櫻井奈々美①


「はぁ」

「何よそのため息は。モテて大変ですってか」

「はあ?そんなわけないじゃん。別に何でもないわよ」


 朝の教室、ホームルームが始まるまで、30分以上時間がある。

 教室内には何人かのクラスメイトが居るが、まだ早い時間の為閑散としている。


「昨日あんたに告ってきた後輩の男の子。可愛かったなー。鈴木君だっけ?もったいないなー。私ならペロっと食べちゃうのに」

「ちょっと愛理、あんた見てたわけ!?もぉー人の恋路を覗き見ないでよー」

「私の生きがいはこれしかないのよ」

「もっとちゃんと生きなさい」


 私は正面の席に座る愛理と雑談をしていた。愛里とは高校で知り合った友達で、高一の時に同じクラスになり仲良くなったのだ。


 それにしても暇だ。


 普段はもう少し遅くに登校するのだが、生徒会の集まりがあった為、その役員である私と愛理は早くに登校していた。

 その集まりも幾分早く終わり、こうして教室で暇しているのである。


「ところで、文化祭は奈々美もクラス以外で何かするの?」

「うーんどうだろ、いちおバレー部の春香に誘われててさ。もしかしたらダンスするかも」

「えー、いいなー。私もダンス踊りたいー!!」

「愛理は生徒会で裏方担当するんだもんね。可哀想な子」

「酷い!会長に賄賂渡して奈々美も裏方に引き込んでやる!」

「鬼か!あんたの方が酷いわ!」

「で、何踊るの?」

「まだ全然だよ。いちお候補として、人気の踊ってみた系の動画からいくつかピックアップして、メドレー風に踊っていくってのが有望かなー」

「うぉー!あちーすなそれ。私踊りたいの10個位あるかも」

「だからあんたは雑用のゴミ拾いでしょ」

「殺す。私の殺人ノートに奈々美の名前を書くことが決定した。死に方は選ばせてあげるわ」

「いやいや怖いって!しょうがないなー。私から会長に言ってみるわ。愛理を裏方から外す様に」

「ふん!同情するなら金をくれ!」

「じゃあ言うのやめるわ」

「うわーん、ごめんよ奈々美ー!今まで犯した罪を償うからどうかお願いしますー!!」


 私達がどうでもいい会話をしている間に、大分クラスメイトが揃ってきた。そしてそこへ、見慣れた影が入ってきた。


「あ!たっちゃんどうしたの?あんたが遅刻しないなんて」


 今教室に入ってきたのは一条竜也。

 家の近くに住んでいて、小さい時から一緒に遊んでいた幼なじみだ。

 

 それにしても、たっちゃんがこんな早く来るなんて雪が降るのでは?


 そう思うほどこいつはだらしない。こいつを注意出来る者は、この学校には私しかいない。だから喝を入れねば。


 私は無遠慮にたっちゃんに近付き、目の前に立って口を開こうとしたその時。


「おう、おはよう」


 と素っ気ない挨拶と共にスカートを思いっきり捲し上げられた。


 死角はない。全方位からパンツが見える完璧な手腕。


「きゃぁぁーー!!」

「白か」

「こんの、ど変態野郎がーー!」

「げふぅぅ!!」


 私の放ったボディーブローが華麗に突き刺さり、身をよじらせるたっちゃん。


 既に教室には殆どの生徒が揃っている。クラスの男子にパンツを見られたと思うと恥ずかしくて穴があったら入りたい。ありがとうとか言っていた変態も居るし。


 今日はどのパンツを履いていただろうか……確か新しく出したばかりの物だったと思う。うん大丈夫だ。いや、大丈夫ではない。


「あんたいい加減にしてよね!いつもこんな事して!」


 私は制服のスカートを手で抑えながら声を張り上げる。

 この一週間以上何もしてこなかったから油断していた。たっちゃんはいつも変なことをしてくるから普段は警戒してるのにくそー。


 しかしこれで終わりでは無かった。

 たっちゃんは素早く立ち上がると、私の背後に回り込み、両脇から手を差し込むと……

 むにゆ、もみもみ

 大きく広げた手が動き、私のおっぱいの形を好き勝手に変えていく。


「きゃ!?何すんのよーー!!」

 

 直ぐに手を振りほどき、みぞおちに正拳突きをくらわした。たっちゃんはさっき以上に身をよじらせた。とっても苦しそうである。


「み、みぞおちはやめろ。し、死ぬ」

「ふん!あんたが変なことするからよ!」


 あ、焦った!

 まさかおっぱい揉まれるとは思わなかった。


 しかも結構しっかりと揉まれたぞ!


 ブラ越しとはいえ、おっぱいの先端に刺激が伝わり……かなり焦った。変な声でなかったかな……


 たっちゃんがおっぱい揉んでくるのは初めてじゃないけど、いつも唐突過ぎるのよこいつは!ちゃんと申告してからにしてよね!


 キーンコーンカーンコーン


 そこで始業のチャイムが鳴り、担任の先生が扉を開けて教室に入ってきた。


「皆席につけ。お、竜也。お前が遅刻してないなんてな。偉いぞ」


 私は妙に恥ずかしい気持ちをおさえながら、そそくさと席に戻った。


「おかえり。たっちゃん最高だね。あれぐらいはっきりとアプローチしてくる男はいないよー。さっさと付き合いなさいよね」


 席につくと、前の席の愛里が体を捻り、顔を近づけコソコソと話しかけてきた。


「もぉーやめてよー」


 私はまた恥ずかしくなり、顔を隠すように机に突っ伏しうねり声をあげるのだった。


ーーー


 キーンコーンカーンコーン


 4時限目が終わり昼休憩時間がきた。

 教室の生徒達は思い思いの時間を過ごし始める。


 ごはんーごはんー


 お、早速雫からスマホにメッセージが来た。

 雫とは小学校からの友達で、昔から仲が良く一番の親友である。


"そっちの教室にする?それともこっち?"


 そっちに行くよーっと。


 私は雫に返信して、カバンから弁当箱を取り出し、愛里と一緒に5組の教室へ向かった。

 

ーーー


「物足りないぜよ」

「雫食べるの早っ!結構量あったよね!?」

「大食い系で動画配信しよーかな……ぜよ」

「大食いを甘く見すぎだろ。あとぜよの使い方違うぜよ」

「何で土佐弁が二人もいるんだよ…………ぜよ?」

「ちょっと、せめて疑問形やめてくんない」


 5組の教室で、私と雫と愛里と夏夜の4人で食事をしていた。夏夜も愛里と同じく、高校に入ってから知り合った友達だ。


「急に土佐弁流行らせないでよね。って雫カード出さないで!」

「まあまぁななみん、落ち着きなさい。食べ終わって暇だから誰か占ってあげる」

「ひぃー!雫待って、あんたの占い洒落にならないから!」

「まぁまぁ、あいりん慌てなさんな。かよちゃんを占うから」

「ちょっと待って、私!?そうだ!せめてご飯食べてからにしない?ほら、心の準備も必要だし」

「まぁまぁかよちゃん安心して。私はご飯食べ終わってるから」


 お前じゃねーよ。私が食事中なんだよ!


 と雫は夏夜にツッコまれながらもカードを器用に捌いていく。こうなっては駄目だ。誰も雫から逃れられない。


 雫は占いが好きだ。只の好きじゃない。超好きだ。


 小学生の時はまだ可愛いものだった。朝のテレビで見た占い結果に一喜一憂して、ラッキーカラーやラッキーグッズを身に纏い、持ち歩く姿は何とも可愛らしかった。


 しかし徐々に雫は、自身で占えばいいのでは?と思い勉強を始めた。勿論全く悪いことでは無い。誰にも強要せず、一人で暇なときにやる趣味の様なもので、寧ろ雫は無害な小動物であった。


 だが現在。完成された雫は小学生のときとは違う。海外から取り寄せた怪しげなカードで、100発100中の制度で当ててくる。本人曰く、100%ではごさいませんわ。と言ってるが、皆の反応を見たらおわかりだろう。


 良い結果が出れば嬉しい。

 悪い結果がでればひたすらきつい。


 それだけなのだが、以前雫が夏夜を占った際に、財布無くすって言われて本当に無くしていた。その時の夏夜は、死んだ魚の様な目をしていたのでよく覚えている。私はそんな目をしたくないと思ったものだ。


「ふんふん、なるほどですな」


 雫の占いは続いている。それを見守る我々はご飯どころではない。


 すっかり手が止まり、箸を弁当箱に置き固唾をのんで見守っている。


 そして雫は1枚のカードを、人差し指と中指で軽く摘まみ、カードの束から取り出して凝視する。結果が出たようだ。


「…………ちょっと言いづらい」

「な、何!?私はどうなるの?」


 夏夜は居ても立っても居られず、雫に詰め寄った。私と愛里はゴクリとツバを飲み込み結果を待った。


「お願い言って。私は大丈夫だから。さぁ来い!」


 夏夜は何度か深呼吸して、心を落ち着け心臓に膜を張った。その目は達観しており、ちょっとやそっとでは心に傷を負うことは無いだろう。これなら大丈夫そうだ。


「3日以内に財布無くす」


 その後、私は夏夜の目を見ることが出来なかった。

 

ーーー


「お、きたね。こっちこっちー」


 ある日の放課後、私と愛里は教室で駄弁りながら手作業をしていた。


 教室には私と愛里しか残っていなかったが、そこに新たな二人の人影が教室に入ってきた。雫と夏夜だ。


「やってるねー。やりまくって大変だね!」

「ミサンガってまじかー。なんで急に?」


 私と愛里は手を止め、雫と夏夜に体を向けた。


「ガンガンやってるよー!見てよこの欲望が絡まりまくって出来た作品を」

「愛里も変なこと言わないでよ。何かさ、急に作りたくなったんだよね」


 作り始めたのは私だ。

 私の好きな動画配信者の中に、カップルで動画を上げてる人がいて、その二人がミサンガしているのを見て欲しくなったんだよね。


 たっちゃんにプレゼントしたいな。


「そうかそうか、欲望の多い女は辛いな」

「ななみんはそんな欲望モンスターじゃないもん!えぇと、何のモンスターかって言うと……そ、そうだ、怪力……うん。怪力モンスターだもん!」

「愛里、あんたの絶対に殺すノートに雫の名前入れといて」

「そんな物騒な名前じゃねーし!」


 私達は喋りながら机をくっつけて、さっきより広い作業場を確保した。


 皆席につくと、懐かしいなーと言いながら色を選び糸を手繰り寄せていく。


「ちょっと楽しいな。こんなの作るのも」

「昔よく作ったよね」

「でも、ただミサンガを作るだけじゃないんでしょー?奈々実、誰に渡すつもりか知ってるけど教えてよ。言わないと私と夏夜が敵に回るわよ」


 愛里は鋭い目をして私を睨みつけた。

 私とたっちゃんの関係は皆に知られている。恐らくそれを言ってるのだろう。気持ちをはっきりとさせろと。


 私はたっちゃんの事が好きだ。小さい時からずっと好きだ。しかしたっちゃんが私の事どう思ってるかは分からない。


 二人の時には余りそういう雰囲気に結び付かず、たっちゃんの気持ちを推し量ることが出来ない。


 今の親しい友達から、恋人になれたらどんなに嬉しいことか。だが、なり方が分からないから困っているのが現状だ。

 

「…………たっちゃんに渡したいなーっと思ったり、思わなかったり……」

「本当に渡すのね?もし渡さなかったら私がたっちゃんに告白して付き合うからね」

「それだけは止めて!」

「何でー?たっちゃん強くてカッコいいし、それにきどってなくて女子から結構人気あるのよ。いつ誰と付き合ってもおかしくないわ」

「あんなにエロいのに人気あるの?」

「そこも結構魅力なのよねー。草食より良くない?どうせ付き合ったらおっぱいなんて彼氏のものなんだし。あれだけはっきりしてると寧ろ清々しいわ」


 愛里からの告白に衝撃を受けた。

 たっちゃんは誰とも付き合わないと思っていた。いや、付き合えないと思っていた。エロいしバカだし。


 だがまさか人気があったとは……

 たっちゃんが誰かと付き合う………?


 そう考えた時、心の底から物凄く不安な気持ちが膨れ上がり、絶望的な気分に陥った。


 誰かとイチャつきながら登下校し、イチャつきながら廊下を歩き、イチャつきながら昼ご飯を食べている姿。たっちゃんの腕の中には私じゃない女がいる。

 

 そしてそれを遠くから見つめる私。


 …………そんなの耐えきれない。


 自分がこんなにたっちゃんのこと好きだったのかと改めて思い知らされた。


 かといって、私も雫みたいに積極的に攻めることができるだろうか……


「具体的にどうするのがいいかしら?誰かアドバイス頂戴!」


 愛里の話を聞いて私は決心した。

 私がたっちゃんと付き合うんだ!と。


「やっとその気になったわね。いいわ!私達彼氏いない三人組が、奈々実をハッピーエンドへと導いてあげる!」

「その決めゼリフ不安しかねー」

「夏夜、それは言わない約束だよ」


 相談しないほうが良かったかもしれない。


「では奈々実にこれだ!ってアドバイスある人いる?」

「はいはーい」

「愛里さんどうぞ」 

「すっ裸になっちゃえば?トイレにでも連れ込んで、服脱いじゃえ!」

「あいりん天才かも」


 いや雑!雑すぎるでしょ!


「愛里よく考えて、それだと私が只の痴女じゃない?」

「でもたっちゃんになら、この方法は固いと思うよ」

「あいりん天才か!」

「雫は黙ってて。それだとしても……脱ぐのはもうちょっと前置きが欲しいというか……」

「うるさい!ごちゃごちゃぬかすな!考えるな、脱げ!」

「ぬーげ、ぬーげ、ぬーげ」

「…………」


 私は静かにガムテープを取り出すと、そっと雫と愛里の口を閉じた。この危険物を世に出しては駄目だ。有害極まりない。放射能マークも書いとこうかな。


 私がせっせと二人の拘束に勤しんでると、夏夜が口を開いた。


「やっぱり先ずはデートだよね。取り敢えず二人っきりの時間を長く作るの。内容は何でもよくて、アイス食べに行こーでも、映画見に行こーでも、公園散歩しよーでも、とにかく少しでも二人でいる事が大事よ」

「夏夜……」

「後このミサンガもたっちゃんみたいなタイプは喜んでくれると思うわ。いい雰囲気だなーって思うときに渡しなさい。普通のときじゃないのがミソよ」

「夏夜……私の味方はあんただけだよ」


 やっぱり持つべきものは友達だね。こんな真剣に考えてくれるなんて。あ、本当に嬉しくて少し涙出ちゃった。


「モゴモゴ!モゴモゴのモゴモゴー!!」

(奈々実!騙されないで!そいつは只の偽善者よ!)

「モゴモゴ!」

(そうだ!)

「モゴモゴ、モーゴモゴモゴ!!モゴモゴモゴ!」

(羊の皮を被ったビッチめ!私は誤魔化されないぞ!)

「モッゴ!モッゴ!モッゴ!」

(ビッチ!ビッチ!ビッチ!)


「…………奈々実ここって4階よね?」

「うん」

「手を縛られた人間が、4階から落ちるとどうなるか見てみたくない?」

「一度でいいから見てみたいわ」


「「モ、モゴーーー!!」」

((や、やめてーーー!!))


 身をよじらせながら夏夜から遠ざかっていく雫と愛里。


 私はそんなどうでもいい光景から目を反らし、手元の糸を見つめていた。


 はぁ、たっちゃんと付き合いたい。

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