第20話 ファースト・ステップ


 謎のウサギの着ぐるみたちの襲来から数分後――。


 僕が見逃していただけで潜んでいるクラスメートがいるかもしれない、と警戒していた。しかし、数分経っても、人の気配がしないため、ほっと、胸を撫でおろした。


 そんなことよりもだ――。


「――ええっと……真島さん……? そろそろ離れてもらっても……?」


「あっ……ご、ごめんね……!」


 真島さんが頬を赤らめながら、慌てて僕の背中から離れた。


 恥ずかしそうな様子を見せる真島さん。


 やっぱり、あの告白は嘘告白じゃないのか……? それとも、ただ同年代の男子との接触に気恥ずかしさを感じているだけか……?


 そんな彼女の様子を見て、僕は困惑するほかなかった。


 もうあの日の告白のことを気にして過ごす日々から解放されたい。


 そうは思うが、先ほど、あの日の告白の真意を問いただそうとしたところ、思わぬ邪魔が入ったせいで完全にタイミングを見失ってしまっている。


 どうしようか、と僕が思考していると――、


「さっきのウサギの着ぐるみのことだけど、なんか助けてくれたように見えたけど気のせいかな……?」


 真島さんがぎこちない様子で僕に声をかけてきた。


「あ、それは、僕も思ったよ」


「やっぱり、そうだよね?」


「最初は怖いの一言に尽きたけど、タイミング的に神だったし」


「ほんとにね……! 怖がっちゃったのがなんか申し訳なくなってきたよ」


「あはは、確かに、僕たちにとってはヒーローだもんね」


 あれ? これ、良い流れなのでは……?


 少しずつ、会話のテンポが戻ってきた気がする。


 これならタイミングを見計らって、あの日の告白の真意をまた聞くチャンスが来るかもしれない。


 僕がそんなことを考えていると――、


「せっかく、ウサギさんたちに助けてもらったし、また、みんなが戻ってくる前に戻ろっか……?」


 真島さんがゆっくりと歩を進め始めながら言った。


 真島さんの方から「さっき、上坂君、何か言おうとしてなかった?」と切り出してくれないかな、とか考えていたが、現実はそう甘くなかった。


「う、うん」


 僕は、少し声のトーンを落として言った。


***


 再び歩き始めて、数分――。


 先ほどの会話を最後に会話はめっきりなくなってしまった。


 僕と真島さんの足音と木々がざわめく音だけが聞こえる。


 ――切り出したいけど、切り出せないんだが!?


 僕は、心の中で叫んだ。


 あの日の告白って嘘告白だったのになんでここまでアプローチと取れるようなことをしてくるのか。だなんて、気軽に聞けるようなものではない。


 人によっては、夜に友達に聞きたいことがあったからすぐに電話をかけて確かめるみたいなノリで聞ける人もいるかもしれないが、残念ながら僕はそんな人間ではなかった。


 そう思うと、僕を追いかけてきたクラスメートたちが恨めしくて仕方がない。


 ――まあ、真島さんの人気を考えると、僕が彼女との時間を独占しているかもしれない以上、彼らの行動も理解できないものではないんだけどね……。


 そんなことを考えている内に、キャンプファイヤーのためのBGMをかなりの大音量で流しているスピーカーの音が微かに聞こえるところまでたどり着いていた。


 ――結局、聞かずじまいか……。こんな空気感であんな話をまた切り出す勇気なんて僕にはありません……。


 そんなことを考えていると、隣を歩く真島さんが僕に何か言いたげな顔をしているのに気がついた。


「真島さん……?」


 僕が彼女の名前を呼ぶと――、


「あ、あの、後、少しだけ話せないかな……?」


 くるりと、身体ごと僕の方に向けてきた。


「僕もまだ話したいなって思ってたからそうしよう」


 僕がそう言うと、真島さんがほっ、と息をついたように見えた。


「じゃあ、あそこのベンチのところで話そ……?」


 僕は、真島さんが指さした方を見た。


 あそこなら人目にはつかないだろうし、会場からもまだ離れているため大丈夫だろう。


 そう判断した僕は、真島さんの言葉に頷いた。


***


 ベンチに腰掛けて、僕と真島さんは、ふう、と同時に息をついた。


 それから、僕たちはしばらく天を仰いで、星を眺めた。


「綺麗だね」


 真島さんが目を輝かせながら言った。


「うん。本当に綺麗だよね……」


 こうして星を眺めていると、先ほどからあの日の告白の真意を聞かなきゃ、と思うせいで感じている焦燥感が落ち着いてくる。


 それと、同時にすでに押し殺すと決めたはずの真島さんのことを気になってしまっている自分の声が再び聞こえてくるようになってきた。


 ――やっぱり、聞かない方がいいんじゃないか……? 現にこうして2人で心地の良い時間を過ごせているんだし。


 そんな声が頭の中で響き渡る。


 再び相反する感情が渦巻き始め、不快感を感じていると――、


「上坂君……体調があんまりよくないのに引き留めちゃってごめんね」


 真島さんが僕に声をかけてきた。


「ぜ、全然、大丈夫だよ。むしろ少し休憩できてラッキーって感じだから……!」


 正直、体調が悪いという設定にしていたことを僕自身忘れていたため、そんなことで謝られて僕は、申し訳ない気持ちになった。


 真島さんは、「そっか、ありがとう」と言うと、深呼吸をした。


 そんな彼女を見て、僕は、なんだ……? と身構えた。


「あの、こうして上坂君を引き留めたのは、話したいことがあって……」


「僕に話したいこと……?」


 ――まさか、あの日の告白のことか……?


 僕の心臓がどくん、と跳ね上がった。


「えっと……その……バスでのこと知ってるよね……?」


 真島さんの言葉に僕は、固まった。


 ――バスでのことって、真島さんが僕に寄りかかって寝ていた事件のことだよね……?


「えっと、まあ、なんか夏生がどこからか流れてきた写真を見せてきたから……一応……」


「やっぱり知ってるよね……。えっと、その、ごめんね……?」


 ごめんも何もあれは、事故だ。別に真島さんが謝ることじゃない。


「あ、いやいや、全然! あんなの事故みたいなものでしょ……? だから気にしないで……!」


 僕がそう言うと、真島さんの様子が一気におかしくなった――。


 真島さんの顔は真っ赤に染まっているし、身体まで少し震えている。


「真島さん……?」


 僕は、心配になって、真島さんの顔を覗きこんだ。


「……じゃないよ」


「え?」


 真島さんが何かを呟いたのが聞こえてきたが、聞き取れなかったため僕は、聞き返した。


 僕が聞き返すと、真島さんは、ぎゅっ、と膝の上で握りこぶしを作りながら――、


「あれは、事故じゃないよ……」


 僕の顔を真っすぐ見て言った。


「はえ……?」


 思わず、変な声を出してしまう僕――。


 ――いやいやいや……。事故じゃないって……?


 ということは……つまり……?


「私がしたくてあんなことをしてしまいました……」


 僕の考えを裏付ける言葉が返ってきた。


 やはり、意図的に行われたということだった。


 いつも通りの僕、校外学習に来る前までの僕だったら――


 どうせ、そう言って、僕のことをからかっているだけだ。


 そう思っていただろう。


 しかし、今の僕は、そうは思えなかった。


 夏生の言う通りあの日の告白が嘘告白ではなかったかもしれない可能性に気づいたこと。消え入りそうな声で耳まで真っ赤にしながら言う真島さんの様子を考慮すると嘘だとは思えないのだ。


「そっか……」


 気づけば僕は、そうひとこと言っていた。


「うん……」


 思い返せば、ここで『じゃあさ、あの日の告白もほんとのことなの?』と聞いてしまうのが合理的であっただろう。そう言う、僕の心の声は大きい。


 しかし、僕は今この瞬間、事故で済ませることができた出来事を正直に打ち明けてきた真島さんのことを信じてみたくなったのだ。


 ――真島さんにされたあの日の告白は嘘じゃなくて本当だと。


 ――真島さんは、正直者だと。


 過去のトラウマによって形成された価値観を乗り越えるには、まずは、人を信じることから始めなければならない、と気づいた。


 僕が理想とする関係では、嘘かほんとかを確かめなければ互いを信じられないなんてそんな悲しいことはしたくない。


 これは、僕が理想とする嘘をつかなくていい関係の探求への第一歩だ。


 小さいながらも真島さんを信じたい、と言う自分の声に耳を傾けよう。


「えっと、僕も言わなきゃいけないことが1つあるんだけど……」


 僕がそう言うと、真島さんがきょとん、とした様子を見せた。


 僕は息をすうっ、と大きく吸った。


 そして――、


「実は、あのとき起きてました……」


 顔が一気に熱くなるのを感じる。それになぜだか、別に告白しているとかそういうわけでもないのに、心臓が言うことを聞いてくれない。


「あのときって……?」


「もちろん、行きのバスのときです……」


 僕がそう言うと、これ以上は赤くならないだろうと思っていた真島さんの顔がさらに赤くなっていた。


 そして、彼女は、声にならない声を出しながら急に立ち上がり、駆け出して行ってしまった。


「ちょっ!? 真島さん!?」


 追いかけようと思ったが真島さんが走り去っていった方角はキャンプファイヤーの会場の方だったため、追うのを諦めた。


 緊張が続いた状態から解放された僕は、大きく息をつきながら再びベンチに腰掛けた――。


 そして、再び空を仰ぎ星空を眺める。


「やっぱり、あの日のこと、聞いておけばよかったかな」


 僕は独り言を呟いた。


 正直、全て聞いてすっきりしたかった、という気持ちもあった。しかし、それ以上に、別に言わないでいいことを正直に言ってくれた真島さんに可能性を感じたのだ。


 ――真島さんならもしかしたら……と。


 星を眺めながら流れ星でも流れてくれないかななんて思ってみたが、記憶の限りでは3月に観測できる流星群はなかった。


 しかし――、


 ――今日の僕の1歩が僕の未来を明るくするきっかけになりますように。


 僕は、これだけ星が見えるのだから、と燦然と空で輝く星々に願ってみた。


 


 




 


 





 


 












 









 




 




 


 


 










 










 


 




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