第6話 バスの中での事件

 

 球技大会からはや1週間が経ち、3日間に渡る校外学習の日がついにやって来た……否、やって来てしまったのだが――。


 どうして、こうなった……?


 校外学習の目的地へ向かうバスの中で僕は、隣の席にチラリと目を向けた。


「校外学習楽しみだね……!」


 僕からの視線に気づいた真島さんがニコニコと僕に微笑みかけながら言った。


「う、うん……! そ、そうだね……!」


 そう言う僕の様子は、いつになくぎこちない。


 見ての通りだが、僕は真島さんの隣の席に座っている。


 真島さんが窓際で僕が通路側だ。


 グループでまとまるようにと先生から指示があったため、僕は、当然のように夏生の隣に座ろうとしたのだが、内田さんが「私、末吉君の隣がいい」などと言い出し、真島さんの隣にされたのだ。内田さんから放たれていた圧には、有無を言わさない何かがあり、気づけば、僕は、コクコクと首を縦に振っていた。


 ふと後ろに座る夏生たちの方を見ると、あれほど夏生の隣がいいとごねた割には、内田さんは、イヤホンをつけ、スマホで動画を見ている。


 そんな内田さんを見て、夏生は、苦笑いを浮かべていた。


 ――うん、何が何だかわからない。


 僕は、一瞬、内田さんが夏生のことを好きとまではいかなくても気になっているのでは? と邪推したが、今の内田さんの様子を見るにその線はないだろう。


 これも罰ゲームアプローチの一環か? とも思ったが、ここまでする必要はあるのだろうか? と疑問に思える。


 僕は、どうしてこんな状況になったのかを考え、なおさら分からなくなった。


 それに、先程から近くの席に座る男子たちから殺気を向けられ、気が落ち着かず、息がつまりそうだ。


 早く解放されたいと思いながら僕は、肩を落とし、うなだれた。


「どうしたの……? 上坂君、大丈夫……?」


 真島さんが心配そうな顔をしながら言った。


「あ、ああ……! うん……! 大丈夫大丈夫……! 校外学習が楽しみ過ぎて寝不足でさ……!」


 僕は、苦し紛れの言い訳をした。


 高校生にもなって校外学習が楽しみ過ぎて寝れないなんてそんな話を信じる人がいるだろうか……? と思いつつも、僕には、この言い訳しか思いつくことができなかった。


「そっか……。それじゃあ、着いたら起こしてあげるから、それまで寝たらいいんじゃないかな……?」


 真島さんがどこか残念そうな顔をしながら言った。


 ――そんな顔されるとものすごく申し訳ない気持ちになってくるんですが……。そりゃ、まあ、隣の人が寝たら暇になっちゃいますもんね……?


 僕は、そう思いつつも、だんだんと増えてきていた殺気に耐えられそうになかったため、真島さんの提案を受け入れることにした。


「悪いんだけど、お願いしてもいいかな……?」


「うん……! 任せて……!」


「ありがとう……! それじゃ、そういうことで……」


 これで、クラスの男子たちも安心するはず……。


「「「ほっ……」」」


 僕の予想通り、近くの男子生徒たちがあからさまに息をつくのが聞こえた。


 これで良し……。


 僕は、そのまま、目を閉じ眠ることにした。


 バスの走行音と時々聞こえてくるクラスメートたちの話声が子守歌になってくれ、本当は寝不足じゃなかったのにも関わらず案外早く寝ることができた。


***


 どのくらいの時間が経ったのかは、わからないが、車内が少し騒がしいのを感じた僕は、うっすらと目を開けた。


 ――少しざわついてるけど、どうしたんだろ……?


 僕は、寝ぼけた頭で周囲の状況を把握しようと試みた。


 何やら『パシャ! パシャ!』とスマホのカメラで写真を撮影している音が聞こえてくる。


 ――写真……? なんか面白いものでもあるのかな……?


 僕が不思議に思ったときだった――。


 今までに感じたことのない身の毛もよだつほどの殺気を複数感じた。


 その殺気で眠気が一気に吹き飛び、僕は事態を把握してしまった。


 なんで……? なんで、真島さんが僕の肩を枕にして寝てるの……?


 事態を把握した僕は、うっすらと開きかけていた目を慌てて閉じ、狸寝入りに転じた。


 ――今、起きたらマジで命がない……。


 今の僕にできることといったら、せめて全男子が羨むような時間を認識しなかったという事実を生み出すことだけだ。


 写真を撮っているやつらは、きっとスキャンダル好きな女子たちだろう、と推測した僕は、その点に関しては知らぬ存ぜぬを貫くことにし、諦めた。


 それからの僕は、うっかり起きている様子を見せないことに必死だった。


 普段は、くしゃみをしたくなる瞬間なんて滅多に来ないのに、こんなときに限って、くしゃみをしたくなったり、我慢の連続で、それはもう地獄の時間だった。


 結局、真島さんが目を覚ましたのはバスが目的地に到着した時で、僕は、約束通り、真島さんに起こされたふりをした。


 






 



 


 




 


 





 

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