プロローグ

 だだっ広い空間。

 ビー玉みたいに小さく、キラキラと虹色に光る玉が四つ転がっていた。

 

 その場所は、パルテノン神殿の様な非常に大きい柱が等間隔で並び、部屋の床面中央には一本の大きなレールが敷かれ、先が見えないほど遠くまで伸びている。


 ツルツルと滑りそうなほどに磨かれた大理石の床や柱は、美しい光沢を放ち、荘厳な空間を作り出していた。


 人っ子一人いない静かな場所。

 そんな空間に突如、人間の声が響き渡った。


「あ?どうなってんだ?おい、誰かいるか?」


 一つのビー玉から声が漏れた。


「私も居るわよ。何が何やら……」


 別のビー玉からも声が漏れた。


「雫は!?雫は居るか!?」


 さらに別のビー玉から焦った声色が発せられた。


「れんちー!?みんなどこにいるの?」


 四つのビー玉はおろおろしながら辺りの様子を伺っている。


「「「「…………どこだここ!?」」」」


 全員で口を揃えて疑問を投げかけると、その言葉に呼応するかの様に中央のレールが振動し始めた。


 一斉に四ビー玉の視線がレールの先に向けられる。


 しかしそこには何も見当たらない。

 それなのに……


 ガタガタガタガタ


 レールの振動が強まっていき、空気も揺らぎ始めた。


 ガタンガタンと大きな音が近付いてくる。


 四ビー玉は理解できずに息を呑んだ。

 

 なぜなら……


 目の前に迫って来るそれが見えないからだ。

 確実に存在してるのは分かる。だけど全く見えない。


 ギギギーーー!


 鉄と鉄が擦れる音が鳴り響く。

 耳をつんざく程大きな音を響かせながら巨大な鉄の塊が姿を表した。


 まるで007のステルスカーだ。


 透かした体は輪郭を作り始め、古めかしくもありながら、どこか新しさを感じさせる列車が、四ビー玉の前に蒸気を吹き出しながら停車した。


「マジかよ……」


 皆が唖然としている。

 SF映画のリアル体験。こんなアトラクションがあったら行列必至間違いなし!


「うん、本当に驚いたよ。君達は最高だ」


 軽快な口調で爽やかな声が聞こえたかと思うと、列車の乗降口から一人の白髪イケメンが出てきた。

 白シャツの上からブレイシーズが走り、ズボンを吊り上げる。美しいフォルムの革靴が、鉄製の踏み板をカン、カンと鳴らしながら降車してきた。

 白髪イケメンの頭上には小さな太陽の様な物体が宙に浮かび、燦然と輝いている。

 人の身でありながら人ではないオーラを纏うもの。

 

 こいつ何者だ!?


 そんな疑問が四ビー玉に浮かんだところで、白髪イケメンは微笑みながら再度口を開いた。


「うん、惑星の生命体をここに呼ぶなんて前代未聞だよ。でも直接お礼をしたくてさ」


「誰だてめーは。つーかここ何処だよ。俺らどうなってんだ?」

「たっちゃん。そんな言い方無いでしょ」

「失礼な猿ですまない」

「失礼なエロ猿ですまないです」

「おめーら俺の味方じゃないのか!?」


 白髪イケメンは微笑みを崩さず話を続けた。


「うん、私の名前はムー。管理者をしている。今いるこの場所は個人的に所有している空間でね、点滅者にも見つからないから安心してほしい」


「ちっ、わけのわからねぇ事言いやがって。ム○クだかムー○ンだか知らねえけどよ。俺等に何しやがったんだ?」

「誰かたっちゃんを黙らせて。この猿に会話させたら駄目よ」

「無理だ。何故か俺達はビー玉になっていて動けない」

「でもこのビー玉かなり快適だよね。例えるなら、最高に美味しいカレーを食べたあとに羊の背中で寝ている感じ?」

「誰か雫も黙らせて」

「無理だ。俺達はビー玉なのだから」

「ムーさんこいつらどうにかして下さい!!」


 ムーは苦笑いしながらビー玉達のやり取りを見守っていた。


「ははは、うん、その玉は最大級のおもてなしだったんだけど、あまりお気に召さなかったみたいだね。人の姿に戻そうか」


 そう喋り終えると同時にビー玉は霧散し、それぞれから人間が姿を表した。


「バカだろお前。最初からそうしろよ。おぶっううふーーー!!」

 /一条竜也/

 

「バカはあんたよ!」

/櫻井奈々実/


「雫!無事か!」

/工藤蓮/


「れんちー!」

/木下雫/


 いやあるけど!アニメとかでそういう紹介シーンあるけど!このタイミングじゃなくない!? by奈々実


ーーー


「ここは……死後の世界ですか?」

「うん、半分正解かな。君達にとっては死後の世界みたいなものか。まぁ厳密にはまだ死んではいないんだけどね」


“なんで俺が正座させられるんだよ”

“それはこっちのセリフだ。なんで俺まで”

“二人共しっ!ななみんにまた怒られるよ”

“るせー。んなこと知るか。俺は抗議するぞ。暴力ゴリラ女に屈してたまるか!”


「ホゲえぇぇーー!」


 奈々実の放ったノールック右ストレートが、綺麗に竜也の顔面を捉えて吹っ飛ばされた。


「でも確かに隕石で死んだと思ったのに……あの状況で生き残れるとは思えません」

「そうだな。間違いなく死んだ筈だ」

「だよねー」

「けっ、悔しいがあれは俺でも無理だわ」


「うん、その通り。あの隕石で私の星は一度消滅したんだ。本当に憎たらしい点滅者が……」


「私の星?点滅者とは?何が起きたのか最初から教えて欲しいです」

「何勝手に地球をおめーの星にしてるんだよ。気に入らねーな」

「竜也、お前が入るとややこしくなる」

「たっちゃんは黙っとくのだ!」


「うん、私は管理者なんだ。いくつもの星を創生から管理している。その一つが君達の住む地球だ。しかし確かに……“私の”という言葉は君達の前で使うべきではないね。私は星に住む生命体全てをリスペクトしてるからさ」


「神様ってこと?だよね。そーだよねれんちー?」

「神っぽくはないけどな」

「だな。なんか嘘くせー」

「皆で話を逸らさないでよ!また正座させられたいの?ごめんなさいムーさん。話を続けて下さい」


 奈々実が鬼の形相で右拳に力を込めると、他の三人は置物の様に静かになった。体に染み付いた恐怖はそう簡単に拭えるものではない。


「うん、先ずは私の事から説明したほうが良さそうだね。君達にとって分かりやすい言葉を使うなら、“神”がもっとも適した表現だろう」


「ほぇーまさか本当に神様だなんて。私達ってめっちゃ凄い体験してるじゃん!でもでも、私の知ってる神様ってさ、もっと上から目線で傲慢なイメージだけど、ムーちゃんはなんでそんなに丁寧なの?」


「ちょっと雫!」


 雫の不遜な態度に、奈々実の静止が入るものの、ムーは構わないよと言い、先程と変わらない調子で言葉を続けた。



「うん、最初に言ったけど私は君達に感謝しているからだよ。だからこそ態度も気にならないし、誠心誠意質問にも答えるのさ」


「私達ってなんか感謝されることしたんですか?心当たりが無いんですが……」


「うん、したよ。君達が死ぬ間際にしたあれだよ」


「死ぬ間際って……まさか」

「てててめーには関係ない事だろ!」

「こればっかりは竜也に同意だな。神であろうと踏み入るべきではない」

「私……れんちーと……」


 四人同時にあたふたと慌て始めた。

 意識しないようにしていたことが、刺激されたことで浮かび上がってきた。 

 四人とも顔が赤くなり、チラチラと横にいる者の表情を伺っている。


「うん、愛の告白をしてキスをしただろう?その事を言ってるんだよ」


 ムーはお構いなく四人に現実を突きつけた。


「だああああーーー!告白なんかしてねぇ!適当な事を言ってるんじゃねぇぞ!」

「ちょっとたっちゃん!嘘つかないで!私の事……すすす好きって言ってくれたじゃない!」

「れんちー!れんちーはたっちゃんみたいな事を言わないよね!私の事大好きだもんね?」

「も……勿論だ」

「れんちー声が小さくて聞こえないよ」


 パンッ!


 ムーが両手の平を叩き大きな音を鳴らすと、周囲の視線が一同に集まり、全員が口をつぐんだ。


「うん、見苦しいのは嫌いだ。せっかく私を驚かせたんだ。四人とも素直になってよ。幻滅させないでくれ」


 ムーの言葉には不思議な力が宿ってるのか、四人全員首肯し、死ぬ間際の思いを今一度確かめあった。


「すまん奈々実。俺は……お前が好きだ」

「私も……す、好きよ」


「俺は雫が大好きだ」

「私もれんちーの事が大好きだよ」


「うん、素直が一番」


 四人とも顔が真っ赤になり、湯気が立ち昇る。

 羞恥に耐えきれず、一番に奈々実が口を開いた


「確かに私達はキスをしました。でもそれがムーさんにどう関係するんですか?」


 奈々実のもっともな質問に、四人はムーに強い眼差しを向け、次の言葉を待った。


「うん、我々管理者はね、ポイントを使って星を管理しているんだ。分かりやすく言うと君達にとってのお金の様なものさ。そしてそのポイントを得る方法なんだけど……」


 神であるムーは丁寧に説明を始めた。


 ポイントとは……

 星に住む全ての生命体を対象として、何らかの実績を達成したり、ミッションをこなしたり、奇跡を起こしたりすることで、ポイントが加算されていくらしい。


 “ハイハイが出来た”

 “初めてパンを焼いた”

 “石ころを100回蹴飛ばした”

 “上司を睨つけた”

 “2日間徹夜した”

 “銃弾が鼻先をかすめた”

 “一時間正座してたら足がしびれて、立ち上がった瞬間バランスを崩し、目の前の女性に覆いかぶさって胸を揉んでしまった”


 といった具合に、本当に何でもありなシステムである。生物皆、生きているだけで何らかのポイントが計上されているわけだ。


 ポイントにはバラつきがあり、その希少性や環境、達成する難易度等によってかなり差がでるらしい。


 では我々四人が達成した実績とはなんなのか?それは……


 “二歳からの幼馴染の事が好きになり、好きなまま告白せず、キスも添い寝もセックルもしたことないまま関係を継続する。全く同じ境遇の者とツーペアになる。死ぬ直前に死ぬ事や恐怖心を忘れ、二人で本気の愛を伝え人生初めてのキスをしながら死ぬ。これらをツーペアで同時進行した”


 だそうた。


 さらに細かく言うと、同じ小中高であることや、舞台がジャポンであること等、他にも数々の加算ポイントがあるらしいが、きりが無いのでそれらは割愛しておこう。

 

 偶然、必然、奇跡、当然、普遍、特殊、蓄積、環境。


 全てが螺旋状に絡まり、一本の運命の糸を作り上げた。


 四人で握りしめた糸の先。


 神ですら予想してなかった結末。

 結果、四人はアホみたいに狂ったポイントを叩き出した。


 星の消滅は免れない。

 そう思っていたムーは歓喜した。


 直ぐ様そのポイントを使用して、時間逆行のアイテムを購入。

 他の神々も購入したことが無い程、馬鹿みたいに高いアイテムだそうだ。

 

「うん、こうして地球とそこに住む生物達は、隕石が落ちる前の姿に戻る事が出来たのさ。だから改めて言わしてほしい。ありがとう」


「マジかよ。俺等が世界を救ったってのか?」

「うん……凄いことだね。でも何だか今の話……恥ずかしくなかった?」

「ななみん。考えたら負けだよ」

「そうだ。俺達は凄いことを成し遂げた。それでいいじゃないか」


 荒唐無稽な話だが、ムーから説明されると全員が納得できた。置かれている状況が状況なだけに、全てがリアルだと落とし込めた。


「しかし何故、突然隕石が降ってきたんですか?ニュースにもなってなかったし、ムーさんの言ってた点滅者とやらが関係しているんですか?」

「ほんとそうだよね。私達が地球を救ったから良かったものの!」


 点滅者の話題が出た途端、ムーの穏やかな表情は一変。親の敵を目の前にした様な形相へと変貌した。


「点滅者……あいつらは本当にクズの集まりさ。何もしない。何も出来ないくせに、管理者の惑星を土足で踏みにじる。君達の世界で例えるなら、迷惑系○○Tuberかな。クソが。思い出したら腹立ってきた」


「すげー例えでたな」

「隕石落とせる様な人を、その括りに入れていいのかしら。っていうかムーさん怖いって!」

「う○こ味のカレーとカレー味のう○こ、両方食べちゃう人ってこと?」

「俺達とは別の人種ってことだ」


「うん、取り乱して申し訳ない。地球だけじゃなく、いくつもの惑星がやられてるからさ。どうしても思うところがあるんだよ。

 うん、でも今回は痛快だったなー!隕石を落とすなんて相当な出費だったはずさ。それが蓋を開けてみれば何事もないんだからね。いやー愉快愉快!あーははははは!」


 腹を抱えて大爆笑するムー。

 この人情緒大丈夫?ちょっとキモくて怖いんだけど。と呟く雫に、奈々実はそっと手を添えて口を塞いだ。


 私にとってムーは希望だ。

 このヘンテコな状況を終わらせ、地球に帰還する為にはムーの協力が必要不可欠である。


 故に怒らせてはならない。機嫌を損ねてはならない。慎重に対応して、機を待たなければいけない。


 幸いムーは、我々に好意的な態度を見せている。私達がゲスト的な立ち位置であることも理解できた。


 後は自然とサヨナラバイバイする。その成り行きを壊さないことが重要だ。


 おっと、つい体が力んでしまったようね。


 シリアスな考え事をしていたせいか、雫の口に添えた筈の手が握力測定を始めていた。


 ほっぺたが握り潰されて、喋りにくそうに“んーんー”ともがく雫。

 

 まぁ雫にはいい薬になったでしょ。

 変なことを言うとヤッちまうぞ?と目で合図を送り、私は手を放した。


「それは分かったからよー。そろそろ俺等を帰してくれよ」


 たっちゃん!?

 そんな不躾に言っちゃうと……


 いや待って。そう悪くはないかも。

 猿から放たれた裏表の無い発言。そこには駆け引きの要素はなく、純粋無垢な己の気持ちだけが乗っかっている。


 変に気負わせずムーさんを推し量る事が出来る!グッジョブたっちゃん!


「うん、それは絶対に無理。絶対にね」

「てめえ話が違うだろうがコラ」


 私は反射的にムーさんの胸ぐらを掴み恫喝していた。


ーーー

 

「ごめんなさいムーさん!頭に血がのぼっちゃってつい……」

「あはは……君達は本当に元気いっぱいだね」


 奈々実は正座しながらムーに謝罪した。

 ムーは奈々実に殴られた左頬を苦笑いしながらさすっている。

 腫れぼったくなった頬がその痛みを物語る。


「おぅおぅ、ごめんで済んだら警察いらんのとちゃいまっか?」

「あぁん?ゴリラ女でごめんなさいだしょ?」


 悪ふざけをした竜也と雫は、奈々実のマッハ1.0の拳により天高く吹っ飛ばされた。


 蓮は三人のやり取りに深いため息を吐き出すと、鋭い眼差しをムーへ向けながら質問を投げかけた。


「はぁー、ムーさん。貴方は時間を巻き戻したんですよね……地球は元の姿に戻り、人も死んでない。それならば俺達も帰れるのではないですか?」


 蓮は見詰めるというより、睨みつける様にムーへと迫った。

 物腰は柔らかくとも、その顔付きは“それが道理だろ”と言わんばかりに喧嘩腰である。


 一瞬生まれた静寂。

 蓮の意見に対して肯定の意味だと四人は直感的に感じた。

 

「うん、そうだね……確かに地球に帰ることは出来る」


「よーし。こいつ俺等に嘘こきやがった。最初から信用出来ねーと思ってたんだよな」

「たっちゃん待って!まだムーさん話してる途中だから!」


「ポイントさえあればね」


 ポイントさえあれば?

 駄目だこいつ。何言ってるのかさっぱり分からん。

 竜也は説明を求めてキョロキョロと他の三人に顔を向けるが、他の三人も理解出来ていない様子である。


 そしてムーは説明を続けた。


「うん、君達が地球に戻るには“らくらく魂復元Sパック”というアイテムが必要なんだ。AやBじゃだめだ。Sじゃないと時間対策や摩耗対策がされてないからね。

 それを四つもだよ!?

 そりゃあ“時間逆行”に比べると安いかもしれない。それでも管理者達にとって超高級品さ。

 君達の世界で例えると……

 “時間逆行”がサルバトール・ムンディ1400枚分。

 “らくらく魂復元Sパック”四つでサルバトール・ムンディ400枚分。と言ったところかな」


「ピンとこねーなおい」

「普通こういうときは東京ドーム何個分でしょ!」

「雫は黙ってて」

「サルバトール・ムンディ400枚分だと!?」

「おーい、ここにピンときてる変態がいるぞ」


 だが四人が知りたいのはそこではない。

 そもそも、時間を戻したんだろ?アイテムが必要云々は論外だ。


「ムーさん、俺達が聞きたいのは、何故今すぐ地球に戻れないのかです。アイテムの話は置いといて、そこを教えて下さい」

「うん、そうだね。そこの説明は必要無いと思って端折っていたよ。失礼失礼。あはははは」


 ムーの適当にあしらう様子に苛立ちを見せる竜也。

 中指を立てて応戦するも、即座に奈々実が中指を根本からホールドし、逆方向にバックドロップした。


 悶絶する竜也。そして竜也の事を気に留める者は誰もいない。


「うん、簡単に説明するとね、君達が稼いだポイントは死亡ありきのポイントなんだよ。あの馬鹿みたいなポイントは死んで初めて成立するのさ。

 つまりそのポイントを使って“時間逆行”のアイテムを使用したもんだから、矛盾が生じないように、君達だけアイテムの効果から外れちゃったんだよね」


「は?じゃあなにか。俺等は死んでるってことか?どういう状況だ?」

「天国から地獄ね全く」

「帰れると思ったのに……」

「そんな……俺達は生き返る事ができないのか!?」


「うん、正確には生き返る事が出来ないのではなくて、生きていた時間に戻すことが出来ないってこと。だけどそこまで悲観することはないよ。さっきも言った通り、アイテムを使えば地球に戻れるんだから」


「アイテムを使えばって……ムーさんはそれだけのポイントを所持しているんですか?」


 蓮の問いかけに対して、ムーは力なく首を横に振った。


「うん、残念ながらポイントは殆ど使い切ってしまってね。今すぐ買う余力は無いよ」


 ムーの言葉に四人は項垂れた。

 今からポイントを貯め始めるとして、推定20兆ポイントもの大金を一体どうやって稼ぐのだろうか?

 先程のムーの口ぶりからして、簡単ではないことは明らかだ。とても現実的ではない。


 どんよりとした空気が充満し、四人が重い表情になってるのを見て、ムーは笑顔で話を進めた。


「うん、そこで一つ提案があるんだけど」


 四人は顔を上げて、ムーの言葉に耳を傾けた。怪訝そうな顔付ながらも、どこか期待を寄せている。


 そして、ムーは今日一の笑顔で言い放った。


「別の惑星で稼いでみない?」


ーーー


 ムーの管理する惑星は全部で五つ。

 惑星アドロ、惑星フロウ、惑星オダー、惑星ミドルパド、惑星ティラ(地球)


 全て心血を注いで管理していて、ムーにとってとても大事な天体である。


 惑星の環境は全て異なり、多種多様な文化や生態系を形成している。


 それぞれの惑星の特徴を挙げると……


 アドロ

 機械化/文明崩壊/ハイパー・ミクロ・オムニッセント/心の不在/終焉


 フロウ

 自然界/幻想郷/魔法主義/多種族/ドラゴニアン・インヴィンシブル/侵食/点滅者クソ○ね


 オダー

 自由しか勝たん/無秩序/ジャガノート/無法都市/犯罪組織/命の計り売り/支配


 ミドルパド

 分裂と闘争/イデオロギー/愛無き地平線/性罰/無知/パーラメント/点滅者クソ○ね


 ティア

 デイドリーマー/海侵/人間至上主義/発展と衰退/途上傾向/エラクトレート/科学/娯楽への情熱


 天体の説明と同時に、ムーは手の平サイズの球体を五つ空中に出現させた。

 多色で色鮮やかな球体もあれば、灰色に淀んだ球体もある。そして四人がよく知ってる球体もそこにはあった。

 

「あ!地球じゃんこれ!やっぱ一番美しいね」

「たりめーだろ。俺の地球だぞ」

「でも見て。この星も綺麗よ。なんか光ってる所もあるし」

「おいお前ら。遊びじゃないんだぞ。ムーさんお言葉ですが、俺達は地球に帰れないのに、他の惑星には行けるんですか?どういう原理ですか?」


「うん?君は頭が固いね。他のお友達は選び始めてるよ?」

「はぁ、俺は慎重なだけです。それで、どういった原理なんですか?」

「うん、まあいいよ。どうせ時間はあるしね」


「ったく、頭がかてーんだからよこいつは」

「流石れんちーなのだ」

「ちょっと蓮!私をこいつらと同じ枠で考えないでよね!」


 パルテノン神殿駅前の一画。

 荘厳で静謐な空間に似つかわしくないホワイトボードがどこからともなく現れた。


 そして、どこからともなく取り出した丸メガネを掛けると、ムーは説明を始めた。


「うん、先ずこれが君達の地球。そして今君達のいる場所がここ」


 黒マーカーがホワイトボードを滑り、キュキュっと軽快な音が響き渡る。


 聞き手の四人はどこからともなく現れた机とイスに腰掛けている。


「生物皆、死んだら魂が輪廻の渦に戻される。つまり君達がここから向かう先は輪廻の渦なわけだ」


「先生!その頭の太陽はなんですか?かっこいいと思ってるんですか?気になって授業に集中できません!」

「たっちゃん馬鹿!コンプレックスだったらどうするの」

「俺も気になってた」

「こじらせたか!私にはわかる!」


「うん、何か勘違いをしているね。これは私が最高の管理者である証明さ。なんたって最優秀管理者に送られるトロフィーだからね」


“おい、トロフィー頭に乗っけてるぞ。どうする?”

“やっぱり触れない方が良かったのよ”

“同感だな。これ以上触れるのはやめておこう”

“こじらせたんだよ。私にはわかる”


「そこ、聴こえる内緒話はしないように」


 ゴホンッとムーが大きく咳払いすると、教室内の喧騒はピタリと止まった。


「うん、時間逆行の副作用により、君達が地球に戻る為には“らくらく魂復元Sパック”が必要だ。これ絶対ね。

 では君達はそのまま輪廻の渦に進むしかないのか?実はそうじゃない。

 “らくらく異世界旅行Aパック”このアイテムを使えば別の惑星に旅ができる。

 はい。そこの君」


 手を垂直に上げた蓮が指名された。


「“らくらく異世界旅行Aパック”を連続で使用したら地球に戻れませんか?」


「うん、いい質問だ。戻れません。何故なら“時間逆行”の副作用が残ってるからね」


「どうしてAパックなんですか?Sパックは無いんですか?」


「うん、私がケチった。ポイントが二倍以上違うんだよ。場所の指定が出来るか出来ないかの違いだからさ。あんまり気にしないでいいよ」


「それだけの違いなら問題ねーか」

「馬鹿!Sにしなきゃ駄目よ!」

「S!S!S!」

「S一択だな。適当に転移して海や火口に落ちたらどうするんだ」

 

 ムーは表情を曇らせながらエアそろばんを弾きだした。

 顔色が段々と悪くなっていくムー。


 その様子を見て四人はちょっとだけ申し訳なく思ったが、命が掛かっている以上、非情にならなければいけない。


「う……んんん、何とか……やってみるよ」


 ムーは下唇を強く噛み、そこから血が滲みながらも、何とか肯定してくれた。


「ごふっっ、何故地球に戻れないか分かったかな?」


 Sパックが非常に堪えたのか、血反吐まで吐き出したムーに対して、四人は無言で首を縦に振るしかなかった。


「めんどくせーけどやるか。星選ぼうぜ」

「そ、そうね。頑張るわよ!」

「楽しそーでいいじゃーん。私一度は異世界転移してみたかったんだよね」

「クイッ」

「れんちー、眼鏡を持ち上げる音で会話するのはやめて!」


 四人は席を立って、それぞれの惑星を吟味し始めた。


「ムーさん。この点滅者クソ○ねって書いてるのはどういう意味ですか?」

「うん、それは点滅者がこの惑星に影響を与えた事を意味している。フロウにはエイリアンを解き放ち、ミドルパドでは男と女を分断してセックルの概念を消された。

 それによってフロウもミカルパドも獲得ポイントが激減してるよ。

 だから点滅者クソ○ねってこと」


「え……フロウいいなーと思ってたのに、エイリアンいるの?きつー」


 四人はそれぞれの惑星について、ムーに根掘り葉掘り聞いた。行くならできるだけ住みやすく環境も良く、安全に生活できる方がいい。

 四人の未来がかかってるのだから慎重に選ばなくてはいけない。 


「ろくな星がないわね」

「あー、スマホとテレビとゲームが無いとやる気が起きねー」

「たっちゃんに同意。やる気がおきないよー」

「俺は自分の武器が無いのが不安だな」


 床に寝転がって惑星選びを諦めた竜也。

 『俺寝とくからテキトーに選んでくれ』と言い出す始末。


「全く。いくらなんでもだらけすぎよ」


 呆れる奈々実。

 無理やり起き上がらそうとして、竜也の右手を自身の肩に掛けて体ごと持ち上げると、無防備となった奈々実の胸を竜也の左手が鷲掴みにした。


「な!?ああぁ!ちょっと!!何すんのよ!」

「ぐへへへ。どうだ動けまい」


 達也の体重が乗っかり、身動きが取れない奈々実。


「良き乳よの。がーはははは!ここか?ここがええんか?」

「離して!あぁぁぁ、ちょっそこは、んん!」


 竜也の大蛇(腕)は猛り狂い、奈々実の弱いところを攻めたてる。

 大蛇(腕)は止まらない。

 欲望だけを動力源に暴れまわり、遂には服の内側へと入り込んだ。


 その瞬間誰もが思った。

 これ生パイいったなと。


 刹那。竜也の体が消え去っていた。


 後から聞こえてくる衝撃音。


 ドーーン!


 何が起こったのか分からないが、奈々実にふっ飛ばされたのは確実の様だ。


「ななみん、おっぱいくらい揉ましてあげてよ。私達もう死んでるんだしさ」

「だっ、だって!反射的に体が動いちゃうのよ。それに優しくないからつい……ね?

 ってあんたはどこから話しかけてるのよ」


「そろそろ決めるぞ。みんな集まってくれ」


 淡々と分析を進めていた蓮から号令が掛かった。


 全身ボロボロで重そうな体を引きずりながら歩く竜也。

 顔を赤らめながら乱れた制服を正す奈々実。

 いつの間にか、タコの様に手足を絡めながら蓮の背中にくっついてる雫。


 知らぬ間に机やイスが辺りに散らばり、何故かホコリ一つ無さそうなこの空間に粉塵が立ち込めている。


 短時間でよくここまで荒らせるもんだと感心する蓮。


 そして三人がかりでタコの妖怪を蓮から引き剥がした後、話は再開された。


「星を選ぶ前に先に決めなきゃいけないことがある。それはどうやってポイントを稼ぐかだ。ある程度方針を決めないと……」

「確かにそうね。高額なポイントを稼ぐにはどうしたらいいのかしら」

「めんどくせーなー」

「あたしゃーポイントに追われる生活はまっぴらごめんだよ」


「うん、それについてはもう決めてあるよ」


 四人の会話に横槍が入った。

 しかし話し合いの邪魔をされたと思う者はいない。何故なら、ことポイント取得に関してはムーの方が専門家だからだ。

 より効率の良いポイント稼ぎを提案してくれるに違いない。

 四人はムーの話に耳を傾けた。


「もう一度キスして稼いじゃおう。ツーペアで」

一同「……はい?」


ーーー


「うん、君達が稼ごうとしているポイントはかなり高額だ。生半可なクエストや実績を達成したところで、帯に短し襷に長しさ」

「キス……だと」

「それはそうかもしれませんが……キス……?」

「ムーさんあなたは神ですか」

「クイッ」


「勿論ただキスするだけじゃあ駄目だよ。そんなのは朝腹に茶漬けだからね」

「急にことわざつえーな」

「分かりずらいわね」


「うん、さっきも説明した通りポイント換算は難易度が高ければ高い程に跳ね上がる。だからさ……」


 ムーは四人の顔色を伺いながら、一拍置いて結論を出した。


「君達の記憶を封印する」


 ザワザワ

 教室内にざわめきが広がる。


「つまりはこういう事か。俺達の記憶を封印して、始めから恋をやり直せと?そして一から関係を築きキスに至れと?」

「イグザクトリー」


「あーそういう事か。お前よく分かったな今の一言で」

「れんちーは一を聞いて十を知るだから」

「ことわざはもういいーってば」


 ザワザワ!

 教室内のざわめきが一層強くなった。

 

 言い換えると記憶喪失。誰でも一度は聞いたことあるだろうし、その悲惨な状況はみなの知るところである。


「無理よ!私たっちゃんも雫も蓮も忘れたくない!」

「奈々実……」

「それだけはご勘弁をおねげーします。私もれんちーの事を忘れるなんて絶対に嫌だ!この気持ちを忘れるなんて悲しすぎるよ」

「…………この方法しか無いんですか?」


 ムーは腕を組み、首を捻って考える。


「うん、そうだね。この方法が一番成功する確率が高そうだよ。他の方法だと偉人レベルの事成し遂げないと……」


「皆聞いたな?俺は雫とキスをして地球へ帰る」

「落ち着け蓮」

「でも確かに、偉人は絶対に無理ね」

「私もれんちーとキスしてお家に帰る!」


 四人の不安は尽きない。

 しかしそれぞれの関係が盤石故に、どんなに過酷な状況になろうが最後にはゴールに辿り着ける気がする。四人はそう考えた。それほどに信頼関係は厚かったのだ。


「うん、決まりだね。それじゃあ記憶の封印について説明するよ」


 そう言ってムーは、記憶の封印がなんたるか説明を始めた。


「記憶は魂の奥底に封印される。そして扉が閉ざされ、四つのカギが掛けられる。その四つのカギを集めると記憶が戻る訳だけど……


 カギの入手方法は人によって違う。恋人同士に刻まれた記憶、それぞれが干渉して起きた出来事を追体験する事でカギが手に入る。


 その出来事とは主に、琴線に触れる出来事だったり、嬉しい出来事だったり、悲しい出来事だったり、激怒した出来事だったりと、自身が深層心理で大事に思っている出来事がカギになるのさ。

 どう?思ったより大変そうじゃないでしょ?」


「んな単純じゃねーだろ。簡単に言ってくれるぜ」


 カギを手に入れると封印は解かれるのは朗報だ。しかしいくら封印を解けると言っても、赤の他人の状態からそのレベルに持っていくのは相当キツくねーか!?


「そうよね……そんな簡単な話じゃないよね。私……もとに戻れなかったらどうしようかな。ハハ」


 悲壮感が溢れる奈々実を見た竜也は、本能的に口を開いた。


「俺は忘れんぞ。奈々実の事が……その、好きという気持ちわな!仮に忘れてもまた好きになってやる。だから安心しろ」

「あ、たっちゃん!?…………ありがと」


 不安が残る奈々実を竜也が抱きしめる。

 二人とても恥ずかしそうな顔をしながらも、互いの気持ちが伝わり、自ずと安らかな表情へと変わっていった。


 竜也と奈々実を見ていた雫も、蓮の胸へと飛び込んだ。


「れんちーも私を忘れちゃ駄目」

「あぁ、勿論だ」


 蓮は優しく雫の肩を抱きしめる。


 想像してしまったのだろう。

 記憶が封印され、互いのことを忘れたストーリーを。


 雫の目から涙が流れ落ちた。

 

 人間誰でも同じだ。

 大切な人の事を忘れる。大切な人から忘れられる。それがどれほど辛いことか。

 

「俺が雫から離れる事はない……ずっとそばにいる。約束する」

「……うん。約束だよ」


 気丈なセリフとは裏腹に、蓮の目にも涙が浮かんでいた。


「うん、凄く良いね。やっぱり人間の愛は美しい。それじゃあそろそろ、どの惑星か決まったかな?」


 四人は互いに顔を見合わせ、蓮へ回答を委ねた。


「俺達は……」


 ゴクリッ

 三人とムーの喉が鳴る。


 そして、蓮の一言が静かな空間に響き渡った。


「惑星フロウへ行く」


 ザワザワ、ザワザワ


「うん、良いと思うよ。君の思い通りにいくとは限らないけどね」


「それはどういう……」


 ムーの意味深なセリフに、蓮が聞き返そうとしたところで、竜也が会話を遮ってきた。


「フロウか……悪くねぇ。でもお前ならアドロを選ぶと思ったんだけどな」

「私もフロウは賛成よ。ミドルパドもいいかなーって思ってたけどさ」

「異世界ものはファンタジーで決まりっしょ!」


「アドロの地球より進んだ世界は興味あるが、人類が絶滅してるから駄目だ。人間相手ならどうとでもなるが、ターミネーターが相手ではどうにもならん。

 ミドルパドは確かに一番平和で安全そうだが、男と女が分断された世界だ。俺達が動き回るには流石に都合が悪いだろう。


 オダーは論外だしな。


 残るはフロウだ。危険な場所に立ち入らない様に、出来る限り安全な場所で生活出来れば問題無いだろう。

 つまり雫の言う通り、異世界ものはファンタジーで決まりっしょ!って事だ」


 他の三人は同時に頷き、行先が決まった。


「ムーさん、私達フロウに決まりました!」

「うん、フロウは良いところだよ。凄くお勧めさ」


 ムーは惑星が決まったことに凄く喜び、満面の笑顔で答えた。

 そしてパチンっと指を鳴らすとフロウ以外の惑星が消え、残るフロウは直径3メートル程の大きさに拡大。

 より細部まで表現された立体地球儀が映し出された。

 

「おぉ、すげ」

「綺麗……」

「これは……驚いたな」

「地球とは全然違うね。ドキドキしてきたっち」


 ホログラムでありながらこの精巧さ。

 ゆっくりと回転する惑星フロウ。


 そこには海、山、川は勿論のこと

 文字通り光り輝く大地、バベルの塔を彷彿とさせる天高く伸びる建造物、黒い霧に包まれた森、紫電に囲まれた火山群、空に浮かぶ大陸、奈落へと続いてそうな、黒より黒い巨大太黒門ホール。


 地球とは全く異なる光景に四人は息を呑んだ。早くなる鼓動が心地よく感じる程に感動していた。


「うん、地球とはまるで違うでしょ?

 フロウは私としても思い入れがある惑星さ。地球を含めた他の惑星は、全てアドロをベースに組み上げたけど、フロウだけは全く異なるアプローチをしているからね」


 目を離せず、心奪われた様子の四人をそのままに話を続けた。


「うんうん、気に入って貰えたようで何よりだ。フロウに行く前に、君たちには餞別を送ろうと思ってる。

 好きなものを一つだけ、フロウに持ち込みさせてあげる。何でもいいよ」


 ムーの言葉に先に反応したのは蓮だ。


「ムーさん、俺は地球では色んな武器を扱っていた。だから一つだけでは足りない。

 色んな武器を引き出せるアイテムが欲しい。そんなものは無いですか?」


 蓮の無茶な注文に、他の三人はそんなのあるわけ無いだろうと思った。荒唐無稽な話過ぎてこいつは何を言ってるんだと。 


「うん、あるよ。確か私が昔DIYしたのがいくつかあったなぁ」


「あるんかい!!」とツッコむ三人の呼吸は完璧だ。


 ムーはそんな事は意に介さず、いつの間にか現れたおもちゃ箱を漁り、一つのアイテムを取り出した。

  

 テテテテーン


「四次元ポケ○トーー」


「それアカンやつやん」

「そのポケットから武器を取り出すのだけは駄目ね」

「でもでも、れんちーのお腹に取り付けると可愛いかも!」

「ふっ、却下だ」


「うん?そうかい。それならこれはどうだろう……陶芸にハマってた時期があってね。結構自信作だよ」


「壺ー!でけぇ!ぷっ、はははは!壺って面白すぎんだろ!おい蓮これにしろ!お前壺担いで走れ!わはははは」

「割れたら終わりじゃない?」

「れんちー大丈夫。私も一緒に持つよ!」

「ふっ、却下だ。竜也、お前はサルなんだから何も考えなくていい。余計なことは言わずにバナナを食べてろ」


 キレる竜也に、それを押さえる奈々実。

 暴れる竜也を押さえる事ができるのは奈々実だけである。


「うーん、それじゃあこれは?服作りにハマってた事があってさ。生地にはこだわってるし、どのポケットからも引き出す事が出来るから使いやすいと思うよ」


「却下だ!蓮は壺に決めた!わはははは」

「黒のコート。これが一番まともね」

「でもさ、私が服を脱がせちゃうと武器を取り出せなくなっちゃうよ?…………つまり無防備なれんちーになるってこと!?親父!それを一着くれ!」

「ばーろー。蓮は壺で決まりだ」

「たっちゃん何を言ってるの。れんちーはコートを選ぶの!」

「壺だっつってんだろ!」

「コートだってば!」

「壺!」

「コート!」


「…………どちらも却下だ」


 竜也と雫の言い合いが続く中、蓮は右手で頭を抑えながら、ムーへ意思を伝えた。


「あんたも大変ね」

「奈々実ほどではないから心配は不要だ」

「たまにはガツンと言ってやらないと、雫のためにもならないわよ」 


 そう言って奈々実は二人に近付き、二人のほっぺたにグーパンチをお見舞いした。


「へぶし!!」

「はぶぶ!!」


『いやそれ、ガツンと言ってないじゃん、ガツンと殴るの間違いじゃないか?』


 そんな蓮のツッコみが奈々実に届くことは無かった。


「なにすんだゴリラ女!」

「違うよたっちゃん。モンスターゴリラ女だよ」

「どうやら反省が足りないみたいね」


 奈々実の圧に押され、身をすくめる二人。

 そんな二人を睨みながら、奈々実は大きくため息を吐いた。


「はあぁーー、蓮は壺もコートも嫌だってさ。だからあんたら二人でアホなことしないでよね」

「なに!?そうなのか蓮!?」

「れんちーは黒いコートが良いと思います!」

「どちらも却下だ」


 極端にテンションが下がった二人をよそに、次のアイテムが紹介された。


「うん、そうだ!これなんかどうかな。意外かもしれないけど、アクセサリー作りにハマってた事があってさ。その時にこの指輪を作ったんだけどほら、一回はめてみて。全部の指にはめないと作動しないよ」

「お、おい。ムーさん?」


 ムーは蓮の腕を取り、右手の指一つ一つにシルバーの指輪をはめていく。

 そして、装飾も何も施されてないシンプルな指輪五つが右手の指全てに収まった。


「うん、それじゃ何か武器を頭に思い浮かべながら、右手に意識を集中させてみて」

「全く。急になにするんだ…………こんな感じか?」


 戸惑いながらも、蓮はムーの言われるがままに右手に意識を集中させた。


「は?嘘だろ……どうなってるんだ……」


 蓮の手の平に浮かび上がる一本のナイフ。


 ソリッドモデリングにより細部まで描き出されたそのナイフは、蓮にとってとても馴染みがある物だった。


「俺のオリジナルナイフだ……」


「うん、すごいでしょ?一度に生成出来るのは一つだけ。五分したら自動的に消えるからまた出し直したらいいよ。

 引き出しではないけど、中々使えると思う」


 生成能力が付いた指輪。

 四人は同じことを考えた。これしか無いと。

 こんなやばいもの……これしかあり得ないと。


「……もうワンセットだ」

「うん?」


「俺は多種多様な武器を使うんです。だから一個しか生成出来ないなんて、あまり実用的ではないですね。戦い中に二個も三個も武器を使いますので。だから俺にとっては両手揃ってワンセットです」


 蓮のむちゃくちゃな注文に、他の三人はそんなの無理に決まってるだろと思った。こいつは何を言ってるんだ。調子に乗りすぎだろと。 


「うん、それなら仕方ないね。ちょっと待ってよ……あった!たまたまツーセット作ってたんだよね」


「ゆるい!!」とツッコむ三人の呼吸は完璧だ。


 だらしなくニッコリと笑う蓮。

 どうやら指輪にすこぶる満足したようだ。


「はいはーい。私も持っていきたいの決まってるよー」

「雫はあれだろ」

「あれでしょうね」


「占いカード!」

「だろうな」

「でしょうね」


「うん、分かった。ちょっと失礼するよ」


 そう言ってムーは雫へ近付くと、頭の上にゆっくりと右手を置いた。


「おい!雫に何をしている!」


 大声を上げる蓮の手にはM17自動拳銃が握られていた。銃口の向かう先はムーの頭である。


 ムーはそんな事は気にせず、手の平をぼんやりと光らせた。


「れんちー待って!私は大丈夫。なんともないから」


 雫の声を素直に信じる事ができず、蓮の指に力が入る。


「うん、記憶を見て“占いカード”を取り寄せるだけだから安心して」


 それでも蓮は銃口を下ろせない。

 鋭い眼は雫とムーの動きを注意深く観察し、変な動きがあれば即座に打つ体勢だ。


 ハラハラと心配そうに見守る奈々実と、腕を組んで余裕の表情の竜也。


 極端に遅くなる時の流れ。

 蓮の頬を流る一筋の汗。


 しかし、ムーの一言であっけなく開放された。


「はいどうぞ」


 ムーは左手に持っていたカードの束を雫へ差し出した。


「おぉ!これはまさしく私のミラクルフォーチュンパラダイスじゃないか!ありがとうムーさん!」

「どっから出したんだよ」

「まさに神の御業ね」

「ふん。雫の頭に手を置いた事は忘れないからな」


「うん?そのカードってもしや……」


 雫の持っているカードをジロジロと見つめるムー。


「やっぱり。これって私のDIY作品だ。無くしたと思ってたけど、地球に落ちてたのか!凄い偶然だね」


 衝撃の事実!

 まさか本当に神のアイテムだった。


「えー!!そうだったんだ!この節は大変お世話になりました。ムーさんのお陰で、私はハッピーフォーチュンパラダイスでございます」

「そのカードおかしいと思ってたんだよな」

「100%の的中率だもんね。これで納得だわ」

「せめて80%の的中率位ならよかったんだけどな」


「うん、私は雑な仕事はしないからね。作るなら100%を目指すに決まっている。

 でもそうか……このアイテムを使用してたから点滅者に気付かれたのか」


「へ?どゆこと?」


「うん、私は点滅者に苦渋を飲まされ続けてきたからね。地球は奴らに見つからないように隠蔽してきたんだ。

 それが急に見つかったからね。

 私もなぜだろうと思ってたんだけど、このカードを使用していたのなら納得がいく。

 こういったアイテムから漏れ出るエネルギーは観測されやすいんだ。

 だから点滅者に地球の存在がバレたって事さ」


「私が占いしてたから隕石が降ってきたってこと?」


「うん、そうとも言えるね」


「うわあああん。私が原因で皆死んじゃったんだああ」

「雫、落ち着いて。私達は大丈夫よ。こうして生きてるんだから?」

「その通りだ。雫が背負う事はない。地球も無事だし、俺達も無事だ」

「まぁ、気にするなよ」


 泣く雫を慰める三人。

 しかし途方もない事実に困惑は否めない。


「うん、でも私としては結果的に良かったと思ってる。奴らが本気を出せばどうせ見つかっちゃうからさ。

 後々見つかって嫌がらせされた場合、今回のような結末にならなかっただろうしね。

 タイミングが良かったよ本当に」


「ううぅ、ぐすっ、それじゃあ私達が地球を救った事実は変わらないってこと?」


「うん、それは間違いない」


 ムーの言葉を受け、四人は胸を撫で下ろした。

 破滅する未来を先延ばしにせず、今その時を迎えたことが僥倖だった、ということである。


「じゃあ私はこれからも占いをしても良いってこと?」


 涙目の雫は奈々実へ訴える。


「………………当たり前じゃない。いいに決まってるよわ」


 奈々実は回答するのに三拍置く必要があった。


 涙目の雫は蓮へ訴える。


「…………………………勿論だ。俺は占いをしている雫が好きだからな」


 蓮は回答するのに五拍置く必要があった。ある意味、自分自身を納得させる為の言葉とも言える。


 涙目の雫は竜也に訴える。


「いいんじゃね。お前は占いが好きだろ?やめる必要はねーよ」


 竜也は間髪入れず即答した。一番男らしい竜也の勝利である。


 エキシビションマッチで夏夜がこの戦いに参加した場合、沈黙時間が長すぎて退場になってたことだろう。


 雫は皆から了承を得て、喜び踊りを始めていた。


「ムーさん、私にも何か下さい。持っていきたいのが決まらないんです。だからムーさんからの贈り物が欲しいです!」


「うん、いいよ。それじゃあ趣味や特技はある?他の二人の様に、それにちなんだ物を探してあげるよ」


「趣味や特技か……」

「ななみんは歌やダンスじゃない?それとあのコピーするやつ」


「うん、歌やダンスね。コピーとは?」


「ななみんはねー、相手の動きを真似するのが凄く上手なの。ダンスなんて一回見ただけで完璧に踊れちゃうんだから。ね、ななみん」

「そ、そうね。確かにそれは特技かも」


「うん、なるほど。ちょっと待ってねー」


 ムーは再びおもちゃ箱を漁り始める。

 紳士的な人物がおもちゃ箱に顔を突っ込む姿は中々にシュールである。


「うーーーーん、あった!はいどうぞ。メリケンサック」


「ぶっっ!はははは!お前にピッタリじゃねーか!奈々実これにしろ。メリケンサックはめて走り回れ。わはははは」


 笑いを堪える雫と蓮。


「ムーさん?私の趣味と特技はどこにいったのかしら?」

「ばっかお前!こいつはこれまでのお前の動きを見て判断したんだよ!…………似合ってるぜ、番長」


 大きな爆発とともに竜也の体は吹っ飛ばされた。

 線路に沿って真っ直ぐに飛んでいった竜也は、地平線の彼方へ消えていった。


 まるで、『十年使い込んでます』と言わんばかりに奈々実の手にフィットしているメリケンサック。

 いつメリケンサックを装備したんだ?といった疑問は誰の頭にも浮かばなかった。

 手と一体化しており、元からそこにあったのだと錯覚したからである。


「これって私にピッタリのアイテムかしら?もう少し試し打ちしてみないと判断出来ないわね。そうでしょ……ムーさん?」


 メリケンサックは黒色のオーラを纏い、圧倒的な存在感を解き放っている。


 この世の終わりを具現化したような生物が、一歩、また一歩とムーへ近付く。


「か、完璧に使いこなしている」

「何か言ったかしら?」


 ムーの呟きを拾い上げた奈々実は、さらなる圧力を周囲に拡散させる。


 ムーは混乱していた。シンクロ率100%という事実に。

 かつて管理者達を恐怖のどん底に落とし入れた点滅者がいた。その名もラー。

 ラーは他の点滅者と違い、嫌がらせアイテムは一切使用しなかった。

 その代わりに使用していたのが、このメリケンサックだ。


 ラーは己の身を投じ、惑星の中で暴れまわり、いくつもの惑星が破壊された。

 まさに恐怖の象徴。

 次は自分の惑星が狙われるのではないかと、管理者達は眠れない日が続いた。


 しかし保安局が黙っておらず、ついには身柄を拘束されることになる。

 その時、ラーはこのようなことを語っている。


『壊したくて壊してるのではないわ。星にだって観光に行ってるだけだもの。

 管理者の事も尊敬している。

 でも何故か皆、私の癇に障ることしてくるのよね。そしたら割るしかないわよね?』


 割るしかない?惑星ごと?

 完全に狂っている。

 発想も狂ってるし、割る事が出来るという事実も狂ってる。

 当時、ラー逮捕の記事を読んだムーはそう思った。


 時は流れ、巡り巡ってムーの手元に届いたラーのメリケンサック。使い道もなくおもちゃ箱に埋もれてしまったアイテム。


 今日、その封印が解かれた。

 ラーの後継者爆誕である。

 

 ムーは当時のラーに会ったことはないが、目の前の奈々実はラーそのものだと分かった。

 だってこんなにも怖いのだから。


「ムーさん、なにか言いたいことはあるかしら?何か言わないと試し打ちしちゃうよ?」


 こっわ!こいつ怖すぎる。


 ムーは本気で考える。

 自身が原因でラーを生み出したとなると、管理者資格を剥奪される上、下手したら監獄行き。もっと下手したら今消滅してしまうかもしれないと。


 そしてムーは答えを導きだした。

 助かるための道筋はこれしかない!


「うんうんうん、君にそれは合わないね。別のものにしよう。もっとすごい物を選ぶからさ!」


 これ以上の物はありえないけどね。


「完璧に使いこなしてるって言わなかった?」

「うぅぅん?そんな事……言ってないよ?

 完璧に使いこなす素質があるかもしれないって言ったんだよ。だけどそれは私の勘違い!君に使いこなすのは100%無理そうだ!」


 100%の性能を引き出してるけどね。


「そうかな?なんだか凄くしっくりくるのよね。今ならこの場所ごと粉々に出来そうな気がするわ。ムーさんもそう思うでしょ?」

「うん、じゃなくて、今のうんはそういう意味じゃないからね。ちょっと待って!君みたいなかわいい人間にピッタリの物を探すから!」


 早く何か出さないと!

 代わりの物を出さないと!


 ムーはいつもより深く、おもちゃ箱に顔を突っ込み堀漁る。


「ななみんはうさぎが好きだよ。洋服とかパンツとか、うさぎのデザインが多いの」


 妙なささやき声が耳に届いたが、今はこっちに集中だ!


 うさぎ、うさぎ、パンツ、うさぎ…………パンツ?


「うん!これだ!これに決めた!いかがでしょうか!」


 ムーは膝を付き、仰々しく両手を掲げて手の平に置いたうさぎ柄のパンツを差し出した。


 勿論、笑いを堪える蓮と雫の姿は目に入っていない。


「ふざけんじゃないわよーーー!!」


 奈々実が怒りに任せて闘気を放出すると、ムーは恐怖のあまり気絶した。


ーーー


「あ、目を覚ましたよ。ムーちゃん大丈夫?」

「お前いつもやりすぎだぞ」

「ううう、反省してます」

「今回はムーさんも悪いと思うけどな」


「うん……あれ?どうなってるんだろう。確か私の惑星が、全て破壊されたところまで記憶にあるんだけど」


「おい、記憶がおかしくなってるぞ。どうすんだこれ」

「ムーちゃん可哀想に。怖すぎて夢でも辛い思いをしたんだね」

「夢か現実か分からなくなってるな」

「ううう、ごめんなさい」


 その後、徐々に精神が安定してきたムーに状況を説明した。


「うん、終わりよければ全てよしだね。惑星を失ってなくて本当に良かったよ」

「ポジティブだなー。もっと怒っていいんだぞ」

「ムーちゃんは我々の仲間になる資格を有してるね」

「初めての洗礼にしては強烈過ぎたけどな」

「ううう、すみませんでした」


 まだ心の昂りが冷めやらぬ状況ではあるが、五人は気を取り直してアイテム選びを再開した。


「うん、実はもう決めてあるんだ。君にはこれが合ってるよ」


 ムーは迷いなく、おもちゃ箱からアイテムを取り出した。


「うさぎのぬいぐるみ?」

「うん、君のコピー能力を聞いてピンときたんだ」


 ムーの手に握られたうさぎのぬいぐるみ。

 このアイテムの有用性についてムーは説明を始めた。


「うん、君達の行く先フロウ。そこは魔法が日常生活にまで浸透してる程の魔法世界なんだ。


 火を起こすにしても、水を得るにしても、魔法の存在が必要不可欠なのさ。


 しかし残念なことに、地球出身の君達では魔法が使えないんだ。魔法に必要なエネルギーを有してないからね」


「マジかよ。俺メラ○ーマ使いたかったんだけど」

「私も魔法使ってみたかったなー。ヒール的なやつ」

「ボクもボクも!魅了魔法だけは使いたかった!」

「俺はキャンセル魔法だな」


 四人は魔法を使えない事実に落胆するも、もともと使えなかったわけだし、そこまで悲観することはなかった。


「うん、そこでこのうさぎの出番ってわけさ。

 このうさぎは主人となる人物の能力を共有し、動き回る事ができる、生きたぬいぐるみなんだ」


「えーと……どゆことですか?この子が動き回る?」


「うん、このうさぎは生きてるよ。そして君と同じポテンシャルを持つ分身でもある」


「ちょっと難しいんですけど」


「うん、魔法を使えない君達に代わって、このうさぎがコピー能力を駆使して魔法を覚えるって事さ。まぁ、魔法が使える新しい仲間って考えると分かりやすいかもね」


「可愛い!!ななみんいいなー。私もうさぎが欲しいよー」

「いいんじゃないかこれで」

「俺も賛成だ」

「そ、そう?……それじゃあ、うさちゃんにしようかしら……」


 奈々実は戸惑った様子を見せるも、内心喜んでおり、皆の支持を得てうさぎのぬいぐるみに決定した。


「うん、良かった。凄く助けになると思うし、とてもいい選択だよ」


 そう言ってムーは、うさぎのぬいぐるみを地面に座らせた。


「私はここに居るよって声を掛けてみて」

「えっ、あ、はい……私はここに居るよ」


 奈々実が優しく声を掛けると、うさぎの耳がそばだち、首をキョロキョロさせ始めた。


 周囲がざわめき、驚きの声を上げる。


 うさぎは鼻を少しクンクンさせると、奈々実に顔を向け、一直線に走り出した。二足歩行で。


「ななみー会いたかったー」


 ふわふわの丸っころが奈々実の胸に飛び込み、奈々実はそれをそのまま抱きしめた。


「か、可愛い過ぎる!うさちゃーん、私も会いたかったよー」

「あたちも、あたちも。ななみ大好きー」

「なんて可愛いのかしら!私も大好きよー」


 周囲を置き去りにし、二人は愛を誓いあった。

 しかしそれを見て黙っていない人物が一人いた。それは竜也だ。


 竜也は奈々実に近付くと、胸に埋もれているうさぎの耳を根本から掴み、人参を土から引っこ抜くように、そのまま引っ張りあげた。


「おうおう、俺等に挨拶はねーのか?新参者が調子に乗ってると……」

「キャー!キャー!変態!スケベ猿!」

「へぶぅし!!」


 うさぎに頬を引っぱたかれた竜也は、くるくると体を回転させながら地面を舐めた。


「変なとこ触らないでよね!」


 うさぎの仁王立ちはひたすらに可愛いだけである。


「そのまんまななみんだね」

「中身まで似るのか。それにしても……いいなうさぎ」


 蓮はモフモフのうさぎに、居ても立っても居られず、両手で優しく持ち上げ抱きしめた。


「このふわふわ……いいなうさぎ」

「はうーあなたは蓮ね。優しく抱きしめるのは許可するわ」


 しかしそれを見て黙っていない人物が一人いた。それは雫だ。


 うさぎの耳を根本から掴み、人参を土から引っこ抜くように、そのまま引っ張りあげた。


「れんちーに勝手にくっつかないでくれる?変な匂い付けたら許さないかんね」

「あなたは雫ね。くっついてごめんなさい。でももし、蓮があなたではなくあたちを選んだ場合、その時は許してよね」

「ななみん!このうさぎ捨てよう!」


「雫落ち着いて!うさちゃんも!変なこと言わないの!」


 遠くに投げるために振りかぶる雫。

 やーめーれーと言ううさぎ。

 それを宥める奈々実。


「ちょっと!蓮も止めてよー」


 蓮も介入し、その場は何とか収まった。


 静寂を極めしこの空間が、今では喧騒を極めしこの空間となっている。

 とても賑やかな四人と、さらに一匹が仲間に加わった事で、より喧騒の高みへと登っていくのであった。


ーーー


「最後はたっちゃんだよ。どう?決まった?」


 蓮は“武器生成リング”

 雫は“占いカード”

 奈々実は“うさぎのぬいぐるみ”


 無人島に何か一つだけ持っていくなら、ではないが異世界に何か一つだけ持っていくなら、何を持っていくか?


 異世界でのミッションを成功させる為の、極めて重要なファクターである。


 三人は自分の特技や持ち味を活かす物を選んだ。当然、それが良い結果をもたらすと想定しているからだ。


 竜也も自身に見合った何かを選択するだろう。そう思い奈々実は質問を投げかけた。


 しかし竜也の返答は思いもしない言葉だった。


「持って行く物なんてねぇよ」

「そんな事はないでしょ。何か一つぐらいあるんじゃない?」

「特にねぇな。味噌汁飲みてーから、味噌を持って行くことも考えたが、使い切った後が辛いからな。いっそ持っていかない」


「何ていうか、竜也らしいな」

「たっちゃんって感じだね」


「スマホが使えたらいいんだけどよー。流石に無理だよな?」


「うん、フロウじゃスマホは使えないね」

「それに代わる何かあるか?」

「うん、無いね」


「さっきまで何でもありだったのに、たっちゃんの時には無いんだね。可哀想に」

「まっ、しゃーねーだろ。ねーもんはねーんだから」

「そうかもしれないけど……で、結局どうするの?」

「取り敢えず何でもいいから言っとけ」

「そーだよたっちゃん。何でもいいから言っといたほうがいいよ」

「けっ、面倒くせーな。分かった。それならエ○本でいいや」


「うん、分かった。取り寄せるね」


「待て待て待て!竜也!お前正気か?」

「お前こそ正気か?向こうでどうやってぬくんだよ」

「ぬくってなに?」

「ななみんは知らなくていい言葉だよ」


 竜也のアホな申し出に、一同頭を抱えた。


「まだわかんねーのか。俺はお前らと違って何でもできるんだよ」

「それにしたってたっちゃん。流石の私でもエ○本は選ばないよ?」

「じゃあ何かエ○本に勝る物教えてくれよ。話はそれからだ」


 竜也のアホな申し出に、一同頭を抱えながら考える。


「とにかく案を出しまくれ!達也を納得させるんだ!」


 蓮の号令とともに、達也への攻撃が始まった。


「ボールペンとノート!何か書くものがあったら役に立つかも!」

「エ○本だな」


「方位磁石!懐中電灯!防寒服!いざというときに役に立つかも!」

「エ○本だな」


「ナイフやハサミっと思ったが、俺が全て生成出来そうだな……自転車!」

「エ○本だな」


「カバン!水筒!って全部現地調達できそうね……寝袋!布団!」

「エ○本だな」


「バイク!車!手持ち扇風機!ライター!」

「エ○本だな」



「あんた何回エ○本って言うのよ。字面を考えなさい。見苦しい」

「エ○本連呼するのは良くないですぜ」


「お前らが言わしてるんだろ!とにかく、分かっただろ?エ○本に勝るものはねーんだよ!」


「本当にそうかなー。絶対にあると思うんだけど」


「いいか、俺はサバイバル能力があり、戦闘能力があり、スピードも体力もあり、能力値のレーダーチャートを作ったら全部飛び出すほど優秀だ。

 サバイバルで必要なものは自分で作れるし、マジで何もいらねーんだよ」


「全部は言いすぎでしょ。知能がゼロじゃん」

「あとコミュ力も低いよね。すぐ喧嘩するし」

「協調性はマイナスだぞ」


「うるせぇ!おいムー!エ○本を頼む!」

「うん、良いよ」


 周囲の反対を押し切り、何ともあっけなく事が進んだ。

 そして達也の手元には一冊のエ○本が握りしめられていた。


「呆れたわ。ここまでバカだったなんて」

「今日でおバカ数値が更新されたな」


 奈々実と蓮は呆れ果て、軽蔑した眼差しを向ける中、達也と雫は一緒にエ○本を覗き込んでいる。


「やべーなこれ。この女エロ過ぎる」

「ひぇー、エロエロですな。たっちゃんは巨乳好きか。良かったね、ななみんが胸大きくて」

「バーロー。女は全部好きだ」

「それななみんの前で言わないでよ。斯く言う私も男好きでさー」

「全部聞こえてるわよ。この変態ども」


 こうして四人はそれぞれアイテムを手に入れた。

 行く末がどうなるか誰にもわからない。しかし、一つ言えることは、誰も失敗する未来を描いていないということだ。


「奇麗な星」

「あぁ」

「やっぱりちょっと怖いね」

「…………」


 見上げる惑星フロウは、美しくもありながら、同時に未知なる恐怖も植え付ける。


「記憶……失いたく無いね」

「信じろ俺を。信じろ自分を。生半可な気持ちじゃねぇ。俺は絶対にお前とキスをする」

「……うん」


 人の心は移り変わりが激しい。

 一度した決意も、少しの時間が経過しただけで揺らいでしまう。

 そしてナーバスな気持ちは伝染し、まわりの者を巻き込み判断力を鈍らせる。


 だからこそ強い信念が必要だ。

 少しでも心に迷いが生じたら、自分に言い聞かせる。絶対に成功させるんだと。


「俺達は常に四人一緒だった。小学生や中学生の時の記憶だって、思い出すのは四人で遊んだ記憶ばかりだ。楽しい事も、辛い事も、俺達四人で分かち合ってきた」


 蓮が語りだすと、他の三人は蓮の方に耳を傾けた。


「だが、四つのサイコロを同時に投げた時、出る目がそれぞれ違うように、俺達もそれぞれ違う考え方を持った人間だ」

「……そうだよね」

「そんなの当たり前じゃねーか」

「私とれんちーのサイコロはくっついてるけどね」

「なんだそのサイコロ」


「つまり俺が言いたいのは、今まで同じコップの中でサイコロを振ってきたから、俺達はどんな状況になろうと一緒に居られた。全てを分かち合う事ができた。


 正直俺も記憶の封印は怖い。どうなるか想像もつかない。

 だけど、同じコップの中にいれば大丈夫。

 俺達四人に不可能はない。


 俺は雫の事が好きになり、竜也は奈々実の事が好きになる。

 一度心は離れるが、四人はまた親友になる。俺はそう信じている」


「私達本当にずっと一緒にいるもんね」

「たっちゃん道場でしごかれた記憶は忘れないぞ!」

「ふふふ、また道場に通えよお前ら。今度は俺がしごいてやるぞ」

「き、急に腹痛が!」

「ななみんってたまに、しょうもない言い訳するよね」

「何よ。本当に腹痛だってば」


 三人のやり取りに微笑みをみせる蓮。


「……やっぱりお前らは最高だ」

「おい、やめろ蓮!当たり前のこといちいち口にするな!恥ずいだろ!」

「良いじゃない。ちょっと恥ずかしいけど」

「れんちー恥ずかしい」

「べ、別にいいだろ!本当のことなんだから」


 小っ恥ずかしいやり取りに、互いに顔を背けながらも、どこか心は温かい。

 こんな時間がいつまでも続けばいいのに。四人はそんな事を考えながら、惑星フロウを再度見上げた。


 もう四人の顔に迷いは無い。

 生き抜き、恋をし、キスをして必ず地球に帰る。それだけのこと。


「うん、心の準備は出来たかな?」


 四人は同時に首肯した。


「では行き先を決めてくれ」


 蓮が全員の視線を集める。

 そして蓮も慣れた様子で視線を受け止め、一つのポイントを指さした。


「ここだ」


 蓮の指し示す先。そこは黄金の大地だった。


「うん、本当にそこでいいの?空の大陸とか珍しい場所もあるよ」

「ここでいい。あくまで予想だが、これは小麦畑だ。大規模な耕作が行われ、食糧不足とは無縁の国。人は腹が満たされれば、それだけで犯罪が減る。つまり、安全な国である可能性が高まるということだ」

「蓮の推理があたってるなら、私もそこがいいな。平和が一番よね」

「小麦畑が見える丘に家を建てて、れんちーと一緒に暮らしたいです」

「俺はどこでもいいや」


「うん、分かった。決定権は君達にあるんだ。旅行を楽しんで来るといい」

「楽しむ余裕なんてねーだろ」

「でも楽しむ気持ちは重要だと思うよ?」

「不純異性交遊は楽しくいかなきゃね」

「あんた意味分かって言ってるの?」

「私は責任とれるもん」

「ゴホン!まぁ、気負い過ぎるのは良くないかもな」


 四人が喋ってる間に、ムーはそれぞれに1枚ずつ紙を手渡した。

 そこには四人が理解できない文字が呪文のように書き綴られている。


「うん、それじゃあ始めようか」


ーーー


「ムーさん、この紙はなんですか?」

「うん?“らくらく異世界旅行Sパック”だよ」


 そう言いながらムーは、フロウ儀の正面に立ち、空中に現れたキーボードに文字を打ち込んでいる。SF映画でよく見るあれだ。

 

 ムーのキーボードと連動しているのか、四人の用紙に新しく文字が書き足されていく。


 ペラッペラの紙に、ひとりでに文字が綴られる様はなんとも不思議な光景である。


「うん、出来た。登録完了」


 ムーの完了宣言と同時に、四人の用紙が光りだした。

 パルテノン神殿前駅に来てからというもの、驚きの連続である四人にとって、今更紙が光りだす程度で驚く事はなかった。


「もう……始まっちゃうんだね」


 雫の言葉は、他の三人にも重くのしかかる。


「うん、その紙を破ると移動が始まるよ。記憶の封印は移動と同時にするから、君達のタイミングで破るといい」


 紙を破ると移動開始。

 四人は紙に落としていた視線を上げ、お互いに顔を見合わせた。


「迷っててもしゃーねー。破るか」

「待って!」


 奈々実は竜也のセリフを跳ね除けると、そのまま竜也を抱きしめた。


「……もう少しだけ」

「あぁ」


 竜也と奈々実は、互いの心をくっつけあった。心に描写させる思いは二人共一緒だ。


「雫」

「れんちー」


 蓮と雫も同じく抱きしめ合った。

 言葉すら不要な程に繋がってる二人。


 これは愛と絆の物語。

 四人は断ち切れない結びつきを宿し、無条件の幸福を信じ合う。


「うん、準備が出来たみたいだね」


 ムーの表情は柔らかく、我が子を送り出す親の様な雰囲気を感じさせる。


 抱擁を終えた四人は、覚悟を新たに向き直った。


「せーので行くか」

「うん」

「オッケー」

「あぁ」


「ムーさん色々とありがとうございました。私達行ってきます」

「うん、頑張ってね。行ってらっしゃい」


「行くぞ!せーのっ!!」


 ビリビリビリッ!!


 …………


 …………


「なにも起こらないんかい!」

「待て!」


『“らくらく異世界旅行Sパック”をご利用頂きありがとうございます。

 これよりワームホールで近くの星に転移致します。その後、亜空トンネルを移動し目的地に向かいます。到着は三日後となります。

 尚、移動は全て自動で行われます。したがって、到着までは自由に行動して頂いて問題ございません』


 突如流れたアナウンスを聞き終えると、四人の体が光りだした。

 今度こそ移動が開始されそうである。


「急にびっくりしたわね」

「本当だよ。私は心臓が飛び出るかと思った」

「つーか三日も掛かるのかよ」

「…………」


 浮足立つ三人。


 蓮だけは無意識のうちに、ムーの動向を目で追っていた。


 ムーは手の平に、小さな銀色の玉を四つ出現させると、四人に近付いてきた。


「ムーさんその玉は?」

「うん、これで記憶の封印をするのさ。大丈夫。目が覚めたらフロウに到着してるよ」


 蓮はムーの顔を見てぎょっとした。

 

 不気味に笑うその顔から、優しさが微塵も感じられなかったからだ。


「何するつもりだ?」

「うん?予定通り記憶を封印するだけだよ」


 語気を強める蓮に、淡々と言葉を返すムー。

 そしてムーは、宙に浮かばせた銀色の玉を、四人目掛けて射出した。


「避けろ!!」


 蓮の声に反応出来たのは竜也だけだった。

 咄嗟に蓮は雫の腕を引っ張り、自身のそばまで引き寄せる。

 竜也は瞬時に奈々実を抱きかかえ跳躍した。


 しかし蓮と竜也の動きは徒労に終わる。

 何故なら銀色の玉は速度を上げて追尾してきたからだ。


 為すすべもなく、銀色の玉は四人の体の中へ消えていった。


「ああああああああ!!私の記憶が!」

「うわあああ!れんちー!駄目!消えちゃう!消えちゃう!!」

「ぐぐぐううううう!クッソおおおー!」

「んだよこれはああああああ!!」


「うん、大丈夫。辛いのは最初だけだよ。起きたら全て忘れてるから」


 消えていく記憶に耐えきれず、四人は絶叫する。

 体の表面が剥がれ落ちていく様に、記憶がポロポロと剥離していく。


「うん、もう隣にいるのが誰かも分からないんじゃない?」


 ムーの言う通り、蓮は自分の腕の中でもだえ苦しむ人が誰か分からなくなっていた。

 むき出しの怒りと悲しみの感情だけが目の前のムーに向けられる。


「うん、フロウを救ってくれる事を期待しているよ」


 蓮は心が怒りと悲しみに満たされる中、その感情ごと記憶が剥がれ落ちた。

 ムーとの記憶そのものが消えてしまったのだ。


 意識が遠のいていく。

 四人は何も考える事ができないまま、意識を失った。 


『それでは、良い旅をお過ごしください』


 誰の耳にも届かないアナウンスと共に、四人の体は転移した。

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