第2話 嘘告とはいえ気まずいものは気まずい


 真島さんに嘘告白をされた次の日――。


 いつものことではあるが、父親と自分の分の弁当を作るために早起きをした僕は、教室に早く着いたため、ホームルームの時間が来るまでスマホで音楽を聴きながら本を読むことにした。


 ふと、教室によくある時間が1分くらいズレている時計を見れば、7時35分。


 現在、教室には僕を除いて誰もいない。


 1年生の3学期になって、すっかり高校生活に慣れた生徒たちは、部活動をしている生徒を除けば、登校しようと思う時間ではないだろう。


 ――誰にも邪魔されずに読書できるこの空間は最高だな……。


 僕は、一仕事終えた後のこの朝のひとときがとても好きだ。


 しかし――、


「おはよう! 今日も早いな!」


 とんでもなく大きな声が突然聞こえてきた。


 僕の好きな朝のひとときはいつもだいたいこのようにして終わる。 


 僕は、イヤホン越しでも聞こえてくる声に心臓を跳ね上がらせつつも、本をそっと静かに閉じ、顔を上げた。そして、イヤホンを外しながら言った。


「朝から、でかい声でいきなり挨拶するのはビックリするからやめてくれって前からいってるでしょ……」


「すまんすまん! イヤホンしてるし聞こえないかなー? って思ってだな……。まあ、毎朝のルーティンみたいなもんだし気にしないでくれ!」


 まだ朝だというのに、昼間のテンションで僕に話しかけてきたのは、僕の数少ない友人であり、僕と同じクラスの男子生徒――末吉夏生すえよしなつおだ。


 夏生は僕の次に教室に来るのが早い。そのため、こうして必然的に顔を合わせることが多く、ありがちなことではあるが顔を合わせている内によく話すようになったのだ。


「いや! 気になる! まあ、夏生が来るまでイヤホンして音楽聞いてる僕も悪いけどさ!」


「そうだぞ! これからも音楽聞きながら読書したいなら俺の朝一番の挨拶に耐えることだな!」


 僕たちが、その後もいつものように軽口をたたき合ったり、他愛のない話をしている内に何名かちらほらとクラスメートたちが教室にやってくるようになった――。


 クラスメートたちがおはようと軽く手を上げ挨拶をしてくるため、夏生と僕も軽く手を上げ挨拶をする。


 特に彼らとは日常的に関わるわけではないが、こうして軽く挨拶をする程度には仲は悪くない。


 おはようと言いながら続々とやってくるクラスメートたちに分け隔てなく全員に挨拶を返し続けていると――、


「あっ……」


 僕の前で誰かが立ち止まった。


 真島さんだった――。


「ああ、真島さん、おはよう……」


 僕は、真島さんの顔を見て、すっかり忘れていた嘘告白のことを思い出し、少し気まずさを感じた。


「――うん……。おはよう……」


 真島さんもいくら嘘告白だったといえど、気まずさを感じているみたいだった。


 僕に挨拶をするなり、真島さんは、スタスタと自分の席へと歩いて行った。


「えっと……。つかぬことを聞くが……来愛、真島さんと何かあったか……?」


 夏生が真剣な悩みなら聞くぞ? と言いたげな口調で言う。しかし、その表情はニヤニヤしているため、僕は、夏生が何を考えているか容易に想像することができた。


 ――真島さんに嘘告白されたとか、夏生にだけは、絶対に言いたくない……。


 過去に恋愛関係の相談ごとを夏生にした人が、夏生の暴走で酷い目に遭ったという話を聞いたことのある僕は、変なお世話を焼かれたくなかった。


「何もないよ。そもそも、僕と真島さんに接点なんてないし」


「ええ……。本当か……? 俺の恋愛嗅覚は反応してるんだけどなー……」


 夏生は、訝し気な顔をしながら僕を見ていた。


「誤反応だ」


 僕は、きっぱりとした口調で言った。


「まあ、来愛がそう言うならそうなのか……」


 きっぱりと断言され、諦めたのか残念そうな表情を顔に浮かべながらも夏生は言った。


「ああ、そうだよ。だから、この話は終わり……!」


「そうだな! まあ、それはさておき、ずっと聞いてみたかったんだけど、来愛ってうちのクラスの女子だと誰がタイプなんだ!?」


 夏生は、話題を恋愛関係から逸らしたかった僕のことなど露知らず言った。


 どうやら恋愛嗅覚が刺激されてしまった夏生は恋バナをしたくて仕方なくなってしまったようだ。


「それは教室でするような話じゃないと思うんだけど……」


 僕がそう言うと――、


「まあ、確かにそうだな……。で、誰なんだ……?」


 声のボリュームを下げればいいと思ったのか夏生が小声で聞いてきた。


 ――これ、絶対に話すまで、今日の話題は永遠にこれになるな……。


 僕は、そう考え、諦めた。


「正直、外見だけだったら真島さんはかなり好みだよ。決して好きってわけじゃないけど」


 僕は、昨日、嘘告白されたことを思い出しながら小声で言った。


 僕は、嘘は必要であると考えるが、もちろん、嘘をつかれるのは好きではない。そして、特に人の気持ちを弄ぶような嘘だけは許せないのだ。


 嘘は誰かを傷つけないためにあるのであり、人を傷つけるためにあるわけではない。


 それが僕の思う嘘の在り方だ。これは、僕だけでなく、みんなが思っていることだと思う。


 別に昨日の1件で傷ついたわけではないが、もしも嘘告白だと知らなかったら……と思うと、僕は、真島さんのことを許せないだろうなと思った。


 僕がそんなことを考えていると――、


「おお! やっぱり、来愛もか! 真島さんいいよな!」


 夏生が興奮気味に言った。


「馬鹿! 声がでかい!」


 僕は、夏生がこれ以上余計なことを口走る前にと思い、慌てて夏生の口を塞いだ。


 ――真島さんに聞かれてないよな……?


 僕は、真島さんの方へチラッと視線を向けたが、真島さんは、スマホを見ていて、こちらを気にしている様子はない。


 僕は、ホッと息をついた。


 僕がホッと息をついていると、夏生がふごふごと言いながら、僕の腕を叩いていた。


「あ、ごめん」


 僕はそう言い、夏生の口から手を離した。


「はあ……。すまんすまん……。俺としたことがつい、興奮してしまった……」


「まあ、本人に聞かれてなかったみたいだし……。今度から気をつけた方がいいよ」


「返す言葉がない……」


 夏生がカリカリと頭をかきながら言った。


「それにしても、外見はかなり好みなのに何で好きじゃないんだ……? 学校でも正直者で性格もいいって言われてるのに」


 夏生は、不思議そうな顔をしながら言葉を続けた。


「正直者ねえ……」


 僕は、再び真島さんの方へ目線をやり、昨日、嘘告白をされたことを思い出しながらボソッと小声で呟いた。


 そうしていると、真島さんと目が合ってしまい、僕は、慌てて目を逸らした。


「来愛……? どうかしたか……?」


「いや、何でもないよ。言われてみると何でかな? って思っただけだよ」


「まあ、そういうこともあるのか……。もしも、来愛が真島さんのこと好きになったらできる限りサポートすっから頼ってくれよな!」


「あはは……」


 ――夏生のサポートは心配だな……。


 僕は、噂を鵜呑みにしているわけではないが、夏生なら本当に暴走しかねないと思い、少し心配になった。


 しかし、その心配は必要ないなと僕はすぐに思い直した。


 なぜなら、僕が真島さんを好きになるなんて、嘘告白をされた以上、ありえないのだから――。


 




 











 


 


 




 


 


 








 


 

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