工藤蓮②

「君には選択肢がある。一つは我に仕える事。もう一つは今殺されるか。さあ選べ」

「魔王!!人質を取るなんて卑怯だぞ!!さくら大丈夫か?」

「秀一!私の事は気にしないで!人類の為よ!!」

「ふはははは!さぁどうする。悩んでる時間は無いぞ?」


 さくらは魔王討伐に向けて、共に旅した大事な仲間だ。見捨てるなんて出来ない!!


 さくらは手足を拘束されて、身動きが取れなくなっていた。鞭で叩かれたのか、衣服はボロボロで所々破れており、剥きでた素肌は赤く腫れ上がっている。くそっ!何とかしてさくらを助けないと!


 そうこう考えてる間にも、さくらの喉元に突き立てられた剣が徐々に食い込んでいく。

 薄い皮膚が傷付き、うっすらと血が流れ出した。不味い!一体どうすれば。


 結局……俺には助けられないのか……世界も……身近な友人さえも。


 足掻いて、壁にぶつかり、また足掻き……

 俺は俺なりに必死にやってきたつもりだった。こんな筈じゃなかった。


 いや、俺は薄々気付いていた。俺には世界は救えないと。それでも!


 諦めきれなかった……

 とうしても救いたかった。


 さくらに目をやると、彼女の目は怯え、体は小さく震えていた。人は死の恐怖に打ち勝つことは簡単には出来ない。


 策は無い……終わりだ。


 カランッッ


 俺の魂とも言える聖剣デュラルクが手から離れて地面へ落ちた。

 皆ごめん。俺はもう……


「秀一!!……………そんな」

「ふふふ、答えは出たようだな」

「頼む……何でもするから、さくらには手を出さないでくれ」

「それは貴様次第だ。先ずは服從だな」


 そう言うと魔王は手のひらに一匹のイモムシを召喚した。


「さぁ、これを食え」

「これは……?」

「食えば分かる」


 とにかく今は従うしかない。

 俺は人差し指程のサイズをした真っ黒なイモムシを手のひらに乗せ、覚悟を決めて口の中へ放り込んだ。

 イモムシは意志があるかのように自ら動き、喉の奥へと入り込んでいった。


「っっかは!ぐう」

「良いだろう、説明してやる。あれは我の肉片だ。我の魔力に呼応して自由自在に操ることができる」


 それはつまり……


「気付いたか?貴様はもう我が手中だ。指先一つで体の内側から木っ端微塵にだってできる」

「なん……だと」


 絶望とは正にこの事。

 この先俺は一生、魔王の奴隷として生きるしか無いのだ。


「貴方は卑怯よ!この腰抜け!人質を取らないと秀一に勝てないくせに!…………秀一……負けちゃやだよ」


 さくらはボロボロと涙をこぼし始めた。

 胸が締め付けられる思いだ。しかし俺には、もうどうすることも出来ない。


「我を腰抜け呼ばわりとは。自分の立場が分かってないようだな」


 魔王は苛ついた様子でさくらに近付き、無造作に髪を掴み引っ張りあげた。


「よせ!!さくらには手を出さない約束だろ!!」

「ふむ、ちょっとした余興でもしようじゃないか」


 魔王の口角が吊り上がり、見るものが不安を掻き立てられる笑みを浮かべた。一体何をしようとしているんだ。


「拘束具を外してやろう」


 魔王が指を鳴らすと、カチャっと音を立ててさくらを縛る拘束具が外れた。


 自由の身になったさくらは、自身の両手首を擦りながら魔王を睨みつける。


「何をするつもり?」


 さくらは強気な態度とは裏腹に満身創痍だ。既に体は限界を迎えていて、いつ膝を着いてもおかしくない状況である。


「別に。我は何もせん。そうだな……先ずは服を脱ぎたまえ」

「な!?ふざけないで!!そんな事できるわけないじゃない!」

「魔王!止めるんだ!」

「うるさい奴め。奴隷に発言権など無い」


 魔王が指先を動かすと、俺の口の中からアメーバ状の物体が飛び出してきて口全体を覆った。

 さっきの黒い物体か!?これでは喋れない。さらに体の内側も熱を帯び、体の自由がきかなくなった。動く事すら出来ないのか!?


「んーー、んーーー」

「秀一!!」


 咄嗟に駆け寄るさくら。

 しかしそれを魔王は許さない。


 魔王が放った魔法衝撃により、さくらの体は吹っ飛ばされた。


「余計なことはするな。早く脱ぎたまえ」

「い、嫌よ!!」

 

 さくらは地面に倒れ込んだ体を起こしながら、魔王を睨みつけて拒絶した。


「そうか」


 魔王はまた指先を動かした。

 すると……


 腹部に強烈な痛みが襲った。体の中で何かが蠢いている。エイリアンに腹部を破られた人はこんな気持ちだったのかな。


「ぐうんんんんーー!!!!ぐぐぐんん!」


 痛みに耐えきれず身をよじらせる。

 痛すぎて意識が飛びそうだ。


「秀一!?」

「こやつの腹をかき混ぜているのだ。さぞかし激痛であろう。そのままだと死ぬぞ?さあどうする」

「脱ぐわ!脱げばいいんでしょ!?」


 さくらの宣言と同時に痛みは消えた。俺は焦燥感を感じると共に改めて実感した。今の俺は無力なんだと。


 さくらはボロボロの洋服とズボンを脱ぎ捨てた。下着姿となった彼女は、恥ずかしそうに俺と目線を合わせてきた。


「み、見ないでよ秀一……」


 心の底から恥ずかしいのだろう。足を閉じてもじもじと身を縮ませている。

 さくらは小さい時からずっと一緒だった。一緒に旅をして、一緒に訓練をして、一緒に泥水を啜り、一緒に誕生日を祝い、楽しい事も辛いことも共有してきた。

 恋人では無いが、俺もさくらもお互いに意識しあっていた。


 そんな俺の目の前で服を脱いでいるのだ。恥ずかしいに決まっている。


「駄目だ。目を逸らす事は許さん。余興だと言っただろう?全部脱げ」

「そんな!…………これ以上は無理よ」

「我は一向に構わんよ。こやつが苦しむだけだからな」

「ゔゔゔゔんんーーー!!」


 再度腹部に激痛が走った。

 腸の中でドリルが動き回ってるような耐え難い激痛である。


「ごめんなさい!!脱ぐからもう止めて!!」

「我に逆らうなら覚悟をしたまえ。こやつもそろそろ限界だぞ」


 さくらの顔から威勢が消えていた。

 目には涙を浮かべて体を震わせている。


 そして彼女はゆっくりと、大事な所を手で隠しながら全ての衣服を脱ぎ去った。


「隠すでない。両手両足を広げよ」

「…………はい」


 恥じらいを簡単に捨てることは出来ない。

 "はい"と返事はしたものの、中々行動に踏み切れない。

 俺の目の前で裸になる。それによる羞恥心はかなりのものだろう。

 それでもさくらは……ゆっくりと手を、足を広げて、遂に裸をさらけ出した。


 一糸纏わぬ姿。さくらの全てが見える。


 膨らんだ乳房、乳首、脇、おへそ、そして下の………全てだ。


 一度も見た事がないさくらの裸体。

 一度は見たいと思ったさくらの裸。


 この状況にありながら、俺の下半身は如実に反応していた。


 今すぐ隠したいのだろう。

 目は涙ぐみ、口を一文字に結び耐えている。

 手足は震え、今にも崩れ落ちそうだ。


「がははははは。どうだ恥ずかしいか?だが余興はこれからだぞ」


 さくらの気持ちが汲み取られる筈もなく、魔王は高笑いを響かせる。


「そのまま排尿しろ」


……………

…………

………


 駄目だろこれ!!!!

 咄嗟に俺は本を閉じた。


 俺にはこれ以上は読むことは出来ない!

 え?まだページが半分以上残ってるんだけど?


 この先、さくらは一体何をさせられるんだ?


 足早にストーリーが進み、直ぐに魔王にたどり着いたと思ったが……

 これはただのエロ本じゃないか!!!


 雫はエロい。竜也と同じ位にエロい。そんな事は分かっている。分かっていたはずだが、こんな本を見せられたら俺はどうしたらいいんだ?

 

 俺にエロ耐性は無い。これ以上読んだら死んでしまうかもしれない。

 本のヒロインであるさくらも、恥ずかしくてこれ以上読んでほしくない筈だ。安心してくれ俺はもう読まないから。


 今日はもう寝よう。


 約束通り本を読み始めたのはいいが、まさか完読できないとは。雫にどう説明しようかな。感想聞かれるだろうし。


 ……明日考えよう。これ以上この本の事を考えるのは危険だ。


 それにしても……さくらはあの後"出した"んだろうか。


 って俺の馬鹿!さくらは見られたくないんだ。嫌がってるだろ!俺が覗いてどうする!瞑想だ!瞑想しろ俺!


 こうして夜は更けていった。 


ーーー


「れんちーおっはよー」

「おはよう」


 寝不足だ。昨日は本のヒロイン、さくらの事が気になって眠れなかった。

 最終的にハッピーエンドになっていてほしいのだが……


「今日は私の弁当持っていくよね?」

「あぁ、毎回悪いな」

「いいって、いいってー。私も愛妻弁当作るの楽しいしさ!」


 毎週水曜日は、雫が俺の昼ごはんを用意してくれる。

 雫の家は弁当屋さんを経営しており、雫は親の手伝いで朝から厨房に立つことも多い。そのせいか料理することが好きで、自分の昼弁を自分で作ってるのだ。それで俺の弁当もついでに作ってくれるわけだ。

 

「蓮ちゃんおはよう。今日も雫を宜しく頼むわね」

「おばさん、おはようございます。任せて下さい。雫行こうか」

「うん!」

「「行ってきます」」

「はーい行ってらっしゃい」


 雫の母は優し笑顔を見せながら、俺と雫を見送り、直ぐにお客対応へと戻っていった。

 

 雫の家は大通りに面した場所に建っており、人通りも多い。朝のこの時間から既に客入りは多く、通勤前のサラリーマンやOLが弁当を片手にレジに並んでいた。


「相変わらず忙しいな」

「ぼちぼちでんな!」


 雫はいつも笑顔だ。何故かいつも楽しそうに笑っている。そんな雫を見てるとこちらも元気が湧いてくる。


「相変わらず弁当がデカいな。嬉しいけどさ」

「そりゃあボクが大食い系女子だからじゃよ。比例式に基づき、自ずと夢も弁当箱も大きくなるってもんでぇ」

「キャラが混雑しすぎてよくわからん。統一させてくれ」

「れんちーはさあ。どんなキャラが好き?ボクっ子とかどうかなー。それとも仙人系がいい?」


 雫の髪型はショートで。低身長。性格もイタズラ好きでわんぱくだ。ボーイッシュな側面もよく見られる。……ボクっ子はありだな。

 仙人系は論外だ。というか仙人系って何?怖いんだけど。


「ボクっ子は中々良いな。雫には似合いそうだ」

「ボクってそんなに男の子っぽいかな?女の子らしくない?」


 クソッ!俺は何を言ってるんだ!これじゃあ雫の事が男に見えるって言ってる様なもんじゃないか!


 雫は寂しげな眼差しで遠くを見つめだした。雫にこんな眼をさせるなんて自分が許せない!


「ごめん雫、俺は一つの選択肢として、それもありだと言いたかっただけなんだ。雫は最高の女だ。全身柔らかいし、手足はきれいだし、占いも好きだし、とっても可愛くて女の子らしいよ」

「あ……ありがとう」


 雫は俺の弁明を快く受け入れてくれた。

 少し恥ずかしそうにはにかむ仕草も、とっても可愛くて愛おしい。


 少しの沈黙が経過した後、雫は例の話題を振り始めた。


「そう言えばれんちー、私の貸した本読んだ?」


 来たこの話題。読んだとは言えないな。正直に話そう。


「半分は読んだんだが、もう半分は刺激が強すぎてちょっと……読めなかった」

「え?そんなに刺激かったかな……れんちーでも大丈夫そうな、やわやわな内容を選んだんだけど」


 あれで!?

 俺が過剰反応だった!?

 そんな事はない。充分刺激が強かったぞ。


「それで、どの辺まで読んだの?」

「ヒロインのさくらが裸にされる所までだ。それ以降は脳が危険と判断して、本を閉じてしまった」

「あぁーあの辺りねー。ってまだ始まってもいないじゃん!ゲームならチュートリアル終わった位だよそれ!ぐぬぬ、メインストーリーを見ていないとなると、私の計画が狂ってしまう」


 やはりただのエロ本だったか。ふぅー危うく死ぬところだった。あれ以上の展開なんて想像出来ない。良かった読まなくて。

 それにしても雫の計画?

 まて、深掘りは止めとこう。触らぬ神に祟りなしだ。俺は何も聴いてない。


「さくらの裸に興奮した?」

「ぶっっ!急に何を言ってるんだ!?」

「ねぇねぇ、れんちー答えてよー!」

「雫落ち着け!そんな事よりもだな……そうだ!占ってくれよ!俺は雫に占ってもらいたい!」

 

 雫からぶっ飛んだ質問が飛んできた。

 そんな事、答えられるわけないじゃないか。とにかく話を逸らさないと不味い。


 そう思い咄嗟に占いを提案した。雫は三度の飯より占いが好きだ。エロと占いだと、占いのほうが話題としては勝るであろう。


 雫の占いは怖いが、背に腹は代えられない。ここは占いへシフトするべきだ。


「え、占ってほしいの?しょうが無いなー。それを先に言ってよね、れんちー!」

 

 そう言うと雫は、忙しそうにカバンを漁りだした。ウキウキして実に楽しそうである。


 ふぅー

 良かった。無事話題を変えれたぞ。

 俺のこの命がけの攻防がどれだけ大変か皆に伝わってるかな?


 雫は自身のカバンの中をぐちゃぐちゃに荒らしながら、何とか占いカードを取り出した。


「それもっと取りやすい位置に置いといたほうが良いんじゃないか?」

「れんちー天才か!ポケットに入れておこうぜ」

「落とさないように気をつけろよ」

「さーて。今日の天気はどうかなー」

「天気を占うのかよ!!」

「あははは。れんちーツッコミがキレてますな!冗談だよー。勿論ボクとれんちーの運勢を占うのさ」


 そして雫の占いが始まった。

 カードの山から、何度も絵柄の違うカードを抜き取り見比べていく。


 雫の占いは特別だ。

 言葉で表すのは難しいが、結果を言い渡されると心に響くというか、直感に働きかけるというか……何ていうか神がかっている。

 それ故に少し怖いのだ。


 というのも以前、学校でらっきーすけべが起こりまくるという宣告をされた事があるのだが、それはそれは悲惨なものだった。


 俺がひたすら嬉しいだけじゃねーか、と思うかもしれないが、現実はそう甘くない。


 偶然だから許される?

 そんなつもりじゃなかった?

 これは事故だ!

 俺のせいじゃない!


 それらはただの言い訳だった。

 ラッキースケベだろうがなんだろうが、そんなこと女子の皆さんには関係なかったのだ。

 ただただ俺が嫌われて嫌悪されていく。

 俺は何もしてないのに……


 その分良い思いしたんだろうって?


 ふざけるな!

 じゃああんたは学校中の女子から変態のレッテルを貼られてもいいって言うんだな?


 俺は悪くないのに悪者扱い……本当にキツかったな……


 極めつけは雫と竜也だ。


 最初の内はラッキースケベが起こるたびにゲラゲラ笑って『おい変態やめろ』『れんちーうける!』とか言って笑いの種にされていたが、途中から『何でお前だけ良い思いしてんだよクソが』『私には手を出さないくせに、他の女子には積極的だね』とか言い出して謎ギレされた。


 本当にキツかったな……


 だから怖い。どんな占い結果が出るのか。

 頼む!あんな不幸な結果は出ないでくれ!


 そして雫は一枚のカードを抜き取ると、天高く掲げた。

 太陽の日差しを浴びて、輝きを見せるカード。その神々しい光は、はたして神の祝福を得たのか、はたまた神の悪戯を受けたのか……


「えぇ!?…………うそー!!」


 カードを見つめる雫が突然驚きの声を上げた。一体どっちだ?幸か不幸か。


「結果は!?」


 雫のあの驚きよう。やっぱり悪い結果なのか!?


「…………今は言えない。というより言いたくない」

「ちょっとまて、それはどういう事だ。気になるだろ!」

「ご利益が無くなりそうで。ありがたや〜、ありがたや〜」

「つまり悪い結果では無いと?」

「勿論!!ボクにとっては最高の結果だよ!!」

「雫にとって?何だか怪しいな。俺にとってはどうなんだ?」

「…………れ、れんちーにとってもいい結果だよ!!」


 何故目が泳ぐ。最初の間はなんだ。

 嘘を付いてるのか?

 となると、悪いことが起こるというのか。


 元々、悪い結果なら聞きたくないと思っていた。では雫を追求しなくても良いということか。


 しかし腑に落ちないな。

 今まで雫は、占い結果を公表しなかったことは無い。良し悪しに関わらずだ。

 今回はそれを隠している。何故だ?


 キーワードは2つだ。

 "ご利益が無くなりそう"

 "ボクにとっては最高の結果"


 この2つから導き出される答えは……

 ……やっぱりよそう。


 雫が言いたくないのなら言わなくてもいい。占いして欲しかったわけじゃないし。


「そうか。なら良いか。……因みに、ご利益が無くならない程度で答えると?」

「エロ系」


 クッ、聞かなきゃ良かった。


ーーー


 放課後


 結局今日は学校で何も起きなかったな。らっきーすけべの件があったから警戒していたのだが。


 学校内ではお守り役として直人君と一緒に行動を共にした。彼の持つ世界を調和に導くオーラなら、占いすらも弾き返せると思ったからだ。


 実際に効果があったのか分からないが、結果として、驚くほど何も起きずに一日が過ぎ去った。直人君の力だと信じたい。いや、そうに違いない。


 だが雫はいつ起きるのかを言わなかった。その場合大抵一週間程の幅がある。つまり俺は、後一週間は学校内で直人君と過ごさなければいけないという事だ。パラダイス!

 最高の癒やしウィークになりそうだ。


 放課後のこの時間。帰宅する生徒や、部活に行く生徒、ただ単にお喋りしている生徒、雑多の生徒が校舎の入口を行き来している。


 そんな俺は雫との待ち合わせで、校舎玄関口の壁にもたれかけて待機していた。


 そこに二人の人影が近付いて来た。

 マー坊とかっちゃんだ。 

 

「蓮暇か?暇なら一緒にカラオケ行こうぜー」

「その後はふ頭まで流す予定だ。お前はバイクねーから、来るなら俺と2ケツで行くぞ」 

「竜也は?」

「あいつは修練で、今日も定時帰宅だ」

「俺等は丁度バイト休みがかち合っててよ。遊びに行くかーってなったんよ」


 俺も今日はトレーニングしようと思ってたが、どうしようかな。

 マー坊とかっちゃんとつるむのは楽しいけど、ほぼ一日終わってしまうからなー。うーん。


 ……折角だし行ってくるか。


「あぁ、行くよ。雫を家に送ったら合流する。いつもの場所でいいか?」

「おけ。いつものところで」

「そいじゃあなー」


 マー坊とかっちゃんは、約束を交わすと校舎を後にした。

 そして入れ替わるように雫から声がかかる。


「れんちー。帰ろっ」

「行くか」


 傍から見たら俺と雫は付き合ってる様に見えるだろうな。だけど実際のところ、俺と雫は付き合っていない。


 複雑な事情により、と言えば聞こえはいいが、実際には俺の独りよがりだ。

 過去に俺が原因で、雫を事件に巻き込んでしまってつらい思いをさせてしまった。その時の罪悪感から、罪滅ぼしという形で、今後一生雫を守ると誓ったのだ。


 だから俺は踏み切れないでいる。こんな俺が雫と付き合っていいのかと。

 雫は気にしてないと言ってくれているが、どこか後ろめたさから、俺は付き合うことを断り続けている。


 口には出さないが、雫は俺のことを意気地なしだと思ってるだろうな。


 雫はそんな俺を好きだと言ってくれる。ダメダメな俺を好きでいてくれる。

 だけど駄目なんだ。雫の気持ちに答えたいが、俺では雫を幸せに出来ないと考えてしまう。


 自問自答の日々。

 

 俺は雫の事が大好きだ。

 初めは護衛の様な心づもりで行動を共にしていたが、時の流れとともに恋心が芽生えていった。


 今では自分の心を押し付けるように蓋をして、気持ちを抑制しているが、それも長くは持ちそうにない。

 好きという気持ちが溢れてしまっているから。


 雫は俺には過ぎた子だ。

 いつも笑顔で可愛くて、明るく前向きで、周りを巻き込み楽しい気持ちにさせてくれる。

 普段はエロくてふざけておちゃらけたイメージもあるが、俺は知っている。実は知的で真面目な子だと。


 本当に俺には勿体ないな。 


 それなのに……雫の告白を断り、雫を傷つけてしまう。俺は独りよがりの馬鹿野郎だ。


 いかん、こんなことを考えていたらどんどん気持ちが沈んでしまう。

 雫の隣にいるときくらい考えないようにしなければ。


 ん?そう言えば何だか静かだな。

 いつもなら雫の口からの話題が尽きる事はないのだが。


 気がつけば二人無言で歩いていた。


 不思議に思い雫に顔を向けると、顎に手をやり、眉間にしわを寄せ、何か深く考え事をしている。

 表情だけで判断すると、フェルマーの最終定理を数学者が深く考察している様な雰囲気だ。

 見ろ。知的なやつしかこんな表情は出来ない。

 言っただろ?これが雫だ。


 俺は邪魔しては悪いと思い、雫に話しかけるのを止めた。俺ごときが雫の思考をむやみに乱してはいけない。


 そして数分の時が流れた後、雫は突然ハッとした表情を浮かべて俺に顔を向けた。


 その表情はさながら、アインシュタインに世界一の天才と言わしめた、推定IQ300のジョン・フォイ・ノイマンが、研究者達とEDVAC(エドバック)の開発過程で見せた閃きを感じさせる。

 

「どうかしたか?」

「れんちーさ……う○こ味のカレーと、カレー味のう○こどっち選ぶ?」

「…………ん?」

「だーかーら。う○ことカレーどっち選ぶのかって言ってるの」

「その省略の仕方だと全く違う質問になってるぞ」

「いいから!どっち選ぶの?」

「良くないだろ。それだと1択やん。カレーしか選択肢にないやん」

「ふむふむ、れんちーはう○こを選ぶのね」

「むずい。その質問むずいんよ。それより何その話題。女子が男子の前でう○こ、う○こ言わないの」

「私だって言いたくないよ!れんちーの前でう○こなんて!でも仕方ないんじゃん!」


「……そろそろやめる?」

「……うん。もう良いかな。すっきりした」


 すっきりすな!と思わず突っ込みそうになったが、ぐっとこらえた。この話を続けるつもりはない。


「う○こだけに」


 分かっている!補足情報は要らない!


「ねぇねぇれんちー。う○こだけに」


 ツッコミ待ちやめて。


 俺は雫と目を合わさないようにしながら、空を飛んでいる鳥を数える事にした。今日はハトが多いな。


「よぉ蓮。彼女と下校か?いいご身分だなぁ。」


 俺が現実逃避をしていると、平和の象徴であるハトが逃げ出すような声が、耳に飛び込んできた。


 声の主は複数の下僕を連れて、俺と雫の前に立ち、歩道を封鎖している。


 こいつは……名前は無い。ただの生徒Aだ。

 以前マー坊とかっちゃんにビビって逃げてたやつだ。何故俺に絡んできたんだ?俺は何もしてないだろ。


「れんちーこの不良たちは誰?れんちー何かしたの?」

「いんや、何もしてないぞ。前に真ん中の金髪に学校で絡まれた事があるんだが、その時はマー坊とかっちゃんが追い払ってくれたしな。特段俺は何もしてないんだよなー」

「親の仇みたいな顔してるよ?」

「生まれ付きそういう顔なんだよ。察してやれ」

「そっかー。それでどうするの?私としてはできるだけ殺さないで欲しいんだけど」

「別に殺そーとは思ってないよ!但し、降りかかる火の粉は払わないとな」


 普段喧嘩はしないが、このシチュエーションならせざるを得ないな。

 雫に危害が及ぶ可能性がある以上、武器も解禁する。


 俺は雫を背中へ移動させ、前方から近付く不良達から遠ざけた。


「今日はマー坊とかっちゃんはいねぇぞー。おめぇは一人だ。俺をコケにした代償を払ってもらうぜ」


 真ん中の生徒Aは指の骨を鳴らし、威嚇しながらゆっくりと近付いてくる。

 よく見たらメリケンサックまではめてるじゃないか。遠慮は要らんな。


「別にコケになんてしてないぞ。そんなことより、女が居るときに来るなよ。そんな大勢で来たら彼女が怖がるじゃないか」

「怖いよー。たーけーすーてー」


 って雫全然怖がってないのね。それだけ俺が信用されてるってことか。


「げへへへへ。彼女可愛いじゃねーか。俺等で廻してやるよ。おめぇの目の前でな!」

「お頭、俺は2番目でお願いしやす」

「おい下っ端ー!図に乗ってんじゃねーぞ!2番目は尊兄に決まってんだろ!」


 山賊かこいつ等。

 っていうか雫を廻すだと?半殺しの予定だったが、8割殺しに変更だ。


「雫、悪いけど終わるまで、耳を塞いで目を瞑っててくれないか?その……あんまり暴れるところ見られたくないんだ。血もいっぱい出るだろうし」

「分かった!れんちー頑張ってね!」


 そして雫は目を閉じた。

 肝が座ってるというか、慣れてるというか。こんな状況でビビってないのは凄いよな。

 昔に俺と竜也の喧嘩をちょくちょく見てたし、やっぱり慣れてるのかな。


 そして気持ちを戦闘モードに切り替える。

 すると自然と口角がつり上がってきた。

 いけない、雫も居るんだ楽しむ余裕はないぞ。早目に決着付けないとな。


 俺は体中に隠し持った武器を再確認する。

 今日のメイン武器はナイフだ。こんなことなら刀持ち歩けば良かった。

 待て待て、そんな事はない。ナイフだって充分楽しめる。

 俺は興奮から、無意識のうちに唇を舌で舐めた。

 

 "狩人の領域"発動だ。


 俺は戦場を俯瞰して見る事に長けている。

 乱戦時に最も警戒すべきは死角からの攻撃である。俺はその死角を無くすことができる。

 誰も俺を捕らえられないし、俺からは逃げられない。


 こいつらは知能の低い馬鹿丸出しの獲物だ。いくら俺が弱そうに見えるからって無警戒過ぎる。

 窮鼠猫を噛むってことわざ知らないのか。自分に被害が及ぶことを一切考えてない。


 だからこそ成功する。

 多勢に対して奇襲は定石だぜ。

 

 俺はポケットから拳大程の大きさをした、あるものを取り出し、不良達の目の前に放り投げた。


 "閃光手榴弾"


 屋外故に最大限の効果は発揮しないが、少しでも動きを止めれたら充分だ。


 爆発音、そして眩い光、不良達は一瞬で行動不能に陥った。

 俺には効かない。対策してあるからな。


 ほぼ同時タイミングで、ナイフ片手に間合いを詰める。


 刺すと死んでしまうからな。動脈を傷付けない様に切り刻むか。

 切れ味重視で作った自作のシースナイフだ。


 後は簡単。素早く料理するだけだ。


「痛ええええ!!」

「ヒィ!血が、血があああーー」

「死ぬ!救急車を呼んでくれ!」


 阿鼻叫喚。血溜まりの中で叫ぶ不良達。

 見た目ほど傷は深くないが、本人達はパニックでその事実には気が付かない。


「れええええんんんん!!!こんなことして只で済むと思ってるのか!!」


 頭目である生徒Aの心はまだ折れて無いようで、俺を真っ直ぐに睨みつけて戦う意志を見せている。以外と根性あるね君。


「クソったれ!!おい!その女を狙え!」


 生徒Aの掛け声は、周囲の不良達に対してではなく、俺の頭上を飛び越えて背後の者へ向けたものだった。


 合図を受けた不良が物陰から姿を表すと、一直線に雫に襲いかかってきた。


 恐らく俺と雫を逃さない為に配置した輩だったのだろうが、状況が状況なだけに不意打ちのカードとして切ってきたわけだ。


 俺には関係ないけどな。一人隠れてるの知ってたし。

 既に俺の手には、銃の形状をした得物が握られている。


 そして、背後から迫りくる輩に対して狙いを定め、引き金を引いた。

 すると目にも止まらぬ速さで射出口から二本の電極針が飛び出し、輩の肩に命中。


 命中した輩は受け身も取れず、走ってきた勢いのまま、前のめりに倒れ込んだ。


「スタンガンだと!?お前は一体何なんだ!?」

「テーザーガンね。まぁ同じか。俺のことは気にするな。今後関わらなければ何もしないから」


 生徒Aは戦意喪失して、膝を付き項垂れた。この辺で許してやるか。


 俺は周囲にこれ以上の脅威がないことを確認し、雫の肩に手を置いた。


「終わったよ。行こう雫」

「ふぁ!?ごめんね。寝てたよー」


 本当に寝ていたらしく、大きなあくびをして、まだ眠そうな顔つきである。

 すげーな雫。


「げげげ!血の海じゃん!殺してないよね?」

「殺すわけ無いだろ。大丈夫、傷はそんなに深くないよ」

「じゃあいっか!私をレ○プするつもりだったんだからこれくらいの罰は受けないとねー。それにしても返り血無しって、れんちー無敵か!!かっこいい……」

「偶然だ」

「れんちーかっこよすぎる!大好きのちゅーさせて!」


 雫は俺に抱きつき、ほっぺたにちゅーしてきた。幸せ過ぎる。雫は何故こんなにも可愛いんだ。


「ありがとう雫。俺もだいす………」

「え!?」


 ほっぺたに口付けをしていた雫は、勢いよく顔を離して、俺の顔を覗き込んだ。

 その顔は驚きに満ち、アンビリーバボーな顔をしている。


 それもそのはず。今俺は雫に"大好き"だと伝えようとした。今まで一度だって伝えたことのないそのセリフ。

 こんだけ一緒に過ごしてるんだ。お互い好きなのは分かっている。しかし依然として超えられない一線があった。雫も踏み超えられない一線が確かにそこにあるのだ。


 俺は今でも雫と付き合うべきでは無いと考えてる。だからこそ曖昧にしてきた気持ち。口に出来ない言葉。

 それ言葉こそが"好き"である。

 

「れんちー。今何て言おうとしたの?お願い言って」


 心臓の鼓動が徐々に大きくなっていく。


 雫の真剣な眼差し。雫の真剣な顔。

 雫のこんな表情……見たことないな。


 初めから答えは一つしかなかった。

 雫の優しさに甘えて過ごす日々。このままでは駄目だと分かっていながらも、怠惰な日々から抜け出せなかった。


 ずっと好きだったんだ。ずっと言いたかった。俺は雫の事が大好きだと。


 もう自分の気持ちに嘘は付きたくない。俺は雫と付き合いたいんだ。

 ありがとう雫。ずっと待っててくれて。


 俺はそっと雫の頬に手を添えた。

 そして顔を近付ける。


 雫の気持ちが手のひらから伝わり、俺の心に流れ込んでくる。


 ギギギー、ガタン、ガタン、

 動いた……俺の小学生の時から止まっていた、時間の歯車が動きだした。


 何故だろう。今なら受け入れられる、過去の自分を。

 過去と未来は繋がっていた。

 未来へ歩むためには過去を受け入れるしかなかったんだ。

 

 雫と付き合うという、未来への扉は閉ざされてると思っていた。過去に落としたカギが無いと開かないと思っていた。


 だけど実際には違った。


 扉にカギなんて掛かってなかった。カギなんて落としてすらいなかったのだ。

 雫が気付かせてくれた。

 俺の手を取り一緒にドアノブを回してくれた。


 よく見ると雫の体は小刻みに震えていた。普段の自信に満ちた様子は無く、不安でいっぱいの目をしている。

 それもこれも俺が不甲斐ないからだ。これ以上、雫を待たせるわけにはいかない。


「雫……」

「れんちー……」


 アイコンタクトで雫は感じ取ったんだろう。雫の不安な顔は和らぎ、優しい微笑みへと変わった。


  今しかない。伝えるぞ俺!


「だいす………」


 ピロピロリン!ピロリロリン!ピロピロリン!ピロリロリン!


「ぴゃああああーー!?!?」


 着信音!?

 突然爆音を響かせるスマホの着信音。一体誰のスマホだ?雫がびっくりし過ぎて俺から遠ざかってしまった。

 タイミングが最悪すぎる……俺告白してたんだけど。


「わ、わりぃな俺のスマホだわ。さいならーーーーー!!」

「お頭待ってくれよー!!」

「待つでやんすーー」


 あいつらまだ居たのか。

 嵐のごとく去っていた不良達の背中を見送り、雫に目をやった。


 顔を真っ赤にして、恥ずかしそうに頬に両手をあてながらうずくまっている。

 そして俺と目が合うと勢いよく立ち上がった。


「れれれ、れんちーさっきは守ってくれてありがとね。私お家の手伝いがあるから先に帰るね!バイバーーイ」


 一方的にサヨナラを言うと、雫は土埃を巻き上げながら全速力で去っていった。


 残された俺は、先程の告白不発の後遺症により麻痺状態に陥っていた。


 誰か助けて。色んな意味で。

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