一条竜也②
今日は朝からついてねー
実は先日、知らない女の子からラブレターを貰ったんだ。下駄箱に入っていた手紙を見たときにはそれはテンションが上がったね。
だってそこには『好きです。"ピー"してください。明日の朝ダブルホースで待ってます』と書かれていたんだ。
ダブルホースとはラブホの事だ。
俺はその子と"ピー"をする気満々で彼女の元へ走った。ホテル代は俺が出そうとお金も多く準備した。
そんな会った事のない見ず知らずの子と"ピー"が出来るのか?って皆疑問に思うだろう?
出来るに決まってるだろうアホが。俺を舐めんなよ。何のために生きてると思ってんだ。
"ピー"するためだろうが!!
ふぅー、ちょっと熱くなっちまったな。
まぁそこまでは良かったんだ。問題はその後だ。
どんな娘が待っているのかと思いを馳せ、意気揚々と待ち合わせ場所に向かう俺。
はじめは優しくだ。焦るなよ。と自分に言い聞かせ、とうとう待ち合わせ場所に着いた。
するとそこで俺を待ち受けていたのは……
……口に出すのもおぞましい。
オス、オス、オス、押忍、ロン毛、オス、雄……男の群れ。
実はそこから俺の記憶が飛んでいる。恐らく自己防衛の一種だと思う
脳に障害が残る事を恐れてシャットダウンしたわけだ。
そして意識が戻ったときには、男の群れが消えていた。文字通り姿がなくいなくなっていた。
〈キャーー!川に死体が!〉
〈だ、誰か救急車!〉
〈この場合警察じゃないか!?〉
〈両方呼べ!〉
なんだか辺りが騒がしいな。まぁ俺には関係無いか。
それにしても一体どこに消えたんだろうか……いや、詮索はよそう。
何もなかった。全ては夢だったんだ。そういうことにしよう。そうだ、寧ろその方がしっくりくる。
それにしても恐ろしい夢だ。トラウマもんだぞ。
俺は世の中から俺以外の男は消えてほしいと思ってる。割と真剣に。
マジ耐えきれないぜ。あんな男の群れに出くわすなんて……夢で良かった。帰ろ。あ、学校だったか。
ポツポツと静かに、学校に向けて歩き出す。
カサッ
ん、ポケットに何か入ってる。
ガサガサ
これはラブレター?
夢じゃなかったのね。鬱だ。
あれが夢じゃなかった事に絶望していると、登校中の蓮と雫に鉢合わせた。
「お前手が血だらけじゃないか。なにしてんだよ全く」
「たっちゃんってそろそろ法律に引っ掛かりそうだよね。刑務所に収監されたら面会に行くからね。安心して行っておいで」
「俺は悪くない!嵌められたんだ!俺だって最悪な気分なんだよ」
その後、偶然奈々実とも鉢合わせて事の顛末を説明した。
俺が悪くないのは皆に分かってもらえたと思う。特に奈々実は、騙された俺の事を心配して何でも相談してと言ってくれた。
そこまで言うなら"ピー"させろと言って乳を揉んだら、奈々実は鬼に変身して殺意を込めたパンチを何度も、何度も、何度も浴びせてきた。
道端に捨てられたゴミの様にクシャクシャでボロボロになった俺は、誰からも同情もされずに道端に横たわった。
今日マジついてねー
ってのが事の顛末である。まぁよくあることだ。だからどうした。こんなのかすり傷だ。俺は無敵だ。落ち込む時間がもったいねー
「竜也、ボロ雑巾のところ悪いが、今日お前んち行くよ」
「お、良いぜ」
奈々実のパンチは軽いというか、いや、重いんだけどなんて言えばいいかな。
ダメージが残らない。
めっちゃ痛いのに直ぐに痛みが引いていく。
不思議パンチなのだ。
だから直ぐに復活できる。
「え!れんちーたっちゃんの家行くの?じゃあ私も行くー」
「雫が行くなら、私も行こうかなー。久しぶりにおじさんにも挨拶したいしね」
奈々美や雫も道場に来るのは久しぶりだ。こいつら最近全然こねーしな。
奈々美は学級委員の集まりだとかで遅くまで学校にいるし、雫は高校入ってからは家の手伝いばっかだもんな。
「別にいいけどよー。親父は絶対に稽古させるぞ。着替えの服持って無いだろ?」
このメンバーなら親父は遠慮しない。間違いなく汗だくのヘトヘトまで付き合わされるぞ。
「ななみん持ってる?」
「持って無いわね。一旦家帰ってから行くわ。ついでに、結構前にタオル借りてたんだよね。それも返そーっと」
「じゃあ蓮は俺と先に家行っとくか」
「あぁ」
正直家に遊びに来てくれるのは嬉しい。
いつも一人で修練してるから、結構気が滅入るんだよなー
俺としてもいい息抜きになる。
「ねぇ、明日土曜日で学校休みだからさー。せっかくだし皆で泊まろーよー」
「えぇ!?雫あんた何言って……たっちゃん……そんなの駄目だよね?」
「何だ、お前ら泊まるのか?別にかまわねーぜ。だけど、寝間着や歯ブラシぐれーは自分で用意しろよ」
「いいの!?」
「ふむ、竜也の家に泊まるのなんていつ以来だ?小5、小6位にはよく泊まってたよな」
「ねー懐かしいよね!ヤバっ!ワクワクしてきた!まだベッドの下にエロ本隠してるの?」
「雫てめっ!余計なこと覚えてるんじゃねぇ!」
何だか話が大きくなったが、俺も割と楽しみだな。奈々美が来るのか……俺エロ本どこに置いてたっけ。まぁ、俺がエロいのは周知の事実だしな。今更隠すこともねーか。
いやしかし、奈々美には何となく見られたくねーな。
それにしても、こいつらと登校するのも楽しいもんだな。これからは真面目に登校するか。
ーーー
「こんにちはー」
「お、来たか。もう始めてるぞー」
俺たちは放課後別れて、俺と蓮は先に道場で稽古を始めていた。
そこに奈々美と雫がやってきた。
蓮は現在親父と立ち会い中。あ、丁度終わるか。
カンッと木刀同士がぶつかり、軽快な音を立てて一本の木刀が宙を舞った。
「はぁ、はぁ、ありがとうございました!」
蓮は自身の木刀が手元を離れ、くるくると回りながら遠くへ飛ぶのを目で追い、親父へ一礼した。
「中々どうして。間合いの把握良し。剣先のブレ良し。先手の予想良し。完全に木刀と身体が一つになった動きだ。足さばきは独自に改良したのか?かなり独特だが、完全にものにしてるな」
俺から見ても、蓮の動きはかなり洗練されているのが分かる。自分に一番厳しいやつだからな。かなりトレーニングしてるのだろう。
「刀捌きに関しては特に言うことねぇな。まぁ型のバリエーションやコンビネーションを増やすといいかな。後は持久力や筋力を鍛えて、もっと素早く動けるようにするぐらいだろう」
さらに、内功の総量ももっと増やすようにと追加で指摘された。
「来たか小娘ども。お前らもさっさと着替えてこい。なまってないかチェックしてやる」
「「はい!!」」
そのまま流れる様に、蓮から奈々美達へ言葉を飛ばし、稽古を再開した。
親父のやつはりきってやがんな。
奈々美と雫も言われることを予測していたのだろう。一も二もなくいい返事である。それか、昔あれだけしごかれたんだ。体が勝手に反応したかもしれん。
ーーー
「はぁ、はぁ、はぁ」
「ゼェゼェ」
「おぇっ」
「ったく。この程度で音を上げるたぁ、まだまだだな!しかしよく頑張った!またいつでも来い。お前らなら歓迎するぜ!」
そう言い残し、親父は稽古場を後にした。
蓮以外は限界まで追い込まれたな。ちょっと休憩しないと動くことも出来ないだろう。蓮はさすがというべきか。呼吸は荒くなってるが、まだまだ動けそうだ。
そういう俺は、皆と同じメニューをこなしたが体力はヨユーだ。まだニ割程しか消費してない。俺レベルだと常人と比較は出来ないわな。
「あんた今でも、毎日こんな鍛錬してるの?」
息を切らしながら、大の字で横たわる奈々美が口を開いた。
「いんや。既に親父から教わることは無いぞ。今日は皆が来るってーから、同じことをやっただけだ」
凄いわね。とだけ返事をすると、黙ってしまった。かなりヘトヘトだな。良し!
「奈々美と雫は動けないだろ?俺が風呂場まで連れてってやるよ。蓮、お前は雫運べるか?」
「はぁ、はぁ、あぁ大丈夫だ」
「いいわよ。あんた達から風呂入ってきな。私と雫は後ででいいわ。ねぇ雫?」
「うん、勿論いいよー」
「嘘つけ。お前ら先に入りたいだろ。ほら乗れ」
「あ……ありがとう」
俺は奈々美を背負い、蓮は雫を背負い風呂場に向かった。途中、私汗臭いでしょ?いいよ降ろして。と言われたが、皆そうだろとはねのけた。
「着いたぞ。服も脱がしてやるから、手ぇばんざいしろ」
ゴンッ!
「いてぇ!てめー何すんだ!」
「ばばば、馬鹿なこと言ってんじゃないわよ!それぐらい自分で出来るわよ!」
奈々美の着ている体育着の裾を掴み、少し持ち上げたところでげんこつをお見舞いされた。
「これは!チャンスなのでは!?」
急に声を上げる雫の目は輝いている。いったい何を考えてるんだ?
「れ、れんちー。私動けないから……脱がして欲しいかも?」
疑問形じゃねぇか。恥ずかしいなら言うなよ。
「そ、それは出来ない!」
このヘタレが俺が手本を見せてやるか。
「蓮が出来ないなら俺がやるしかねーわな」
「なななんとー!?」
ゴンッ!
雫の着ている体育着の裾を掴み、少し持ち上げたところで奈々美にげんこつされた。
「雫に何してくれてんのよ!」
「たっちゃんのえっち」
「竜也……お前……」
流石に脱がしてくれなかったか。おい蓮、だからポケットに手ぇ入れるなって。何が出てくるか知らねぇが洒落ならんって。そもそもお前のヘタレが原因だからな。
「もういいから。あんた達はあっち行ってなさい!」
奈々美は俺と蓮を蹴飛ばして、脱衣所の外へと追いやった。ひでぇ扱いだな俺達が何したってんだ。
「カバンに着替えが入ってるから!カバンごと持ってきて頂戴!中見たら承知しないわよ!」
「れんちー、たっちゃん、宜しくねー」
閉ざされた脱衣所の中から、奈々美と雫の声が届いた。
馬鹿め。これで終わりと思うなよ。ここまでは予想通り。ここからが本番だ。
俺ん家の風呂場は鍵がない。つまり覗き放題というわけだ。お前らは俺に視姦される運命なんだよ。ゲヘヘへ。
洋服の擦れる音。やつら脱ぎ始めたな。風呂場専属ソナーマンの俺からは逃れられんぞ。一枚、二枚、はい、下着頂きましたー。
いざ覗こうとしたとき、俺は後ろから肩を掴まれ行動を阻害された。
「ふぅー、なんの真似だ?」
「それはこっちのセリフだろ」
「いいかむっつり。お前は雫の裸見たくないのか?」
「み、見たいに決まってるだろ」
「正直でよろしい。お前も分かってるだろ?この先に広がる光景は文化遺産と同じだ。誰かが保護して守らなければいけない。それを赤の他人に任せるのか?否、俺たちで担うしかないだろ!これも重要な役割なんだわかってくれ!」
じゃあ失礼して。む、また肩に手が。
「まて、文化遺産と言うことには同意するが、お前のやろうとしていることは覗きだ。寧ろ文化遺産を汚す行為だろ」
「馬鹿野郎!!お前はその文化遺産がどんなものか知らないのに守れるのか?否!まずは守るべきものを見て、形を知り、大きさを知る。そうして初めて守ることができる。そうだろう?富士山の雄大さ、ギザのピラミッドのとがり具合、万里の長城の織り成す曲線美。これら全てを把握しなければいけないんだよ!わかってくれ!」
じゃあ失礼して。む、また肩に手が。この分からず屋め。
「まて!頭の悪いお前の言い分はよくわかった!だがしかし……だがしかし!雫は駄目だ!!」
ちっ、過保護なやつめ。
「おーい。全部聞こえてるわよー。分かってると思うけど、覗いたら目ん玉くりぬくからね」
突如、奈々美の籠った声が響き渡る。
鬼だ。ジメジメした洞窟の奥深くから聞こえてくる鬼の声だ。悪い子はいねぇがー。
「……あいつらが出るまで稽古でもするか?」
「あぁ、そうしよう」
ーーー
「やっぱり竜也のち最高だな。親父さんの料理はうまいし、風呂は広いし」
「だよねー本当に最高!ここで暮らしたいよ。風呂場なんてほぼ銭湯だもんね!」
「私んちの家もあれくらい広ければなー」
「無駄に広いだけだっつーの。掃除するの俺だぞ?」
全員が風呂を入り終え、親父の作った晩御飯を食べ、現在は俺の部屋に集まっている。
しかし本当に久しぶりだな。皆で集まるの。
懐かしくて泣けてくるぜ。
「さてさて、たっちゃんのエロ本はどこにあるかなー?ここかな!?」
「おいおい、俺だって昔のガキのままじゃねーんだぜ。もうエロ本は置いてないっつーの」
やはりな。雫は俺の聖域を探すと思ったぜ。だが俺だって馬鹿じゃねぇ。
机の鍵付き引き出しの中に隠してある。さらに、万が一開いても他の本の間に挟んでカムフラージュまでしてある。
抜かりはねぇ。コ〇ン君でも見つけることは出来ないだろうな。
案の定雫は、あれあれ?おかしいなー。どこにもない。といった調子で、見つけ出せない。
この勝負俺の勝ちだ。
「このエロ猿の事だからここに隠してるわよ。あれ、鍵がかかってる。えーと鍵はこの辺においてるのかな。あ、あった。あとはこの引き出しの中に……本のあいだが怪しいわね。これかな?ほーらやっぱりね私の思った通りだわ」
ん?今何が起こった?
おかしいな。何かがおかしい。ありえないことが起きている。
困惑する俺を無視して奈々美の猛攻撃が続く。
「ここも怪しいわね。あった。TE○GA?よくわからないけど、エロいものに違いないわ」
やめてくれ!竜也のHPはゼロだぞ!?
あ、泣きそう。
「たっちゃん……巨乳看護師に痴漢電車……これでピーしてるんだね」
おい、自分でピーつけんじゃねぇ。
「お前ら誤解してるぞ。これは全て蓮から借りてる物だ。こいつがどうしても見てほしいって言うからだな……」
「はぁ!?おまっ、何言ってんだ!」
だーははは!俺だけ被害を被るなんて納得いかん!てめぇも道連れだ!
「そんなわけないじゃん」
「れんちーはそんなの見ないよ」
納得いかん。
「ねぇねぇ。たっちゃんのことはもういいからさ。皆で花火しない?」
「花火?」
「うん。雫だして」
俺の扱いが雑すぎね?
しかし話題が変わるのは大歓迎だ!
「じゃじゃーん。ななみんと一緒に買ってきておいたんだー」
「準備がいいな」
「だそだそー。ほら、れんちー行こっ」
雫は蓮の手を取り、部屋を飛び出していった。あいつら本当に仲良いよな。さっさと付き合えばいいのに。
二人が視線から消え、ふっと奈々美と目が合った。お互い何も言わないまま視線が交差する。
こいつ……美人になったな。
見つめ合ったとは言えないほど瞬刻。
確かに互いの気持ちが繋がった気がした。
俺、奈々美のこと好きだ。
「……俺らも行こーぜ」
無意識に差し出した自身の手に驚きつつも、冷静な俺。言葉には出来ないけど、こうするのが自然な感じがした。
「……うん」
奈々美も驚いた顔を見せたが、直ぐに少し恥ずかしそうに笑みを浮かべて俺の手を握った。
奈々美の手、暖かくて柔らかいな。
俺の方が手がでかいのに、奈々美の手のぬくもりに覆われた様に感じる。
顔を隠すように附せる奈々美の手を引き、部屋から出る。その時俺は我に返った。
さっきまでの若干夢見心地の波が引いていく。その後押し寄せてくるのは恥ずかしさの波。ビッグウェーブだ。
うぉーい!やべー!やべーぞこれ!何が起きた!?やばいやつやん!落ち着け俺!やべー!!!
奈々美は!?
咄嗟に奈々美を見ると、相変わらず恥ずかしそうに顔を附せている。
狭い廊下を二人で並んで歩いている。狭いが故に二人の距離は近い。密着した手がじんわりしてきた。
これまで奈々美の手を握ったことは何度もある。だがこれは違う。こんなんじゃなかった。
バクバクと高鳴る心臓。音がうるさ過ぎる!
奈々美に聴かれてないだろうか?
落ち着け!取り乱すなよ!
この状況はまるで恋人みたいだな……
「早くやろう……ぜ!?」
「え!?え……えーー!!」
廊下を抜け、道場の裏庭に辿り着いた俺ら。
手を繋ぎ仲良く登場したのを見たのは、蓮と雫だった。
しまったー!!緊張のあまり手を繋いだまま、裏庭に来てしまった!
咄嗟に汗ばんだ手を互いに離し、焦りをあらわにする。
「ちち違うのよ!こ、これは間違えたの!」
「そうだ!間違えて手を繋いだんだ!」
俺と奈々美は、誤魔化すように手を振りながら状況を否定する。
間違いて手を繋ぐって何だよ。支離滅裂だな。
「むっふー。いいのいいのーわかってるんだから。あんたら付き合ったのねー。さっき二人きりの時にハグチューした?」
完全に誤解招いてしまったようだ。俺らが付き合ってると勘違いしている。さらに、雫の脳内ではハグとチューまでしたことになってる。馬鹿な!こいつの頭はどうなってるんだ?
とにかく、このままだと不味いぞ!
「ばばばばば馬鹿なこと言わないでよ!そんなことするわけ無いじゃない!」
奈々美焦りすぎだ!"ば"が多すぎるぞ。これでは雫の思うツボだ!
「ふーん。そうなのね」
口裂け女かと思えるほど、大きく口角を持ち上げる雫。
こいつ絶対奈々美のこと信じてない。本当に不味い。学校であることないこと言いふらされるぞ。
「でもやっぱり証拠が欲しいよね!」
急に変なことを口走りながら近づいてくる雫。
こいつは敵だ。何をしてくるか分からない。
現在俺と奈々美の防御力はゼロに等しい。
近づけては駄目だとわかっているが、状況判断能力が欠如している今、防ぐ手立てはない!
肉薄した雫はおもむろに手を広げ、俺と奈々美の腰に手を回した。
次の瞬間。
ふんっ!と気合の入った雫の発声と同時に、内側に圧力がかかった。
防御力ゼロの状態の俺と奈々美は、成すすべもなく体を半回転させ、そして……
「あ……」
奈々美の気の抜けた声が聴こえた時には、俺と奈々美の体は密着していた。
その距離ゼロセンチメートル。
首から下は完全に密着し、薄いTシャツ越しに奈々美の体温を感じる。高鳴る心臓は、もはや俺の心音か、奈々美の心音か分からない。
かろうじて保たれたパーソナルスペースはというと……
それは互いの唇。
その距離三センチメートル。
奈々美の息づかいを、俺の耳が気付く前に俺の唇が感じとる。奈々美の吐息は湿気を帯び、どこよりも早く俺の唇に到着する。
パーンと頭の中で破裂音が聴こえた。精神が崩壊した。もう何も考えられない。
俺と奈々美は、雫にされるがままだ。
雫の追撃は止まらない。
俺の両手を奈々美の背中へ、奈々美の両手を俺の背中へ、そこでもう一度ふんっ!
唇の距離一センチメートル。
そこで奈々美が正気を失った。
抱きしめた手を解き、顔を真っ赤にして目を回しながら、あばばばばーと声を出して後ろへ倒れ込んだ。
正気を失ったのは俺も同じだった。
「はははは早く花火やろーーぜ!!この打ち上げ花火を股に挟んで決めてやるぜー!!」
蓮が雫を注意して、ごめーんやりすぎたーと雫の声が聞こえた。
その後、無事に平常心を取り戻した俺と奈々美は、互いにギクシャクしながらも花火を楽しむことができた。
花火が終わる頃にはいつも通りだった。多分。
「最後は線香花火だよー」
雫が全員に線香花火を手渡していく。
そこに蓮が、ライターで火を灯す。
小さくパチパチと音を立て、小さく咲く花火はどこかしら哀愁を含み、皆の心をちょっとセンチメンタルにさせる。
「……また集まりたいな」
口を開いたのは蓮だ。
「俺たちは線香花火と一緒だ。普段は一人で火花を散らしてるけど、こうして……」
蓮は火種を落とさない様にゆっくりと移動させて、隣に座る雫の火種にくっつけた。
「あ、れんちーなに。私と合体したかったの?」
変な言い方するんじゃねーよ。蓮がちょっと困ってるじゃねーか。
「いや……つまり、線香花火の様に互いにくっつくと、より大きな火花を散らす事ができる。四人でくっついてる今が一番輝いてる」
かーこいつは良くこんなことを恥ずかしげもなく言えるな!感動するじゃねーか……
「そうね……小さくなった火花にはくっついて助けることもできるわね」
「皆でくっついて仲良く生きるのだ!」
「蓮……言っとくが、中坊の時のお前は四人分の火花の大きさだったぞ」
俺の言葉に、奈々美と雫は確かにーと言ってゲラゲラ笑った。
「む昔のことはいいだろ!つまり、俺は何が言いたいのかと言うと……お前らは最高ってことだ!」
そう言い放った蓮は照れて顔をそらしてる。
ったくこいつは。
「当たり前のことわざわざ言うなよ!聞いてるこっちが恥ずかしいわ!」
「良いじゃない別に。でもちょっと恥ずかしいわね」
「れんちー恥ずかしい」
「う、うるさい!別にいいだろ」
「あ……」
「雫どうかした?」
「私の体、れんちーに食べられちゃった」
よく見ると、蓮の線香花火が雫の花火を奪っていた。
「お前毎回変な言い方するんじゃねーよ」
「私の体、全部れんちーに食べられました」
「ごめん雫」
「謝るなら責任取って」
「……たっちゃん。私の線香花火を取ることを許可するわ」
「おめーも冗談に乗っかってんじゃねぇよ」
雫が絡むと、変な方向に舵がきられちまうぜ。
それでも皆で笑い、楽しい雰囲気は変わらない。
暗い夜の中で、花火の光に包まれながら、楽しい時間は過ぎていくのだった。
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