木下 雫③-1


「皆!今日は集まってくれてありがとう!これより緊急会議を開催したいと思います!」

「ご飯中に変なこと始めないで」

「議事録いる?私やろうか?」

「愛里も乗っかるなよ。雫、わかってると思うが、ご飯を食べ終わってるのはお前だけだ。私達はまだ食事中だ。言ってる意味わかるよな?それともエイリアンだから日本語が理解出来ないか?」


 私が緊急会議開催を提案すると、ななみんは私の事を見向きもせずに否定し、あいりんは進んで記録係に立候補し、かよちんはちょっと何言ってるかわからないので無視!


 反応は上々だね。さぁ始めるざます!


「議題は男子との合コンだよー」

「……なによそれ」

「いいねいいね、そういうの!」

「たまには言うことを聞けよ。お前の耳は飾りなのか?」


 ななみんは、態度は否定してるものの男に興味を示し、あいりんは合コンを夢見る中学生のように目を輝かせ、かよちんはちょっと何言ってるかわからないので無視!


「れんちーからお肉食べ放題パーティーの誘いがあったのだ!何と参加費無料で!」

「お肉……食べ放題?何というか男子って感じね」

「肉食男子によるお肉食べ放題パーティーか。非常に興味深い。そこに私達が……食べる側?それとも食べられる側?」

「私もお肉は大好きだ。是非とも参加したいな!」


 ななみんは少々懐疑的な眼差しをし、あいりんはお肉の意味を履き違え、かよちんはやっと興味を示してくれた。

 それを見た私は満足げに、うんうんと頷いている。


「男子はれんちーと、たっちゃんと、マー坊とかっちゃんの四人ね。今週土曜日たっちゃん家でやるんだって」

「たっちゃんが居るなら私は参加するわ」

「お肉を食べたり……食べられたり……ジュル」

「私も行くぞ!これは楽しみだな!」


 良かった。思ったよりも皆やる気満々だ。

 れんちーに四人参加するって既に伝えていたからね。もし参加しないって言う人がいたら、当日拉致するつもりだったからなー。

 犯罪のない世界が一番だよ。うん。


「それで、私達は何か準備することあるのか?」

「そうだよね。買い出しとか手伝ったほうがいいかな?」

「れんちーは何も準備はいらないって言ってたよ。全部男子が用意するんだって」

「うーん不安だわ。男なんて肉と白飯とコーラだけあればいいって思ってそうよね」

「ありえるな。特にたっちゃんとかっちゃんはその傾向が強そうだ」

「れんちーもそうかも!意外とそういうところは適当だからね」

「私もたっちゃんの思考は熟知してるわ。あの猿は確実に何も考えていない」

「男子には期待できないな」

「じゃあさ、私達は私達で買い出しいこーよ。経費は全部出すみたいだからさ」


 二人の言う通り、男子は肉オンリーの可能性が高い。それでも楽しいだろうけど、流石に許容はできないかな。


 私達はお肉パーティーに思いを馳せた。やっぱ食べ放題って正義だよね。

 大食いの私からするとまさに天国!

 れんちーありがとう!牛一頭食べるぞ!


 “ピスタチオケーキをホールで買おう”というななみんの提案に、かよちんが反対した辺りで、私はある違和感を感じた。


 何かがおかしい……なんだろう。

 そしてその違和感の正体は直に見つかった。

 

「あいりんどうしたの?何か考え事?」


 あいりんが全然喋っていない。

 私は少々心配の面持ちであいりんに話しかけた。


 あいりんはおしゃべり風来坊だ。

 

 『口響く所に愛里有り』この学校の生徒なら誰もが知っている文言である。

 風のようにさまよって来て話題をかっさらう。その発言はどこか気まぐれで、常識には囚われない物言いが“こいつやべー”と皆に思わせる。


 私ですら一目置く存在だ。


 “間抜け面の愛里”という二つ名を冠し、己の道を突き進む。彼女の足跡から芽吹く植物は人々を魅了する花々か、はたまた毒素を撒き散らす有害植物か……

 

 目を瞑りながら腕を組み、その場に佇み動きがない。

 何か考えている様だけど、一体何を……

 私があいりんの対応に困っていると、あいりんはゆっくりと目を開き私達三人を見渡した。


「男と女が集まるんだ。普通に食事を楽しもーと思うなよ」


 地を這うような低い声が静かに響き渡る。

 私達はそんなあいりんの声に、体が縛り付けられた。

 

 さっきまで和やかな空気が一変し、辺りは緊張感に包まれた。

 

「特に奈々美と雫。あんたら二人は危機感がなさすぎる。たっちゃんと蓮がいるんでしょ?お肉やケーキ食べたーい。とか言ってる場合じゃないって」

「な、何よ。別にいいじゃない。たっちゃんがいるのがなんだって言うのよ」


 ななみんがあいりんに食いついた。


 あいりんの言わんとしてることは何となくわかるが、私もななみんに賛成だ。れんちーが居るからってどうってこと無い。私の胃袋は花より団子なのだから。


 あいりんはため息と共に呆れた表情を見せ、私達を優しく諭してきた。


「はぁ……全く。いい?私はこんな素晴らしい機会を逃すなって言いたいだけなんだよ?どうせ奈々美のことだから、ジャージで参加しようとか思ってるんでしょ?絶対に駄目だからね。少しでも可愛い服を着てきなさい」

「うぅ……分かりました。愛里に従います」


 ななみんはあいりんの指摘に狼狽えながら頭を垂れた。あいりんは珍しくまともなことを言ってるね。


「雫、あんたはもう少しおしとやかな女の子として生きなさい」

「先生、私に対する指示がざっくりしすぎです。もう少し具体的にお願いします」

「蓮にセクハラするのを止めなさい。あとう○こ味のカレーの話を今後止めなさい。そして聞き上手になりなさい」

「無理です!でもおいら頑張ぞい!」

「ネガティブ発言プラス女の子らしくない発言。マイナス10ポイント!」


 あいりんのお言葉ありがたや〜

 私にできるかな。兎に角頑張ってみよう!


「なぁ愛里、私にも何か助言をくれないか?」

「夏夜かー。実は夏夜にはあまり言う事無いんだよね。割りと服選びは悪くないし、普段は気丈な態度だけど、男子の前では話すのも恥ずかしくてモジモジする姿とか、結構男子に人気あるよ。まぁでも、あんた男に興味無いでしょ?」

「私が男子に人気ある!?そんな馬鹿な!!」


 かよちんがまさかの高評価。私とななみんはかよちん以下なのか。ちょっとショック。


 私が男子に人気ある……私が男子に……私が……


 かよちんはブツブツ呟きながら自分の世界に入っていった。彼女には刺激が強いワードだったようだ。


「まぁ夏夜の事はいいわ。問題はあんたら二人、その日に告白する位の意気込みを見せなさいよ。チャンスは自分で掴み取るものなのよ。当日は私がサポートしてあげるからさ」

「……ありがとう」

「あいりん今日は優しいね」

「私に感謝してよね。全く、サポートばっかりで損な役回りよ」

「因みに愛里は、かっちゃんとマー坊の事はどう思ってるの?そこは恋愛に発展したりしないの?」

「私は博愛主義だからね。一人には絞れないわー。どうせ全員食うつもりだし。誰が本当の肉食動物か教えてあげるわ」

「うん……?そうかー頑張ってね?」


 あいりんの意味不明な発言に首を傾げるななみん。

 だけど私には分かった。あいりん何か良からぬことを企んでる!楽しそうだから言及せずに放置しよ。

 

 しかし告白か……


 不良達の血まみれ事件の時、れんちーは私に告白しようとしてくれた。


 まるで夢の中にいるような……現実離れしたふわふわした感覚は初めてだったなぁ。


 あれから数日経ったけど、その後れんちーからのアクションは無い。


 何故かホッとしている私。


 今の関係が長く続きすぎた。

 付き合うことに臆病になっている……

 あれだけ切望していたことなのに。

 久しく忘れていた感情に飲まれて、私自身後ずさってしまっていた。


 あいりんの言う通り、これは重要なイベントなのかもしれない。

 前に踏み出そう。れんちーが過去を振り切った様に、私も勇気を見せるんだ!


 その為にはエロ封印か……

 で、出来たら頑張ろう!


ーーー


 合コン当日。

 私達四人は集合時間前に集まり、野菜やデザートの買い出しをするためスーパーで合流した。

 夕方に差し掛かる時間だが、日は高く登り太陽が照りつけている。


「お、皆可愛い服着てるね。奈々美もやればできるじゃない」

「あんたが言うから頑張ったのよ」

「ななみんはやれば出来る子」

「野生の血を抑え込むとここまで変わるんだな」

「あんたら二人して私をいじめないでよ。本当に頑張ったんだからね」


 私とかよちんの言葉が辛辣過ぎたか。

 半泣きであいりんに泣きついた。


 よしよし、と宥めるあいりん。あいりんの服で鼻をかむななみん。“後で絶対に殺すノート”に名前を書くあいりん。

 平和か!


「ほら、時間も無いんだしさっさと行くよ」


 あいりんの合図と共に私達はスーパーへと入っていった。

 

 急がないと間に合わないからね。茶番をしてる余裕はないのだ。


ーーー


 お買い上げありがとうございました。

 買い物を終えた我々は、そんな聞き慣れたセリフを笑顔で受け止めスーパーを後にした。


「いや、重ってー!!馬鹿だろ!誰だよこんなに買ったの!持ち手部分ヤバい!切れる!」

「ちょっと愛里大袈裟だって。ほら私の袋に移していいから」

「8人分だからこれぐらいふつーだよ」

「夏夜!あんたの軽いでしょ。交換しよ!」

「別に良いけど……多分変わらないと思うぞ」

「お、お、重っっってーー!!馬鹿。全員馬鹿!お前らは狂っている!」

「だから言っただろ。重さは変わらないって」

「一人ではしゃぎすぎよ。子供じゃないんだからもう少し大人しく出来ないの?」

「8人分だからこれぐらいふつーだよ」

「雫さっきから8人分って言ってるけど、お前の分だけでプラス3人分はあるからな!どう考えても多すぎだろ!」

「そんなの濡れ衣だわ!私は男子が沢山食べると思ったから量を多くしたのよ!だから私は悪くないわ」

「ぐっ……正論っぽいこと言いやがって。あくまで自分の欲求を認めないつもりね。ってゆーか何で雫は重くないの?そんなに力持ちだった?」

「あたしゃー弁当屋で鍛えてるからね。あいりんみたいなもやしとは違うのさ」

「マトリョーシカの最後に出てくるようなおちびちゃんが調子に乗らないで」


 あいりん言ってくれるじゃないか。

 ちっちゃいは正義なんだぞ!


「おい、目くそと鼻くそが喧嘩するなよ。どっちも同じクソなんだから仲良くしろ。それより時間押してるんだから早く行こーぜ」


 かよちんのディスりに、私とあいりんは矛先を変えた。自らを窮地に追い込むなんて、ドMな人だね。

 かよちんをどうやって困らしてやろうか考えを巡らした途端、背中に悪寒が走った。


「愛里と雫そこまでよ」


 ななみんが小さく発した言葉は、暴力を影に忍ばせており、私とあいりんの体は竦み上がった。


 まるでヘビに睨まれたカエルだ。ななみんこえーっす。


「し、雫。おふざけはこの辺にとこーか?」

「賛成です!私は元々おふざけする気はありませんでした!サー」


 去り際のジャブに顔をしかめるあいりん。

 それに反応してななみんの圧が強まった。

 私達にこれ以上の問答は出来ない。


 最後っぺを放った私の勝ちだ。残念だったねあいりん!はーはははは。


 私のニヤリとした表情を悔しそうに眺めるあいりん。爪が甘いのだよチミは。


 そんなどうでもいい、不毛なやり取りをななみんは無視して、目的地に歩き出した。


 こんなことしてたら、たっちゃん道場に一生辿り着けない。自重せねば。


ーーー


「お前らおせーぞ。肉は待ってくれないんだぞ」


 自分の家に入る様な自然な動作で戸を開いたななみん。

 そして開口早々たっちゃんの声が耳に飛び込んできた。

 少し遅れたけどこれぐらいなら平気っしょ。たっちゃん許してねー。


 ななみんの後ろに続き、私達は道場へお邪魔した。


 私の知ってる道場とは異なり、かなり内装が変わっていた。

 体育館等に使用されるグリーンのフロアシートが敷かれ、折りたたみ式の長テーブルやイスが配置されていたのだ。


 おぉ。結構本格的に準備してるんだね。

 今から炊き出し始めまーす。って言いそうな雰囲気である。


「ごめんごめーん。待たしちゃったわね」

「れんちー、皆、やっほー」

「ここが噂のたっちゃん道場かー」

「結構広いんだな」


 一番に迎え出てくれたのはかっちゃんとマー坊だった。

 二人共ちょっとだらしない笑顔を私達に向けて歓迎してくれた。少し空回りしてる感はあるが、女子と仲良くしたい男子の優しさを感じる。健気で良いじゃん。私は好きだよそういうの!


 しかし当の女共といったら、ななみんは遠くのたっちゃんを見つめ、あいりんとかよちんは道場を見渡し観察している。誰もかっちゃんとマー坊を見ていない。泣ける。


 私は小さい声で“よっ、かっちゃんとマー坊。今日は宜しくね”と笑顔で挨拶を交わすと、二人は満足げに頷くのだった。

 

 私達はテーブルの脇に重たい荷物を降ろし、ようやく身軽になった。


 ふぃー疲れたー


 凝り固まった体を伸ばすのって気持ちいいよね。あいりんにいたってはバレエを夢見る子供のように飛び跳ねている。


「で?この後どうするんだ?」

「さぁ?男子からプランを聞かないとわからないわね」


 確かに、かよちんとななみんの言う通り“流れ”が分からない。料理は皆で作るのかな?れんちーに何も聞いてなかったや。


 辺りには食材が山のように積まれている。それらを見つめていると体がうずく。職業病だねこりゃ。どんな料理を作ろうかインスピレーションが湧いてくる。


「はいはーい。私料理作りたい」


 気づけば私は右手を上げていた。


「雫が“焼き”に回ってくれるなら安心だな。俺は最初ブースに入るから、誰か雫と一緒手伝ってくれよ。一人じゃきちーぞ」


 普段はマー坊が調理担当だったのかな?そう言えば実家が焼肉屋って言ってた気がする。料理は上手そうだ。

 マー坊は快く私の願いを聞き入れてくれた。


 っていうかDJブースあるし!マー坊って色々できるんだね。私への気遣いでサポート役まで募ってるし、一人にしとくのは勿体無い程の優良物件かも!


 気遣いができるのは結構大きいよね。かよちん辺りをくっつけても良いかもしれない。


「それなら蓮が入れよ」

「蓮で決まりね」

「寧ろそれ以外無いだろ」


 私のサポート役は満場一致でれんちーに決まった。皆よくわかっていらっしゃる。わたしゃー嬉しいかぎりだよ。


「……雫は俺で大丈夫か?」

「もっちろーん。手とり、足取り、腰取り、色んなところ取り放題のサポート体制万全でやらしてもらいます!」


 ななみんやかよちんは、何それと笑っているが、その通りの意味だから。私は別に冗談言ってないし。れんちーを取り放題するのは当たり前の事だし。


「おめーらいつまで喋ってんだ!とにかく腹が減ってんだよ。肉パ始めるぞ!!」


 私達のどうでもいいやり取りに痺れを切らしたたっちゃんは、無理やりパーティー開始の号令を発信した。


 しかしそれは私達も待ち望んだことだ。


 待ってましたと言わんばかりに、皆で元気よく“おおおーーー!!”と言いながら拳を掲げた。


 楽しみだ!ワクワクするね〜


ーーー


 れんちーに対する邪な気持ちから始まった料理だったが、食材を目の前にすると、すぐにそんな気持ちは吹き飛んだ。

 料理人の人格が憑依し、食材が私に語りかけてけてくる。何を作るかは食材が教えてくれる。

 分かってる。君たちの望むように調理してあげるからね。




 クッキングハイが収まる頃には、大量の料理が完成していた。そして、それらを美味しそうに頬張る民衆を見ながら私達は一息付いた。


 我ながらいい仕事したぜ。


 調理中、私のカッターの様に鋭い指示をこなしたれんちーは少しお疲れのご様子だ。


 れんちーの動きは、お世辞にも良いとは言えないものだったが、それでも必死に付いていこうと努力していた。私はそんなれんちーが好きだ。ありがとう!


「ふぅー、れんちー最後にハンバーグを作ったら、私達も食べようか?」


 れんちーは同意し、首を縦に振った。

 

 クッキングハイの影響でれんちーとの料理を存分に満喫できなかったからね。最後はゆっくりと楽しも。


 先ずは材料をボールに入れてっと……

 それかられんちーに“こねこね”してもらおうかな。ヨイショっと。


 私はハンバーグに必要な食材を素早く纏め、ボールに入れた後、れんちーの手元へ移動させた。


 お、結構上手。


 れんちーの混ぜこねりは意外にも上手であった。簡単なアドバイスを送ると、それにもすぐに順応した。


「そうそう!れんちーいい感じだよ!あと改善するところは……」


 特に無いかな。後はいい感じに混ざるのを待つだけだ。


「し、雫?」


 私は空き時間の活用を怠らない。

 この暇を持て余した時間は有意義に活用させてもらうよ!


 私はれんちーの背後から手を回し、腹部を手のひらで覆った。

 一瞬れんちーの体がビクッと動き、体が硬直し始めた。


「気にしないでれんちー。力の入り方を調べてるだけだからさ」


 適当なことを言いつつ、れんちーの腹筋を確かめる様に指先に力を入れた。


 れんちーの鍛えぬかれた筋肉は、私の指先を簡単に押し返す。たまんねーなこりゃあ。


 指先かられんちーの緊張感が伝わってくる。いつも通り、れんちーにとっては刺激が強いようだ。


 しかし思ったよりも抵抗してこないな。

 あ、ハンバーグこねってるからか!


 普段なら、私のセクハラに対して少なからず抵抗をみせるが、今は全く抵抗してこない。

 なぜならハンバーグをこねってますから!


 嘘だろ。

 やばっ……まさかハンバーグがキーアイテムだったとは。


 本来、れんちーの行動を阻害することは不可能に近い。麻痺耐性、気絶耐性、転倒耐性、ノックアップ耐性、時間停止耐性等等、それらの耐性値が異常に高いれんちーは無敵だ。


 ハンバーグだったかぁー


 千載一遇のチャンス。行くっきゃない。やるっきゃない。


 突如訪れたチャンスに私は大いに戸惑った。心臓は高鳴り、半分パニック状態である。


 私は、“どうしよう”と焦っている自分に活を入れた。


 落ち着くのよ雫!焦っちゃ駄目!急いでは事を仕損じる。


 深呼吸をして精神を落ち着ける。


 眼の前のれんちーの背中に額を当て、心を同化させた。


 れんちーは緊張している。これから何をされるんだと怖がっている。


 恐怖を煽ってはだめだ。驚かせないよう、ゆっくりと下を目指そう。そう、気付かれないようにゆっくりと。


 私は今、宇宙の神秘に触れようとしている。宇宙とは何か?生命とは何か?なぜ私達はこの世界に生まれたのか?


 哲学を語るには私は若すぎる。経験が足りなさ過ぎる。

 実のところ私のこの感情に全ては帰結してる気もするが、世界はそんな単純じゃないと信じてる。


 ぐへへ


 れんちー、私と一つになろう。一緒にこの世界の謎を解き明かそう。


 さあ、もうこれ以上下がれないぞ。後はれんちーの“そこ”を握るだけだ。


 れんちーとの付き合いは長いが、そこを触るのは初めてだ。

 ドキドキする……どんな感触なんだろう。どんな形なんだろう。

 いいのか!?本当に良いんだよね!?


 私が行動を起こそうとしたその時。ふと目線が持ち上がり、あいりんと目があった。

 口をイーっとさせて怒った顔をしている。何を怒ってるんだろう?


 あーあの事か。私はあいりんとの約束を思い出した。


 れんちーと付き合いたいならセクハラ禁止……

 そう言えばそんな事言ってたね。完璧に忘れてたわ。


 頭の中で言葉が反復されると、私の心を支配していたエロ感情が一気に引いていった。


 やべー。私調子に乗りすぎてた!

 “チーン”を触るなんてどうかしてる。いや、触りたいけども!それはやり過ぎだ。


 れんちーに嫌われたくない。

 “チーン”を触ることで嫌われるとは思えないが、ここはあいりんの言う通りセクハラは控えるべきだろう。それから女の子らしく可愛くだ!


 私は頭に残っていたエロ残滓振り払い、笑顔でれんちーに話しかけた。


「れんちーどう?混ぜっ子ちゃんはできたかな?」

「あ、あぁ。チェックしてくれ」

「うん!ええ感じですぜ旦那」


 “女の子らしくない発言―10ポイント!”

 脳内であいりんの声が響いた。

 

 びっくりして遠くに居るあいりんに目を向けると、また口をイーっとさせて怒った顔をしている。


 こんな遠くで会話なんか聞こえないでしょ!恐っ!何それ!


 私はあいりんの生霊に取り憑かれながらも、れんちーとのハンバーグ作りを楽しんだ。今度はふつーにね。


 そしてハンバーグを完成させた後、私とれんちーは皆と合流して食事を楽しむのだった。

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