想とする嘘をつかないでお互いに愛し合うことができる関係性、虚構に希望を見いださない関係性を築きたい、と願う僕自身に嘘をつかないためだ。


 そんなことを考えながら、僕は、なるべく真島さんの顔を見ないようにしながら歩を進め続けた。






 






 






 


 






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