櫻井奈々美②

 私は朝に強い。

 目覚ましアラームが調子に乗る前にシバいてしまう。

 一秒だ。たった一秒鳴るだけで、"お前は既に止まっている"と決めゼリフを吐ける程だ。

 それぐらい目覚ましアラームに無双してしまう。


 今日もいつものようにアラームを止めて、上体を起こしてベッドから抜け出た。

 勉強机に置きっぱなしのミネラルウォーターを数口飲み、寝ぼけ瞼のまま部屋を出て洗面所に向かう。


 いつも通り、リビングから足音や物音が聞こえる。ママが仕事に行く前の仕度をしている音である。


 私は洗面所で歯磨きを手に取り、リビングに顔を出した。


「おはよう。あんた凄い頭してるわよ。ここにご飯置いとくから食べてね」

「ふぁい」

「今日はママ帰りが遅くなるわ。パパも遅くなるって言ってたから、夜のご飯はタッパーに入れて冷蔵庫に入れてあるからね」

「ふぁい」

「じゃあママもう出るから、ほらあんたもっとシャキッとしなさい。気をつけて学校行ってくるのよ」


 私は首を縦に振り、ママに行ってらっしゃいと伝えた。


 薄い長袖の寝間着を脱ぎ捨て制服に着替え、リビングで食事を済ませた。


 今日はパパもママも帰りが遅いのか。

 昔はよくあったなこういうの。そしてそれが凄く嫌だった。


 何故そんなに嫌だったんだろうか?

 多分そこまでの理由は無いと思うが、小さいながらの、一人は怖いし寂しいといった感情があったのだろう。


 さすがに今となっては怖くも無ければ寂しくも無いけど……でも、ちょっとしたトラウマになってるのかな。嫌な気分を少なからず感じる。


 私は少しだけ憂鬱な気持ちでドアノブを回して家を出た。


 お隣さんの、手入れが行き届いている庭先で、可愛く咲いたコスモスを視界の隅に感じながら、今日の夜どうしよーかなと考える。


 一日の始まりに一日の終わりを考えるのは嫌だな、と思いながらも考えてしまっている。


 雫は家の手伝いが忙しいから、多分遊べないだろうなー。愛里と夏夜を誘ってどこかに行こうかな。


 いや、やっぱり今日は帰ろう。家のご飯もあるし、一人でいるのもへっちゃらさ。家でスマホをポチりながら時間を潰す事にしよう。


 あ、生徒会での雑務が残ってた気がする。そうだ、それをやろう。愛里も弱味をチラつかせれば付いてくるだろう。


「おい、朝から何悩んでんだ?」

「ん?今日さー実は………うわっっ!?!?」


 急に目の前にたっちゃんが現れた。

 よく見ると隣には雫と蓮も立っている。

 何だしこいつら!急に出てきて!

 

「ちょっと、びっくりするじゃない。脅かさないでよね」


 まじでめっちゃビビったー

 心臓に悪すぎる。


「お前がぼーっとしてるからだ」

「私達ずっといたよね?」

「あぁ、5分位一緒に歩いていたぞ」 

 

 5分も!?恥ずかしい!ちょっと内に籠もりすぎてたみたいね。気をつけねば。


「何で3人一緒に登校してるの?たっちゃんがいる時点で理解出来ないんだけど」

「お前俺のことを何だと思ってるんだ」

「こいつがまた朝から喧嘩してたんだよ」

「そーそー。また朝から人殺ししたんだと」

「お前らその言い方だと、俺が悪い事したみたいなじゃねぇか!いいか?騙されたんだよ俺は!被害者は俺だ!」


 普段から遅刻しているたっちゃんがこんな時間にいるのはあり得ない。でも確かちょっと前にも遅刻せず学校に来たことがあったような。

 その時も喧嘩が理由だったかも。でも本人は被害者だって言ってるし……

 

 心配だ。たっちゃんはかなり純情な所がある。騙されやすい人なのだ。


 私達が中学生のときに、路上で怪しい女性に声を掛けられて、たっちゃんは嬉しそうについて行こうとしていた事があった。確か世界平和の為に色々と良いこと教えてあげるとか言ってた。


 風になびく長く綺麗な髪に、サングラス、胸元が大きく開いたセクシーな服、全体的に露出度の高い服装、肩や足に刻まれたタトゥー。第一印象は何だか怖そうな女性だと思った。私はその人を信用出来なかった。


 その時は私が隣に居て、手を引っ張って逃げたから良かったが、もし私が側にいなかったら連れ去られて、ヤ○ザとか怖い人達に囲まれてたかもしれない。


 そんなことがあったせいか、たっちゃんのことはほっとけない。私が守ってあげなくてはまた騙されてしまう。


「騙されたって何があったの?たっちゃんを騙すなんて私が許さないわ!」

「…………べ、別に大したことじゃねーよ。奈々実、お前は気にするな!うん、この話はこれで終わりだ」


 妙に狼狽えるたっちゃん。

 こいつ何か隠したな。怪しい。

 この動揺の仕方は何かある。


 私は蓮の顔を見て圧力を掛けた。何があったか言いなさい、と。


 そして、その蓮は困った顔で雫と顔を合わした。


「はぁ、しょうがないなー」


 と言いながら、雫は折りたたまれた1枚の紙をポケットから取り出した。


「はぁ!?おまっ!何でそれ持ってんだよ!返せ!」


 たっちゃんは焦った様子で、両手をポケットに突っ込み何かを探している。しかしその何かが見当たらないらしい。恐らく雫が持ってる紙を探しているのだろう。


「はい。ななみんどうぞ」


 雫の方が少し早かった。

 たっちゃんが雫から紙を奪おうと手を伸ばしたが、一歩及ばず私の手に渡った。


 諦め、項垂れたたっちゃんを無視して、私は紙を開きそこに書かれていた文章に目を通した。


『竜也さんあなたのことが好きです。すみません、突然迷惑ですよね。でも、この気持ちだけはどうしても伝えたくて、遠くから見てるだけなのはもう嫌なんです。明日の朝7:30にダブルホース前の公園で待ってます』


 ……っっ!?これラブレターじゃない!?そんな……たっちゃんがまさか告白されるなんて。


 背筋に嫌な汗が流れる。

 夏夜が言っていた不安が現実のものになろうとしている?たっちゃんを失った時の喪失感が全身を駆け巡る。


 いやだ!たっちゃんは渡さない!お願いたっちゃん、知らない女に振り向かないで!


 ……ん、待てよ何かおかしいな。


 よく見ると最後の一文に変なことが書かれている。


『私、あなたと"ピー"がしたい。 1年5組、前島花子』


「なにこれ」


 いや、ありえんでしょ。そんなこと書くなんて。普通ラブレターに、好きな相手にそんなこと言うはずがない。しかも文脈からして初対面だし。

 明らかにふざけている。これは嘘だ。このラブレターは嘘だ!


 私は少しホッとした。正直動揺してたから。


「さすがの私でもこんなこと書かないかなー。しかもホテル名まで書いてあり得ないよね!」

「ホテル名?」

「ダブルホースってラブホだよ。ねっ、れんちー」

「……そうだな」


 マジで!?ってか雫と蓮は何でそんなこと知ってるのよ。


「しかもー。見てみて!たっちゃんの財布に、何と5万円も入っていたのです!これはアウト!」

「おまっ!!だから何で俺の財布もってんだよ!ふざけんな!」


 つまりあれか。たっちゃんは"ピー"をする気満々だったってこと?"ピー"がしたかっただけ?


「たっちゃん……私本気で心配したんだよ?騙されてるんじゃないかって。たっちゃんは何でも信じちゃうから私が助けなきゃって。困ってることがあれば私に相談してもいいんだよ?」

「おお!奈々実ヤラしてくれんのか?最初から奈々実に声掛ければ良かったぜ!今からラブホ行くぞ」

「きゃっ!」


 たっちゃんは鼻下を伸して、グヘヘと笑いながら私のおっぱいを揉んできた。こいつは本当に……


「ふざけんなエロ猿がー!!!」


 さながらスタンド使いの如く滅多打ちした。


「げふぅ!やめろっ!うげぇ!ゴリラ女!アベシッ!」


 連打!連打!連打!オラオラー!


 一発一発を意識した完璧な殴打。

 あとに残るはボロ雑巾のみ。

 ふぅ、掃除完了ね。


 一仕事終えた私は汗を拭い、さっきからたっちゃんに声をかけたそうな雰囲気を出していた蓮にたっちゃんを放り投げた。


「竜也、ボロ雑巾の所悪いんだが、今日お前んち行くよ」

「お、良いぜ」


 たっちゃんはホコリを払いながら立ち上がり軽快な返事をした。切り替えの速さは流石ね。引きずる内容でも無いけど。


 たっちゃん家かー。ずっと行ってないし私も行きたいかも。


「え!れんちーたっちゃんの家行くの?じゃあ私も行くー」

「雫が行くなら、私も行こうかなー。久しぶりにおじさんにも挨拶したいしね」

「別にいいけどよー。親父は絶対に稽古させるぞ。着替えの服持って無いだろ?」


 確かにおじさんなら絶対に稽古させるだろうな。それもかなりキツめの。私と雫も昔はかなりお世話になったもんだ。でも、そこも含めて久しぶりに顔を出したい気分だ。


「ななみん持ってる?」

「持って無いわね。一旦家帰ってから向かうわ。ついでに、結構前にタオル借りてたのも返そーっと」

「じゃあ蓮は俺と先に家行っとくか」

「あぁ」


 この四人で集まるのも久しぶりね。いつからだろうかあまり遊ばなくなったのは。別に仲が悪くなったわけではない。だだ、みんな色々と忙しくなったのだ。


 そういえば、昔も集まる場所はたっちゃんの家だった……懐かしいな。


「ねぇ、明日土曜日で学校休みだからさー。せっかくだし皆で泊まろーよー」

「えぇ!?雫あんた何言って……たっちゃん……そんなの駄目だよね?」

「何だ、お前ら泊まるのか?別にかまわねーぜ。だけど、寝間着や歯ブラシぐれーは自分で用意しろよ」

「いいの!?」

「竜也の家に泊まるのなんていつ以来だ?小5、小6位にはよく泊まってたよな」

「ねー懐かしいよね!ヤバっ!ワクワクしてきた!まだベッドの下にエロ本隠してるの?」

「雫てめっ!余計なこと覚えてるんじゃねぇ!」


 まさか、ひょんなことからお泊りが決まるなんて。雫が言うようにワクワクしてきたかも。


 ママにメッセージ入れとかないとね。ママはたっちゃんのこと気に入ってるから、全然オッケーしてくれるだろう。


 心も体も大人に近付く中、それでも昔の小さかった頃の記憶を楽しめる事は幸せだなと感じる。


 まぁでも、小さい時の様な無邪気なままでいることは出来ないか。

 

 なんせ昔は曖昧にしてたが、今ははっきりと自覚し、完全にたっちゃんのことが好きな女の子になってるのだから。


 ……たっちゃんはエロ本隠してるだろうな。


 何よ!セ………"ピー"なんてそんなのは、わわ私にだってできるんだからね!


 誰に言うでもなく、心の中でどもる程のセリフを自身で飲み込み。誰に見られるでもなく、一人で顔を押さえて恥ずかしがった。


「取り敢えず放課後な」


 たっちゃんの一言を皆で首肯し、集まる約束を決めたのだった。


ーーー


「ななみん!早く帰って準備しよー」

「雫来るの早いわね」

「ワクワクなんだよ〜」


 放課後、雫は蓮を連れて教室に入ってきた。

 終業ベルと共に来るとはせっかちなやつめ。


 「じゃあ私達は準備して行くから。あんた達は先に行っといて」

「あぁ、また後でな」

「直ぐに来いよ。親父は気が短いからな」

 

 分かってる、とたっちゃんに伝えながら、背中を押してくる雫の手を掴み教室を後にした。

 たっちゃんと蓮と別れて、私達は一旦帰路についた。


「ねぇねぇ、花火も買っていかない?」

「花火?うーん……いい考えね。ナイスだわ!」


 途中、雫の案を採用して花火を買っていくことにした。


 たっちゃん家の庭広いし、昔に花火をしたこともあった。今日の雫は冴えてるわね。


ーーー


「こんにちはー」

「お、来たか。もう始めてるぞー」


 私達が道場に着いた時には、汗だくの蓮が木剣を握り、おじさんと激しい打ち合いをしていた。


 このおじさんこそが、たっちゃんの父親である。大きな体躯に加え、何重にも編み込まれた筋肉が隆起し、ある種の大型猛獣の様な迫力を醸し出している。


 そして、その見た目からは想像できないほど俊敏な動きで蓮を翻弄していた。実力差がありすぎる。


 おじさんの武人としての強さはここにいる皆が理解しているし、尊敬している。


 あ、やられる。


 そう思った矢先、蓮の木剣は弾かれて宙を舞った。


 最後に稽古つけてもらったのが中学2年の時だったかな。高校2年になって見る稽古は中々に新鮮だ。


「来たか小娘ども。お前らもさっさと着替えてこい。なまってないかチェックしてやる」


「「はい!!」」


 おじさんは昔と変わらない調子で、私達に声をかけてきた。久しぶりなのでちょっとドキドキしていたが、声をかけられた途端に昔の記憶が蘇り、返事を返していた。


 体が覚えてるってやつね。大分しごかれたからなー。

 体が覚えてると言っても、もっぱら反射の部分だけで、体力的には落ちてるはずだから、ついて行けるかは別問題である。


 私と雫はたっちゃんと蓮を横目にロッカールームへと向かった。


 雫は少し悔しそうな顔をしていた。蓮が負けたことが原因だろう。雫は蓮の事になると自分の事の様に心配するからなー。その逆も然り。


 相思相愛の二人には正直少しだけ嫉妬する。


 私とたっちゃんもこんな関係だったらなと思ってしまう。そしたら私も発情したウサギの様にあんなことやこんなこともしちゃうんだろうか……


 いかんいかん。朝のラブレターのせいで、私までエッチな思考になってしまってる。たっちゃんじゃあるまいし。


 これから稽古なのだ。モヤモヤした感情は捨てるのよ!


 ほっぺたを両手で叩き、気持ちを切り替えて稽古場に向かうのだった。


ーーー


「はぁ、はぁ、はぁ」

「ゼェゼェ」

「おぇっ」

「ったく。この程度で音を上げるたぁ、まだまだだな!しかしよく頑張った!またいつでも来い。お前らなら歓迎するぜ!」


 昔と変わらないハイテンションな調子で、おじさんは稽古を締めくくった。


 マジ無理。死ぬ。チヌ。

 こんなに動いたの久しぶりだ。やっぱり体力落ちてるなー。体が悲鳴をあげてるわ。吐きそう。


 私と雫は、体を大の字で床に放り投げている。そりゃもう限界よね。


 蓮は息は荒いがまだ余力がありそうだ。さすがね。


 たっちゃんは……普段と変わらない表情。同じメニューをこなしたはずだけど?こいつ人間辞めたか。

 

「あんた今でも、毎日こんな鍛錬してるの?」


 私は息絶え絶えに言葉を絞り出した。


「いんや。既に親父から教わることは無いぞ。今日は皆が来るってーから、同じことをやっただけだ」


「……凄いわね」


 あのおじさんはから教わることが無いだなんて……凄いということだけは分かる。


「奈々美と雫は動けないだろ?俺が風呂場まで連れてってやるよ。蓮、お前は雫運べるか?」

「はぁ、はぁ、あぁ大丈夫だ」

「いいわよ。あんた達から風呂入ってきな。私と雫は後ででいいわ。ねぇ雫?」

「うん、勿論いいよー」

「嘘つけ。お前ら先に入りたいだろ。ほら乗れ」

「あ……ありがとう」


 私はたっちゃんに、雫は蓮に背負われて風呂場に向かった。


 ちょっと恥ずかしい。これだけ体を密着させるのは中々に緊張する。


「汗臭いでしょ?いいよ降ろして」

「皆そうだろ。匂いなんてしねーよ」


 たっちゃん良いやつ!


 そういえば服どうしようかな。たっちゃん達に持ってきてもらうか。


 風呂場に着き脱衣所に入る。

 

 たっちゃん家の風呂はまるで銭湯の様な広さがあり、大勢で入れる仕様になっている。


 雫と二人だけで入るには、かなり贅沢なお風呂だ。


「着いたぞ。服も脱がしてやるから、手ぇばんざいしろ」


 ゴンッ!


 急だった。一瞬の出来事に対して、反射的にげんこつ出来た私を褒めてやりたい。


 一体何が起きたのか?


 なんと、たっちゃんは私の体育着の裾を掴み持ち上げたのだ。危うく下着姿にされるところだった。


「いてぇ!てめー何すんだ!」

「ばばば、馬鹿なこと言ってんじゃないわよ!それぐらい自分で出来るわよ!」


 危なかったー!いつも急過ぎるのよ!私じゃなかったら脱がされてたわ。


「これは!チャンスなのでは!?」


 突如声を荒げる雫。

 また雫が変なことを思いついた様だ。


「れ、れんちー。私動けないから……脱がして欲しいかも?」


 雫が恥ずかしがってる姿はあまり見ないのでちょっと以外かも。雫は変態だけど脱がされるのはやっぱり緊張するのね。


「そ、それは出来ない!」


 その点、蓮はかなり奥手だ。雫に寄り添った考えをしてはいるが、雫の思いが享受されることはあまりない。


 まぁ、雫のお願い事が変だから、それは仕方ないんだけどね。


 今この場で、脱がしてって言われて、オッケーする男は普通では無いだろう。

 

「蓮が出来ないなら俺がやるしかねーわな」

「なななんとー!?」


 ゴンッ!


 またもや反射的に振り下ろされた拳は、たっちゃんの頭にクリーンヒットした。


 あろうことか雫の服の裾を掴み持ち上げ、脱がそうとしたのだ。


 私ならまだしも、雫に手を出すなんて何考えてんのよこいつ!私じゃなきゃ見逃してたわ。


「雫に何してくれてんのよ!」

「たっちゃんのえっち」

「竜也……お前……」


 あ!蓮が何か取り出そうとしてる!

 不味いわ。たっちゃんと蓮が本気で殺り合うところなんてもう見たくない!


「もういいから。あんた達はあっち行ってなさい!」


 とにかくこいつらは邪魔だから、脱衣所から追い出さねば。


 そう思い、二人を蹴飛ばして部屋から追い出し、ようやく平穏が訪れた。既に疲れてるのに更に疲れた!


 あ、服持ってきてもらわなきゃ。


「カバンに着替えが入ってるから!カバンごと持ってきて頂戴!中見たら承知しないわよ!」

「れんちー、たっちゃん、宜しくねー」


 ふぅ、まったく。

 ようやく落ち着いてお風呂に入れるわね。


 あぁ、汗がベトベトで気持ち悪い。早く汗を流したい。


 服を脱いだ私と雫は、年季の入った引き戸タイプのドアを開き中に入った。昔と変わらず広々としたお風呂場で、やはり銭湯みたいだなと思う。


「うわー懐かしー。よくここでお風呂に入ったよね」

「懐かしいね!ここの湯船に浸かるのが好きなんだよー」

「稽古した後の風呂は最高よね」


 これだけ広い風呂場だとテンションが上がる。人間は広いというだけで精神的に喜びを感じるのだ。何故だろう……開放的だから?

 

 昔はそこまで意識してなかったけど、今となってはこの広さが凄いと思うし、湯を沸かしてくれてるたっちゃんにはお礼を言いたい。


 たっちゃんありがとう。おじさんありがとう。


「あはは。ひろーい」

「うひょひょーい。わっしょい。わっしょい」


 テンションが上がった私と雫は、意味もなく風呂場を裸で走り回った。これがハイッてやつか。


 タイル張りの床は乾燥していて滑る心配はない。水浸しになる前の特権だ!良い子は真似しちゃ駄目よ。


「そろそろ止めよ」

「イェッサー。隊長次は何しますか?」


 少し恥ずかしくなってはしゃぐのをやめた。

 

「ちょっと。それだと私だけが馬鹿やったみたいじゃない」

「隊長がはしゃぐ姿可愛かったです」

「忘れなさい」


 雫は直ぐこれだからね。侮れない。気をつけなければ。


 少し気持ちを落ち着き始めたところで、何やら遠くから声がする事に気付いた。


 ん、何だろう?


「ねぇ、何か聞こえない?」

「ななみんしっ!脱衣所の方から声がする」


 雫に窘められ、私は口を閉じた。すると風呂場には静寂が訪れ、薄っすらと声が聴こえてきた。


『まて…………言うこと……同意するが、お前の……………ことは覗きだ…………汚す行為だろ』

『馬鹿野郎!!………文化遺産が…………………守れるのか?否!まずは…………見て、形を知り、大きさを知る。そうして…………………そうだろう?富士山……………………………これら全てを把握しなければいけないんだよ!わかってくれ!』


 この声はたっちゃんと蓮だ。所々しか聞こえないけど、概ね状況は理解できる。


 たっちゃんが覗こうとして、蓮がそれを止めているという構図であろう。


『まて!頭の悪いお前の…………よくわかった!………………だがしかし!雫は駄目だ!!」


 蓮って男らしいよね。雫を守ろうと必死になってたっちゃんに立ち向かってる。雫が羨ましいわ。それに比べてこのエロ猿は……


「おーい。全部聞こえてるわよー。分かってると思うけど、覗いたら目ん玉くりぬくからね」


 大声で本音を叫んだ後、声は聞こえなくなった。恐らくもう大丈夫だろう。


「…………」

「雫どうかした?」

「れんちーに覗いて欲しかった」

「え?」

「れんちーに覗いてほしかったの!」

「あのねー。蓮が覗くわけ無いじゃない。放っといたら、蓮じゃなくてたっちゃんに覗かれるところだったわよ?」

「たっちゃんだったら許す。でも蓮と一緒じゃないと駄目」

「まったく。それならいっそ、一緒に入った方がよかったわね」

「それだよななみん!今度皆で混浴露天風呂に行こうね!」


 雫の冗談に「あほか」と突っ込みを入れて、シャワーで汗を流し始めた。


 四人で混浴なんて駄目よ絶対に!

 でもたっちゃんと二人っきりなら……


 何考えてるのよ私は!まだ付き合ってもいないのに、そんなとこ行けるわけないじゃん!


 雫のせいで変な妄想のスイッチが入ってしまった。


 邪な考えを晴らそうと頭を降るが、私の脳内ではたっちゃんと混浴旅行を楽しみ始めていた。


 雫も急に大人しくなった。こいつも妄想で旅行を始めたのかもしれない。


 風呂場内にはシャワーの音だけがこだまする。私と雫の腕はオートマチックに動き、黙々と体を洗い流すのであった。


ーーー


「「「「ご馳走さまでした」」」」


 あー旨すぎた。おじさんの料理最高過ぎる。

 唐揚げだけで5個も食べちゃったわ。麻婆茄子も旨辛が絶妙で……レシピ教えてもらおうかな。


 お風呂を終えた私達は、たっちゃん家のリビングに集まり、大きな食卓に並べられたご馳走を堪能していた。


「おじさんの料理本当に美味しいですよね」

「めちゃくちゃ美味しかったー!」

「師匠、凄く美味しかったです」

「そうかそうか!お世辞でも嬉しいぜ。また何時でも食べにきな」

「おいお前ら。親父は料理しか出来ねーんだ。それしか取り柄が無いからな」


 ゴンッ!


「っっってぇぇぇ!てめぇやんのかコラ!」

「雑魚が吠えてんじゃねぇ。俺より弱えくせによ」

「たっちゃんが悪いわね」

「おじさんにそんなこと言わないで」

「師匠に悪口を言うと俺が許さんぞ」

「味方いねーのかよ!」

「だははは!それじゃあ夜ふかししすぎるなよ」


 気持ちいいほど清々しい。

 たっちゃんを雑魚呼ばわり出来るのもおじさんしか居ないだろう。


ーーー


「やっぱり竜也のち最高だな。師匠の料理はうまいし、風呂は広いし」

「だよねー本当に最高!ここで暮らしたいよ。風呂場なんてほぼ銭湯だもんね!」

「私んちの家もあれくらい広ければなー」

「無駄に広いだけだっつーの。掃除するの俺だぞ?」


 食後、我々はたっちゃんの部屋に集まっていた。広くもなく、狭くもなく、普通の広さの部屋だ。


 壁のあちこちにロックバンドのポスターが貼られ、棚には最近流行りのアニメキャラのフィギュアや漫画が配置されている。


 昔は広く感じたんだけどなー。4人集まると少し手狭に感じる。


「さてさて、たっちゃんのエロ本はどこにあるかなー?ここかな!?」

「おいおい、俺だって昔のガキままじゃねーんだぜ。もうエロ本は置いてないっつーの」


 やっぱり探すと思った。

 雫もエロいからね。どうしても同族の事情を知りたいのであろう。


 ゴソゴソとベッドの下や、棚に添え付きの引き出し等を物色している。


 っていうか、普通に友達の部屋の引き出し開けるってあり得ないからね。たっちゃんにだけだからね通じるのは。


 しかしよく見ると、当のたっちゃんはニヤニヤと余裕の笑みを垂れ流している。隠し場所に余程自身があるようね。まぁ、私にかかれば一発だけど。


「あれあれ?おかしいなー。どこにもない」


 雫も結構部屋をひっくり返しているが見つからない。

 たっちゃんの顔は先程よりも深くニヤニヤと顔を歪めている。


 ちょっとムカつくわ。しょうがない、雫に手助けしてやるか。


「このエロ猿の事だからここに隠してるわよ。あれ、鍵がかかってる。えーと鍵はこの辺においてるのかな。あ、あった。あとはこの引き出しの中に……本のあいだが怪しいわね。これかな?ほーらやっぱりね私の思った通りだわ」


 キョトン。という表現がしっくりくるだろうか。たっちゃんは何が起きたのか理解できずに立ち尽くしている。


 恐らくこれだけじゃなくて、もっとありそうね。この辺かな……


「ここも怪しいわね。あった。TE○GA?よくわからないけど、エロいものに違いないわ」


 既にたっちゃんのニヤケ顔はどこにもなく、半開きの口、泣きそうな目、あぅあぅと言葉にならない呻きを発していた。


 ちょっとやりすぎたかも。たっちゃんに悪い事したわね。


「たっちゃん……巨乳看護師に痴漢電車……これでピーしてるんだね」

「お前ら誤解してるぞ。これは全て蓮から借りてる物だ。こいつがどうしても見てほしいって言うからだな……」

「はぁ!?おまっ、何言ってんだ!」


 開き直ったたっちゃんは蓮を巻き込み始めた。ゲスいわ。


「そんなわけないじゃん」

「れんちーはそんなの見ないよ」


 私と雫は同じ意見だ。蓮はこんなの見ないでしょ。


 そう言えば、もう外は暗いわね。遅くなるとあれだから、そろそろ花火やらなきゃ。


「ねぇねぇ。たっちゃんのことはもういいからさ。皆で花火しない?」

「さんせーい!!」

「花火?」

「うん。雫だして」

「じゃじゃーん。ななみんと一緒に買ってきておいたんだー」

「準備がいいな」

「だそだそー。ほら、れんちー行こっ」


 雫は蓮の手を取り、部屋を飛び出していった。


 本当にあの二人は仲良いわね。躊躇なく手を繋げるんだしもう恋人じゃん。早く付き合っちゃいなさいよね。


 ドタバタと二人が去っていった後、部屋には静寂が残された。


 扉から視線を外すと、たっちゃんと目が合った。別に不思議なことではない。目の前に座ってるんだから。


 不思議と何故か、たっちゃんから目が離せなかった。


 たっちゃん……やっぱりカッコいいなあ。私もたっちゃんと手を繋ぎたい。おふざけ無しで恋人みたいにさ。


 おちゃらけた雰囲気捨てたたっちゃんの穏やかな眼差しは、容赦なく私のハートを射抜いてくる。


 たっちゃん……好き。昔からずっと好きでした。えっちなたっちゃんも、真剣なたっちゃんも、全部好き。だから私と……


「……俺らも行こーぜ」


 え!?ちょっと待って。

 急に差し出されたたっちゃんの右手。

 いつものたっちゃんからは考えられない行動に困惑する。


 まさかたっちゃんからそんなこと言ってくれるなんて……


 どうしよう。どうしたらいいの!?

 たっちゃんの顔は至って真顔で、普段のふざけている感じではない。


 「大丈夫。俺を信じて手を繋いでくれ」と言われている様な……たっちゃんの真剣な眼差しに背中を押されて、私は口を開いた。


「……うん」


 たっちゃんの手をそっと掴む。


 その手は大きく、私の手は簡単に包まれた。


 今まで感じたことが無い感情の高ぶりを感じる。手を繋いだ事は何度もある。だが、今回はこれまでとはまるで違う。

 お互いの気持ちを繋げる為に手を握っている感じだ。


 どうしよう……恋人みたいに手を繋いじゃった。恥ずかしい……でも、凄く嬉しい。


 どんどん体が熱くなっていく。

 自分がどんなに顔をしてるのか分からず、ついつい顔を俯せてしまう。


 私の気持ちを知ってか知らずか、たっちゃんは私の手を引き部屋から出た。


 たっちゃんは全然平気なの?

 私だけだろうか、こんなにも緊張してるのは!?私は一体どうしたらいいの。


 そうだ、こんな時こそ平常心よ。何か別のことを考えるのよ!


 しかし、体は強張り、手の平は汗ばんでいる。控えめに絡まった指は接着剤でくっつけたかのように微動だにしない。


 とてもじゃないが冷静でいられない。


 それもそうか。これまで何年間も付かず離れずの曖昧な関係だったのが、急接近したのだから。


 そうだ、私はこれをずっと望んでいたんだ。


 私とたっちゃんに会話は無い。狭い廊下には床の軋む音だけが聞こえる。

 

 横目でたっちゃんの顔を見上げる。


 ……カッコいい。クールな顔付きはめっちゃカッコいい。ずっと手を握っていたい。


 恥ずかしさやら、緊張やらで思考が追いつかない。


 そんなとき、私は雫と蓮の声で我に返った。


「早くやろう……ぜ!?」

「え!?え……えーー!!」


 大きな声に驚き、顔をあげて辺りを見回す。私達は既に庭に着いていた。


 ドッキリを仕掛けられたかの様な驚きのリアクションをする雫と蓮。

 視線の先には私とたっちゃんがいるわけだが、一体どうしたというのだろうか。


 ………………あ、手を繋いだままだ。それのせいか。


 不味い!非常に不味いわ!


 私は振り払う様に手を離し弁明する。


「ちち違うのよ!こ、これは間違えたの!」

「そうだ!間違えて手を繋いだんだ!」


 間違いて手を繋ぐって何よ。自分でも言ってて意味わからん。

 このままでは勘違いされてしまう。


「むっふー。いいのいいのーわかってるんだから。あんたら付き合ったのねー。さっき二人きりの時にハグチューした?」


 付き合った?ハグチュー?そんなこと出来るわけないじゃない!


 案の定誤解された。どうしよう、どうしよう!


「ばばばばば馬鹿なこと言わないでよ!そんなことするわけ無いじゃない!」


 思いのほかどもり過ぎた。ハグチューを妄想してしまったからか!ハグチュー……したいけどさ。


 私にそこまでする勇気は無いわよ!


「ふーん。そうなのね」


 そっけないセリフを吐いたかと思えば、口角を吊り上げて、ニンマリとした顔で近づいて来る雫。

 

「でもやっぱり証拠が欲しいよね!」


 証拠?何を……言ってるの?


 脳が警告する。雫を近づけては駄目だと。


 しかし、思いに反して体が動かない。雫を止めようにも、言葉が出て来ず、口だけがパクパクと上下する。


 過去の経験上、こんな時の雫は危険信号だ。何をするかわからない。


 しかし、今の私とたっちゃんは、さながらまな板の鯉。どうすることも出来ない!


 ゆっくりと近付く悪魔。


 そして遂に、悪魔の攻撃射程に入った。


 何やらモソモソと動き、たっちゃんを縁側階段から一段降ろしている。


 一体何をしているの?


 そして、こうするのが当たり前と言わんばかりの自然な動作で、悪魔は我々の腰に手を回してきた。


 悪魔の腹部から発せられたふんっ!という声と共に、私とたっちゃんは腰に悪意の力が加わる。これにより、無理やり体がたっちゃんの方へ引き寄せられていく。


「あっ……」


 反射的に半開きの口から声が漏れ出た。


 気が付けば私の体はたっちゃんにくっついていた。ぴったりと。


 え!?ちっ、ちょっと……嘘でしょ!?

 ああああぁぁーーーー!!


 やばい!やばい!無理!


 それだけでも理性が飛ぶには十分だが、問題はさらに別のところにあった。


 それはたっちゃんの唇との距離だ。


 正直キスしたかと思うほど近い。近いってもんじゃない。私とたっちゃんの息遣いが混ざり合うのを感じる。


 高鳴る鼓動すらも重なり合い、私はたっちゃんと一つになっていた。 


 さっきまで手を繋いだだけで舞い上がってたのだ。こんな状況処理できるはずがない。


 恥ずかしすぎて死んでしまう。


 そのまま私の肉体と精神の回路はショートした。


 しかし悪魔の攻撃は終わらなかった。


 テキパキと私の手を動かし、たっちゃんの背中へ回す。同様にたっちゃんの手のひらも私の背中に添えられた。


 そこで本日二度目のふんっ!


 たっちゃんの掌から力が伝わり、まるでたっちゃんから思いっきり抱きしめてくれたような錯覚に陥った。


 っあ……嘘っ!?え!?え!?


 全然違う。さっきとは全然違う。


 唇の距離も縮まった。残す隔たりは薄皮一枚分のみ。後頭部を指先でツンってされるだけでキスしてしまう。


 さすがにこれ以上は無理……


 全身をギュッとされたことで、私の回路は完全に焼き切れた。修復フノウ……シュウフクフノウ……


「あばばばばばば」


 私は正気を失い、奇声をあげながら地面に倒れ込んだ。


ーーー


「起きたか。さっきはその……悪かったな」

「たっちゃん……」


 縁側で横になっていたんだ……


 枕代わりにソファークッションが頭に敷かれていた。


 そのまま上体を起こしてたっちゃんを見つめる。すると、たっちゃんはバツ悪そうに私から顔を逸した。


 この反応からして、さっきの出来事は夢じゃなかったのね。


 鮮明に覚えている。匂いや感触、温もりに感情も。思い出しただけで恥ずかしくなってきた。でも……最高だったかも。


「私どれ位寝てたの?」

「15分位かな?そんなに時間は経ってないぞ」

「そっか。私の方こそごめんね。なんか……くっついたりして」

「ばっか……おめぇは悪くねぇよ。それに…………俺は嬉しかった」


 ん?最後の方声がちっちゃくて聴こえなかった。ゴニョゴニョと…何か嬉しいとか……


「ななみんー。ようやく起きたんだね。ごめんね、あんなことして」

「雫!あんた本当にもー!いい加減にしてよね」

「ごみん、ごみん」


 意地悪そうに、笑顔でウインクしながら謝る雫。


 本当に悪いと思ってるのか?


「おーい。奈々実大丈夫か?そろそろ花火しよーぜ」


 ちょっと離れたところから蓮が呼びかけた。花火をしたくてウズウズしている感じだ。

 いつもは大人っぽくクールだが、こういう部分は子供っぽい。


 「私は大丈夫よ。花火やろ」


 皆には悪いけど、少し寝てスッキリした。


 私は勢いよく飛び起きて、たっちゃんの手を握り、引っ張りながら蓮の居るところに向かった。


 蓮と雫、そしてたっちゃんも少しギョッとした顔をしたが、私はもう気にしなかった。


 こんなのは勢いよ!恥ずかしいと思うから、恥ずかしいのだ。


 それにさっきはもっと凄い事したんだから、これくらいへっちゃらよ。今度はたっちゃんの手の温もりを、めいっぱい感じてやるんだから。

 

ーーー


 花火もたけなわ、残すは線香花火のみとなった。


 いやー、凄い楽しかったわ。本当に。

 特に蓮のネズミ花火捌きは凄かった。あんなの誰も真似できないね。


 物凄い盛り上がりを見せた花火大会も、これで終わりかと思うと物寂しさを感じる。


「最後は線香花火だよー」


 雫が袋を開けて、皆に線香花火を手渡していく。


 蓮が、火着けるぞと言いながら、手元のライターでそれぞれに火を灯してくれた。


 私は昔から線香花火が好きだ。何故だろう?


 他の花火とはテイストが違う。開発した人は本当に凄いと思う。


 チリチリパチパチと控えめな音、その音を表すように小さくこじんまりと輝く火花。儚くも力強く感じるのも好きだ。


「……また集まりたいな」


 蓮が唐突に口を開いた。

 静かになった空間に蓮の声が浸透する。


 やっぱり蓮ね。


 いつも最後に皆をまとめるのは蓮だ。大体最後に良いことを言って締めてくれる。


 暗い外庭で線香花火を摘みながら、蓮の話に耳を傾けた。


「俺たちは線香花火と一緒だ。普段は一人で火花を散らしてるけど、こうして……」


 蓮は手持ちの線香花火花火をゆっくり移動させ、隣の雫が持っている線香花火にくっつけた。


「あっ……れんちーなに?私と合体したかったの?」


 蓮は合体という単語に反応した。

 少し困った面持ちで話を続ける。


「いや……つまり、線香花火の様に互いにくっつくと、より大きな火花を散らす事ができる。四人でくっついてる今が一番輝いてる」


 今が一番輝いている……か。

 久しぶり集まったからこそ、しみじみに感じるところがある。


「そうね……小さくなった火花にはくっついて助けることもできるわね」

「皆でくっついて仲良く生きるのだ!」

「蓮……言っとくが、中坊の時のお前は四人分の大きさだったぞ」

「「確かに!!」」


 たっちゃんの言葉に私と雫は笑いながら納得した。

 あの時代も、今となれば懐かしいわ。 


「む昔のことはいいだろ!つまり、俺が何が言いたいのかと言うと……お前らは最高ってことだ!」


 よっぽど恥ずかしかったのか、顔を隠すように横へと向けた。


 わざわざ言わずとも良いのに。それを言うのが蓮なのだ。


 そう言えば中学の時も同じように、お前らは最高だとか言っていたような……


 案外中身は変わってないのかもね。私達も含めて。


「当たり前のことわざわざ言うなよ!聞いてるこっちが恥ずかしいわ!」

「良いじゃない別に。でもちょっと恥ずかしいわね」

「れんちー恥ずかしい」

「う、うるさい!別にいいだろ」

「あ……」

「雫どうかした?」

「私の体、れんちーに食べられちゃった」


 変な言い回しをする雫の手元を見てみると、火種がごっそり持っていかれてた。


 確かに食べられてるわ。


「お前毎回変な言い方するんじゃねーよ」

「私の体、全部れんちーに食べられました」

「ごめん雫」

「謝るなら責任取って」

「……たっちゃん。私の線香花火にくっつく事を許可するわ」

「おめーも冗談に乗っかってんじゃねぇよ」


 私もつい変なことを言ってしまった。普段は絶対にそんなこと言わないのに……


 何だか大人の階段を駆け上がった気分だ。何も成し得てないのに。


 花火、本当に楽しかったな……


 いや、このメンバーなら何をしても楽しいか。また集まって何かしたいな。


 こうして、線香花火と共に高二最後の夏が過ぎていった。


 夏と言うには少し肌寒いが、思い出を美化するためにそういうことにしとこう。

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