第19話 窮地
「「……」」
僕と真島さんの間には、未だに気まずい空気感が流れている。
――いい加減この状況、何とかしなきゃだよな……。
そうは思うものの、僕は、1歩を踏み出すことができない。というのも、真島さんが構ってくれるというこの状況を心地良く思っている自分が邪魔してくるのだ。
――お前が切り出してしまったら、もう真島さんが構ってくれなくなるかもしれないぞ、と。
しかし、自分の理想とする関係性、願いを実現するためには、この声は不要だ。
無視しなければならない。
自分でも矛盾しているのはわかっているし、これ以上振り回されるのは良くない。
真島さんと2人きりで話せる機会なんて、そう滅多にない。その上、先ほど、真島さんからあの日の告白の件を切り出してきたのだ。
――真島さんがどういうつもりで僕にアプローチしているのか聞くなら今しかない。
ここで逃げたら、今までと同じように困惑する日々が続くだけだ。
僕は、深呼吸をする――。
今、この瞬間、ちゃんと真島さんに話を切り出そう。
そう僕は決心し、少し遅れて僕の後ろを歩く真島さんの方へ立ち止まり向き合う。
「上坂君……? どうかした……?」
真島さんも立ち止まり、きょとんとした顔をしながら言った。
「えっと、その……」
話を切り出そうと決心したというのに、いざ言葉にしようと思うと口ごもってしまう。
――ああ、もう……。もう邪魔しないでくれ……。
僕は、本当にそれでいいのか? と最後の抵抗をしてくるもう1人の自分の声に言う。
「上坂君? どうしたの? また具合悪くなっちゃった……?」
黙り込む僕に心配そうな顔を浮かべながら真島さんが駆け寄ってきた。
もう悩むな。これ以上、困惑し続けて、今みたいに気持ち悪い相反する感情に振り回される方が嫌だ。
僕は、駆け寄ってくる真島さんを見ながら自分自身に言い聞かせる。
そして、口を開いた。
「あ、ううん……! あの、聞きたいことがあって……」
「上坂君が私に聞きたいこと……? 何かな……?」
真島さんが首をかしげた。
往生際の悪いもう1人の自分の声が最後の抵抗をしてくるが、もうここまで来たら構ってはいられない。
『あの日の告白のことなんだけど』
僕がそう言おうとした瞬間だった――。
ドドドドドドドドド! とものすごい足音が遠くから聞こえてきた。
――え……? 何……? この足音……。
真島さんも地響きのような足音に気づいたみたいで、困惑した様子を見せていた。
そして――、
「かみさかぁぁぁっっっ!!!! どこだぁぁぁっっっ!?」
足音が近づいてくるにつれて怒声が聞こえるようになった。
うわ、マジですか……。
――宮本先生……。失敗したんですね……。
僕は、自信ありげな顔でうまいこと説明しておく、と言っていた担任教師の顔を思い浮かべ、思わず頭を抱えた。
とりあえず、今、クラスメートの男子たちに見つかるわけにはいかない。
間違いなく面倒なことになる。
「真島さん、こっち!!」
「か、上坂君!?」
僕は、真島さんの手を取って、木が多く並んでいる方へと駆け出し、木の陰に隠れた。
***
「結構、遠くまで来たはずなのに上坂はおろか真島さんもいないぞ……? どうなっているんだ……?」
僕と真島さんのことを探しに来たらしいクラスメートの1人が言った。
――なんでよりにもよって、ここで立ち止まるんだよ……。
僕は、心の中で僕と真島さんが隠れている場所の近くで立ち止まったクラスメートたちに毒づいた。
「か、上坂君……。そ、その……手が……」
真島さんが顔を真っ赤に染めながら言う。
僕は、隠れることに必死で真島さんの手を握ったままだったことに初めて気づいた。
「ご、ごめん……」
僕は、そう言うと、慌てて握っていた真島さんの手を離した。
「う、ううん……。それよりも、みんないなくなる様子がないね……」
「多分、ここら辺で待機していれば、僕たちと遭遇できると思ってるんじゃないかな……?」
いくつか道はあるが、この道がホテルまでは最短ルートであるため、おそらく僕がこの道を通るだろう、と踏んでの行動だと思われる。
――クラスの男子たちが撤退するのを待つしかないか……。
今、僕にとっての最適解はそれしかなかった。
しかし、それはあくまで最適解であるというだけで、だんだんと男子たちは僕たちへと近づき始めている。
「おい! この辺から真島さんの香水の香りがするぞ!」
「本当か!?」
中々やばい発言をしているやつがいるが、クラスの男子たちは、一切咎めることなく、わらわらとこちらの方へ集まり始めた。
――まずいまずい……。このままじゃ、さすがに見つかるんじゃ……?
こうなってくると、真島さんにあの日の告白とその後の態度の真意を聞くことは諦めて、僕1人で投降するしかない。
「真島さん、僕はあいつらに投降するから、タイミングを見て、戻るんだ」
真島さんが投降するという手もあるが、そうすると、真島さんとキャンプファイヤーで踊る権利の争奪戦が勃発しそうなため、悪手だろう。
「でも、みんなの目……完全に血走ってるよ……?」
立ち上がって投降しようとする僕を真島さんが止める。
「いや、でも、このまま2人とも見つかるよりは……」
僕がそう言った瞬間だった――。
『チャリンチャリン!』
自転車がベルを鳴らす音が風に乗って聞こえてきた。
『チャリンチャリン!』
『チャリンチャリン!』
最初は1台分の音しか聞こえなかったが、距離が近づいてきたのか自転車のベルの音が2台分に増えた。
なんで自転車が……?
ホテルで自転車の貸し出しを行っているのは知っていたが、こんな時間に自転車でこんな場所を通過する意味がわからない。
そう不思議に思った僕は、木の陰から自転車のベルが聞こえてくる方角を見ようとした。
その瞬間だった――。
「お、おい……。な、なんだよあれ……」
僕たちを捜索に来ていたクラスの男子の1人が震えながら、自転車のベルが聞こえてくる方角を指さした。
僕もつられて、木の陰からその方角を見る。
――なんだ、あれ……。
思わず、心の中でクラスメイトの男子と同じことを呟いてしまった。
なぜなら、僕の視線の先には、恐ろしく異常な光景が広がっていたからだ。
『『キィィィィッッッッ!!!!』』
猛スピードで接近してくる自転車が急ブレーキをかけクラスの男子たちの前に立ちふさがった。
「な、なんだよ、このウサギ……」
クラスの男子の1人が震えた声で呟いた。
そう、自転車でこちらに向かってきていたのは、住宅展示会で看板を持ったり、風船を配ったりしていそうなウサギの着ぐるみだったのだ。
「「……」」
ウサギの着ぐるみたちは自転車にまたがったまま、ひとことも発さずにクラスの男子たちをじっと見据えている。
――いや、本当に何……? この状況……?
「上坂君……何あれ……。怖いよ……」
突然現れたウサギの着ぐるみに怯えた様子の真島さんが僕の背中に隠れた。
こんなときだというのに、真島さんの体温を背中で感じ、ドギマギとしてしまう。
しかし、どう見ても緊急事態だ。ドギマギしている場合じゃない。
僕は、そう思い、少し暴れはじめた心臓を落ち着けた。
そうこうしている内に、ウサギの着ぐるみの片方がものすごい勢いで自転車のベルを鳴らし始めた。
まるで牛が走る前に前足で地面を蹴っているようだった。
相方のウサギも『チャリンチャリンチャリンチャリン!』と続くようにベルを鳴らし始めた。
――こええええええええええ……!!!!
怯える真島さんが僕の背中にしがみつくように隠れている上、ここで見つかるわけにはいかないため、実際に叫びはしなかったが、心の中では思い切り叫んでいた。
恐怖でつーっと額から冷や汗が落ちる。
そんな風に息を殺して、様子を伺っていると、ウサギの着ぐるみたちが自転車のペダルに足をかけた。
「逃げろぉぉぉっっっ!!!!」
誰かがそう叫ぶとクラスの男子たちはみなキャンプファイヤーの会場の方角へと駆け出した。
彼らの背中をウサギの着ぐるみたちが追いかける。
――あれ? なんか助けられた……のか……?
ウサギの着ぐるみたちの背中を見送りながら僕は思った。
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