一条竜也③


「奈々美、今日一緒に帰れるか?」

「え!?……………………帰れる!」


 よく悩んだ末に奈々美は、俺と一緒に下校できることを伝えた。


「あんた今日はバレー部のキャプテンと打ち合わせ……ふぐぅ!」

「愛里は黙ってて!」


 奈々美の隣にいる愛里が何か言ったが、口を塞がれてしまった。こいつ先約があったんじゃねぇか?


「こっちは急ぎじゃねーんだ。用事があるならまた今度にするか?」

「何言ってるの!私は暇人よ。一緒に帰れるわ」

「暇人ではねーだろ」


 でも本人がいいなら別にいいか。


「んじゃ、放課後な」


 教室の廊下で、かるーく奈々美に声を掛けたら、約束を取り付けることができた。


 本当は用事なんて無い。ただ奈々美を見つけて声を掛けたかっただけだ。


 そんな乙女チックな考えを俺がするなんて信じられんが、あの花火をした日以降、どうも俺の様子がおかしい。


 とにかく奈々美ともっと喋って、近くにいたいと考えるようになった。

 奈々美の事は前から好きだけど、より一層意識するようになったのだ。

  

「おーいたっちゃーん、なんかゴミ高の奴らが来てるらしいぞ」

「マー坊。4限目フケて早弁しよーぜ」

「いやだから、ゴミ高きてんだって」

「あ?だから何だよ」

「おめーと喧嘩しにきてんの!」

「ふざけんなよ。俺はおめーと早弁して駄弁ろうと思ってるんだよ」

「じゃあどうする?無視するのか?あいつらどうせ関係ないやつ巻き込んで、誰かが怪我するぜ?」

「ちっ……行くぞ」


 何が悲しくてゴミ袋と会わないといけねーんだよ。マー坊と早弁して時間潰そうと思ったのによ!


 放課後の用事考えとかないとな。


ーーー


「おまたせーー!!」

「よし、けーるか」


 放課後、少し教室で待ってるよう奈々美から言われて、20分位待った所で奈々美が教室に飛び込んできた。


 かなり急いだのだろう、肩で息をしながら俺のもとまでやってきた。何をしてたのか知らないけど、忙しいやつめ。


「雫と蓮はいないの?」

「あいつらは先に帰ったよ。今日は俺と二人だけだ」

「あっ……そう?」


 奈々美は困った顔をしたかと思えば、嬉しそうに笑顔で俺と教室を後にした。


「今日は道場休みなの?」

「ああ、今日は休み。最近キツめに修練してたからなー。今日は休むぞ!」

「毎日毎日よくやるわ。それで?何処か行きたいところあるの?」

「……うーん。奈々美甘いもの好きだろ?何か食べようぜ」

「それなら!駅地下に新しく出来たhoney yummy(ハニーヤミー)ってお店がオープンしてるんだけど、そこに行かない?」


 甘いものと聞いて目を輝かせる奈々美。

 俺も甘いものは嫌いじゃない。だけど今回はは、いつもお世話になってる奈々美へのお返し的な意味合いが強い。


 ことあるごとに飲み物差し入れてくれるからな。たまには返さなきゃバチがあたるぜ。


「いいぜ、そこに行こう」

「やった!」


ーーー


「うわー混んでるね」


 お店は混んでいた。

 十組位の列ができていて、俺らは最後尾に並ぶ。


 お店の前に立てられたメニューボードを覗き込むと、ハニーヤミーSPサンド、ハニーシュー、ハニータルト、と書かれており、その下にドリンクのハニーヤミースプラッシュと書いてある。


「全部美味しいって評判だけど、友達のおすすめはハニーシューだって!めっちゃ美味しいらしいわ」

「ふーん。どれにする?全部食うか?俺が出すから遠慮すんなよ」

「本当に!?ありがとう!!でも全部は食べ切れないから……私はハニーシューとタルトにする。後ドリンクも!」

「オッケー。俺はハニーヤミーSPサンドにしよ」

「え!?ハニーシューにしないの?今おすすめって言ったじゃん」

「全部美味しいとも言ってたぞ。まぁ、サンドイッチの方がガッツリ食べれるからそれにするわ」

「確かに……他のじゃ物足りないかもね」


 列の進みは中々に遅かった。恐らくサンドの方は注文を受けてから作ってるのだろう。


 待つのはだりーが、まぁ仕方ないか。奈々美は待ち時間でも楽しそうだから良しとしよう。


 テンションぶち上がりの奈々美は、マジでめっちゃ楽しみ!とか、待ち切れない〜!とか、ハチミツ使うなんて反則だよね!等と言い、嬉しそうだ。


 傍から見たら俺ら付き合ってる様にみえるのだろうか……あぁ、奈々美可愛いな。無邪気に笑ってる顔を見ると、俺の方も楽しくなってきた。


「16番でお待ちのお客様ー。お待たせしました。SPサンドはお熱いのでお気を付け下さい」


 ようやっと来たな。


 俺は商品を受け取ると、ルンルン気分の奈々美を傍らに、地下から地上に出た。


 待ち時間中に、公園で食べようと話し合ったのだ。


 出口からの大通りを渡り、少し進むと公園が見えた。現在は夕刻。公園には子供連れの家族や、健康遊具で運動中の男性の姿がある。


 俺たちは適当なベンチに腰掛け、それぞれの袋を開いた。めっちゃいい香り。 


「ハニーシューから食べよーっと」

「頂きます」


ーーー


「うまー!カスタードクリームにハチミツが混ざっていて、凄く濃厚な味わい!」

「サンドもかなり旨いぞ。ハムの塩味がハチミツの旨味を引き立ててる」


 マジで旨いな。こりゃ止まらん。


 夢中でサンドを頬張ってると、奈々美が袖を引っ張ってきた。


「ちょっと、私にも一口頂戴よ」

「おぅいいぞ。お前のシューも一口くれ」


 それぞれの手持ちを渡し交換する。

 奈々美のハニーシューの中身は、ハチミツが流線的に見え美しい断面をしている。


 早速一口頂きま……す?

 まてよ、これって間接キスじゃねーか。


「な、なぁこれって……」

「…………」


 奈々美もそれに気付いた様だ。俯きながら手を震わせ、サンドの断面を見つめている。


 やばい、奈々美のやつ目がぐるぐる回り始めている。ここは俺が行くべきだ。


 俺もシューの断面を見つめる。


 どろりとしたカスタードハニーが艷やかに俺を見つめ返す。


 ここに奈々美の唇が付いたのか……

 やべーカスタードハニーが唇に見えてきた。俺もいよいよか。


 さっきは呑気に綺麗と思っていたのに、何故こんなに追い詰められているんだ。


 このままだと負ける。

 俺は絶対に負けない!俺は絶対に負けられない!…………行くぞ!


 ぷるん、とろーり、ねっとり……めっちゃ濃厚。あぁ、旨いな。


 何とかシューを口にし、俺は達成感に包まれた。


「奈々美!俺は食べたぞ!お前も食べろ!」

「う、うん」


 顔を赤くしながら、奈々美もサンドを口に運ぶ。


 サクッ……サクッ……


 結構くるなこれ。やべー何か嬉しい。


「美味しいねこれ!」

「だ、だよな!」

「ドリンクも美味しいよ……あ」


 流れで飲みかけのドリンクを差し出す奈々美。


 おまっ!わざとだろ!あっ、て何だよ!


 だがここで躊躇したら駄目だ。こういうのは勢いが大事だ!


「サンキュ」


 俺は奈々美から直ぐにドリンクを受け取り、ストローに口を付けると、二口程含み流し込んだ。


 それを見た奈々美は、照れながら美味しいでしょ?と微笑んだ。


ーーー


「美味しかったなー」

「ご馳走様でした。最高だった!」

「ありがとう、連れてってくれて。とっても!とっても!嬉しかった」

「いいよ。いつも世話になってんだ」


 全部食べ終えた俺と奈々美は余韻に浸っていた。


 夕焼けが差し込み、公園を赤く照らしている。


 既に公園に人影は無く、俺と奈々美の影だけが長く伸びていた。


 涼しい秋風が、心地よく俺ら二人を包む。まるでこの世界には俺と奈々美だけが存在している様な不思議な感覚にみまわれた。


 何だか……悪くないなこの感覚。


「最近私、ミサンガ作るの流行ってるんだ」

「ん、そうなのか?何か古くね?」

「あはは、そうだね。再燃してるって感じ?」

「色んな色で作れるのがいいよな。俺あれ好きだわー」


 野球部なら手首、サッカー部なら足に付けてたりしてたな。手作りのアクセサリーって普通にかっけぇーんだよな。


「それでね、私が作ったのたっちゃんにあげる」

「いいのか?……大事にするよ」


 めちゃくちゃ嬉しい。

 俺は右手にミサンガをはめた。手作り感のある無骨な肌触りがとても心地良い。


 あれ?奈々美の左腕にもいつの間にかミサンガだ。俺と同じ色合い。


 奈々美はおもむろに左手で前髪を持ち上げて耳にかけた。夕焼けに染まった髪は赤く輝き、まるで一枚の絵画の様な雰囲気をかもしだした。そして俺の方に顔を向け、満面の笑顔で……


「うふふ、私達リンクしてるね」


 ドクンと心臓が大きく脈打った。

 動悸が激しくなり、俺の心に揺さぶりをかける。

 

 奈々美……可愛いな。やっぱ好きだわこいつ。俺は今告白する。歯止めは外れた。もう迷いは無い。


 ずっと好きだったんだ。ちびのときからずっと。


 奈々美の瞳は真っ直ぐと俺を捉えて離さない。そして俺もまた、奈々美の瞳を見据えて離さない。


 奈々美も同じこと考えてるんじゃないかと思う。そうであって欲しい。


 もう迷うな!この機会を逃したらもう次は無いかもしれない。覚悟を決めた。言うぞ!好きだと伝えるぞ!


「俺さ…………」

「…………うん」


 言え!言え!立ち止まるな!早く言え!


「お前のことがす」


「おーい。たっちゃんと奈々美じゃねーか。何してんだこんなところで?あ、もしかしてデート中か?ヒューヒューお熱いねー」 


 背後から声がして固まった。乾いたセメントのようにカッチコチ。もう無理動けない。


「お、ハニーヤミーじゃねぇか。シャレオツなもん食ってんなー。どうしたんだ二人共?何か言えよ!」


 世界一空気の読めない男、その名もかっちゃんの登場である。


「よ、よぉかっちゃん。何してんだおめーこんなところで?」


 何とか言葉を絞り出して、かっちゃんとの会話を試みる。


「俺はよー今からマー坊んちに行って漫画返そうと思ってよ。ほら」


 そう言って右手に持った重そうな手さげバッグを差し出すように見せてきた。


 そういえばマー坊の家この辺だったな。くそっ!こんな邪魔が入るとは完全に誤算だった。


「それよりもよー。愛の告白でもしてたのかー?こんな場所で二人っきりって。おっと邪魔しちゃ悪いから俺は退散するぜ。じゃあまた明日なー」


 こいつどついたろか。正にその最中だったんだよ!もう少しで奈々美に告白して、そいでもって上手くいって。キスするところだったんだよ!


 優雅に歩き去っていくかっちゃん。ここで俺がダーツ持ってたらどんなに良かったか。


 かっちゃんが去ったタイミングで、回りを見渡すと、公園のそこかしらに利用者が出始めた。子供も居れば大人もいる。


 いつの間にか、ガヤガヤと雑多な声で公園内が満たされていた。


 千載一遇のチャンスを逃してしまった。もう今から告白を再開するのは不可能だ。これも全てかっちゃんのせいだな。


「たっちゃん。今日はありがとう。ハニーヤミー美味しかったね。また一緒に行こうね」

「だな」 

「私はもう帰るね」

「一人で帰れるか?送ってくぞ」

「大丈夫!一人で帰れるから!また明日ね」


 そう告げると、奈々美は足早に去っていった。


 ベンチに一人取り残された俺は一週間分のため息を吐き出した。告白出来なかった後悔しかねぇ。


 夕日を眺め、ホロリと涙を流す今日この頃。

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