はじめまして

 夕日を浴びて金色に光る広大な小麦畑。

 涼しい風が吹き抜けるとサワサワと音を立て、楽しそうに踊りだす。

 耳障りの良い音色が風に乗って畑全体に広がっていく。


 ほんのり温かい太陽の光と、心地良い風を楽しむ小麦達の傍ら、四人の男女が気持ちよさそうにぐっすりと眠っていた。


 男女は抱きしめ合い、互いを守るように眠っている。

 目が覚めたら終わってしまう、恋人との最後のひととき。


ーーー


 夢を見た。

 好きな女の子の夢だ。


 真っ黒に塗りつぶされたその子は、いつも俺と行動を共にしていた。

 一緒に稽古をしたり……一緒に食事をしたり……一緒にテレビを見たりと、その子とはとても仲良しだった。


 思い切って手を繋ごうと手を伸ばす。

 すると、その子の手が掻き消える。

 思わず顔を上げ、表情を確認するが、真っ黒に塗りつぶされた顔からは何も感じ取れない。


 思い切って抱きしめた。

 すると、その子は消えて居なくなった。


 凄く切なくて悲しい。

 けれども涙が出てこない。

 まるで他人事の様に、俯瞰した感情だけが宙に彷徨っている。


 そして俺はいつの間にか高校生になっていた。


 好きだった女の子の名前が思い出せない。

 名前だけじゃない。姿も全く思い出せない。


 朧げなその子の記憶は影に落ち、跡形もなく消えて無くなってしまった。


 漫然とした高校生活はつまらなく、俺は机に突っ伏しながら教室を見渡す。

 つまらない授業に、つまらない同級生。


 考えるのもめんどくせー。寝よ。


 夢の中で目を閉じた。


 目を閉じる間際。視界の端で一人の女子がムッとした表情でこちらを見ていたが、俺がその子に気付くことはなかった。


ーーー


 いい匂いだ。

 これはシャンプーの香りか。

 眠りから目を覚ますと、俺は知らない女を抱きしめていた。

 そして何故か野外で寝転がっている。


 何だこれ!?

 誰!?つーかめっちゃいい匂い……こいつ可愛いな。

 ってそんな事考えてる場合じゃない。


 ぬ、抜けない!


 左腕が目の前の女の下に埋まり、動かすことができない。


 何とか抜け出そうと体を動かすも、一向に抜ける気配はない。


「んん」


 目覚めの合図とも言える声が漏れる。

 目の前の可愛い女の子はゆっくりと瞼を開いた。


「ん……え!?……えっと、あの……何してるんですか?」


 状況が読み取れず疑問を口にする。

 俺は悪くない。後ろめたいことは何もない。これはお互い様案件だ。まぁ、匂いは嗅いだけれども。

 しかし、ここで叫ばれても面倒だな。


「俺にも何が何だか分からないんだ。取り敢えず離れるぞ」

「あ、はい」


 俺と目の前の女は上体を起こし、互いを牽制する。

 すると同時に、別の所からも声が聞こえてきた。


「んーーん!?だ、誰!?え!?」

「……俺のセリフだ。離れろ」


 どうやらこの場には、俺を含めて四人の男女が寝ていたようだ。


 目が覚めた四人組は状況が飲み込めず、辺をキョロキョロ見渡すが、何故自分がこの場所にで寝ていたのか理解できずにいた。


「あの……皆同じ制服着てるし、同級生だよね?ここが何処だか分かる人……います?」

「それが全然思い出せねーんだよな。つーかお前ら本当に同じ学校か?一度も見たことねー面だぞ」

「私も全然わからないっす。それに何も思い出せない……」

「…………」


 全員記憶がない?

 なんじゃそら。

 それに……確かに同級生みたいだが、俺はこいつ等のこと知らねーぞ。俺が女子の顔を覚えてない筈が無いんだけどな。メガネの男はどうでもいいが。


 互いに名も知らない四人は頭を捻り考えるが、現状に関する情報は出てこない。

 記憶が無く、屋外で眠らされたという極めて特殊な状況に、皆頭を悩ませる。


 拉致されたのか?

 しかしそれはありえない。俺がそんなヘマをするはずがねぇ。


「もしかして私達事件かなにかに巻き込まれたんじゃないですか?」

「ええ!?じゃあ警察に連絡しなきゃ!あれ?スマホが無い」

「え?あれ、私のスマホもない」

「だりーな。俺のスマホもパクられてるじゃねーか。って財布もねーぞ!?」

「…………」

「つーかメガネ、お前もなんか言えよ。何か覚えてるか?スマホは持ってるのか?」


 起きてから殆ど喋らないメガネの男。

 俺の質問に答えないとは……完全に舐めてるな。

 メガネの男は顔を背け、周囲の散策を始めだす。


「チッ、無愛想なやつだな」

 

 メガネの男は全てガン無視しながら散策を続け、そしてあるものを発見した。


「……おい、何かあるぞ」

「お、なんだなんだ」

「箱?」

「この手紙に手がかりがあるとみた!」


 近くに放置された木箱が一つ。そして箱の上には一通の手紙が。

 外で使用している箱にしては汚れ一つなく、とても奇麗な状態で置かれている。


 メガネ女子は、箱の上に置かれた手紙を手に取ると、封を破り中身を取り出した。


「勝手に見ても大丈夫かしら」

「折角の手がかりだよー見ない手はない!どれどれ……」


 メガネ女子は、折りたたまれた手紙を広げ、内容を読み上げた。


『うん、長旅お疲れ様。惑星フロウに無事着いたかな?地球とは全然違うから、楽しんでくれると嬉しいな。

 あ、勿論ミッションが最優先だよ?君達が地球に帰るにはミッションをクリアするしかないんだからね。

 ん?お前はさっきから何を言ってるんだ?と思ってる?……分かるよ。記憶が無いんでしょ?何も覚えてないんでしょ?

 うん、私が封印したんだ。君達の記憶を。

 そりゃあ私も辛かったさ。君達のような素晴らしい生命体の記憶を封印するなんて。心が張り裂ける思いだよ。

 でも分かってほしい。君達が地球に帰るためには必要なことなんだと。

 うん、君達に課せられたミッションを私が口にすることはできない。何故なら口にした時点で、君達が地球に帰る道が閉ざされてしまうからね。

 分かっている。ふざけるなって言いたいんだろう?

 うん、ふざけてなんかいないよ。それが真実なんだ。私の口から言える助言は一つだけ。


 記憶の封印を解く事。そうすれば自ずと道は開かれるだろう。


 ただし、悠長に事を構えていると間に合わなくなるよ。その間にもエイリアンが惑星フロウ内で暴れまわってるからね。

 うん、木箱の中には、君達が生き抜くために必要なアイテムが入っている。私からの餞別さ。


 では改めて。

 ○○してくれ……○○してハッピーエンドを見せてくれ。

 地球を救った感動をもう一度……


 


          /天体の管理者ムー/



 追伸

 私の友達のレアに会う事があれば、宜しく言っといてくれ。少しは君達の力になってくれるはずさ』



「えーと、何これ?全然意味が分からないんですけど」

「ここって地球じゃないの?」

「んなわけねーだろ。いつから宇宙旅行できるようになったんだよ。いたずらだこんなもん」

「そ、そうですよね。はぁーびっくりした。あの……取り敢えず人を探しません?」

「さんせーい。早くお家に帰りたーい。っていうかここって何県だろ。地元ではないよね」

「…………」


 あー最悪だ。

 スマホと財布取られるとか、マジでクソだわ。親父に殺されるだろうな。

 だーー!!マジでむかつく!このムーとかいうやつは絶対にぶっ殺す。


 頭をガシガシ掻きむしり、怒りをあらわにする。その時、箱を開ける音が聞こえた。


 ってメガネ野郎、箱開けてるじゃねーか!


「おい、何してるんだ」

「あーー、何が入ってるか私も気になるー」

「悪戯に付き合う必要あるかしら?……え、これって!?」


 四人は一斉に箱の中を覗き込む。

 そこにら統一性のない雑貨がちらほら転がっていた。


「私の……うさちゃん?」


 抱きつき系女子の呟きと同時に、箱の中から一匹のうさぎが飛び出した。


「ななみー、箱の中は暗くて怖かったよー」

「ぬいぐるみが喋った!?それに動いてる!?」

「何だこりゃあ。こんなぬいぐるみ見たことねーぞ!?」

「何よーあたちが動いたら駄目だって言うの?」

「駄目というか……どういう仕組みだ?」


 俺は驚きのあまり無遠慮にうさぎのぬいぐるみを掴むと、雑に振り回し上下左右から観察し始めた。


「ちょ、ちょっと!何すんのよ!この変態サル!」

「へぶぅしー!!」


 うさぎのぬいぐるみが放った右ストレートは俺の頬に突き刺さり、体を回転させながら吹っ飛んで地面に顔を擦り付ける。


 なんだこれどうなってんだ!めちゃくちゃいてーぞ!


「変なとこ触んないでよね!!」


 仁王立ちするうさぎのぬいぐるみは、キツイ言葉とは裏腹に可愛いさを振りまいている。


「それ……なに?」

「それとは失礼な!あたちはななみの友達よ!」

「仕組みは私にも分からない……初対面のはずなのに……でも、なぜだかこのうさちゃんの事を知ってる」

「未知の技術か。む、この指輪は……」


 うさぎの所有者も含めて、全員が動くぬいぐるみには驚きを隠せない。

 そして、メガネの男が落とした視線の先、木箱の中身には十個の指輪が無造作に転がっている。


「俺の指輪……なのか?でもこの技術ありえない」


 メガネの男はブツブツと呟きながら、指輪を拾い自身の指へとはめていく。


 同時に、メガネの女の子も箱の中からカードの束を拾いあげた。


「あ、このカードは私のだ。こんな大事なものがなぜここに!」

「手紙にはムーという人が送ったと書いてるけど、謎が多すぎるわ」

「本当に謎だねー。ん?

 本と、ハリー・○ッターの杖と、こんにゃく?みたいな物が余ってるよ。

 ってこの本……エ○チな本!?非常にけしからん。私が預かっておこう」

「待て!それは俺のだ!触んなよ!」


 俺はすかさずメガネ女子から本を取り上げたる。何故かは知らないが、このエ○本は俺の物だ。


「え?何でエ○チな本?流石に堂々と持ち歩くのはどうかと思うよ」


 メガネ女子の辛辣な言葉。

 そして抱きつき系女子も、俺から一本後ずさる。


「るせー!俺だって知るか!」


 知らない女に変態扱いされるなんて……泣ける。変態なのは認めるけど。


「そしてこのコンニャクは何?」


 メガネ女子が取り出したのはコンニャクだ。

 いやおかしいだろコンニャクは。常温保存でいいのかそれ!?


「張り紙があるよ。えーと……“現地でコミュニケーションが取れないのは不便だよね。食べると言語の壁を取っ払える便利なアイテムだよ”だって」

「あかん」

「二重の意味で、これはあかんわね」

「……さっさと食べて証拠隠滅するしか無いな。猿。お前食べてみろ」

「はぁ!?メガネてめーふざけんなよ。ぶっ殺すぞ!」

「この程度のものでお腹を壊す程、お前は貧弱なのか?それなら俺が食うが?」

「舐めんな!壊すわけねーだろ!俺はコンニャクが大好物なんだよ!」


 舐められてたまっかよ。

 モグモグ。あ、美味しい。


 俺が食べたのを見て、メガネの男もモグモグと食べ始めた。


「私は無理。今ここでコンニャク食べるとか意味分かんないし。ビニールに入れとこ」


 そう言ってメガネ女子は、ポケットからビニール袋を取り出した。


「私のもお願いしていいかしら?」

「どうぞ、どうぞ」


 女子二人は、ビニール袋に入れて持ち運ぶ事にしたそうだ。


 俺は見ず知らずのメガネ男と一緒に、コンニャクを頬張っている。

 なんかやだな。


「後はこのハリー・○ッターの杖だけど……これにも何か貼ってあるね。ええと、“振るだけで回復魔法が使えるよ。怪我したら使ってね。使用回数三回まで”だって」

「なんだそりゃあ。馬鹿じゃねーの」


 魔法の杖は誰の所有物でもなかったらしい。しかしなんだよ回復魔法って。ドラ○エじゃあるまいし。


 そして中身を全て取り出し、木箱は空になった。

 しかし、現状の解決の糸口が見つかるどころか、一層混乱が増していく。


 この身に何が起きているのか。

 動くぬいぐるみ?

 記憶を消された理由は?

 知らない四人が集められたのは何故?

 謎のコンニャク?


 四人の混乱が加速する中、うさぎのぬいぐるみは我関せずといった具合に口を開いた。


「そろそろ夜になるけど。どこで野宿する?あたちお風呂に入りたいけど、仕方ないから今日は我慢するわ。

 そうだ、あーた達の名前を教えなさいよ。

 あたちは“うさちゃん”とななみから呼ばれているわ」


 考えてなかったが野宿もあり得るのか!?

 見渡すばかり小麦畑が広がる平地。近くに雑木林が見えるが、それ以外は遥か彼方まで畑しか見えない。


 もうすぐ日が落ち暗くなるだろう。

 そうなるとどこまで行動できるか……

 うさぎの言う通り、今日はキャンプしてもいいかもしれないな。幸いにも寒くねーし。あれ?今って秋だったよな?


「一条竜也だ。ぬいぐるみに自己紹介するのは初めてだ。ってかそのぬいぐるみ、マジで意味不明過ぎるだろ」

「わわっ!ご、ごめん!うさちゃんが不躾にすみません。私の名前は櫻井奈々実です。宜しくお願いします」

「私は木下雫。宜しくね、うさちゃん!」

「工藤蓮だ。取り敢えず名乗りはしたが、お前らと馴れ合うつもりはない。信用出来ないからな。野宿するなら勝手にしろ。俺は俺で動く」


 工藤蓮と名乗るメガネの男は、この場にいる全員に敵意を向け、一人で歩き出した……かに思えたが、即座に立ち止まり後ろを振り向いた。


 俺が殺気を放ったからだ。

 殺気を感じ取るなんて中々やるじゃねーか。


「おいメガネ。あんま調子に乗ってんじゃねーぞ?俺だっておめーのこと信用できねーんだわ。勝手に動いたら○すぞ」


 しかし工藤は全く動じず、穏やかに喋りだした。


「……お前は二つ間違っている。まず一つ、俺は眼鏡ではない。何でこんなものしてるのか分からないが、俺には必要ない」


 そう言って工藤は眼鏡を外すと、その辺に放り投げた。

 鬱陶しい、と言わんばかりに前髪をかき揚げ、竜也を睨みつける。


「あ!こんなところに捨てちゃ駄目だよ。私が拾っとくね。あれ?そう言えば私も目が悪くないのに、何で眼鏡してるんだろう?」


 独り言を呟く木下を無視して、竜也と工藤は睨み合う。


「そして二つ目。お前に俺は殺せない」

「ほぉー、言ってくれるじゃねーか。やんのか俺と?」

「やってもいいが○ぬのはお前だ」

「雑魚が……ぶっ○す」


 こいつは俺を怒らせた。

 めんどくせーけど、どっちが上か分からせてやるか。

 

「ちょっと、二人共やめてよ!今は喧嘩してる場合じゃないでしょ!」

「あーた達!喧嘩はやめなさい!」

「あーた達!喧嘩はやめるのだ!」


 女子二人とうさちゃんの言葉は全く届かない。なぜなら既に臨戦態勢に入ってるからだ。


 一触即発。

 次の瞬間にはお互いの首が飛ぶ。そんな緊張感を周囲にまき散らす。


 気持ちを掻き立てる様に小麦畑が一斉に騒ぎ出し、ザワザワと大きな音を立てるが、当事者の耳には届かない。


 そして……緊張の糸が伸び切った瞬間。思いがけない襲撃により喧嘩場は破壊された。


「二人共危ない!!」


 木下の叫びに反応して横に飛ぶ二人。

 その直後、丁度二人の頭があった位置を、大きな手が横切った。


「おいおい、なんだこいつ!?」

「チッ……不覚!」

「木のお化け!?」

「やばいってこれ!!」


 体長約2メートルの体躯。体中に木々が絡み合い、人の形を型取っている。


 見たことも、聞いたこともない生物。

 どうやって動いてるんだ?それに何で俺等を襲ってくる?


「麦わら帽子被ってるぞ。ちょっと案山子っぽいな」

「こいつどこから現れたんだ」

「そんな事を言ってる場合じゃないでしょ!?」

「とにかく逃げよ!殺されちゃう!」

「あたちが引き止めてる間に皆逃げて!」

「いいから!うさちゃんは私の肩に乗って!」


 木のお化けは、四人と一匹を捕らえようと軋む指を広げ、リーチの長い腕を伸ばしてくる。

 しかし動きが遅く、目で見て簡単に避けることが出来る。


「急いで男子!何してるの!?」


 櫻井の切実な叫び。

 女子二人は既に走り出している。

 しかし俺と工藤は、木のお化けに体を向け対峙していた。


「俺は今機嫌が悪い。バキバキの計だ」

「俺の領域を侵した罪を償わせてやる」


ーーー


「お前はすっこんでろ。ケガするぞ」

「それは俺のセリフだ」

「あ?」

「……猿が」


「ち、ちょっと!!危ない!!」


 化け物に襲われてる中、余所見をするなんて言語道断。

 俺と工藤が牽制し合った瞬間、木のお化けは俺に襲いかかった。

 大きな手の平が頭全体を覆い視界が遮られる。


「逃げて!!」


 櫻井の声が通り抜ける。


 しかし駄目だ。もう間に合わない!

 誰もがそう思った。

 

 一瞬の間。


 次の瞬間には竜也の頭は潰れたトマトになる。皆がそう確信した瞬間。


 バアアン!!


 木のお化けの右手が爆ぜた。


「やっぱり脆いな」


 バアアン!!バアアン!!


 続けて木のお化けは体の中心が爆ぜ、上半身と下半身に分離した。


「結局ただの木じゃねーか」

 

 木のお化けに興味を無くした俺は振り返り、“終わったぞ”と一言。


 ドシーンと大きな音を立てて倒れ込む木のお化け。


「はい?」

「え?……えぇぇぇ!!??な、な、何が……」

「あたち……あたち……」


 困惑する二人と一匹。

 目にも止まらぬ速さで動いた拳が、木のお化けを打ち砕いたのだ。


 俺にとってはこの程度造作もねぇ。


 バカアアアン!!!


「おい、やるなら最後まで処理しろ」


 続けて聞こえる破壊音。

 俺の後ろで大きな斧を振り下ろした蓮は、まだ動いていた木のお化けの上半身を、真っ二つに叩き割った。


「めんどくせーな。てめーを掃除係に任命するから綺麗にしておけ。つーかその斧どっから出てきたんだ」


 女子二人と一匹は展開についていけず、呆気に取られぼーっと佇んでいる。


「な、な、な、何が起きてるのよーー!!」

「櫻井さんこの人達も化け物かも」

「あたち……怖い……」


「おい、俺は人間だぞ。化け物扱いするな」

「シッ!………………囲まれてるな」


 工藤は人差し指を口に当て、静寂を促した。


 気付けば先程まで明るかった夕日は、いつの間にか薄明空へと変わっており、金色の小麦は光を失い、深い影が辺を覆い尽くしていた。


 一時の静寂の後……


 ズズズッ

 ズズズズッ


 何かを引きずる様な音と共に、周囲で影が起き上がっていく。さながら墓から出てくるゾンビの如く。


「に……逃げなきゃ」


 無数の影が小麦畑一帯に姿を表した。


「この木材こんなにいたのかよ。めんどくせー」

「既に補足されてるな」

「君達が強いのは分かったけどさ。この数は無理だよ!逃げよう!」

「無理では無いが……めんどくせーからな。逃げるか」

「そこの雑木林まで走れ!!」


ーーー


「はぁはぁはぁ、何よあの化け物。もう追ってこないよね!?」

「はぁはぁ、うん……多分撒いたと思う」

「あたちおしっこチビリそうだった」


 畑と隣接している雑木林に駆け込むと、木のお化けは追ってこなくなった。

 日は完全に落ち、眼の前には真っ暗な闇が広がっている。


「あああー!クソッ!何で何も思い出せねーんだ!?」

「本当にどうなってるの?何が起きてるのよ!!」

「もうお終いだ。これはデスゲームなんだ。私達殺されちゃうんだ!」

「おい!!静かにしろ!!何も聴こえないだろ!ここが何処だか分かってるのか!?」


 怒り露わにする工藤。

 その姿を見た俺達は口を継ぐんだ。


「気持ちは分かるが、悲観してる場合じゃないだろ!!状況がどうであれ、今を考えろ!周りを見ろ!危機的状況なのが分からないのか!?」


 なんか急によく喋るなこいつ。


「お前、俺達とは別々で行動するって言ってなかったか?」

「………………ふん!お前らがのたれ死にしても目覚めが悪いからな!少しの間、俺が手を貸してやる」


 腕を組み、ふんぞり返りながら横柄な態度で言い放つ。なんでこいつ常に偉そうなんだ。


 そこに、おどおどとした様子で櫻井が話しかけてきた。


「あの……皆で力を合わせない?皆で協力してお家に帰る方法を考えようよ」

「あーた達。ななみの言う事に従いなさい。そうじゃないと、あたちがけちょんけちょんにするわよ」

「うさちゃん!余計なこと言わないでよ!あははは、ごめんね。うちのうさちゃんって少し変わり者なので」

「ななみ。初対面で舐められたらだめよ。最初が肝心なんだからね」

「もー、誰がそんな事を吹き込んだのよ」


 協力……か。

 確かにそれが一番良いのかもしれねぇな。

 悔しいが俺には、現状どう行動するのがベストか思いつかねぇ。

 四つの脳みそと一つの綿毛で考えたほうが明らかに効率がいいだろう。


「いいぜ。俺はお前らと協力する。まぁ、大袈裟に考え過ぎかもしれないがな」

「私も私も!早くお家に帰りたいもん!」

「……賢明な判断だな」


 四人は協力体制を敷く事にした。

 たかだか家に帰るだけ。それなのにこの胸騒ぎはなんだ。

 さっきの化物達もそうだが、明らかに異質な状況に巻き込まれている。

 協力は必要不可欠。肌でそう感じる。


 そしてそれは他の三人も同じのようだ。


「よし、最悪のケースを想定して動くぞ」

「最悪のケースとは?」

「手紙の内容の通りだった場合だ」

「そんな!……でもそれはありえないって……」

「こんなこと考えるのはリスク管理の範疇を超えているかもしれない。100%ありえないことだからな。

 だけど、もうお前らも感じているだろ?

 100%ありえないことが、既にこの身に起きている。

 現実と空想が入り混じっているんだ」

「私達の知ってる世界じゃないってこと……?」

「勿論断言はできない。あくまで仮定だ」


 工藤は、ここを別の惑星と仮定するようだ。

 俺としては否定したい気分だが、第六感がその仮定を受け入れる。


「とにかく。今は夜に備えるぞ。俺は周囲を偵察ついでに水や食料を探してくる」

「え!?一人でこの真っ暗な森に入ろうとしてるの!?」

「流石に危険すぎじゃない?」

「ほっとけ。こいつ一人で周辺調査から食料確保までしてくれるって言ってんだ。その間、俺達は体を休められてラッキーじゃねぇか」

「協力とはいったい……」

「構わん。足手まといにしかならないからな。お前らはここで待機。火起こしでもして待っていろ。それぐらいできるよな?猿」

「あ?火起こしなんて五秒で終わるわ。てめーはしっかり仕事を果たしてこい。一時間で戻ってこいよ。

 まぁ、俺なら三十分で十分だけどな」

「二十分で戻る」

「てめーフカシてんじゃねぇぞ。おい!!後悔するなよ!!」


 二十分で戻る。そう言うと、工藤は俺を無視して、森の中へ消えていった。


「本当に男子って馬鹿よね」

「うんうん、プライドの塊って感じだね」


ーーー


 パチパチと音を散らしながら炎が揺らぐ。

 四人の男女は、焚き火の傍に腰を落ち着ける。食事も済み、一段落といった具合である。


「木下さんは何組?」

「私は3組だよ。櫻井さんは?」

「私は1組よ」

「俺も1組だぞ。一緒のクラスかよ」


 同じクラスで、これだけ可愛ければ絶対に覚えている筈なのに。マジで記憶がねーぞ。


「工藤くんは?」

「俺は5組だ」

「……やっぱり誰も分からないよね」


 木下の言う通り、全員が誰のことも分からない顔をしている。

 手紙の内容。工藤の言っていた最悪のケース。

 徐々に埋まっていくピースが、有無を言わさずに現実を突きつけてくる。 


「木下、手紙をもう一度見せてくれ」


 工藤の声がけに、木下はスカートのポケットにしまっていた手紙を取り出した。


「ムーという人物曰く、俺達の記憶を封印したらしいが、これは実際に検証されたな。俺達は記憶の一部が欠落している」


 これには全員が首を縦に振るしかない。

 記憶が無くなってるのは確かだからな。


「私達何に巻き込まれてるんだろう。ただ普通に高校生活送ってただけなのに……」

「一条君と工藤君は普通とは思えないんだけど。何でそんなに強いの?」

「別に俺だって普通の高校生だぞ。ただ、普段から鍛えてるからな。腕っぷしには自信がある」

「俺も同じようなものだ」


 女子二人は怪訝な眼差しを向けるが、本当にそうだから仕方がない。

 しかし女子が言いたいことも分かる。この工藤とかいう男、こいつは宣言通り二十分で周辺調査と食料確保までこなしやがった。

 更に食器類を自作するスキルまで備えてるときた。

 恐らく、俺と同じレベルのサバイバル能力を持っている。

 本当に俺と同じ?……信じられん。

 

「重要な項目をピックアップするぞ」


 そう言って工藤は五つの項目を取り上げた。


「惑星フロウ、ミッション、エイリアン、地球を救った、天体の管理者ムー、この辺がキーワードだな」


 どれも聞き慣れない単語だ。SF映画じゃあるまいし。現実世界では使われない単語ばっかりだぞ。

 地球を救ったなんて“アルマゲドン”の世界やん。※近い


「だが俺達はこれらを話し合う前に、先に確認しなければいけないことがある」


 工藤は皆の注目を集めると、他三人に向けて手の平を差し出した。


「この指輪の能力……武器の生成」


 工藤の手の平で微粒子がモビライズされていく。それは一瞬の出来事だった。


 見ただけでわかる。


 焚き火の揺らぎに合わせて、妖艶に光を反射する刀身。握られた柄からその質感も伝わってくる。


「嘘……でしょ」

「刀?いやいや……えぇ!?」

「お前今何したんだ……」


 握られるは刀。

 工藤が軽く振ると、ヒュッと音を立て空を切る。

 間違いなく本物の刀だ。


 「この指輪の力だ。俺が思い描く武器を生成できる。三分過ぎたら自動的に消えてしまうが、何度でも作り出すことができる」

「何そのチート能力」

「そんなこと可能なの?」

「こんな技術聞いたことも見たこともねーぞ」


 工藤は三人を見渡すと、首を縦に頷いた。


「お前らの考えてる通り。これは地球上には存在しない技術だ」

「でも実際に出来てるじゃん」

「俺達が無知なだけだろ?どっかの国が開発したんじゃねーの」

「わ、私もそう思う!」


 批判する俺等に対して、工藤は力なく首を横に振った。


「無理なんだよ。物理法則を無視して無から有を生み出すなんて。

 それに、なんで俺はこの指輪を所持しているのか?なんで使用方法を知っているのか?それすらも分からない」


 俺だって頭では分かっている。

 これは科学を超越しているって事ぐらい。

 認めたくないだけだ。


「俺の指輪についてはなしたぞ。次はうさちゃんについて教えてくれ」

「はい……」

「後で抱っこさせてくれ」

「はい……?」

「何でもない」

「……うさちゃんは私の分身なの。あ、ごめんなさい。意味が分からないよね」

「気にせず続けろ。どんな能力を持ってるんだ?」


 どんな能力。

 工藤の指輪があれだけの性能なんだ。うさぎの方も凄い力を秘めていると考えるのが普通か。


 当のぬいぐるみは地べたに横になり、鼻ちょうちんを膨らませながら“すぴーすぴー”と音を立てて眠っている。


 こいつ絶対にぬいぐるみじゃないだろ。


「ちょっと探ってみるわ」


 櫻井は目を閉じると、うーんと唸りながらうさぎを探り始める。

 分身とか言ってたしな。テレパシーで繋がってるのだろうか。


「二つスキルを持ってるわね。一つは“コピー”目で見た動きや魔法を真似出来るみたい」

「魔法?」

「う、うん。そういう説明なんだよね」


 櫻井は戸惑った様子を見せるが、工藤は気にせず続きを促した。


「もう一つは“愛のある一撃”対象の防御力を無視して大ダメージを与える。対象は愛する者限定。与えたダメージは即座に回復するみたい。よくわからないスキルね」


 ダメージを与えて回復?

 そこを両立させたら駄目だろ。なんだそのスキル。使い道がわからねぇ。


「なるほど。最後のスキルは何とも判断がつかないが、コピーは使えそうだな」

「魔法なんて夢があるね!」

「それよりも、何でこいつが生き物と同じ様に動くのかが気になるぜ。俺はさっき掴んだから分かるが、マジでぬいぐるみだったんだよな」

「今の俺達には、無条件で全てを受け入れるしか選択肢がない。身の安全を考えるならそれがベストだ。その上で考察し、手札を増やしていくぞ」

「おぉ、工藤君って凄いね。落ち着いてるというか、なんていうか」

「頼りになるリーダーって感じよね」

「そうそう!そんな感じ!かっこよき!」

「はぁ!?こいつのどこが頼れるんだよ。陰キャのモブ男じゃねぇか」


 暗い森に響く人の声。

 周囲に脅威がないことは確認済みとはいえ、流石にうるさすぎたみたいだ。


 俺等の声で目を覚ましたうさぎが、櫻井を見上げて声を上げた。

 青筋立ててブチギレである。

 ぬいぐるみに青筋?


「ちょっとあーた達うるさすぎ!いい加減にしてよ!あたちは寝てるんだから邪魔しないでよね!」


 うさぎが怒るのも無理はない。

 俺だって寝てるところを起こされたらイライラするしな。


「ななみ。あーたさっき私のスキル覗いたでしょ」

「ぎくっ!ご、ごめん。勝手に覗いちゃった。駄目……だったかな?」

「別に覗くのは駄目じゃないわ。あたちとななみの仲だもの。ただ、それをこいつらに勝手に伝えたわね?」

「ぎくっ!ご、ごめん!うさちゃんのスキル皆に言っちゃった」


 うさぎは大きくため息を吐き出すと、今後の為に制裁すると言い出した。

 プライバシーの侵害というやつだろうか。うさぎにも当てはまるんだな。


「ななみのおっぱいはDカップ。スマホには自撮りのエロ写真を10枚保存。本気で好きな人に画像を送ろうとしたことがある。そして、好きな人はおっぱいが好きだから、バストアップマッサージに日々勤しんでいる。最近甘いものを食べすぎて体重が3kg増加した」

「ぎゃーーー!!てめーふざけんなうさぎ!!中の綿全部引っ張りだしてやる!!」


 早口で櫻井の情報をまくし立てるうさぎ。

 制裁としては効果覿面だったようだ。

 自身の恥ずかしい情報を露呈され、ブチギレる櫻井。キャラ変わり過ぎじゃね?


 それにしてもDカップか。

 既に胸の大きさは把握していたが、直接言われるとグッとくるものがあるな。


「あたちにそんな態度取るとは愚かだね。もっと恥ずかしい情報を出しちゃうわよ」

「そうわさせないわ!!」


 櫻井の動きは早かった。

 一足飛びで飛び掛かり、伸びた腕がうさぎへと迫る。

 口を抑え込んでジ・エンド。そのつもりだったのだろうが、うさぎの暴露はそれ以上に早かった。


「ななみは最近オ○ニーを覚えた」


 ピシッ……


 空間に亀裂が入った音が聞こえる。


 櫻井は手を伸ばし、空中に浮いた状態で体が固まっている。


 こんな可愛い子もオ○ニーするんだな。

 やべ、想像したら立ちそうだ。


 櫻井はそのままの体制で、ゼンマイ人形の様なぎこちない動きで首を動かし、俺らの居る方へ顔を向けた。


 何か言いたげだが、半開きの口を震わせるだけで中々声が出てこない。かなり動揺している。オ○ニーしてることバラされるのがそんなに嫌だったのか。


「ま……」


 ま?


「まだ一回しかやったことないわよ!!」


 オ○ニーしてること言っちゃったー!


「まだ一回だけ!だからそういう行為が好きとか、そんなんじゃないんだからね!」


 盛大に自爆しておりますがな。

 しょうがないな。俺が助けてやるか。

 こんなに混乱していたら、自爆しまくって最終的に自殺するかもしれん。


「うさぎ。そのへんにしとけ。櫻井も気にすんな。俺等も今の話は忘れるからよ。な、そうだろお前ら?」


 俺は周囲のフォローを求めて問いかける。


「櫻井さんはオ○ニーが好きっと」

「くいっ」


 木下はボソボソと呟きながらメモをとり。

 工藤は顔を真っ赤にしながらエアメガネを持ち上げている。


 駄目だコイツラ。俺がどうにかしないと。


 櫻井は恥ずかしさで顔を両手で覆い、べそをかきながら蹲っている。

 俺は櫻井の下へ駆け寄り声を掛けた。

 泣いてる女を放って置くのは男が廃る。


「おい、そんな気を落とすなって」


 “もうお嫁に行けない”と弱々しく呟く櫻井。

 こりゃあ重症だな。


「もう忘れようぜ。な?そもそも皆してることだ。俺も工藤も……木下だってしてるはずだ。そうだろ木下!」


 一人、ニンマリと笑いながらペンを走らせる木下に向かって問いかける。


「へ?あ……えぇ!?女の子にそれ聞くの!?」

「お前の助けが必要なんだ。頼む答えてくれ。お前だってオ○ニーするだろ?」

「そんなド直球な質問ある?」


 木下は恥じらいを見せる。

 顔を赤らめ、ほっぺたに両手を添えて、回答に困っている様子だ。


 そして木下は、もじもじしながら首を縦に振った。


「ほら!木下だってオ○ニーしてるってよ!木下だってオ○ニー好きなんだよ!」

「私が落ち込んじゃいそうなんだけど」


 櫻井はゆっくりと立ち上がり涙を拭った。


「もう大丈夫。ありがとう一条君」


 櫻井は弱々しく大丈夫と伝えると、俺に優しいほほ笑みを返してくれた。


 ぐっっ!なんだこいつ。めちゃくちゃ可愛いじゃねぇか。こんな顔をされたら好きになってしまうだろーが!


 しかし駄目だ。俺には好きな人が居るんだ!こんなところで浮気をする訳にはいかない!

 あれ?俺に好きな人なんていたっけ?女なら全員好きだが……


「けっ、世話が焼けるやつだな。と、取り敢えずこの件はお終いだ。もう落ち込むなよ!」


 俺は少し恥ずかしくなってそっぽ向いた。櫻井が可愛くて、直視してると色んな感情が芽生えそうだからである。


「ほら。お前も目を覚ませ」


 “櫻井のオ○ニー、木下のオ○ニー”


 ブツブツと一人で呟きながら、意識を失っている工藤の頬をペチペチと叩いて起こす。


 工藤は頭から湯気が出るほど、顔を真っ赤に染め。茹でダコ状態で意識を失っていた。


 こいつが一番重症じゃねーか。お前関係ないだろ。


「もう、あーた達そんなにオ○ニー連呼して頭おかしいんじゃない?流石のあたちですら引いちゃうわよ」


 あっけらかんと言い放つうさぎ。

 元はといえば、こいつが余計なことを暴露しなければ……


「こいつには教育が必要のようだな」

「うさちゃんには教育が必要のようね」


 俺と櫻井はうさぎににじり寄る。


「な、何よ!あたちに何をしよーって言うの?あ、あ、あ、ああああぁぁぁ!」


 “やーーめーーれーー!”といううさぎの遠吠えが闇夜に響き渡るのだった。


ーーー


「おほん!脱線しすぎたな。次は木下のカードについて教えてくれ」

「待ってました!うふふ。先ずは実践してみようか?」

 

木下は手際よく手元のカードをシャッフルする。

 何がそんなに嬉しいのか。木下はずっとニコニコ笑顔である。


「じゃあ今から工藤君を占います!」


 そう言って、木下はカードを一枚無造作に引き抜き、ジロジロと絵柄を見つめている。


 占いか……確かにチラリと見えたカードの絵柄が、タロットカードみたいだったもんな。


 しかし、なんだかしょぼいな。

 工藤は武器の生成。櫻井のうさぎはスキルコピー。木下は占い……


 正直、俺は占いなんて信じられねーんだよな。本当に未来が読めるなら誰もがハッピーになれるっつーの。


 木下は何度か、カードを抜き取っては混ぜを繰り返すと、結果を言い渡した。


「あー、ちょっと不運な内容かも……」


 厳しい表情を見せる木下。

 どーせだったら面白い結果が出てるといいな。


「気にするな。言ってくれ」 

「うん……今から一週間以内。フェローという場所で牢屋に入るっぽい?それには、一条君が起因してるみたい」


「ぶっっ!ははははは!おい工藤。お前牢屋に入れ今すぐ。俺がぶち込んでやる。お前には豚箱がお似合いだ。わははははは!」


 この占い結果は面白すぎるだろ。

 こいつ犯罪者やん。わははははひー


「猿が……今後俺に近づいたら○す」


 くいっとエアメガネを持ち上げる。

 明らかに動揺してやがる。


「ちょっと一条君。ふざけ過ぎだよ!工藤君をそんなにいじめないで!」

「はははは、わりーわりー。面白くてついな。工藤すまんかった。俺は弱者の味方だからよ。お前のことを助けてやるよ。ぷっっ!!」


 あーだめだ。笑いを堪えられねー。


「もう一条君!!って……工藤君!?何で刀を構えてるの?!?」

「止めるな。俺はこいつを○す事に決めた」

「むーりー。ムーリーでーす。俺にイジメられてるお前が、俺を殺せるわけねーだろ」

「猿が……ぶち○す」


 工藤は青筋立ててお怒りの様子。

 刀持ってイキってるのかもしれねーが、俺にはそんな物効かねーしな。

 どっちがライオンか分からせてやるか。


 俺はやる気満々で首や指の骨を鳴らす。

 20%位でいいか。


 その時、二人は完全に喧嘩モードに入った。


 ゴングは無い。いつでも始められる。

 工藤も俺から目を離さないし。

 行くか。


 一瞬で間合いを詰めて、左ジャブ。

 これで倒れなかったら褒めてやる。


 そう思って実行に移す。


 その辺の一般人じゃ何が起きたかわからないだろう……な!?


 俺の放った拳が、シュッっとシャープな音を先頭に空を切った。


 こいつ!目で見て反応して避けた!?


 俺は驚いてる暇も無く、工藤が刀を振り下ろす。


 俺の攻撃の直後。

 糸を通す程の一瞬の隙。


 早い!!


「チッ!!舐めんな!!」


 俺は右手を回転させ、手の甲で刀の腹を弾き、軌道を逸らす。


 目にも止まらぬ速さで行われた攻防。

 

 俺はそのまま後退し、工藤を観察する。

 まさか……内功使ってるのか?

 おもしれー、試してみるか。


「別に峰打ちじゃなくてもいいぞ。ほら、刃で構えろよ。お前中々やる様だからよ。俺もちょっとやる気出てきたわ」


 俺の放つ圧が強くなったのを感じたか。


「くっ……お前何者だ!」


 工藤の顔から余裕が消えた。

 そして、このままでは勝てないと判断したのだろう。

 工藤は刀を消してピストルを生成した。


 げっ!銃は反則だろ!

 ……もっと気を開放しとくか。死にたくないし。


 深い夜が広がる森の中。二人の男は対峙する。

 先程までお互い様子見だった。だが今は……


 高揚感。

 心臓の音が聞こえる。肺に取り込む空気も、いつもと違って重量がある。

 こんな感情は久しぶりだ。親父以外でここまで気持ちが高ぶるなんてな。

 工藤は紛れもなく武道を身につけている。それも高レベルで。

 

 流石に俺よりも強いってことはあり得ない。

 だがこいつの雰囲気は……

 絶対に負けられないという気迫を感じる。


「なんだよ……つえーじゃねぇか」


 俺は小さな声で、独り言を呟いた。


 工藤の頬をつたう汗が見える。

 よし、行くぜ!!


「いい加減にしなさーい!!」

「おっっげぶぅぶぶぶー!!」


「だめーーーーー!!!」

「な!?」


 横っ腹に激痛。

 あり得ない角度でくの字に曲がる俺の体。

 

 ダイナマイトが隣で爆発したかのような衝撃が体を襲う。しかしこれは爆弾ではない。


 ふっ飛ばされる瞬間。視界には、俺にパンチする櫻井と、工藤に抱きついて動きを止める木下の姿が映っていた。


ーーー


 いいいいいい!はばばばばばば!!!!

 いっっってぇぇぇーーーーーー!!

 死んだ!絶対に死んだ!体破裂して二つになった!


 あれ、生きてる!?いや……死んだ!?

 痛くない!?どうなった!?


 何事もなかったかのように、俺の体はピンピンしている。何だったんだ今の激痛は。一瞬意識飛んだぞ。


 俺は、体が破裂して二つになってないことを再度確認して、ゆっくり体を起こした。


 目の前には、腕を組み仁王立ちで俺を見下ろす櫻井と、同じポーズで肩に乗っているうさぎが佇んでいる。


 その顔は鬼。地獄から地上に姿を表した鬼そのものだ。見たことないけど、そうに違いない。

 俺の体は無意識のうちに震え、正座していた。


「あんたら何やってるのよ!!あんなの喧嘩の範疇を超えてるじゃない!!初対面だろうと私は怒るわよ!!ねぇ、聞いてる!?」


 俺は確かに気で体を覆っていた。

 銃で打たれても死なない程、頑丈になっていたはずだ。それを突破されるなんて、意味が分からない。

 

「聞いてるの!?」

「はっ!はひぃーー!」


 憤怒の形相で迫る櫻井。

 いつまた徹甲弾が飛んでくるか分からない恐怖。次は本当に死ぬかもしれない。 


 櫻井は、おしとやかで可愛くて、控えめで怖がりで、誰かが守ってやらなくてはいけない。そんな事を思っていた時期が僕にもありました。


 しかしそれは僕の妄想でした。


 なんと実は……猫をかぶったゴリラだったのです。


「喧嘩禁止!いいわね?」


 首を大きく縦に振る。

 何度も。

 俺に選択肢などないのだから。


「はぁ、木下さん。工藤君は大丈夫?」

「うん。なんか抱きついたらカッチカチになっちゃった」

「おい、誤解を与える言い方やめろ」

「え?でも立ったままだし、凄く硬いよ?」

「連想するて、その言い方。立つと硬いを組み合わせるな」

「カッチカチやぞ!」


 工藤お前……女耐性がゼロなんだな。

 ゼロどころかマイナスか……


 工藤は木下に腕ごとホールドされ、直立不動の姿勢で石像になっている。

 そんな状況を良しとし、ペロリと舌舐めずりに、悪い笑みを浮かべる木下。


 抵抗しない工藤をいいことに、体を弄り始めた。


「はぁ、はぁ、筋肉凄っ……くんか、くんか、男の匂いがする。はぁ、はぁ、あ、また硬くなった」


 木下の手は工藤のシャツの中へ滑り込み、その下に隠された筋肉を堪能し始める。


 我を忘れて工藤を貪り食う木下。


 とんだ変態じゃねーかこいつ!

 俺も人の事言えないけど、こいつも大概だな!


 あ!耳を食べ始めた。

 このままだと工藤が本当に死んでしまう!

 既に工藤のHPはゼロである。


「櫻井!工藤を助けるぞ!」

「へ?あ、あぁ!うん!」


 二人を恥ずかしそうに眺めていた櫻井も行動に移す。


「んだこいつ!クソ重てー!離れないぞ!?」

「張り付いてる!?タコみたいに張り付いてるよこれ!」


 全身で工藤に絡みつく木下。


 いや、まじで離れない!!

 どうなってんだこいつ!!


ーーー


「えーと、どこまで話ししたっけ?」

「この妖怪が占いをしたところまでだ」

「ぷんぷん!妖怪だなんて酷い!それに、邪魔をされて私怒ってんだからね!」

「こいつ見てそんな事言えるのか?」


 俺の親指の先には、工藤の屍が転がっている。


「なははは。ちょっとやりすぎたかな?」

「ちょっとじゃねぇだろ。どうすんだこいつ」


 “ジョシ。ヤワラカイ。ゼンシン。アッタカイ”


 壊れた工藤は、虚ろな眼差しで同じ言葉を繰り返している。

 なんか普通に、羨まし事を口ずさんでいるんだが。


「そうだ!このハリー・○ッターの杖を使おう!絶対にそれがいいよ!流石私!」


 お前が元凶だからな!?それを常々忘れるなよ!?


「効果の程はわからんが、使ってみてもいいかもな」

「私も使った方が良いと思う」


 満場一致で杖を使うことが決まった。

 工藤、待っとれよ!今助けたる。


「でも使うったってどうすれば良いんだろう?何か呪文でも唱えるのかな?」


 杖を手に持った木下は、ブンブンブンと杖を振り下ろす。


 キラリン。キラリン。キラリン。


「ん?」

「ん?」

「は?」


 光の粒子が三度に渡り、工藤の体を覆い尽くす。


「え?」

「ん?」

「は?」


「いや、ん?じゃなくて。今三回発動しなかったか?」

「ん?工藤君はどうなったかな?」

「いや待て、今三回発動したか?」

「ん?…………発動したけど何か?」

「何か?じゃねえ。何で開き直ってんだよ。それ三回しか使えないんだろ?」

「ん?そうだけど何か?工藤君を救う為には三回使うのがベストだと判断しましたが?それで工藤君を救えるなら使うべきでしょ?」

「別に責めてねーから!後に引けなくなるならやめとけよ!」

「うぇーーーん!!ごめんなさい!!私三回使っちゃったみたいー!!」

「一条君。木下さんも悪気があったわけじゃないんだから。許してあげたら?」

「だから責めてねーって!……少し驚いただけだよ。ごめんな詰め寄って」

「グスン、グスン、分かった。許してあげる」


 俺が悪かったの?

 なんか納得いかねー


「俺寝てたのか……おい、俺がいない間に何があったんだ?」


 何事もなかったかのように立ち上がる工藤。

 全ての状態異常から回復したのは良かったが、何があったのか覚えていない様子。


 ふざけんな!俺と櫻井がどれだけ苦労して、木下を引き剥がしたと思ってるんだ! 


「おめーと木下が体を擦り合わせて、ソーププレイしてたせいでこうなったんだよ」

「一条君!そんなこと言っちゃうと!」


 エチエチのフラッシュバック。

 工藤は木下の体を思い出し、再び同じ言葉を繰り返す人形へと成り下がった。

 “ジョシ。ヤワラカイ。ゼンシン。アッタカイ”


「私って罪な女だね」

「言ってる場合か。もうどうすることもできないぞ」


 マジかよ……もうハリー・○ッターの杖も使えないってのに。

 めんどくせー。ダメだこいつ。ここに捨てていこう。


「あの……」


 工藤人形を捨てる決心をした矢先。

 櫻井の小さな声が耳に届いた。


「どうした。お前も工藤を捨てる決心をしたのか?」

「す、捨てる!?いやいや!そんな事考えてないわよ!……うさちゃんから話があるそうで」


 うさぎが?


 櫻井の紹介に預かったうさぎは、堂々とした態度で我々の前に一歩踏み出した。

 ドヤ顔でふんぞり返っているが……


「あたち回復まほう覚えた」


 !?

 俺と木下は驚きの表情を見せる。


「コピースキルか。やるじゃねーかうさぎ。見直したぜ」

「マイスイートうさちゃん!大好きギュッ、ギュッー」

「よせやい。てれるじゃねーか」


 カッコよく決めてるつもりだろうが、見た目がうさぎなので、子供のお遊びにしか見えない。


「そいじゃあ治すわよー。それっ」


 キラリン


 うさぎが小さい手を振ると、工藤は光の粒子に包まれた。本日四度目の回復魔法である。


 まばらな拍手がうさぎを包み、満足げな表情を浮かべている。


「おおー。すげーなうさぎ……っっ!?」

「「うさちゃん!?」」


 うさぎが急に地面に突っ伏した。

 俺達はうさぎに駆け寄り、櫻井が抱きかかえた。

 呼吸が短く、息を切らしている。


「あ、あたちはだいじょうぶ。ちょっと疲れただけ。休んだらまた元気になるから」


 そう言って、うさぎは櫻井の腕の中で眠りについた。


「はぁービックリした!うさちゃん死んだのかと思ったよ」

「疲れてるだけみたいね」

「だな。気持ちよさそうに寝てやがる。こいつは頑張ったよ」


 皆がほっと胸をなでおろす。

 うさぎがこんなに頑張ると思わなかったぜ。


 俺達が温かい眼差しをうさぎに向けている中、何も知らない工藤が目を覚ました。


「俺寝てたのか……おい、俺がいない間に何があったんだ?」


 なんか腹立つなこいつ。


ーーー


「えーと、どこまで話ししたっけ?」

「この妖怪が占いを…………ってこの話もひと昔前にしたわ!」

「ぷんぷん!妖怪だなんて酷い!それに、邪魔をされて私怒ってんだからね!」

「いいてもう」

「俺が迷惑を掛けたようですまなかった。無駄な時間を過ごさせてしまったな」

「無駄だったような、無駄で無かったような……」

「実りがなかった様で、実りがあったような……」

「ひとまず、杖はゴミになったけど、うさちゃんが魔法を覚えられたから。結果的に良かったよね」

「杖のことゴミって言うなよ」


 寝てるうさぎをよそに、俺達は再び焚き火の周りに腰を落ち着けた。そして、温かい火は心をも落ち着けてくれる。

 先程までの喧騒が嘘のように無くなり、森は本来の静けさを取り戻した。


 どこからか聞こえる虫の鳴き声。


 俺達は話を再開した。


「木下……さんの占いが本当なら、これはかなり凄い事だぞ」


 あ、屈服したこいつ。

 さっきまで呼び捨てにしてたくせに。急にさん付けしやがった。

 木下には頭が上がらなくなったか。


「考えてもみろ。俺達が全く知り得ない情報を入手した上、さらに具体的な出来事まで予測してるんだ。重宝すべきアイテムだな」

「そのとーり!占いは凄いんだよ」

「確かにそうかもな」

「そうね」


 木下は褒められたのが余程嬉しかったのか、えへへと笑い上機嫌である。


「占いの事は分かった。最後はお前だ。その本はどんな力を秘めている?」

「別に。ただのエロ本だ。それ以上でも、それ以下でもない」

「は?もっと分かりやすく説明しろ」

「分かりやすく説明したろーが。これはただのエロ本だ。能力なんてものは秘めていない」

「見た相手を強制的に絶頂させるとか?」

「なにそれ怖い……」

「お前のことだ。それくらいやりかねない」


 どゆこと?俺お前らに何かしたっけ?

 俺のことなんだと思ってるんだ。


「だから。ただのエロ本なんだって。俺がぬく為ものだよ!」

「木下さん。ぬくって何?」

「男の子が自分の“ピー”を上下に擦って射○することだよ。皆が大好きなオ○二ーってこと」


 木下の説明をうけて、恥ずかしそうに下を向く櫻井。

 チラチラと俺に視線を向ける櫻井と、視線が重なった。


 そして逸らす。


 ウブなやつよのお。

 いったい何を想像しているのやら。

 耐性なさすぎると工藤になるから気をつけろよ。


「しかし他のアイテムは全て、なんらかの力が宿っている。お前のだけ無いってのはおかしくないか?仮にもあの箱から出てきたんだぞ?」

「めんどくせーな。俺にも知るかよ。ムーってやつに聞いて来い」

「私もおかしいと思うなー。一条君が知らないだけで、実は何か力を秘めているんじゃない?」

「その点はお前らと一緒だよ。俺も見た瞬間に、これが何か理解したんだからな」


 俺の説明に納得したのか、工藤の俺に対する疑いの眼差しが解消された。


「工藤君は納得したみたいだけど、私はそうは思わないなー。ね、櫻井さんもそう思うでしょ?」

「え?う、うん。よくわからないけど、そうかも」


 上の空だった櫻井を巻込み、俺を糾弾する。

 木下のやつ妙に突っかかるじゃねーか。


「使ってみたら?もしかしたら、使って初めて何か気付くこともあるかもよ?」

「いやお前、使うったってな……」

「大丈夫!恥ずかしいだろうし、立ち会うのは私だけにするから!ほら、そこの草陰に行こ」

「お、おい。押すなよ」

「待てお前ら。いったい何をするつもりだ?」

「工藤君は気にしなくて大丈夫だよ。私が納得したいだけ。ただの確認だからさ」


 半ば強引に連れ込まれた草陰で、俺は木下と二人っきりになった。


「さぁ。見せて一条君」

「じょ、冗談だよな?」

「私は本気だよ。先ずはズボン脱ごっか?」


 木下は、セリフを言い終えるや否や、いつの間にか俺のズボンは下ろされていた。いつベルトをカチャカチャして、チャックをジーしたのかもわからない。


「おぉ!わかる!わかるぞ形が!ハァハァ。落ち着け雫。パンツを下ろすまでが勝負だぞ!ハァハァ。実はただ“ピー”が見たいだけだと悟られるなよ!!」


 全部口に出てるがな。初対面の俺にここまでするなんて。こいつただの変態やん。

 しかし、変態なら俺も負ける訳にはいかない。俺は自分の変態に誇りを持っているからな。


 そう考えると、俺もこの状況に興奮してきた。

 俺の股間を女子が凝視している。それだけで……


「あ、凄い……ここ、大きくなってるよ?」

「見て見るか?」

「え!?いいの!?」

「あぁ、脱がしてくれ」


 木下は俺の堂々とした態度に、一瞬怯んだ顔を見せるも大きく唾を飲み込み、更に顔を近づける。


「しかし、初対面の俺にどうしてそんな事が出来るんだ?」


 こいつの行動は異常だ。

 いくら変態とは言え、初対面の人間に対してここまで出来るか?

 それに、出会った時よりも大胆になってる気がする。

 最初は性格の明るい女子。程度の認識だったが、これじゃあただの痴女じゃねーか。


 俺の問いかけに木下は手を止め、心無い口調で返答する。


「んー、夢みたいだから?かな。なんか現実味が無くてさ。だからこそ初対面だと都合がいいんだよ。それに……」

「どうした口ごもって」

「……なんだかさ、淋しいんだ。記憶が無いせいか、心にぽっかり穴が空いてる気がして。それを埋めたい気持ちがあるのかも」


 言われてみると俺もそうだ。

 漠然とした不安を抱え、今考えてること全てに疑問を覚える。


 記憶の封印……思ってる以上に厄介だな。


「……チッ。俺はお前にとって都合の良い男じゃねーんだよ。馬鹿なことやってないで戻るぞ」


 木下にはわりーが、お前の穴埋めに付き合うつもりはない。それに恐らく……それだと穴が広がるだけだ。


 俺はズボンを上げてベルトを締める。そして木下の目を見据え、“ほら、行くぞ”と促した。


「どうして続けなかったの?」

「はっ、お前に俺はまだはえーよ」

「ふーん」

「何だよその顔。文句あんのか?」

「ううん。一条君ってカッコいいね」


 他者を幸せにする笑顔とは、この事を言うのだろう。

 木下の笑顔は不安を吹き飛ばし、俺の心を包み込む。

 俺は木下の可愛らしい笑顔を直視出来ず、顔を逸らした。俺自身の照れ隠しでもある。


「んだよそれ」


 草をかき分け、俺と木下は焚き火の下へ戻っていった。


ーーー


「まぁこの際、こいつの本はどうでもいい。恐らく出来ることも少なく、脳筋タイプだろう」


 こいつ、後でぜってー○す。


「工藤君。そんな言い方良くないと思うな。見た目はヤンキーだけど、一条君は優しくて良い人だよ」


 木下……なんて優しい子。見た目は余計だ。


「ふん、貴様らの言い分なんて聞く気はない。俺がそう思ったんだ。異論も認めない」


 なんて横暴なやつだ。こいつ協力する気無いだろ。


「工藤君にまた抱きついちゃおうかなー」

「木下……さんの言ってる事も無下には出来ない。そうだろ?櫻井」

「私クッションにされたんだけど」


 工藤の言ってることに間違いはない。だけど、こいつに言われると腹立つんだよな。

 つーか色々と面倒くさくなってきた。


「めんどくせーな。俺のことはもう気にするな。俺は武術の達人だ。それだけ理解してればいい」

「武術の達人って……高校生で!?」

「ただのヤンキーではないのだ!」

「……チッ。強いのは認めてやる」


 こうして俺達の特性紹介が終わった。

 内容の濃い話し合いだったと思う。


「よし、ある程度裏付けが取れたな。今一度整理するぞ」


 工藤は皆の意識を集中させ、話を切り出した。


「やはりここは、地球外である可能性が高い。なぜなら、俺達が所持している品や回復魔法といった類のものは、地球上に存在しないからだ。それを踏まえて、ムーの言葉を整理すると……」


 俺達はどういう訳か地球を救い、ムーに目をつけられ、惑星フロウに飛ばされた。

 ムーからの要望は惑星フロウを救う事。

 その為にはミッションをこなし、失った記憶を取り戻し、エイリアンを倒す。そんな筋書きだろう。


 というのが工藤の見解である。


「まるで異世界転生ものだね」

「え?なにそれ」

「流行りのジャンルだよ。現世で死んだ主人公が、全く別の世界に転生して、その世界にいる魔王を倒す。的なやつ」

「へー、確かにその状況と似てるわね。つまり手紙の○○してくれってのは、エイリアンを倒してくれって意味なのね」

「かもね」

「めんどくせー。ダル過ぎんだろ」

「結局のところ仮定に過ぎないが、明日になったら色々と分かる事も増えるだろう。今日のところはもう休もう。明日は小麦畑を抜けるぞ」

「そうね」

「はーい」

「おう」


 俺達は現状に悲観する事なく眠りについた。

 まぁ、他の奴らが心の中で思ってることはわからないが、前向きに明日のことを考えていると思う。


 男女は炭を囲い。見知らぬ星空を見上げる。

 まだ見ぬ明日を夢思いながら。


ーーー


「ふぅー、疲れた。うん、やっぱり慣れないことはするもんじゃないね」


 大きな柱が等間隔で並ぶだだっ広い空間。

 多種多様な機能を搭載した機関車が、静謐とした空間のど真ん中に鎮座している。


 ムーは肩の凝りを取りながら、自慢の機関車に向かって歩き出した。


 伸びるレールは遥か遠くまで続き、レールの向かう先はムーのみが知っている。

 

「よお、なんだか楽しいことやってんな」


 機関車に乗り込む直前、ムーの背後から声が聴こえた。

 ムーは反射的に振り返ると、そこには一人の人物が不敵な笑みを浮かべながら佇んでいた。


「あり得ない……ここは私のプライベート空間だ。君のような下賤な輩に見つかるはずがない!」


 ムーは困惑した表情を浮かべ、声を荒げる。

 ここは何重にも隠蔽を施した絶対空間。

 管理者よりも上の存在である『選定者』『保安局』『大上院』等でも見つける事が出来ないだろう。それなのに……


 ムーの目の前にいる人物

 それは“点滅者ナー”

 ムーにとって最も忌むべき存在であり、最も憎らしくも恐ろしい存在である。


「おいおい、下賤は言い過ぎだろう。そのトロフィー似合ってるぜ。相棒(笑)」

「うん。この際、どうやってここを見つけたかはどうでもいい。何しに来たんだい?私を殺しに来たのかい?」

「はーはっはは!お前を殺すわけ無いだろう!面白そうな匂いがしたからなぁ。気になって見に来ただけさ。

 最も、点滅者ローは怒り狂ってるぜ。惑星ティラをぶっ壊せなかったからな。

 いったいどうやって隕石を防いだ?」

「うん、教える訳ないだろう!言っておくが、毎回君やローの思い通りになると思うなよ!」


 ナーは大きく鋭い爪を、カチカチと鳴らしながら上機嫌に笑う。


「ははははは!流石は俺樣の相棒だ。搾取のしがいがあるってもんだぜ」

「うん、笑ってられるのも今のうちだぞ。私は君から、フロウを取り返すつもりだからね」


 ナーの眉間が微かに動く。

 上機嫌だったナーは、ムーの宣言を受けて不機嫌な顔へと変化した。

 大きな爪を擦り合わせ、ガリガリと音を響かせる。


「フロウはもう俺様の物だ。俺樣の下僕達が既に惑星を制圧している。お前は残り汁でも啜っていろ」


 強者の余裕だろうか。

 ナーは自身が有利な立場に立っていると考え、直ぐに余裕を取り戻し、ムーを見下し始める。


 しかしムーとて無策ではない。

 先に送った四人の勇者。彼らは必ずエイリアンを倒してくれると信じている。


「君の下僕達を駆逐する」

「は?何を言い出すかと思えば。それが出来ないから、お前は鍋底を漁ってるんだろうが(笑)」

「うん、私も少し前までは諦めていた。でも気付かされたよ。惑星の生命体が持つ可能性は無限だと」

「あ?まさか……さっきいた人間共か!?何を企んでやがる!!」

「うん?まさか焦ってるのかい?あはははは!君が焦ってる?最高の気分だ。私は彼等を信じてる。必ず君の下僕達を消滅させてやる」


 ナーはこみ上げる怒りを抑えきれずにいた。表情を歪め、鋭い歯を上下で擦り合わせ、ゴリゴリと音を立てる。


「うん、君の大好きな言葉があるだろう?日常は幻想だってやつ。その言葉通りだね。君の日常は幻想の様に消え去るだろう。容赦なくね」


 ドカーン!!!


 ナーは怒りに任せて、近くの柱一本をぶっ飛ばした。

 甲殻類の様に、硬い皮膚で覆われた拳が、柱を粉々に打ち砕いたのだ。


「……くっくっくっ、なに勝ったつもりでいるんだ?間抜けめ。俺様にカミングアウトしたのは愚行だったな」


 ナーは不気味に笑い、一つの卵を召喚した。 

 紫黒色の殻に覆われ、中では何かが脈打ち、蠢いている。


「うん?なんだ……それは!?」


 一言で表すなら“歪”

 見た目ではなく雰囲気が、である。


 直視出来ない程気持ちが悪い。

 

 ムーは我慢出来ず、その場で嘔吐した。


 それを見たナーは、満足そうに口角を吊り上げる。


「こいつは王。下僕達を束ねる存在だ。見たら分かるだろ?こいつは一人で、惑星を落とせる程の力を秘めている」

「やめろ!保安局が黙ってるはずがない。駆逐されておしまいだ」

「惑星を落とせる程の力があるんだぞ?保安局なら、フロウごと封印するだろうぜ。そうなる前に、俺が全て頂いてやる」


 “S級の隔離生物”クラスか……もしフロウが封印されたら、私には手出し出来なくなってしまう。一番最悪の展開だ。


 不味い、不味いぞ!

 流石にあの四人だけでは荷が重い。


「星連具まで貸与えて、どうにかなると思ったか?お前の切り札である人間は、確実に殺してやる」


 そう言ってナーの手から卵が消えた。


「待て!!クソっ!!……君は何したか分かってるのか!?」

「ははははは!俺様は点滅者だぞ?誰も俺様を止められねーよ」


 状況が変わった。

 クソっ!どうしてこんな事に!


 ナーの手前、啖呵を切ってしまったのが仇となった。要らぬ尾を踏んでしまった。


 ムーは絶望に打ちひしがれ、膝から崩れ落ちる。

 やはり点滅者は最悪だ。

 私の全てを奪っていく。


 フロウだけではない、手掛けてる惑星全て、心血を注いできた。そう簡単に納得できるはずがない。


「そう悲観するな。俺様も切り札を切ったんだ。せっかくだから楽しもうじゃないか。俺様が勝つか、お前が勝つか、既に勝負は決まってるが、少し位は楽しめるだろ(笑)」


「うん、絶対に……」

「何?」

「絶対に許さない。一匹残らず駆逐してやる!!」

「はいはい(笑)

 じゃあ俺様は消えるとするか。ま、精々頑張れよ。あぁそうだ、この場所ローにも教えとくから、もうここには来ないほうが良いぞ。

 隕石落とすのに、全財産使ったみたいだからよ。お前殺されるぞ」


 とんだ逆恨みだが、その考えに至るのが点滅者だ。とても正気とは思えない判断を下してしまう。


 ムーの気持ち等どうでもいい、と言わんばかりに大きな欠伸をしながら、ナーは姿を消した。


 一人取り残されたムーは、茫然と虚無を見つめる。

 そして無言で立ち上がり、機関車に乗車した。


 ゆっくりと動き出す機関車。


 ムーは座席に座り、ぼんやりと外を眺める。


 何も思いつかない。何も出来ない。

 もう何も考えたくない。もう何もしたくない。


 機関車に身を委ね、ゴトゴトと微振動に体を揺らす。

 そんな上の空のムーは、小さく口を開き呟いた。


「地球を救った感動をもう一度……」

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ファス・キス・エンド 〜ファーストキスから始まるキスエンド〜 @yatutuno

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