工藤蓮③-2


 肉パ当日、土曜日


「お前らおせーぞ。肉は待ってくれないんだぞ」


 時刻はPM6:30

 丁度お腹が空き始めた頃、女子4人が竜也の道場に顔を出した。


 俺達男子4人は先に集まり、長テーブルの配置やカセットコンロを出したりと、下準備を終えていた。


「ごめんごめーん。待たしちゃったわね」

「れんちー、皆、やっほー」

「ここが噂のたっちゃん道場かー」

「結構広いんだな」


 私服姿の女子登場により、ざわつくマー坊とかっちゃん。あんまりジロジロ見すぎて引かれない様に気をつけろよ。

 愛里と夏夜は道場に来るのは初めてだったのか。

 二人は道場内を物珍しそうにキョロキョロと見回している。


「これ追加の買い出し分だけど、何処に置こうか?野菜とかスイーツとか飲み物とかね」

「お、おう。色々と買ってきたんだな」

「やっぱ女子呼んで良かったな」

「全くだぜ」


 奈々実はテーブル上に並んでいる食材を一瞥すると、ため息混ざりに口を開いた。


「あんたら肉だけしか用意してないじゃない。飲み物もコーラだけって……信じられないわ」

「男子ってやべーな!ねぇ、あいりん!」

「でもやっぱ男なら肉食っしょ」

「男子をあんまり攻めるなよ。可哀想だろ」


 確かにこうしてみると偏ったメニューだな。

 これまでの肉パは、肉モリモリ、たれドバドバ、白米ドーン、コーラで頭がパーン、で完結してたからな。野菜?なにそれ美味しいの?って具合である。


「はいはーい。私料理作りたい」


 雫は食材を見つめ、そわそわしながら料理長に志願した。雫なら料理得意だし適役かもな。

 俺達だけだと調理はマー坊の役目だ。実家が焼肉屋なので、肉の扱いには長けている。


「雫が“焼き”に回ってくれるなら安心だな。俺は最初ブースに入るから、誰か雫と一緒手伝ってくれよ。一人じゃきちーぞ」


 マー坊の言う通り、この人数分を一人で準備するのは大変だよな。


「それなら蓮が入れよ」

「蓮で決まりね」

「寧ろそれ以外無いだろ」


 まぁそうなるよね。俺としては嬉しいけど。


「……雫は俺で大丈夫か?」

「もっちろーん。手とり、足取り、腰取り、色んなところ取り放題のサポート体制万全でやらしてもらいます!」


 女子達は何よそれー。あはははって笑っているが、その通りの意味だから。雫は冗談言ってないから。


 おいかっちゃん、その殺意抑えろ。中指立てるな。俺を睨んでもどうにもならんぞ。


 そんな様子でダラダラくっちゃべってると、痺れを切らした竜也が吠えた。


「おめーらいつまで喋ってんだ!とにかく腹が減ってんだよ。肉パ始めるぞ!!」


 竜也が開始宣言すると同時に、皆で握りしめた拳をあげて“おおおーーー!!”と元気な返事を返した。 


 こうして念願の肉パが開催された。


ーーー


「れんちー、2つのフライパンに油敷いて、強火でつけてちょーだい。先ずは腹ペコ恐竜達にお肉を与えないとねー」


 雫の指示に従って、フライパンを用意して火にかけた。すると雫は早く焼き上がりそうな薄めのお肉を投げ入れていく。

 そしてお肉を入れたかと思うと、既に玉ねぎを刻み始めており、スライスした玉ねぎを投下して、醤油、酒、みりん、砂糖を加えて蓋を閉めた。

 そして流れるように、ステーキサイズのお肉の下処理を始めた。


 入り込む隙がない。俺に何か出来ることは……


「れんちーは鍋にお湯を沸かしてくれる?それから白菜と人参を水洗いして、適当な大きさに切ってからボールに入れといてくれるかな?出来ればきのこも切っといてくれると助かりまする」


 よ、よし!やってやるぞ!


「雫の動きすげぇな。両手で別々の事しだしたぞ。見ろよ蓮の狼狽えよう。ちょっと可哀想だな」

「でも必死についていこうとしてるところが健気だよねー」


 そんな雫は次々と料理を仕上げていき、気付けば卓上はあっというまに大量の料理で埋め尽くされていた。

 マー坊の音楽も盛り上がりを見せ、会場は熱気に包まれている。


「ふぅー。れんちー、最後にハンバーグを作ったら、私達も食べようか?」


 俺は雫の提案に首肯する。

 雫との共同作業も終わりか。幸せな時間だったな。

 そして最後の調理をすべく、雫が準備を始める。


「ボールに玉ねぎと、あれと、これと、それを入れて……よし!じゃあ混ぜていこうか」


 雫はボールを俺の方へ移動させ、まぜ方を教えてくれた。

 手で混ぜるのか……お、結構難しいな。こんな感じか。


「もう少し力を抜いて、体重をかけるイメージがいいかも。腕だけだと疲れちゃうからさ」

「こうかな?」

「そうそう!れんちーいい感じだよ!あと改善するところは……」

「し、雫?」


 雫は突如俺の後に回り込み、腹部に手のひらをあてがった。


「気にしないでれんちー。力の入り方を調べてるだけだからさ」


 笑顔でそう言うと、雫は手に力を入れて、腹部を圧迫していく。


 指圧マッサージみたいだな。


 そんなことを考えてると、何だか雫の手の動きに違和感を感じる。

 ……徐々に下に移動している!?


 気のせいではない!

 素人は気付かないかもしれないが、俺には分かる。確実に雫の指はシークレットファンタジーゾーンへアクセスしようとしている。


 ちょ……まっ……ここで?


 俺が困惑していると、雫は自制心を取り戻したようで、首を横に振り煩悩を振り払った。

 雫はその勢いで両手を俺の腹部から離すと、少し恥ずかしそうに、明るい笑顔で話しかけてきた。


「れんちーどう?混ぜっ子ちゃんはできたかな?」

「あ、あぁ。チェックしてくれ」

「うん!ええ感じですぜ旦那」


 その後、ちょっとぎこち無い雰囲気はあったが、なんとか二人でハンバーグを作り終え、皆の下へと向かった。


 よし!いっぱい食べるぞー!


ーーー


 ある程度お腹が満たされた俺たちは、思い思いの歓談を楽しんでいた。

 マー坊はターンテーブルから離れ、バーベキューコンロで炭火焼きを始めている。

 煙で燻されたお肉の香りが会場に漂い胃袋を刺激する。第二回戦が始まりそうだな。


 そんな中、かっちゃんと愛里の姿が目に入った。

 

 道場の隅で身を寄せ合い、何やら秘密話をしている様だ。


 あいつら二人、あんなところで何してるんだ……

 混ぜるな危険の二人が道場の隅でモソモソと。怪しいな。


『見てよこれ。度数25%あるわ』

『待て、こっちは40%だぞ。高いのかよくわからんな』

『馬鹿ねあんた。高いに決まってるでしょ。できるだけ度数が高いので攻めるわよ』

『よっしゃ!それでどうやって皆に飲ませるんだ?』

『知らないわよ。あんた考えてよ』

『うーん、じゃあこうするのはどうだ。一人ずつ飲ましていくんだ。“友情に乾杯”とか適当な事言って無理やり飲まそう』

『まぁ方法は何でも良いわ。飲ませる順番は菜々美、蓮、夏夜、マー坊の四人からがいいわね』

『頭が固い連中を先に落とすわけか。良い作戦だ』

『かっちゃん、あんたただのアホだと思っていたけど、中々話がわかるじゃない』

『こっちのセリフだ』

『じゃあ男どもは任せるから頼むわね。いい?失敗は許されないわよ?』

『俺の辞書に失敗の二文字は無い。任せろ』

『頼もしいじゃない。私達でここをカオスに変えてやりましょ』

『あぁ、カオスという名の天国にな』

『全員服を脱ぎ捨て外国の乱〇パーティーみたくしちゃえば勝ちね』

『お前最高か。結婚しよう』

『バカ。さぁ作戦開始よ』


 あいつら二人、顔を突き合わせて笑いあってる。

 何やら不穏な会話をしていると思ったが、こうして見ると仲良さそうだな。

 邪魔しちゃ悪いし放っておこう。


--------


愛里視点


「夏夜ー何食べてるの?美味しそうだね」

「ミスジだ。愛里も食べるか?マー坊の焼き加減は最高だぞ」

「食べる食べる。ちょうだーい……うっま!くそ旨!」

「だろ?絶妙な焼き加減だよな」


 マー坊のやつDJも出来るし、肉も焼けるし中々使えるな。まぁ今はそんな事どうでもいい。夏夜に集中しよう。


「飲み物持ってきたよ。お肉とかなり合うから飲んでみて」

「ありがとう。ってこれ水?」

「水じゃないよ。デトックス水を辛くした感じかな?味はそんなに美味しくないけど、喉が焼けるような感覚が癖になるんだよねー。あ、一気に飲み干さないと効果は無いよ」※急性アルコール中毒の危険性を伴うので真似しないようにしましょう。

「よくわからんが……とりあえず飲んでみるか」


 ゴクゴク


「ッゲホ、ッゲホ、なんだこりゃあ?確かに美味しくないな。喉が焼けるようだ」

「ね、初めての感覚でしょ?次はお肉を食べながら飲んでみてよ。飲みやすくてハマっちゃうかもよ?」

「そうなのか?よし、試してみよう」


 お酒だと気付いてないのか。なんて初なんだろう。

 私は心の中で悪魔の笑みを浮かべたまま、夏夜にお酒を振る舞った。


「ああぁー!凄いなこれは。お肉と一緒だと飲みやすい。確かに、これは癖になりそうだ」

「この味がわかるなんて夏夜やるねー。じゃあ次はさ…………」


 ……やべ、やりすぎた。

 気が付くと夏夜はベロンベロンになっていた。


「ちょっとぉ〜聴いてれるの〜?」


 夏夜とは長い付き合いだが、こんなだらしない姿を見るのは初めてだ。

 いつもは毅然とした態度で隙がなく、私がちょっかい出そうものなら木刀で腕を折られていたのだが、今ならなんでも出来そうだ。

 テキーラショットが効果抜群だったわね。


「わたしだっってぇー。カレシほしいいのにいいー」


 そうなの!?

 夏夜が彼氏欲しいとは思わなかったな。これは意外な収穫だわ。てっきり剣道と結婚すると思ってた。

 そんな夏夜の本音に驚きつつも、私は本来の目的を遂行することにした。


「ねぇ、少し暑くない?夏夜の服暑そうだよ。脱いだら」

「あついよーぬごぉうかなー」


 さっき道場の窓の大半を閉めたのよね。熱がこもる様にしたのは良い考えだったわ。


 頭をフラフラさせながら夏夜はニットカーディガンを脱ぎ捨てた。キャミソールインナーとショートデニム姿になった酔っ払いの夏夜は色っぽく体をくねらせている。

 そのキャミ、エロいなー。つーか夏夜のスタイルやば。そのラインは反則でしょ。

 こうなってくるとデニム下のタイツが邪魔だな。太もも出せよ!


 私は容姿端麗な夏夜に少し嫉妬するが、今は私情を挟んでる余裕はない。次だ。


 一人だけ裸にしたら可哀想だし、取り敢えず夏夜はこの辺でいいだろう。


 マー坊が炭火で焼いた砂肝串と、焼酎のロックを夏夜の手元に置き、私は次のターゲットに向けて歩き出した。

 “こぉの組みあわせー、サイコーッス”と夏夜の独り言を背中で受け止め、作品の完成度に満足したところで、歩を早めて奈々実の下へと向かった。


ーーー


 奈々実はたっちゃんと談笑していた。

 さて、どうするか。


 私が奈々実に声を掛けられずに困っていると、向こうが私に気付いて声を掛けてきた。


「愛里食べてる?」

「もっちろん!肉パ最高だね!」

「そうだろう、そうだろう。これこそが至高にして最高ってやつだぜ。愛里はどの肉が一番好きだ?サシ(霜降り)も良いが、俺は赤身系の方が好きなんだよな。あと希少部位だから良いってわけではなく、安い部位にも良さがあって……」


 たっちゃんは誇らしげに首を縦に振りながら、肉について語りだした。

 ちょっと困ったぞ。こんなところで足踏みしてる場合じゃない。しかしこのままだとズルズルと長引きそうだなー。

 こうなったら、危険だが二人を相手に立ち回るか?


 私が究極の選択に迫られている中、奈々実と目があった。

 よく見ると奈々実も困った様子で私を見ている。


 成る程、奈々実もたっちゃんのどうでもいいお肉話を聴きたくないわけだ。これはチャンスだね。


「あー、たっちゃん?その話は後で聴くから、私と奈々実はお肉取ってくるね」

「そっか。今から盛り上がるところだったんだが……お肉の誘惑には勝てねーわな」


 たっちゃんの盛り上がりポイントがどこなのか正直気になるところだがそこは無視して、私は奈々実の手を引いてその場を離れた。


「ふぅー、たっちゃんは無視して私達で食べよーよ」

「愛里ありがとう。たっちゃんの肉話は正直面倒くさかったわ」


 私達はいくつかの食事を手に取り席についた。


「そう言えば夏夜と雫は?」


 おっと、今その二人を召喚されると不味い。


「んー、夏夜は何だか疲れたから、一人にしてくれって言ってたよ。雫は向こうで蓮とイチャイチャしてる」

「じゃあ放っておいたほうが良さそうね」


 オーケー、環境は整った。作戦開始だ。


「そう言えばさ。今日は何の日か知ってる?」

「え?今日って何かの祝日だっけ?ごめん、わかんないや」

「奈々実酷いよー。忘れないでよー。私の誕生日だよ」

「え!?そうだった?」


 奈々実は驚きの表情をした後、やや気まずい表情へと変わった。

 

 嘘だっぴょい〜ん。


 私の誕生日はまだまだ先だ。このまま罪悪感にさいなまれるといい。全ては我が手中よ。


「待って、あんたの誕生日は12月でしょ?」


 おう、まさか覚えていたのか。記憶の綱引きがお上手なのね奈々実さんは。


「12月も9月も一緒よ。人生という長い時間に置き換えると誤差範囲ってば」

「百歩譲って誤差範囲だとして、結局何が言いたいの?プレゼントは絶対にあげないわよ?」

「ぐっ、何だか負けた気分だ。奈々実のくせに生意気だぞ!」

「愛里の分際で生意気よ」

「あだだだーーー!!ごめんー!!謝るから許して!!ゴリラ女!!」

「最後に本音が出てるわよ?」

「間違い!何かの間違いです!この口め!何てことを言うんだ!」


 痛たいよー。

 奈々実から解放された私は、痛む頭を手で押さえてうずくまった。

 頭蓋骨が割れるかと思った。奈々実のアイアンクローは洒落にならん。

 片手で私を持ち上げるなんて、ゴリラ以外何者でも無いでしょ!


「まだ何か言いたげね」

「ひぃっ!何も言いたいことなどありません!サー!」

「ったく。で?話を戻すけど、結局何がしたいのよあんたは」

「私は、奈々実に祝ってもらいたいだけだよ。これで乾杯しよ」

「何よそれ。って、これお酒じゃない!?」


 流石にお酒だと気付いたか。気付かない夏夜がおかしいだけだよね。


「本当は皆で飲みたいけど、雫と夏夜があーだからね。お願いできるのは奈々実だけなんだよ」

「別にお酒である必要は無いんじゃない?」

「私が飲んでみたいの。こんな時にしか飲めないし、一人じゃ不安だから奈々実に付き合ってほしいの」


 こう言ったら絶対に乗ってくる。

 奈々実は友達を裏切らないからね。


「しょうが無いわね。愛里の誕生日って名目もあるし……いいよ、乾杯しよっか。言っとくけど、私はお酒なんて飲んだことないんだからね」

「やった!奈々実大好き!」

「とんだ悪友だわ」


 文句を言いながらも奈々実は優しく微笑んでおり、女の私でもドキッとしてしまう。

 悪魔に魂を売ってなければその微笑にやられていたね。

 逆にその横顔が美人過ぎてイラッとするわ。絶対に素っ裸にしてやる。


「じゃあ、私達の友情に乾杯!」

「愛里の誕生日に乾杯」


 ゴクゴク


「ぷはーーー。これだこれだ、ちきしょーめ。染みるわー」

「お酒ってきついわね。初めてはこんな感じなのかな。なんか愛里飲み慣れてない?」

「わ、私も初めてだよー。結構きついね!」


 っぶねー。素が出てしまったわ。

 しかしお酒は最高ね。酒の肴も充実してるし、私も楽しんじゃうぞー。


「お前ら何飲んでんだ?」

「たっちゃん!?これは……その」

「お酒だよー」

「愛里!?」

「良いの、良いの。たっちゃんも飲む?」


 たっちゃんが合流するのは想定内だよ。

 奈々実を説得した今なら大歓迎だ。


「酒?まじか!!飲む飲む。お肉と合うんだよなーこれが」

「よくわかってるじゃん、はいどーぞ」


 思った通り、たっちゃんはお酒を飲むことに抵抗ないと思ってたよ。


「たっちゃんも交えてもう一度乾杯しよっか」

「う、うん」

「私達の友情に」

「愛里の誕生日に」

「愛すべきお肉に」


「「「かんぱーい!」」」


 こんなに統一性の無い乾杯は初めてだよ。


「あーうめぇ」

「私はお酒苦手かも。あんまり美味しくない」

「初心者にはきついか。愛里、ウーロンハイとか或いは甘いやつあるか?」

「あるよー」


 私はたっちゃんの要望に答えるべく、四次元ポケットの中から大量の飲み物を取り出し、テーブルへ並べた。 


 お酒を数種類、ウーロン茶にカルピス、フルーツジュース各種、まだまだあるけど、これだけ揃えれば充分か。


「愛里、お前最高だな。めっちゃあるやん。それじゃあ奈々実が好きなのはこの辺かなー」


 たっちゃんに“お前最高の女だな”って言われた。イケメンにそんな事言われたら好いてしまうやろがーい。


 奈々実!こんないい男手放しちゃ駄目だよ!少しでも距離を開けようものなら私がそこに入り込んじゃうんだからね!


 それにしても、もう私の出番は無さそうだな。

 既にたっちゃんが優しくエスコートしながら、奈々実にお酒を飲ましている。

 奈々実も顔を赤くしながらたっちゃんとのお酒を楽しんでいるようだ。

 

 羨ましくなんかないもん!


 私の役目は終わった。後は時間が経てばカオスの完成だ。

 いや待て、かっちゃんはどうなってる。上手く蓮やマー坊に飲ます事は出来てるのか?


 あいつ口では“任せろ”と言っていたが、お酒を飲ますのに手間取っているかもしれない。もしそうなら私が手伝わないとね。

 

 かっちゃんを探すべく道場を見渡すと、彼の姿は直ぐに見つかった。

 そして私は驚愕の事実を目の当たりにすることになる。


ーーー


 別にCM挟まなくても良かったのに。

 気を取り直して状況確認だ。


 かっちゃんの両脇には、死体が転がっている。あれは誰だ?

 二つの死体にはおかしな点が一つあった。

 何故かその死体は、上半身は裸で下はパンツ一枚の姿で死んでいるのだ。


 私は不可解の元を探るべく、ポケットからテレスコープを取り出して覗き込んだ。


「まさかあれは……蓮とマー坊!?」


 事実を受け止めきれず、鼓動が早まっていく。


 しかし、私が見間違うはずもない。ボクサーパンツがマー坊で、トランクスが蓮である。

 マー坊……大きいな。あ、蓮の隙間から見えそう。ちょっと倍率を上げて……

 

「何かお困りですかな。麗しのマドモアゼル」


 !!!!


 突然背後から声を掛けられたが、私は何とか平常心を保ちながら、緩慢な動きでテレスコープを折りたんでポケットにしまった。


 ここで驚いては負けだ。冷静になれ。主導権を握らせるな!


「あら、かっちゃんじゃありませんか。こんなところで油を売ってて大丈夫なの?」

「見ての通りご心配に及ばず、やるべきことは終えてますゆえ。寧ろ愛里さん、貴方こそここで何をしてるんですか?目標は達成出来たのですか?」


 チラリと、横目で奈々実とたっちゃんを覗くと、笑いながら談笑しており、未だ酔っ払ってはいない様子である。 


「ほぼ……達成できてるわよ」

「ほぼ?ほぼとな!ハハハハ、貴方ともあろう者が、そんな言い回しをするなんて。見栄を張らずに、“達成出来ていません”と言えばいいものを。フハハハハハハ!カッコ悪いですな。フーーハハハハ!」


 私は唇を強く噛みしめる。

 なんなのこれ。なんなのこの屈辱は!!

 クソッ!クソッ!

 私が負けたのか?

 あり得ない。そんなことはあってはならない。


「一体どんな手を使ったの?何かインチキしたんじゃないでしょうね」

「インチキ?フハハハハ!これ以上喋ると品位が下がりますぞ。認めなさい。貴方は私より下だと。これしきの勝負で勝つことの出来ない私はただのメス豚だと」


 気付けば唇から一筋の血が流れていた。

 悔しい!認めたくない!


 私が……負けるなんて。

 精神が崩壊寸前だ……こんなことってありえるの?

 

「私が思うに、貴方は優しすぎる」

「私が優しい?」

「そう、悪魔と契約しているようだが、魂との繋がりを感じない。つまり、なんちゃって悪魔だ。私からしたらまだまだ初心者なのだよ」


 こいつは本当に何者なんだ?

 心の奥の深淵を覗き込めない。私ですら立ち入れない領域にいるっていうの?

 

「そろそろだりーわ。こっちは終わったぞ」

「だね。変な茶番振らないでよ」

「お前がCM挟んだり、望遠鏡出したりするからだろ」


 かっちゃんの素晴らしい働きにより、私達の作戦は90%完遂している。


 後は時が来るのを待つのみだ。

 この場はカオスと化すぞ。

 酒池肉林の境地にて快楽と随楽を繰り返す。混沌へ身を投じることで、群鶏一鶴へと成り上がるのだ。


 先ずは誰から襲ってやろうか。

 私とたっちゃんと奈々実の3Pでもいいな。

 こりゃあ堪らんわい。


 私が数十パターンの邪な考えをパズルの様に組み立てていると……


 バガーーン!!!


 突如爆発音が道場内に響き渡った。

 な、な、なんだーー!?何が起こった!?

 道場の入り口付近は粉塵が舞い、濃い霧が立ち込めている。


 割れて粉々になった入り口ドアを踏み越えて、一つの影が粉塵のカーテンを裂いて足を踏み入れた。


 一言で表すなら“核ミサイル”

 二言で表すなら“核ミサイル×2”


 そんな理不尽のオーラを何重にも纏った“理解不能”が姿を表した。


「君たち。もう夜だぞ?この辺で解散したらどうかね?」


 背筋が凍った。

 いや、そんな言い回しでは生ぬるい。それ以上の言葉を知らないが、とにかくやばい。


 自律歩行が不可能な程に足の筋肉が萎縮し、気付けば膝を付いていた。


 unknown(アンノウン)は顔こそ笑顔だが、全身から溢れ出る闘気が空間を歪ませ、鬼の形相へと姿を変えている。


「うぇぇぇーんん。怖いよー」


 私は身動きを取れずに、泣きながらおしっこを漏らしていた。

 隣にいたかっちゃんは気絶しながらおしっこを漏らしていた。

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