第1話 正直者なんていない


「ずっと前から上坂かみさか君のことが好きでした! 付き合ってください!」


 高校1年の3月、夕日が放課後の教室を照らす中、僕こと、上坂来愛かみさからいあは告白されていた。


 それも、僕と同じ学年の女子生徒の中でも人気の高い真島奈緒まじまなおにだ。おそらくだが、僕の知る限り、学年1の人気者と言っても過言ではないはずだ。


 容姿端麗でいて、学業の成績もトップとまではいかないが、そこそこ優秀。それでいて、性格も本当に裏表がなく、みんなが口を揃えて「こんな正直者、初めて見た」と言うほどだ。


 普通の男子ならここで喜ぶところだろう。しかし、僕は知っている――。


 この告白がであることをだ。


 そんなありきたりな話あるのか……? と言われるかもしれないが、先生に頼まれていた資料の整理を印刷室で終え、荷物を取りに戻ろうと僕が廊下を通った時のことだった――。


『ねえ、告白の約束忘れないでよー』


『そうだよー。そういう罰ゲームだし!』


 そう友人たちに詰め寄られ、真島さんが慌てふためいている様子を見たのだ。


 ――どうりで僕が横を通り過ぎたとき、「あ、やば!」みたいな会話が聞こえてきたわけだ……。


 そして、今、自分が置かれている状況を考えれば、この告白が嘘告白であると判断するのは容易なことだった。


 僕は、心の中でため息をつき、肩を落とした。


 ――何が正直者だ……。みんなに正直者だと言われている真島さんでさえ、友達との関係を守るためにこんな嘘告白をするなんて……。


 僕は、常日頃から頻繁にというわけではないが少なからず嘘をつく。クラスメートの誰だって、1日に数回は何かしら嘘をついているだろう。僕は、そんな僕たちと正反対の存在――真島さんを尊敬していたため、とても残念な気持ちになった。


 ――やっぱり、嘘は必要なんだな……。


 僕は、幼い時に悟ってしまったこの世の真理を再び思い知らされ、同時に悲しいものを感じた。


 そんな風に僕が残念な気持ちを感じていると――、


「それで……。返事を聞かせてくれるかな……?」


 真島さんは、手を胸元でそわそわとさせながらながら言った。


 ――嘘告白なのに、そんなに緊張する必要なくない……?


 僕は、違和感を覚えつつも、そんな真島さんに――、


「ごめん……。僕は、真島さんのことをよく知らないんだ。だから付き合えないよ」


 至極まっとうな返事をした。


 嘘告白をしてきた相手と付き合うような人はそう多くはいないだろう。


 ――マジで嘘告白だと気づけて良かったわ……。


 知らずにうっかり告白を受けていたら、危うく恥ずかしさとかショックとかで学校に行けなくなるところだった。


 女子にあまり告白されたことなどない僕は、もしも、嘘告白だと知らなかったらこの告白を了承していたかもしれない。


 嘘告白だと知らずに舞い上がり、真島さんの告白に「いいよ!」と言った後、ネタばらしをされて絶望している自分の姿を想像した。


 僕は、そんな自分の姿を想像し、そうならなくてよかった、と心の底から安心する。


 しかし、そんな僕を他所に――、


「そっか……。そうだよね……! ごめんね!」


 真島さんは困ったような微笑みを浮かべ、そう言うと、踵を返し、教室から飛び出していった。


 1人ぽつんと教室に取り残された僕は、嘘告白の割には、すごく手が込んでいるなと驚きながらも、帰り支度をすることにした。


 ――まあ、嘘告白だったし、気にすることないか……。


 僕はそう思いながら、スマホをブレザーのポケットから取り出した。


『今日も悪いんだが、夕飯の支度任せてもいいか……? 少し、仕事が立て込んでて……』


 スマホを取り出し確認すると、父親からメッセージが届いていた。


「了解! っと……。まあ、いつも通りだけどカレーでも作ろうかな」


 僕は慣れた手つきで返信し、スマホをしまうと、カバンを持って教室を出た。


「あ、豚肉切れてんじゃん! 帰りに買っていかないと!」


 周囲に誰もいないことをいいことに独り言を言いながら廊下を歩いていた。


 僕は、このときには、夕飯の支度に気を取られ、嘘告白のことなんて完全に忘れ去っていた――。






 


 


 


 


 


 


 

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