木下 雫③-2


 肉うっまーー!!

 私料理うっまーー!!


「パクパク、おい雫。パクパク、うめーなこれ。パクパク」

「パクパク、だそだそ。パクパク、マンガ肉はやばみっしょ。パクパク。れんちーはパク、ニクッってる?パクパク」


「ニクッてるって何だ。肉と食ってるを掛け合わすな。短い文なんだからちゃんと言いなさい。後、食べながら喋るなよ二人共」


 私とたっちゃんが肉を頬張る最中、他の奴らはお腹いっぱいだと言わんばかりに、お腹をさすりながら休憩している。


 雑魚どもはそこで這いつくばってろ。

 私とたっちゃんの足元にも及ばないプー太郎共め。


 私は侮蔑の眼差しを辺りに向けながら、肉を喰らい続ける。そこには女の子らしさの欠片もない。


 二匹のハイエナがエサを取り合い、貪ってる様は中々の迫力だろう。


「れんちーほら、パクパク、400gステーキだよ。パクパク。マースで食べると良いよ」

「食えるかー!!塩のことマースって呼ぶやつ初めて見たわ。あ、本当にマースだった。何で土産物がここにあるんだよ」

「パクパク、おい雫。パクパク、それは俺のだ。パクパク、パクパク」

「竜也……400gステーキを3口で食べたらあかん。人としてあかんぞ」


ーーー


「いやー食ったなー」

「最高だね」

「俺に着いてくるなんて雫やるじゃねーか」

「たっちゃんこそ流石だね。勝てるつもりだったんだけどなー」 

「ばーろー、100年はえーよ」

「そんな遠くないって!めっちゃ僅差だったじゃん」


 私とたっちゃんの大食い対決は終了した。

 結果はたっちゃんの勝ちである。正直悔しい。勝てると思っていたのに。


 次こそは絶対に負けないんだからね!


 他の皆は私達の勝負に興味を示さず、少し離れた所で雑談していた。れんちーですらも私の下から離れ、他の皆とくっちゃべってる。


 やっちまったなー


 ちょっと豪快に食べすぎたか。海賊みたいに食い散らかしたからね。女の子らしさはなかったかもしれない。今となっては反省している。


 私とたっちゃんの食事が一段落したところで、あいりんが気付いて近づいて来た。


 約束は守れなかったよごめんね。所詮私は食べ物の奴隷なのさ。


「あいりんごめーん。わたしゃー海賊だったよ」

「意味わからんけど反省しているなら良し。それより、あんたが大食い選手権を始めたせいで時間押してるのよ。さっさと作戦ミーティング始めるわよ」

「どうかしたか?何の話してるんだ?」


 私の隣で仰向けに寝転がっているたっちゃんが食いついてきた。ヒソヒソと私に耳打ちするあいりんが気になったみたいだ。


「たっちゃん、向こうで奈々美がたっちゃんとキスしたいって言ってたよ。早く行ってやりな」

「キキキキキキ、KISS!?な、んなわけねーだろ!ったくしょーがねー奴だな」


 たっちゃんの扱い雑すぎるって。適当にあしらいすぎでしょ。


 あいりんの言葉を真に受け、たっちゃんは急いで起き上がると、ななみんの所へ歩き出した。信じるんかい!


「たっちゃんには悪いけど退席してもらったよ。それで作戦なんだけど……」


“おーい奈々美、俺とキスするか?おぶっううぅーー!?”

“急に何言い出すのよ変態!”


「あんたと蓮をくっつけようと思ってるのね」


“お腹はやめろ!俺を殺す気か!?おぶっううぅーー!?”

“だ、誰があんたとキスしたいのよ!”


「あいりん待って、向こうがうるさすぎて集中出来ないから少し離れよう」

「そだね」


“うぉーー!もう怒ったぞ!無理やりキスしてやる!おぶっううぅーー!!!”

“きゃーーー!この変態!エッチ!スケベ野郎!!”





「で、何をどうするって?」


 私とあいりんは喧騒から離れ、静かになったところで秘密ミーティングを始めた。

 

「あんたと蓮をくっつける。そう言ったのよ」

「物理的に?」

「ちゃうわい。付き合わせるって事」

「“突き”あわせる?物理的に?」

「おまっ、話し聴く気あるのか」

「ごめんち!おふざけおしまい!」

「……まぁ良いでしょう。ジャジャーン!これを見て」


 あいりんはどこからともなく取り出した大きい瓶を、ドンっと音を立てて床に置いた。


「……これってお酒?」

「そう、これで決めるよ」

「……どういう事?」


 あいりんは私の疑問を解消すべく、作戦内容を語りだした。

 その内容は非常にシンプルでわかりやすく、かつとても有効的な内容だと感じられた。


 作戦はこうだ。


 ①れんちーにお酒を飲まして酔わせる。

 ②判断力が落ちてる時に迫る(女の子らしく。可愛く。う○この話しをしない)

 ③判断力が落ちてメロメロになってるところで告白する。

 ④ハッピーエンドになる。


「あいりん。持つべきものは友達だね」

「ふふーん、もっと有り難みを感じていいんだよ」


 あいりんは上機嫌に鼻を高く掲げた。


「でもそんな上手くいくかなー。れんちーお酒飲まないと思うけど」

「まぁまぁ、そこは任せてよ。協力者も居るしさ」

「私はあいりんを信じるよ!」

「大船に乗ったつもりでいなさい。オーホホホホ」


 あいりんが私の為にそこまでしてくれるなんて。あいりん大好き!


ーーー


かっちゃん視点


「やるのか?」

「えぇ、向こうで話しましょ」

「待て。蓮が見ている」

「……それでも進めるしかないよ。近くに来ない事を祈りましょ」

「あいつヘタレのくせに感だけはいいんだよな」

「そんな事は本人に直接言いなさいよ」

「……早く本題に入ろうぜ」

「あんたってヘタレね」

「やかましい。それより早く見せてくれ」


 俺は愛里に対して同族の匂いを感じている。考え方が似てるというか、人生に於ける刺激や快楽の求め方が一緒なんだよな。


「じゃじゃーん。めっちゃ頑張ったよ」

「うぉ。お前すげーな。つーか今どこから出したんだ?」

「ヒ・ミ・ツ」


 愛里は手品の様に目の前に酒瓶を並べてみせた。これだけの量を揃えるなんて、こいつ只者じゃねー。


 そもそも、俺達が今何をしているのかというと、話は肉パが決まったあの日に遡る。


ーー


 夜が更け、人々が寝静まった頃。

 俺は自室のローソファーに腰を掛けて、タバコに火をつけた。

 疲れて凝り固まった体が解きほぐれていく。


 部屋に一つしか無い窓は、深緑色の遮光カーテンがサイドに纏められ、レースのカーテンはレールの半分程の位置まで開いたままの状態で放置されている。


 室内は蛍光灯の明かりで満たされている為、このままだと外から中が丸見えなのだが、俺はそんな事は意に介さない。


 カーテンの隙間からこちら側を覗いてる満月と目を合わせなら、ぼんやりと考え事をしていた。


 ……煙いな


 一、二分程燻らせただろうか。


 流石に換気してない部屋でタバコは良くないよな。


 そんな事を思いながら、疲れた体にムチを打ちローソファーから立ち上がった。


 半分程開いていたレースのカーテンを全て開き、カラカラと音を鳴らしながら窓も全開にした。


「寒っ」


 まだ冬でもないのに、外は冷房で冷やした様なひんやりとした空気を帯びていた。


 再びタバコを咥え煙を吐き出す。


 この時期ではまだお目にかかれない、白い吐息が真冬の様に澄んだ空に消えていく。


 冷たい空気を体で感じながら、只々満月と見つめ合う時間だけが過ぎていく。


 姉ちゃん。今頃、どこで何をしてるんだろうか……


 時々、満月を見てると姉ちゃんの事を思い出す。俺が小学生の時に姿を消した姉ちゃんの事を。


『寒いよー。って何だよ今日は満月じゃん!折角雲がないのに……これじゃあ星が見えないよ……』

『海斗は相変わらず星が好きだなー。満月も良いじゃないか。ほら見てみろ星なんかよりもずっと綺麗だぞ』

『姉ちゃんは分かってないなー。星座はめちゃくちゃ奥が深いんだよ!それにさ、沢山の星を見上げるといつもこう思うんだ。人間ってなんてちっぽけな存在なんだろうって』

『ふふふ、そうかそうか。海斗の将来が楽しみだな』


『馬鹿にすんなよ!』

『馬鹿になんてしてないさ。ただ、姉ちゃんは満月も好きだなー』

『俺だって満月は嫌いじゃないよ。でも星の方が見たいんだよ』


『ふふ、海斗は正直者だな』

『だから馬鹿にすんなって!』

『馬鹿になんてしてないよ。海斗のそういう所が姉ちゃんは好きなんだよ』

『やめろ!頭触るな!』


『…………虚空だよ』

『は?なんだよ急に』

『私が満月を好きな理由さ』

『虚空?』

『そう。海斗は星が見えなくなるのが嫌だと言ったろ?逆に姉ちゃんは見えなくなるのが好きなのさ』

『……?』


『星の向こう側。私達には見ることすら出来ない虚空の世界。そこに広がる無限にこそワクワクを感じるのさ』

『全然意味がわからないよ』

『ふふふ、つまり、目の前に見える星々もいいけど、見えないところこそ気になっちゃうってこと。可能性が見つかるんだよ。そういうところにさ』


『ふーん。姉ちゃんって変だね』

『あはははは。確かに!姉ちゃんは変かもなー!まぁ、海斗にも姉ちゃんの気持ちがわかる日が来るかもな!』

『だから馬鹿にすんなって!』



 柄にもなく昔のこと思い出しちまった。

 やっぱ満月は駄目だな。最近は姉ちゃんの事を忘れてたのに。

 

 俺はタバコの火を消して窓を締めた。


 再びローソファーに座り込み、スマホに手を伸ばす。


 愛里に連絡しなきゃなー

 肉パの件で作戦会議をしよう。


 今度の肉パは女子が来る。

 これまでとは違うさらなる盛り上がりをみせること間違いなし。楽しみで仕方がない。

 だがいつも通りのやり方じゃ駄目だ。俺達は子供じゃない。男と女が集まる以上、それ相応の舞台に持っていかねば。


 俺一人では荷が重い。部隊も当てに出来ない。となると協力者が必要だ。


 そこで俺は愛里を選んだ。


 正直、愛里の事はよくわからない。

 身辺調査しても情報が出てこないのだ。

 個人情報には何重にもプロテクトがかかり、俺の部隊でも突破できなかった。

 だからこそ期待してしまう。愛里の力は未知数だ。


 俺の相棒に相応しい。そう判断した。

 

 早速メッセージを送ろう。

 愛里、俺にはお前が必要だぜ。


“オ○ニー中か?一人でする位なら俺を呼べよな。それはさておき、雫から肉パの話聴いてる?”


 やべっ、メッセージブロックされた。


 プルルルルル


「なに?私忙しいんだけど」

「俺が悪かった。変なこと書かないからブロック解除してくれ」

「次変なこと書いたらクラスの女子にあんたのオ○ニー動画ばら撒くからね」

「お前の冗談は冗談に聞こえねーんだよ」

「……ん?」

「……ん?」

「取り敢えずブロックは解除してあげるから、要件だけを述べなさい」

「待て、今の“ん?”は何の“ん?”だ」

「でも折角電話してるんだし、今更メッセージも面倒くさいよね。そのまま電話でお話ししよ」

「おい流すなよ。今重要な話をしてるだろうが」

「もぉ、ごちゃごちゃうるさい。あんたって“ピー”が小さいだけじゃなくて心も小さいんだね」

「今“ピー”って言ったか。何でお前がそんなこと……って切れてんじゃねーか!」


 プルルルルル


「5秒以内に要件を言いなさい」

「お前ふざけんなよ!ちゃんと答えろよ!」

「後3秒〜」

「肉パの相談をしよう!」

「ギリギリセーフね。良いわ、話をしましょう。私も考えてることあるんだよね〜。先にあんたの考えから教えてよ」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。気持ち切り替えるから。何なんだよマジでよー」

「うんうん、切り替えは大事だね。いい男は切り替えが早いもんだよ」

「じゃあ俺っていい男だな?」

「………………うん」

「馬鹿お前、即答しろよ。長考すな。俺が痛いやつみたいじゃないか」

「ちっちゃ」

「おい、どいういう意味だよそれ。俺の何が小さいって?言ってみろよ」


 そんなこんなで俺と愛里は話し合った。恋人の様な濃い話し合いをした。

 

 そこで決まったのが、肉パで皆にお酒を飲まして酔っぱらわす、という作戦だ。

 

「げ、もうこんな時間、30分も喋ってたのか。通りで眠いわけだ」

「そろそろ寝る?」

「あぁ、もう寝るわ」

「結構有意義な話し合いができたね。今日はよく眠れそうだ」

「9割は関係ない話しだったけどな。ふぁ、じぁ切るぞ」

「ほーい。おやすみ」

「おやすみ」


ーー


 現在に至る。


 時刻は二○○三時。作戦開始だ。

 俺と愛里は別行動。俺は男どもを、愛里は女どもを。

 作戦の開始時間が遅くなったのは反省だな。しかしそれは許容範囲内。全然巻き返せる。


 愛里は夏夜の方に向かっていった。俺はどうするか……

 

 俺は顔を動かさずに目線だけで周囲の状況を確認していった。そしてやはりというべきか、特に目に付くのは蓮である。


 臨戦態勢でも無いのに超越視界してるもんな。デフォルトでこれはチート過ぎるだろ。


 環境の変化にいち早く気付く蓮は危険だ。


 一発目は蓮で行く。


 手強い相手だが付け入る隙はある。俺は喧嘩よりもこっち方面のほうが実は得意なんだよ。ちょちょいとひねってやるぜ。


「蓮、マー坊肉焼けたってよ。一緒に取りにいこーぜ」

「小学生か。一緒にトイレ行こーぜ、みたいなノリで言うなよ。一人で行ってこい」

「メガネのくせに調子に乗るなよ!」

「その辞書登録なんなん?もうちょっとマシなこと言えよ」

「チッ!俺が適当に取ってきてやるよ」 

「頼む」


 連のやつマジで調子に乗ってるな。こうなったらベロンベロンに酔わせて。服をひん剥いて、女子の前で“チーン”を露出させてやる。


「取ってきたぞ。焼き鳥を揃えたぜ。砂肝、ハツ、ボンジリ、皮、あとモモだな。まだまだあったから後でまた取りに行こう」

「う、美味そうだな」

「マー坊のやつ秘伝のタレも持ってきてるからな。気合が違うぜ」

「皮食いたい」

「待て待て、二回戦を始めるわけだし乾杯しよう。皆適当につついてるから、俺とお前しかいないけどな」

「オッケー。コーラ入れるよ」

「待て待て!もっと良いのがあるぞ」

「何で小声なんだよ」

「これだ」

「お前……それお酒だろ。何で持ってきてるんだよ。流石にお酒は駄目だって」

「かてーこと言うなよ。ほらよ日本酒だ」

「俺は飲まんぞ。大体なんで急に酒なんだよ。意味わからん。飲むなら一人で飲め」 


 蓮が拒絶するのは想定内。

 ここでグダグダとしたやり取りしないぞ。すぐに次の手だ。


「榴弾砲をやるよ」


 一般人からしたら、こいつ何を言ってるんだ?と思うかもしれないが、蓮なら食いつく。武器マニアならぬ兵器マニアな蓮なら。


 案の定、そっぽ向いていた顔を90度回転させ、俺の正面に向き直った。


「何の冗談だ?お前がそんなもの持ってるはず無いだろ。あれは個人が所有するレベルの物ではない」

「ML-20 152mm榴弾砲。ソ連時代の兵器だ。メンテナンス済み。実用可能。3カ月間の点検保証有り。1ヶ月間使ってみて、ご納得頂けない場合返品保証付き!言っとくがガチだぜこれは」


 実物の図面と納品書、そして写真を蓮の目の前に広げると、蓮は大きく唾を飲み込んだ。


 そうだろう、そうだろう。魅力的な提案の筈だ。


 釣り糸に取り付けたエサは特級品。蓮にしか分からない、蓮だけの為にこしらえたエサだ。

 なびかない筈がない。


「おっと、どうやって手に入れたか何て野暮なこと聴くなよ?今お前の口から出るのは“はい”か“いいえ”“イエス”か“ノー”だけだ。さぁ、俺と酒を飲んで榴弾砲を手に入れるか、それとも酒を飲まずに榴弾砲をドブに捨てるか。利口なお前なら答えはすでに出てるだろう?酒を飲むなんてリスクと言うほど大袈裟なものでもないしな」

「……次からは契約書も用意しとけよ」


 蓮は悪そうな笑みをこぼしながら俺と握手を交わした。一本釣り成功だ。



……………………

…………………

「待ぁて、これり以上飲んだぁ、雫に告白ぅが」

「まだ大丈夫だって。俺を信じろ。それに取引したろ?」

………………

……………

「そお、そぉろ、そろ、おれぇいく……よ」

「取引不成立?」

…………

………

「お、お、おぉぉあ!?」

「急に立ち上がったら危ないぞ」

……


ーーー


 いっちょあがりー

 俺の足元にはパンイチの蓮が横たわってる。

 その姿を見下ろしながら俺は満面の笑みを浮かべた。


 交渉成立後の酒は美味いってな。

 蓮の飲みっぷりは凄まじかったぜ。だが飲み慣れてないせいか無茶苦茶な飲み方だったな。まぁ飲ませたのは俺だけど。


 雫に告白するの手伝うって言ってたのに裏切ってすまんな。俺は悪魔に魂を売ってるからよー、自身の欲望に忠実なのさ。

 

 俺の為の、俺による、俺だけの国を作り上げる。そこに妥協はない。最終的には協力者の愛里も手籠にする予定だ。


 この世は弱肉強食。情は不要。

 お前が一番それを理解してるだろ?蓮。


 俺は次の標的に向って歩き出した。

 去り際に手向け花を人差し指でピンッっと飛ばして蓮の体へ重ねた。


 あばよ、蓮。

 

 さて、次はマー坊か。どうすっかな。


 どうするか、と言ったが実はそこまで悩んではいない。なぜならマー坊も普通にお酒好きだし、自分から飲みたがるだろうからだ。


 問題はどれだけ泥酔させられるかなんだよな。


 …………あれを出すか。


ーーー


 マー坊は頭にタオルを巻いて、汗を垂らしながら焼き鳥を焼いていた。

 焼き音を敏感に聞き分け、指先を慎重に動かし、串を回転させている。

 

 一滴、また一滴と滴る汗を気にしている様子はまったくない。眼の前の焼き鳥に全神経を集中させている。


 焼き鳥の表面は綺麗な焼色で輝き、中はしつこくない油だけを残して濃縮された旨味が閉じこめられている。そしてスモークを存分に吸い込んだ焼き鳥は嬉しそうな顔をしながらマー坊の手で皿に盛り付けられていく。


 一仕事終えたマー坊は、ようやく額の汗を拭い大きく息を吐き出した。

 

「ふぅーー、良し、次は皮を焼くか」

「じゃねぇよ。何やってんだよお前は」


 俺はマー坊の一連の流れを見届けた後、後ろから声をかけた。


「かっちゃん。何か食べたいのあるか?」

「じゃねぇよ。もう十分だっておめぇは働きすぎだ。折角の肉パだろ?一緒に飲むぞ」

「そっか足りてるか……オッケー。俺も食うわ」

「こんな時に職人魂発揮するなよな」

「わりーわりー、俺の悪い癖だわ。それで、皆どんな感じだ?」

「それぞれ適当に楽しんでるって感じだな。だからお前は俺と飲むぞ。今日の為に特別にこれを持ってきたんだからな」


 俺は一升瓶の注ぎ口部分を握りしめて、マー坊の目の前に掲げた。


「こ、これはまさか!?」

「気付いたか……そう、幻の焼酎“無慈悲”だ」  

「どうやって手に入れたんだよ」

「ちょっとした伝手があってな。それより!飲むのか、飲まないのか?」

「飲む飲む!やっほーい!」


 マー坊は子供のようにはしゃぎだした。ずっと飲んでみたいって言ってたもんな。


 酒盛りダンスを踊るマー坊。しかし何かを思い出したように顔が曇り、突然その動きが止まった。


「俺夏夜と飲みたいんだけど」


 意外と冷静。

 女と飲みたいのは同意だが、夏夜は美人過ぎる。お前には高嶺の花だ。


「夏夜は真面目だしお酒飲まないだろ。寧ろ非難されるぞ。愛里に声掛けてるからよ。それでいいだろ?」

「愛里か……やっぱ俺は夏夜と飲みたい」

「切り替えろ。お前に夏夜は無理だ。ほら、愛里だって良いところあるぞ?多分」

「愛里か……うん」


 明らかにテンションが下がっていくマー坊。

 こいつ失礼なやつだな。気持ちは分かるけど。


「よし!気持ち切り替えるわ。飲もう!」

「その意気だ!折角の“無慈悲”だぜ?女なんて居ようが居まいが関係ねぇ。飲むぞ!」

「「かんぱい」」


 蟻地獄に片足を突っ込んだマー坊。

 幻の酒を出した以上、泥酔回避不可。だが沈む(酔っ払う)のを悠長に待ってるつもりはない。

 俺はアグレッシブな蟻地獄なのさ。


「うわっ、すげぇ美味い……って、おいおい、初っ端一気は駄目だって」

「くぅーーー!あぁうめぇー。これ飲みながら乱○できるとか最高か」

「何言ってんだお前。つーか持ったいねぇだろ。味わえよ」


 やべっ、酒が美味すぎて本音が漏れちまった。


「べ、別に何も言ってねぇし!それより酒うますぎねーか?」


 マー坊は一瞬怪訝そうな顔を見せたが、すぐに普通の顔つきに戻った。

 ちょっと危なかったな。気をつけねば。ここまで来て計画が露呈してたまるか!


「マジでやべーぞこれ。幻と呼ばれるだけあるわ。だからこそ言わしてくれ……一気やめろ!もったいねーだろ!」


 一気やめろと言われましても、これが俺の作戦ですから。やめるわけないっぺよ。


「ふふふーん」

「おい待て、まさか……待て!早まるな!」


 ゴク、ゴク、ゴク


「くぅーー!たまんねぇ!止まんねぇ!」

「NOーーー!マザファッカー!ジーザス!アーユーキディンミー!?」


 俺の奇行を目の前に壊れ始めたマー坊。

 だがまだ行くぜ!


「ふふふーん」

「HEY YOU WAIT!ウェイ!ウェーーーイ!」


 ゴク、ゴク、ゴク


「くぅーー!やっべーー!魂に染み渡るー!もっと飲んでもいいかな?いいよな?いいんです!」

「よくねぇ!もし俺がナイフ持ってたら反射的に刺してるぞお前」

「ふふふーん」

「おい!!俺にもくれ!俺にも注いでくれ!お前だけに飲ましてたまるか!」




「「くぅ~〜〜〜〜〜!!」」



 俺だけに飲ましてはなるまいと、負けじとマー坊はお酒を口に流し込んだ。


 完全に俺の術中にハマったな。

 お疲れ様でした。


ーーー


 私は物陰の隙間から覗いていた。

 たまたま物陰に居たから良かったものの、もしその場に居合わしたら、私自身もただでは済まなかっただろう。


 私は目の前で繰り広げられる光景に恐怖を覚えた。

 

 仲間が一人、また一人と地面に突っ伏していく。


 信じられない。

 こんなことが起こるなんて……


 当初聞いていた内容とはかけ離れた現状。それは完全に作戦失敗を意味していた。


 何故こうなった?

 無意識のうちに体が震えだす。

 

 このまま、ここで隠れていたって何も変わらない事は分かっている。本来なら私が動かないといけないはずなのだが、時すでに遅し、既に私がどうこう出来るラインとっくに超えてしまっていた。


 私の最愛の人……


 一筋の涙が頬を流れる。

 なぜなら屍の一つに私の愛する彼の姿があるからだ。


 許せない。


 私は自身の弱い心を噛み潰す様に歯ぎしりをした。やるせない気持ちに苛まれ、先程までの恐怖は怒りへと変化していく。


 怒りの矛先は、悲惨な現場の中心で高笑いをする2匹の悪魔。

 その笑い声から、非常に愉悦に満ちた感情が露呈しており、性格は極めて残虐であろうと想像できる。


 私はこみ上げる怒りとは裏腹に、体は一歩後ずさった。


 駄目だよ。やっぱり私には無理だ。


 私の手持ちの駒で一番強いのは、子飼いの猛獣2匹だ。しかしその2匹も既に悪魔の毒水を口にしており、行動不能になるのも時間の問題だ。


 もう現状を打開する手は無い。万事休すである。

 

 私は咄嗟にポケットに入れていた占いカードに手を伸ばした。

 神頼みではないが、得意の占いで良い結果を導き出せば、それなりに気休めになると考えたのだ。


 しかし占いカードは光らない……なんで!?


 ……そうだ。私は既に占い済だった。前回の占いがコンプリートされないと、次を占うことはできない。そういうロジックだ。


 私はがっくりと肩を落として項垂れた。

 痛感させられた。この世に慈悲はないと。


 メス型の悪魔は舌なめずりをして辺りの屍を眺めている。そのおぞましい眼差しは最愛の彼にも向けられていた。


 彼だけは守りたかった。悪魔に食われる位なら、せめて屍だけでも回収したかった。


 ごめん、ごめんね。本当にごめんなさい。こんなはずじゃ無かったの。全部私のせい。私が作戦にGOサインを出したばかりに……皆死んだ。


 まもなく悪魔の食事が始まろうとしている。


 そんな時、妙案が閃いた。

 そうだ、私も悪魔に魂を売って仲間になるのはどうだろうか?


 そうすることで、最愛の彼を私が食べる事ができるのでは?

 なんという盲点。なんという閃き。

 当初の作戦から逸脱してはいるものの、着地点としてはありではないか?


 人を捨てて悪魔になるか、悪魔にはならず人としての尊厳を守るか、究極の2択である。


 カレー味のう○こと、う○こ味のカレーどっちを食べるか選べ、と言われた気分だ。


 …………ふっ


 私はこの馬鹿馬鹿しい選択を鼻で笑った。


 迷うまでもない。

 最愛の彼の為、そして私自身の為、進むべき道は一つだ。


 私はカレー味のう○こを食べて悪魔になる。

 

 道は開かれた。

 私は行く。悪魔として生きていく。そう決意した。


 先ずはパイセン悪魔に挨拶だ。新入りは第一印象が肝心だからね。上手く取り入って悪魔道をご教授願わねば。


 私は軽い足取りで物陰から飛び出し、パイセン悪魔に声を掛けようとしたその時。


 ドカーーーーン!!


 突然、出入口から爆発音が聞こえた。


 大きな音と衝撃が室内を駆け抜ける。


 FBIがプラスチック爆弾でドアを破壊したのかと思い、咄嗟に視線を向けると、粉々になったドアを踏みつけながら一人の大男が姿を表した。


 現れた男の名は一条王凱(イチジョウオウガイ)。

 地球最強の生物と言われている存在だ。

 ジャパンでは防衛省派生特別一等級人間国宝として認定、及び登録されており、一個人としては規格外の力と影響力を持っている。


 世界のトップ・オブ・トップに君臨する王凱に敵はいない。主要国家が手を組み、近代兵器をふんだんに使ってようやく同じ舞台に立てるといったところだろう。


 そんな王凱が笑顔で悪魔に近付いていく。

 私を含め悪魔2匹はその場を動くことが出来ない。

 王凱からしたら我々はイモムシに等しい。対峙するに値しないゴミ同然の相手である。

 

「君たち。もう夜だぞ?この辺で解散したらどうかね?」

 

 悪魔コンビは王凱の重圧に耐えきれず、メスの悪魔は泣きながら失禁。オスの悪魔は気絶しながら失禁していた。


ーーー


「おじさん、今日はうるさくしてすみませんでした」

「全く、次からはもう少し静かに頼むぞ」

「はい。送迎までしてくれるなんて……ありがとうございます」

「こいつ等酒飲んじまってるから仕方ねーよ。それより、雫は蓮を連れて大丈夫か?」

「はい。大丈夫です」

「それならいいが……おい小僧。お前も親が迎えに来るんだよな?」

「はい。その予定です」

「よし。じゃあ俺は先に行くから。気を付けて帰るんだぞ」

「「はい!」」


 おじさんは私達に別れを告げ、ミニバンを走らせ去っていった。


 私と蓮とかっちゃん以外は全員おじさんが送迎してくれる事になったから心配不要である。


 めちゃくちゃ感謝です。


「あれ?そう言えばたっちゃんはどこに行ったんだ?」

「玄関で寝てるよ」

「え?親父さん来るまで普通に起きて酒飲んでなかったか?」

「うーん、なんかおじさんが来る直前に、そこにあるお酒全部飲んでたよ。多分おじさんが来るのを察知して、止められる前に飲みまくったんだと思う」


 そのせいでたっちゃんはかなり酔っ払ったみたいだ。その後倒れるように玄関で寝てしまった。

 後でおじさんにこっぴどく怒られる事だろう。


「まぁたっちゃんなら大丈夫か。俺はコンビニ寄って帰るわ。蓮を頼んだぞ」

「ほいほーい。かっちゃんまたね〜」


 かっちゃんも結構お酒飲んでる筈だが、彼は全然酔っ払ってる感じがない。かなりお酒に強いんだろう。


 私は玄関で座りながら寝ているれんちーの隣に腰をおろした。

 そして背中から手を回して肩を掴み私の元へ抱き寄せた。

 

 この時間ちょっと幸せかも。


 静かな夜のひと時。

 れんちーと肩を寄せて頭をくっつけ合う。

 いいじゃんこれ。


 れんちーは寝ていて、その隣ではたっちゃんがうつ伏せになって寝てるけど……そこを気にしなければ良いねこの状況。

 

 ちょっとした幸せを噛み締めていると、道場の前に一台のタクシーが横付けした。

 ハザードランプを点滅させ、運転手は車内窓を下へと下げた。


「木下さん?」

「はい、木下です」


 王凱、じゃなくておじさんが手配してくれたタクシーだ。


「乗れますか?」

「は……はい。なんとか」


 私はれんちーを抱きかかえ、地面に引きずりながら何とか乗車させた。

 私は結構力持ちだが、それでもやっぱり男は重たいわ。


「たっちゃん私達帰るねー」

「ん…………オ○二ー忘れてた」

 

 私の声にぼんやりと反応して立ち上がったたっちゃん。私達に目を向けることなくトイレへと向かった。


 その足取りは重く、フラフラとおぼつかない様子だ。


 …………気になる。

 あんなにフラフラしてるんだし介抱したほうがいいのでは?


 勿論私に邪な気持ちは無い。あくまで友達を助ける為の行動だ。断じて“チーン”が見たい訳では無い。


 トイレで転んで怪我したら大変だもんね。

 事が済むまで手伝ってやるべきだろう。


 私は無意識の内にれんちーから習った隠密歩行術使い、たっちゃんの跡を追いかける。


 プップッッ!


 タクシーの運転手は私の不審な動きに一早く気付くと、クラクションを鳴らした。

 タクシーの運ちゃんにはバレていたか。残念!


「すみません、今行きます」


 私はたっちゃんを諦めて渋々タクシーに乗り込んだ。そしてれんちーを見て自責の念に囚われた。


 ごめんれんちー。危うく浮気しそうだったよ。魔が差しただけなんだ。本気じゃないから許して下さい。

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