工藤蓮③-1
「ふぅーーー完成だ」
M17自動拳銃。これでもう3丁になるな。弾は……9×19mmパラベラム弾でいいか。備えあれば憂いなしってね。
ここは俺のワークスペース。
武器の制作や保管をする場所だ。
俺は弾丸のカートリッジをM17に差し込み、タンス棚の中へと仕舞った。
後は再生数と売れ行きだけチェックしとくか。
俺はオフィスデスクのイスに腰掛けて、卓上に置いているノートパソコンを開いた。
カチッカチッ、カタカタカタカタ、カチッ、カチッ
おぉ。前回撮影したククリナイフの製造動画伸びてるな。
次に……制作したオリジナルナイフ達はどうかなってるかな。
「めっちゃ売れてる!?遂に俺のナイフの良さ気付きだしたかのか!!………嬉しい」
俺はイスから立ち上がり、壁に掛けていたショットガンを手に取り、一つしかない部屋のドアを開けて外に出た。
外は鬱蒼とした森に囲まれており周囲に人気はなく、聞こえてくるのは風になびく草木の音だけ。
俺は今出てきたプレハブ小屋の裏側に回り込んだ。そこには射撃場を整備しており、遠くには丸形に切り取られた、大小様々な金属製の鋼板が配置されていた。
いやーこんなに売れたら作ったかいがあったもんだ。景気付けに一発かますか。ゴム弾だけどね。
あ、せっかくだし、さっきのM17の稼働性能も確かめとくか。
夕刻の薄暗い森。
乾いた破裂音が静かに響き渡った。
ーーー
「皆聞いてくれ」
「なんだなんだ」
「どうしたんだあらたまって」
「生理か?」
竜也は“なんだなんだ”と言いながら手元の牛丼をかっ喰らい。
マー坊は“どうしたんだあらたまって”と箸を置き真剣な眼差しを返し。
かっちゃんはアホだからどうでもいい。
まともなのはマー坊だけか。まぁいい。
「臨時収入が入った」
「…………おい、まさか」
「…………蓮、お前」
「…………いくら?」
竜也は牛丼に埋めていた顔を上げて俺に向き直り。
マー坊は話を察したのか驚いた顔をし。
かっちゃんは俺の話が続く事も読み取れず、話の腰を折り、質問してきたので無視だ。
「そのまさかだ。肉パするぞ」
俺の発言とともに会場(屋上)は熱気に包まれた。歓喜するかっちゃん、踊りだすマー坊、泣き出す竜也。大袈裟な奴らめ。
と言いつつも、俺の顔もだらしなくにっこりしている。
「肉が、肉が食えるんだな?そうなんだな?うぅ、ありがとう日本。牛だ!牛を食べるぞ!」
「うほーー!うほーー!」
竜也は嬉しすぎて泣きながら"牛がよー、牛がよー"と連呼して、かっちゃんは屋上の柵から外に向けて遠吠えをし、マー坊はどっちを宥めようかウロウロしている。
そして俺もだらしなくにっこりしている。
「いつも通り竜也の家でいいか?」
「あたぼーよ。道場を壊す勢いでやるぞ。つーか壊す!」
「お前それ、道場が嫌いなだけだろ」
「モモ、ロース、サーロイン……希少部位も欲しいな。蓮、上限は?」
「上限は無しだ。但し、少しくらいなら良いが残すのは厳禁な。まぁ竜也が居れば残ることは無いと思うが」
「見くびるな!!世界の牛の消費量の内30%は俺だぞ」
「たっちゃんが小学生みたいなこと言ってるぞー」
「牛一頭400万だとして……何頭買うかで計算したほうが早そうだな」
かっちゃんお前、どんなブランド牛を買うつもりなんだ。ていうか頭計算やめて。脳みそおかしくなっちゃうから。
不定期開催の肉パーティー。
全て俺の奢りにより開催されるこのパーティーは、俺の経済状況が密接に関係している。
俺は動画配信による収入や、自作ナイフ等を売って収益を得ているのだが、それにはバラ付きがあるし、それらを行うための出費もバカに出来ない。
しかし今回は、たまたまかなりの利益が出たので開催はすることにしたのだ。
すでに何度か開催しているので、この三人のテンションの上がりようは慣れたものである。
「前回はかなり楽しかったよなー」
「だな。今回はもっと楽しくしよう」
「マー坊がターンテーブルとごっついスピーカー持ってきたのは良かったよな」
「あれは間違いなく採用だな。マー坊の実力にも驚かされたよ」
他にどうしようか、何かいい案は無いか、逆に不必要だったものはあるか、等と議論は熱を増していった。
そしてふと気付いた。
かっちゃんが議論に参加してないのだ。
空気が読めないというより、周りの空気は自分の物だと言わんばかりに食べてしまうかっちゃん。口から発せられる言葉がクレイジー過ぎて、あの竜也ですらも一目置いている存在だ。
こんな話し合いか始まれば、真っ先にぶち壊してくる筈なのに一体どうしたんだ。
「かっちゃんどうかしたのか?さっきから黙ってるが」
俺は少し心配になり、かっちゃんへ話かけた。視線を落とし微動だにしないかっちゃん。大丈夫か?
そして俺の問いかけに反応したかっちゃんは、ゆっくりと頭を上げて俺達三人はを見渡しながら口を開いた。
「女呼ばね?」
一適の水滴が投下されると、さっきまで荒れ狂っていたみなもが嘘みたいに静かになった。
ピンッと糸が張られてるような緊張感が会場(屋上)を覆った。
今この瞬間、湖を支配しているのはかっちゃんだ。不用意に口を開こうものなら、即座に湖の水中深くへ引きずり込まれてしまうだろう。
一筋の汗が頬を撫でる。
だ、誰か居ないのか?どうする!?
「き、君は僕らの神聖な肉パを汚すつもりかい?」
上ずった声色で動揺を隠しきれない竜也が口を開いた。勇気を持って反論したことは賞賛に値するが、かなり気持ちを持っていかれているな。
「汚すだなんて心外ですね。私だって肉パを愛しているしリスペクトしています。私は考えただけですよ。どうすればより楽しめるのかを、ね。そして私の出した結論こそが、肉パのさらなる発展には必要不可欠なスパイスではないか、そう思い至ったわけです。そんな私を頭ごなしに"汚している!"と否定するなんて……そんな貴方こそが肉パを汚しているのではありませんか?高みを目指さない盲目的な竜也ボーイ」
「し、しかし!女子を招待するなど今までしたこと無いわけで……僕はただ、肉パが滅茶苦茶になってしまわないかが不安なだけで……」
「愚か!!愚かですよ竜也ボーイ。そもそも肉パは滅茶苦茶なパーティーでした。神が想像を絶する程に。それに私は言いました。スパイスを加えるだけだと。ベースは肉パです。根底から覆す話ではない。我々で味を調整すればいいのです。皆で力を合わせてより良い未来を築こうじゃありませんか」
「神父様の深い考えに感銘を受けました。ありがとうございます。僕は考えを改めます。あ、しかしながら一点懸念が。僕が全裸になって騒ぐ事ができなくなってしまいます。そこはどうしたらいいのでしょうか?」
「馬鹿者!!あなたの裸など誰がみたいものですか!男だけの聖域だとしても許される行為ではありませんよ!そこの貞操観念を改めなさい!」
「ははぁ。失礼しました」
竜也が落ちた。
かっちゃんは上手く竜也を自陣へ引き込んでいった。
これで2対2、どうするマー坊!?
俺はマー坊とアイコンタクトを送ると、マー坊は頷いた。マー坊はこんな時は頼りになるな。
行け!マー坊!現状を打開してくれ!
「かっちゃん、一ついいかな?」
「うるせぇ!女っ気の無いお前の意見は聴かん!そこで黙ってマスかいてろ」
話かけた瞬間に心臓を杭で貫かれた。
酷い!せめて話は聴いてくれよ!
そのまま何も出来ずに、マー坊は灰になって崩れ落ちた。クソッ!これで2対1か!
二人に睨まれた俺は精神的に追い詰められていく。
どうすればいいんだ!?
俺が肉パを守らないといけないのに、何も思いつかない!
かっちゃんはそんな俺の動揺を見逃さない。直ぐ様次の行動を開始した。
「蓮、最近雫と上手くいってるか?」
「俺と雫の問題だ。お前には関係ない」
「お前はいつもそうだ。一人で悩みを抱え込んで苦しい思いをしている。俺等友達だろ?たまには頼ってくれよ。俺はお前の力になりたいんだよ!」
「……っ!!すまなかった。友人の助けを無下にするのはよくないよな」
「分かってくれて嬉しいよ。俺らは敵じゃない味方だからな」
かっちゃんは優しい口調で諭してきた。
まさか俺の事をここまで思ってくれているなんてな。
かっちゃんの思いを受けて、俺は少し胸が熱くなった。一人で殻に閉じこもるのではなく、何かあれば助けてくれる友人がいるんだ。そう思えた。
竜也は無言でうんうんと頷いている。
「かっちゃんありがとう。何かあれば遠慮なく頼らせてもらうよ。しかし今のところ雫とは上手く行っている。助けは要らないよ」
「……果たしてそうだろうか。そう思ってるのはお前だけかもしれないぞ」
「何を言ってるんだ?」
「雫はそうは思ってないって事だよ」
「何!?」
かっちゃんは何を言い出してるんだ?
俺と雫が上手く行ってない?
勝手な事を言うんじゃない!
俺はこの前、腹をくくって雫に告白しようとした。雫も俺の気持ちを悟り、受け入れようとしてくれた。
結局のところ邪魔が入って告白は出来なかったが、俺の気持ちが揺らぐことはない!
これの何処が上手く行ってないと言うのだ?
「お前最近、雫に告白しようとして失敗しただろ?」
「む、失敗ではない。邪魔が入って出来なかっただけだ。というより、何故知っている!?」
「俺が何故知っているか、そんな事はどうでもいい。それよりも、雫にいつ告白するつもりだ?」
「そ、そんなの決められるわけ無いだろ!タイミングが肝心なんだよ」
「そうやってまた雫を悲しませるのか?」
「あ?」
「察しろ。雫は待ってるぞ。それとも、何年も待たしてるから少し待たせる位良いだろう。とか思っているのか?」
「そんなこと……!」
雫が待っている?雫が悲しんでいる?
無遠慮なかっちゃんの物言いに苛立ちを覚えたが、その言葉は心に重くのしかかった。
告白しようと決意したあの日から、既に数日が過ぎている。
もしかしてその日から、雫は俺からの告白を待っていたのかもしれない。
普段と変わらない笑顔を見せていたが、心の内では、告白されないことに動揺していたのかもしれないのだ。
またやってしまったのか。
雫は辛かっただろうな。
"れんちーがあれから告白してくれない。でも待つのは慣れてるもん。私なら大丈夫さ"
そうやって自分自身に言い聞かせて、不安な気持ちを押さえつけているのだろう。本当は泣き出したいほど辛いのに。
いたたまれない気持ちだ。
「安心しろ、だからこそ俺たちの出番だ。肉パに雫を呼んで成功させようぜ。一緒に作戦考えるからさ」
「かっちゃん……」
なんという事だ。かっちゃんがこんなにも俺のことを考えてくれていたなんて。涙でてきた。
今まで“間抜けを擬人化した存在”と呼んでいたことをお詫びしたい。唯一無二の存在で羨ましいと馬鹿にしていたことを謝りたい。
よし!俺は頑張るぞ!絶対に成功させてやる!
「ありがとう。やってやるぞ!ではまず作戦だな……何かいい案あるか?」
「そうだな……取り敢えず脱ぐか。トイレに連れて行って裸になってしまえ」
こいつは一体何を言っているんだ?
作戦雑すぎんだろ。肉パ関係なくない?
「かっちゃんそれめちゃくちゃいいアイデアだぞ。雫はエロいからな。間違いなく上手くいく」
滅茶苦茶良いアイデアなわけないだろ。アホなの?バカなの?どっちなの?
「そんな事出来るわけないだろ。もっと普通の作戦考えようぜ」
「うるせぇ!ごちゃごちゃ抜かすな!考えるな!脱げ!」
「ぬーげ、ぬーげ、ぬーげ」
俺は静かに手持ちの武器を確認した。
今日のメイン武器は警棒だ。チッ、WASPナイフなら体の内側から破裂させて殺せるのに。仕方ない、撲殺するしかないか。まずは手持ちのロープで締め上げよう。
俺がせっせと二人を縛っていると、ようやくマー坊が灰の中から蘇った。
まともなのはお前しかいないんだから早く手伝ってくれ。
「騒々しいやつらだな全く。俺の作戦はこうだ。皆で楽しく食べて騒いだ後に、胃が満たされたタイミングで外に連れ出せ。その時点で雫は察するはずだ。回りくどくなるなよ。変にカッコつけなくていい。端的に好きだと伝えろ」
マー坊……俺の味方はお前だけだよ。
「蓮!騙されるな!そいつは人の幸せをすするのが大好きなコウモリ野郎だ!」
「そうだ!そうだ!」
「人の皮を被った変態コウモリめ!俺は騙されないぞ!」
「変態!変態!変態!」
「蓮、屋上から人が落ちたらどうなるのか見たくないか?」
「一度でいいから見てみたいな」
マー坊は指を鳴らしながら二人に近付いていく。
「「やめろーーー!!」」
そんなどうでもいい風景を眺めながら、俺は雫の事を考えていた。
告白……か。
ーーー
その後、雫、菜々美、愛里、夏夜の四人が肉パに参加する事が決まった。
当日はどうなるのことやら……
俺にとっては勝負の日、期待と不安が入交りなんとも言えない気持ちである。
願わくば、楽しく幸せに終わりたいものだ。
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