木下 雫②
『おめでとうございます。今日の運勢は大吉です。では良い一日を』
やった!今日の運勢最高じゃん!良いことあるかもー。
まいたけ占いも見てから学校に行こ。この占い癖になるんだよね。えーと、双子座は……
朝ごはんを食べすぎてお腹いっぱいの私は、リビングのソファーに埋もれながら、テレビやスマホで日課の占いチェックをしていた。
「姉ちゃん。下着姿でソファーに横になるなよ。鬱陶しい」
愚弟の声がソファー越しに耳に入ってきた。中学生にもなりながら、賢姉である私にリスペクトの欠片も無い発言。誠に遺憾である。
だけど今日は占いの結果が極めて良好。こんな些細なことで怒ってはいけない。所詮は馬鹿弟の戯言。取るに足らない出来事だ。
「ファ○キュー」
ソファーの背もたれから中指を突き出し、その背後に居る弟にメッセージを送る。届け、私の思い。
そろそろ制服着て準備しなきゃなー
私の一日は両親の起床と共に始まる。
明朝に目覚め、弁当屋の厨房にて仕込み作業に入る。
高校生になってから手伝いを始めたのだが、ここまで大変だとは思ってなかった。
食材の入った重たい箱を運ぶこともあるし、食材のカットで手は腱鞘炎になるし、厨房はめっちゃ熱いし、料理の工程を覚えるのも難しいし、とにかく大変なのだ。
今となっては慣れてはきたが、それでもやっぱり体力的に疲れる。
両親は手伝わなくてもいいと言っているが、私は将来この弁当屋を継ぐつもりだし、修行の意味でも手伝いを続けたいと思っている。
そもそも私は料理作るのが好きだしね。
朝の仕込みが終わると、次は朝食タイムだ。早起きしている分、この時間帯になるとかなりお腹も空いている。
だから食う。食べまくる!
暑い!服を脱ぐ!
お腹パンパンマンになる。
扇風機の風を浴びながらソファーで寝転ぶ。
占い情報をチェックする。
そこまでが一連の流れなのだ。
朝からご飯食べ過ぎじゃないか?ってよく心配されるが、朝は王様のように、昼は貴族のように、夜はまた王様のように食事を摂ることで健康的な体になるって誰かが言ってた。
多分れんちーが言ってた気がする。
「たくみー。先に言っとくけど、拒否権はない。私の部屋から制服とカバン取ってきて!」
「ファ○キュー」
「お願いします!一生のお願い!」
「今更へりくだっても遅い。それにお願いするならせめてこっち向けよ。誠意ゼロかよ。お前に寝言を言う資格はない」
私は重いお腹を持ち上げて、ソファーから立ち上がった。よいしょこら。
「全く、あー言えばこう言っちゃうタイプだね。そんなんじゃ私にモテないよ」
「全く問題なくて草」
「キー!もう怒ったぞ!あんたに彼女できたらあんたの悪いところ100個位告げ口してやる!」
「っく……汚いぞ姉ちゃん!そっちがその気なら、俺だって姉ちゃんに彼氏ができたら姉ちゃんの悪いところ言いまくって……って何をニヤニヤしてるんだよ!」
「私の彼氏はれんちーだけど?」
「なぁ!?そ……そうだった」
「あーははは!れんちーは私の事全て知ってるからね。私の悪いところなんて100個位知ってるよ。あーはははは!」
「……それでいいのか姉ちゃん」
ーーー
「れんちーおっはよー」
「おはよう」
朝の準備を終えた私は、家の下まで迎えに来たれんちーと挨拶を交わした。
「今日は私の弁当持っていくよね?」
「あぁ、毎回悪いな」
「いいって、いいってー。私も愛妻弁当作るの楽しいしさ」
風呂敷で包んだ大きな弁当箱を一つれんちーに手渡す。
週に一度、水曜日は私が弁当を作る事にしている。本当は毎日でも作ってあげたいが、それはれんちーに遠慮された。
流石に毎日は申し訳なさすぎるみたい。
私達はお母さんに行ってきますを告げ、二人で学校に向けて歩き出した。
れんちーは物凄く優しい男だ。弟の拓海とは比べ物にならない。
例えるなら、弟は実力を伴わないのに敵意剥き出しでキャンキャン吠えるチワワ。
れんちーは内側には熱い獰猛な血が流れていながらも、穏やかで品があり包容力も持ったグレート・ピレニーズである。
天と地ほどの差があると言っても過言ではない。
まぁ、中学生の時のれんちーはやばかったんだけどさ。身内には危害を加えなかったが、他人には容赦なかったなー。
非常に攻撃的なジャーマン・シェパード……いや、ピットブルだったかも。とにかく、高校生になってから落ち着き始め、今では最高の男になっている。
勿論私は昔のれんちーも大好きだ。でも今のれんちーはもっと好きだ。
「相変わらず弁当がデカいな。嬉しいけどさ」
「そりゃあボクが大食い系女子だからじゃよ。比例式に基づき、自ずと夢も弁当箱も大きくなるってもんでぇ」
「キャラが混雑しすぎてよくわからん。統一させてくれ」
だよね。自分で言っててよくわからん。
「れんちーはさあ。どんなキャラが好き?ボクっ子とかどうかなー。それとも仙人系がいい?」
私の質問に頭を悩ますれんちー。
れんちーは私の事をどう思ってるのかな。
ちゃんと女の子として見てくれてるのだろうか。
時々わからなくなる時がある。
私達は一体なんなんだろうって。
私はれんちーを彼氏として考えてる。実際にまだお付き合いはしてないが、間違いなく心の中で私達は手を取り合っている。
だけどれんちーはどうだろうか。私の事を大切に思ってくれてるのは確かだけど……
付き合っていないという事実がまるで脆弱な砂上の城のようで、いつか崩れてしまうのではないか、という不安が付き纏う。
「ボクっ子は中々良いな。雫には似合いそうだ」
「ボクってそんなに男の子っぽいかな?女の子らしくない?」
ちょっと悲しい。
できれば女の子として見てほしかった。
私自身そこまで女の子らしくないのは自覚している。それでも、れんちーには可愛い女の子として見て欲しい。
何考えてるんだ私は。
思いと行動が伴ってないことに嫌気が差す。
私の押し付けがましいエゴでれんちーを困らせるわけにはいかない。
いいじゃないか。女の子として見られなくても。今の関係が壊れる訳ではないのだから。
「ごめん雫、俺は一つの選択肢として、それもありだと言いたかっただけなんだ。雫は最高の女だ。全身柔らかいし、手足はきれいだし、占いも好きだし、とっても可愛くて女の子らしいよ」
え!?私の心を読まれた!?
れんちーが私の事を可愛いって……
まさかこのタイミングでれんちーが愛でてくれるなんて。
「あ……ありがとう」
何だか凄く恥ずかしい。
でも凄く嬉しい!
……そして気まずい!
私としたことが、変に考え込んでしまった!
べ、別の話題に。
「そう言えばれんちー、私の貸した本読んだ?」
苦し紛れに変えた話題だが、中々良いチョイスだ。昨日はこのネタでれんちーからハグされたし、私はれんちーの耳を食べることができた。つまりまたワンチャンあるかもしれぬ。
因みにその本は、女性のヒロインが悪の手に落ち、恥辱にまみれた行為を強制されまくる内容だ。
元々何故その本を貸したのかというと、れんちーがこの本を読んでくれたら、性欲があまり無いれんちーも女性の体に興味を持ってくれるかもしれない。ひいては私に同じことをしたくなるかもしれない。
そんな思いを込めて本を貸したのだ。
「半分は読んだんだが、もう半分は刺激が強すぎてちょっと……読めなかった」
れんちーは少し困った顔をしながら、弱々しい声で回答した。
チッ、読んでいたか。でも半分は読めなかった?
「え?そんなに刺激かったかな……れんちーでも大丈夫そうな、やわやわな内容を選んだんだけど」
九州のやわやわうどん麺を選んだつもりが、まさか違う食べ物である、バリカタ豚骨ラーメンに認定されるとは。
「それでどの辺まで読んだの?」
「ヒロインのさくらが裸にされる所までだ。それ以降は脳が危険と判断して、本を閉じてしまった」
「あぁーあの辺りねー。ってまだ始まってもいないじゃん!ゲームならチュートリアル終わった位だよそれ!ぐぬぬ、メインストーリーを見ていないとなると、私の計画が狂ってしまう」
もう駄目だ。
希望はない。
まさかこんな結末を迎えるなんて。
……
「さくらの裸に興奮した?」
「ぶっっ!急に何を言ってるんだ!?」
「ねぇねぇ、れんちー答えてよー!」
何となくれんちーに意地悪することにした。れんちーの馬鹿!本を読んでないのが悪い!私は今苛立ってるんだぞ。
私はれんちーに理不尽な苛立ちをぶつけた。
結局ハグもされないし、耳も食べれないし、エロいこともされない。
あー、やる気がでないー。
「雫落ち着け!そんな事よりもだな……そうだ!占ってくれよ!俺は雫に占ってもらいたい!」
へ?
占って欲しいだって?
私は咄嗟に耳をそばだてた。
今確かに占ってほしいと言ったぞ!
私は占いが大好きだ。
占い情報を見たり聞いたり調べたりするのも好きだが、実際に誰かを占う事が一番好きだ。
さすがれんちー!わかっていらっしゃる!
「え、占ってほしいの?しょうが無いなー。それを先に言ってよね、れんちー!」
私はカバンのファスナーを全開にして、天地返しの要領で下からひっくり返すように占いカードを探し始めた。
どこだ、どこだ。私のカードはどこに隠れている?ほらぁ、怖くないよー出ておいでー。
往生際が悪い奴め。早く出てくるんだ。ローラー作戦しちゃうぞ。
ようやっと占いカードを探し出した私は、れんちーからもっと取り出しやすい位置に置くように注意された。
ごもっともでございます。
そして私は上機嫌に占いを開始した。
ーーー
小学生の時に虫歯で歯医者に通ってた時期があった。私はそこで初めて占いと出会った。
受付後の待ち時間、多数の少女漫画が掲載されているコミック雑誌を手に取り楽しんでいると、おまけのページに星座占いがあった。
ポップなキャラクターイラストにキラキラに光が散りばめられ、見てるだけで楽しいデザインだったのを覚えている。
双子座のあなた
【恋愛運】★★★
今週は恋愛ウィーク!運命のお相手は意外と身近にいるかも!クラスのお友達で気になる子がいたら、勇気を持って話しかけてみよう。
お友達の好きな話題を見つけるのが最初のステップだよ。
しつこく話しかけず、ゆっくり焦らずアプローチすると恋愛運はさらにUPするよ。
【勉強運】★
今週の勉強はお休みタイム。先生の言ってる事がわからなくても落ち込まないで!一問でも問題が解けたら自分を褒めてあげよう。
宿題を早めに終わらすと勉強運がUPするよ。
【お小遣い運】★
今週は節約だ!どうしてもほしい物があったら、お母さんやお父さんに相談して無駄遣いを無くそう。
週末に家族でお出かけするとお小遣い運がUPするよ!
こんな感じの内容だったと思う。
今思えばチープな内容だが、当時の私はこれを見た時に思った。
占いってすげーと。
生活に指標をもたせてくれるなんて。これがあれば幸せになれる。本気でそう思った。
そこから始まった占いブーム。
色んなコンテンツから占いをかき集め、フルプレートアーマーの如く占いで身を固めていった。
しかし小学6年生頃からだっただろうか。私自身が他人の占いをしてみたくなった。
受け身では知的好奇心が満たされず、根本的な占いの基礎から学びたくなったのだ。
そしていざ、占いを学んでみると物凄く奥が深いことに気付いた。
占星術(占い)は東洋と西洋で別れ、四柱推命や九星気学、易学、ホロスコープといった占いを生み出した。
その上で学んだ算命学では心打たれたものだ。
それはさておき、数々の占い知識を修めた私はある日、インターネットサイトで奇妙なカードと出逢った。
ネットオークションに出品されたそのカードは、タロットカードによく似ていて、西洋の絵柄が施されていた。ただそれだけの何の変哲もないカード。
0円スタートで入札者0人。
うーん、ポチッとな。10円でいいか。
はぁ!?何やってるんだ私は!? 手が勝手に動いた??
しかも10円て。馬鹿にしてると思われちゃうじゃないか。
そして落札!なんでやねん!!
正直、タロットカードは苦手だ。占ってもらう分には好きなのだが、いざ自分がやってみると、長い修行期間と多くの実戦経験が必要で、かつ相手の潜在意識にアクセスするといった、メンタリストの様な能力も兼ね備えないといけないと感じたからだ。私には向いてないと思った。
しかし私の思いとは裏腹に、届いたカードはタロットカードではなかった。
説明書も付いてなく使い方がわからない。何だこのカードは!10円返せ!と怒りとともに途方に暮れていると、突如カードが光りだした。
私の運勢を占うために一枚引いてみよう。そう考えた途端に、カード束の中腹辺りの一枚が光りだしたのだ。
咄嗟にそのカードを抜き取ると、頭の中に文字が浮かんできた。
『一週間』
なにこれ気持ち悪っ!一週間?どゆこと?
私が疑問に思ってるのも束の間、またカードが光りだした。今度は恐る恐る抜き取ってみる。
『学校』
次に浮かんできたのは学校の文字。そしてまたもやカードが光りだした。
私の心臓の鼓動は大きく高鳴り、感情に揺さぶりをかけていく。
『先生』
光るカードから通信される文字は一体何だというのか。
既に私は、このカードは既存の占いアイテムとは全くの別物であることを悟っていた。
魅了されるとはまさにこの事。
未知のカードに、未知の体験。科学とはかけ離れた不可思議な現象。
これは千年アイテムに違いない。闇の力が感じられる!……そんな気がする。
『雫』
ここで私の名前が出てきた。
どうなるんだ私!
ワクワクするね!
『げんこつ』
まさかの結末!
取り敢えず並べてみよう。何となく理解できてるけど、先ずはそれからだ。
『一週間』『学校』『先生』『雫』『げんこつ』
把握!
これが私と千年アイテム(仮名)のファーストコンタクトである。
その三日後、体育の時間中に近くにいた友達のズボン下ろして驚かしたら、先生にげんこつされた。反省している。
ーーー
れんちーに強要されて占うことになった。
最高の気分だぜ。
私の占いはそれっぽく見せているが、実際には光るカードを抜き取るだけの作業である。
カードを抜き取るときに、私自身の生命力も抜き取られる感覚がして癖になるのだ。さすがは闇のアイテムである。
れんちーは不安そうな目で私を見つめているが、そんな事は気にしない。気にしたら負けだと思っている。
占い結果は良いこともあれば悪いこともある。そういうもんだ。
さて、どんな結果がでるかなー
『二週間』
『家』
『蓮』
『雫』
ここまでは普通だね。二週間以内に家でれんちーが雫に……ふむふむ。
『エロ』
「えぇ!?…………うそー!!」
最後のカードを引き終えると、私は驚きの声あげた。
まさかれんちーが!?
こんな嬉しい結果あり得るのだろうか。
私はちょっぴりほっぺたをつねってみた。
痛い。
これは何かの間違いだろう。あのれんちーが私にエロい事をするはずがない。
私は幾度となくれんちーにセクハラしてきたが、れんちーからされたことは今までで一度もないからだ。
だがよく考えろ。
これは神器 (昇格した)の出した結論だ。私如きが疑っていいものじゃない。
人間は神に逆らうことはできない。それこそが真理である。
いやまて、一言にエロといってもピンからキリまである。それにただのラッキー系かもしれない。
しかし……それを踏まえてもこれは好機なんじゃないだろうか。
ぐへへへ
コラッ雫!平常心よ!変な顔するな!
「結果は!?」
食い気味に結果を迫るれんちー。
なんとなくれんちーには知られたくないな。
結果が覆ることはないと思うが、ここは慎重にいくべきだろう。
「…………今は言えない。というより言いたくない」
「ちょっとまて、それはどういう事だ。気になるだろ!」
「ご利益が無くなりそうで。ありがたや〜、ありがたや〜」
「つまり悪い結果では無いと?」
「勿論!!ボクにとっては最高の結果だよ!!」
「雫にとって?何だか怪しいな。俺にとってはどうなんだ?」
地雷発見!地雷発見!
雫!墓穴は掘るなよ!
「…………れ、れんちーにとってもいい結果だよ!!」
私は表情を取り繕い、れんちーにとっても良い結果だと伝えた。
それでもれんちーの疑心に満ちた表情は変わらない。完全に私を疑っている!
だがここで、れんちーはすぐに舞台から降りた。疑心の顔から穏やかな顔へ変化していく。
ふぃー。助かった。
私は心の中で額の汗を拭った。もう安心だ。
「そうか。なら良いか。……因みに、ご利益が無くならない程度で答えると?」
やっぱり気になるよね。
詳細は伝えずに結果だけなら問題ないかな。
「エロ系」
れんちーの穏やかな顔は、苦虫を噛み潰した表情へと変化した。
ーーー
「れんちー。帰ろっ」
「行くか」
放課後。
私達はいつもどおり合流して帰路についた。
私はこの時間が好きだ。
学校での一日のカリキュラムが終了して、全てから開放された時間帯。
今日は予定無いし本当の意味でフリーダム!
ふんふふーん。思わず鼻歌を歌いながらスキップしてしまうぜ!
そう言えば朝のテレビで運勢が大吉だったな。
もしかして今日れんちーを家に連れ込んだら上手くいくんじゃないか!?
私の占いは『二週間』と言っていたが、それは二週間以内という意味だ。
つまり、今日れんちーにエロいことをされる可能性は十分にありえるわけだ。
しかし私は、自身の邪な思いに即座に蓋をした。
何故なら、チャンスと思った時にミスをしやすいからだ。占いをベースに考えすぎると、痛い目にあう。それはこれまでの経験上誰よりも私が心得ている。
チャンスはピンチ。ピンチはチャンスなのだから。
……ん?それはつまり、チャンスってことなのか?やばい分からなくなってきた。
悩みのるつぼにハマると抜け出せなくなる。こんな時はどうでもいいことを考えるのが最も効果的だ。
私はその後、好みのカレーについてれんちーと激論を交わした。我ながら良きテーマだったと実感している。
ーーー
「よぉ蓮。彼女と下校か?いいご身分だなぁ」
私とれんちーがう○ことカレーの互換性について話をしていると、目の前にヤンキーが現れて、下品な声色で話しかけてきた。
ヤンキーに声を掛けられるなんて。れんちーまさか喧嘩してないよね!?
「れんちーこの不良たちは誰?れんちー何かしたの?」
「いんや、何もしてないぞ。前に真ん中の金髪に学校で絡まれた事があるんだが、その時はマー坊とかっちゃんが追い払ってくれたしな。特段俺は何もしてないんだよなー」
「親の仇みたいな顔してるよ?」
「生まれ付きそういう顔なんだよ。察してやれ」
逆恨みってやつかな?
どうしよう……れんちーにはあまり喧嘩してほしくないけど状況が状況だしね。
「そっかー。それでどうするの?私としてはできるだけ殺さないで欲しいんだけど」
「別に殺そーとは思ってないよ!但し、降りかかる火の粉は払わないとな」
れんちーの判断は早かった。
れんちーの中で日常生活における最優先事項は私の安全だ。それが脅かされそうなこの状況。れんちーは即座に臨戦態勢に入った。
こんな顔久しぶりに見る。
真剣な眼差しに隙は無く、“敵”の分析に余念はない。
久しぶりに感じるれんちーの敵意。
そのオーラは冷徹な波動となり周囲に浸透していく。
背筋が凍るほど冷い。
私は久方ぶりに感じるれんちーの雰囲気に飲まれながらも、どこか懐かしく、とってもかっこいいと思った。
そんなれんちーとは裏腹に、相手は大した事ないなと思った。全くオーラを感じない。その証拠に、彼等の立ち振る舞いは隙だらけである。獲物はあなた達だよーっと教えてあげたい。
「今日はマー坊とかっちゃんはいねぇぞー。おめぇは一人だ。俺をコケにした代償を払ってもらうぜ」
セリフと外見だけはいっちょ前だね。
場違いな物言いに私は少し笑いそうになった。
「別にコケになんてしてないぞ。そんなことより、女が居るときに来るなよ。そんな大勢で来たら彼女が怖がるじゃないか」
「怖いよー。たーけーすーてー」
私は誰よりもれんちーの事がわかってるからね!そんなれんちーに守られてて怖いわけないじゃない!
そして例によって、野盗は私をれんちーの目の前で犯すと言ってきた。
そのセリフに少なからず恐怖を覚えたが、れんちーのぶっ殺すオーラが強まった為、逆に野盗の方が心配になった。
昔とは違う。それは分かっているのだが……
喧嘩も久しぶりだろうし、本当に大丈夫かな?殺さないよね?
「雫、悪いけど終わるまで、耳を塞いで目を瞑っててくれないか?その……あんまり暴れるところ見られたくないんだ。血もいっぱい出るだろうし」
「分かった!れんちー頑張ってね!」
余計な心配かな。私はひたすられんちーを信じるのみだ。
私はれんちーの背後に回り、邪魔にならないよう身を隠した。
ゆっくりと近付いてくる野盗の足跡。
始まりの合図なんて無い。
空気を揺らす爆発音とともに戦闘が開始した。
閃光手榴弾の光と音はやはり凄まじい。
実践でお目にかかるのはこれが初めてだ。
BP (れんちーの作業場兼ぬいぐるみ置き場)でお試し使用したのを見たことはあったが、直接人間に使うところを見るのは初めてである。
れんちーに戦うところを見ないでほしいと言われたが、私は約束を破り、戦場を目に焼き付けた。やはり見たいものは見たいのだ
失明、目眩、難聴、耳鳴、等の症状が同時に襲い掛かると人はどうすることもできないんだなあ。と実感した。
目の前の野盗は完全にパニックを引き起こし、何が起きたのかまったく理解できていない。一時的とはいえ、こんな屈強な男三人を戦闘力ゼロにしてしまうのはチート過ぎると言っても過言ではない。同情はしないけどね。
それからのれんちーの動きは、私のレベルでは半分以上捉えきれなかった。
凄すぎる……
漫画やアニメでよくある、通り過ぎたら切り刻まれてるやつだ。生身の人間にこんな動きができるなんて……れんちーはいったいどれだけ訓練をしてきたのだろうか。
勝負ありだ。
野盗の叫び声が辺りに響き渡った。
絵面だけ見るとガチやばシーンなのだが、れんちーが驚くほど手加減してくれた為、私も安心して鑑賞することができた。
あ、私見ちゃ駄目だったんだ。もう戦闘は終わったわけだし。寝たフリしとこ。
そんな考えをしていた矢先、野盗の頭目が大声で叫んだ。
「クソったれ!!おい!その女を狙え!」
まだ諦めていない張りのある声で、私を対象に攻撃指定してきた。
え!?わたし!?怖いなにするの!?
寝たフリをしているので目を開けられない。
れんちー助けて!
私は思わず拳を握り体をこわばらせる。
しかしその思いは杞憂だった。
「スタンガンだと!?お前は一体何なんだ!?」
「テーザーガンね。まぁ同じか。俺のことは気にするな。今後関わらなければ何もしないから」
極めて冷静なれんちーの声。
軍事要塞であるれんちーに突撃した竹槍兵は呆気なく撃退されたみたいだ。
「終わったよ。行こう雫」
「ふぁ!?ごめんね。寝てたよー」
れんちーはあり得ないだろこいつ的な表情を向けてきた。私の演技は完璧だったみたいだ。
「げげげ!血の海じゃん!殺してないよね?」
「殺すわけ無いだろ。大丈夫、傷はそんなに深くないよ」
「じゃあいっか!私をレ○プするつもりだったんだからこれくらいの罰は受けないとねー。それにしても返り血無しって、れんちー無敵か!!かっこいい……」
「偶然だ」
「れんちーかっこよすぎる!大好きのちゅーさせて!」
私は改めてれんちーの凄さを実感すると共にさらに好きになった。
私はれんちーに抱きつき、ほっぺにちゅーをした。いつものセクハラ的な思考ではなく、本能に任せた純粋なちゅーである。
「ありがとう雫。俺もだいす………」
「え!?」
咄嗟に顔を突き放した。
今何て……私の事が大好き……?
大好きって言おうとした?
これは由々しき事態だ。見過ごすことはできない。私は今この瞬間、本気と書いてマジになった。
ーーー
れんちーに首を縦に振ってほしくて、これまでいろんなことをしてきた。
エロいことをし始めたのも、元々は私の告白を受け入れて欲しくて始めたことだ。
しかし一度たりとも、れんちーが頷くことはなかった。私の告白は全て断られ、はぐらかされたりしてきた。
心がすり減る日々。
れんちーが何を考えてるのかわからない。もうれんちーと一緒に居られない。れんちーは私の事をが嫌いなんだ。
私は思い詰めていた。
『なんでれんちーは私の思いを受け取ってくれないの!こんなに好きなのに!こんなにずっと一緒にいるのに!思わせぶりなんて酷いよ!嫌いならそうとハッキリ言ってよ!』
ある日喧嘩をした。
感情を抑えられず、れんちーを問いただした。いっそ嫌いと言われたほうがまだましだ。そんな思いだった。
ところが、れんちーから帰ってきた言葉は全く別の回答だった。
『俺は雫を傷付けた。そんな俺が雫と付き合って良いはずがない』
『なにそれ……あの時の事を言ってるの?』
『あぁ、雫は関係ないのにあんなに酷い目にあって……本当は一緒にいるべきでは無いのかもしれない。でも俺は誓ったんだ、同じ過ちは犯さない。一生雫を守るって。道場にも通い始めたし俺は強くなる。今度こそ雫を守ってみせる。雫さえよければ俺を側に置いてくれないか?』
『……』
あの日の事は鮮明に覚えている。れんちーは私の目の前で見るも無惨に拷問された。
私も痛めつけられたがれんちー程ではない。
私の事を心配する余裕なんて無かったはずだ。
私はもう気にしてないし、れんちーは何も悪くないって知ってる。寧ろ私を守る為に犯罪者に罵詈雑言を浴びせ、自身に目が行くようずっと仕向けていたのだ。
“私は大丈夫だから。れんちーは気に病まないで。あれは不幸な事故だったんだよ”
そう言って、私はこれまでに何度もれんちーの心を開放してきたつもりだった。
だが実際のところれんちーは、己の弱さを罪として、私が何と言おうと自分自身を許せなかったのだ。
そこから私は告白するのを辞めた。
好きは伝えてるが、告白するのは無しにした。
私はずっと待っている。
れんちーが過去の自分を乗り越える日を。
ーーー
「れんちー。今何て言おうとしたの?お願い言って」
私は顔を近づけてれんちーに迫る。
口からでかけた“好き”というフレーズ。
れんちーが過去の精算を終えたことを意味する。
待っていた時間は決して短くなかった。
一緒に過ごしてきた時間は幸せでありながらも、少し切なかった。
それでもれんちーなら……最後に私に告白して、抱きしめてくれると信じてたから待つことが出来た。
お願い。れんちー勇気を出して。
そして……
れんちーが優しく私の頬に手を添えた。
直後、周囲の音が掻き消えた。
吹き抜ける風の音すら聴こえない。
初めての感覚に戸惑いながらも理解した。時のゾーンに入ったのだ。緊張とリラックスが調和し、混ざり合っていく感覚。
先の未来が見えた。
れんちーは告白する。
私は自然と顔がほころんだ。
過去と向き合ったれんちーの努力は計り知れない。私は待つことしか出来なかった。
私達二人は遂に足並みを揃えて歩きだす。この先の未来に向かって。
「雫……」
「れんちー……」
互いの名前が心の契約書に書き込まれていく。そして続く言葉も……
「だいす………」
ピロピロリン!ピロリロリン!ピロピロリン!ピロリロリン!
「ぴゃああああーー!?!?」
突如鳴り響く爆撃音。
私は驚きのあまり五メートルほど体が飛び上がった。
いや、着信音か。どこの誰がこんな爆音を!?
「わ、わりぃな俺のスマホだわ。さいならーーーーー!!」
「お頭待ってくれよー!!」
「待つでやんすーー」
お頭のスマホが鳴ったのか。本当にびっくりした。ぐっすりと寝ているところに目覚まし時計で叩き起こされた気分だ。
っていうか今私達は何してたんだっけ!?
れんちー告白しよーとしてた!?
やばっ!!
え!?マジ告白!?
先程までの感情が渦を成して思い返されていく。
ガチ恋勢!私めっちゃ恋愛しとるやん!
いや、今までも恋愛はしてるけどさ……
告白ってこんなに凄いものなんだ!この後どうしたらいい!?
れんちーは今どんな気持ちなんだろうか。
私はれんちーの方へ顔を向けると、お互いに目があった。大好きなれんちーを直視出来ない。
いいいい、今は無理です!ごめんなさい。
「れれれ、れんちーさっきは守ってくれてありがとね。私お家の手伝いがあるから先に帰るね!バイバーーイ」
NOS (ナイトラス・オキサイド・システム)、通称ニトロエンジン搭載の私の足はまさに飛脚。
バーンナウト (ドラッグレースでタイヤを温める行為。辺りに白い煙が立ち込める)顔負けの埃を巻き上げながら、私は全速力でその場を後にした。
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