櫻井奈々美④
「おっはよー」
「おはよっ」
「あれ?なんだかご機嫌じゃない。良いことでもあったの?」
おっと、ついつい顔に出てしまっていたようだ。幸せ者は辛いね全く。
昨日公園で、たっちゃんに告白未遂されて以降、幸せメーターがうなぎのぼりだ。
あの後家に帰ってから自室に籠もり、幸福の海に溺れるほど浸かった。
たっちゃんが私の事好きでいてくれた。こんな最高な事があるだろうか?カップルになるのは時間の問題。もう残すは付き合うだけだ。
それにしても昨日の妄想は凄かった。
あんなことやこんなことだけでなく、将来の子供まで妄想しちゃったからね。浮かれすぎだ。
でもいいじゃない浮かれたって。だってそれが恋なのだから!
たっちゃんが教室入ってきたらハグしちゃおうかしら。なーんちゃって。あはははははは。
「奈々実。おーい。戻ってこーい」
「……はっ!意識飛んでたわー。あら、不幸せな愛里さん。どうかしましたか?」
「喧嘩売っとんのか」
よく見ると愛里は淀んだ顔をしている。今まで私もそんな顔をしていたのね。愛里!私の顔を見て!私から幸せとはなにか学ぶのよ!
愛里はそんな私の事を呆れた目で見つめ、スマホをポチポチしだした。
そして、私の目の前にスマホを掲げ、画像を見せつけてきた。
「もしかしてこれが関係してる?」
「ん?…………何これ!!」
そこに写っていたのは、私とたっちゃんが公園でイチャイチャしていたときのものだった。
愛里はスマホを掲げた状態で、画像をスライドさせていく。
色んな角度から撮られた、幾つもの写真。パパラッチの数は一人ではないだと!?
そして最後の一枚には、私とたっちゃんが近距離で見つめ合う姿が激写されていた。
馬鹿な!!
スナイパーの目の届かぬところで情事を行っていた筈なのに。
それに、昨日の今日で全く時間も経っていないのに、愛里は何故こんなにも早く情報を仕入れているの?
こいつ何者だ!!
「ふーん。こんな事してたんだー。雫や夏夜に見せちゃおっかなー」
「愛里やめてー!そんな恥ずかしい写真は誰にも見せられないわ」
「わーはははははははッゴホ、ッゴホ」
「むせるくらいなら止めなよ」
「ッゴホ…………私にそんな口を聞いもいいのかな?」
「ごめん嘘です!何でもするからばら撒かないで!」
「何でも?…………今何でもと言ったな?」
「言ってません」
「ばら撒こっと」
「確実に言ったわ。虚偽偽りなし」
「さーて……何をしてもらおーかなー」
「…………」
「ああそうだ、あんたたまに私の殺人ノート借りて私の名前書いてるでしょ?あれを全部消して。そうすれば見無かったことにしてあげるわ」
「えぇ!?それはちょっと…………」
「何よ。凄く簡単な内容にしてあげたのよ」
「10ページ位に敷き詰めて書いてるから、消すのが大変なの。破るのじゃ駄目?」
「喧嘩売っとんのか」
ーーー
「今日はたっちゃん休んでたんだね。また誰かに騙されたのかな」
公園の件があった翌日。たっちゃんは学校を休んでいた。
時刻は12:00を過ぎている。
この時間に来ていなければ、休みで間違いないだろう。
たっちゃんが学校を休むことはよくある事だ。遅刻だけでなく、サボり魔でもある。
大抵の理由は、喧嘩やオ○ニーが絡んでいるのだが、今日に関しては昨日の出来事で気まずいのかもしれない。
「騙されたって……雫なにか心当たりあるのか?」
私達は昼食を終え、雫と愛里と夏夜の四人で雑談に勤しんでいた。現在のネタはたっちゃんについてだ。
「お、かよちん興味津々だねー。簡単に言うとラブレターだよ」
「ラブレター?どういう事?」
私と愛里はお腹がパンパカパンで話に入る気にもならない。無言で二人の話を聞いていた。
「たっちゃんってさーラブレターめっちゃ貰うんだよね」
「奈々実には悪いけど、たっちゃんモテるもんな」
「いや……そうじゃなくて、男からのラブレター」
「はい?」
「男子が女子と偽って、ヤリちん公園に何時に来て。"ピー"しよう。って書いてるの」
「え……怖っ!なにそれ」
「それにたっちゃんは、鼻の下伸ばしながらホイホイ行って、殺気を放つ男達に囲まれるってこと」
知ってはいるが、改めてたっちゃん馬鹿だなーと思う。そんな手紙渡す女子が居るわけ無いじゃん。
でもたっちゃん安心して、これからは私が居るからね。むふふーー。
「うーんどうだろ。今日休んでるのは違う理由かもよ?」
「ほぅ、詳しく頼む」
突如不可解なことを言う愛里。
それに反応する雫。
たっちゃんについて、私の次に詳しいのは雫だ。その雫に対して、その考えは違うと言い放ったのだ。
雫はやや前のめりになり、愛里へ鋭い眼光を放っている。知らない情報が出てくるのかと、気になったのだろう。
「先ずはこれを見てくれ」
そう言うと愛里は、机の中心にスマホを無造作に放り投げた。
別にかっこよく無いから。スマホ壊れるぞそれ。
「な!?これは一体……?」
「まさかこんな事が……」
雫と夏夜は愛里のスマホを覗き込むと、驚愕の表情を晒しだした。
一体何が写ってるっていうのよ。
私も同じ様にスマホを覗き込み、驚愕の眼を見開いた。
「愛里?おかしいな……画像は消した筈じゃなかったっけ?何故私とたっちゃんが写ってるのかな?」
「消したよー。奈々実に見せたやつだけね。約束は守ってるから安心して」
握りしめた拳から親指をたて、茶目っ気たっぷりのウインクをしながら陽気に答える愛里。
宜しいならば戦争だ。
「かよちん!奈々実を止めて!」
「任せろ!」
「夏夜!?あんたは私の味方だと思ってたのに!!」
夏夜は雫の掛け声に従い、私を羽交い締めにして動きを封じてきた。
「許せ奈々実!あの写真の見せられては、私も動かざるおえない」
まさか夏夜まで敵に回るとは、こうなると私に勝ち目は無い。
「この卑怯者め!」
項垂れたまま愛里を睨む。
私から最も遠い位置にいる愛里は、笑顔を崩さずずっとにこにこしている。そこには勝者の余裕が感じられた。
「奈々実……勘違いしないでほしいの。覚えてるかしら、私達が揃って糸を紡いだあの日のこと」
ミサンガを作ってた時の事を言ってるのかな。勿論覚えてるとも、雫と愛里をガムテープでぐるぐる巻きにして4階から落とそうとした日だ。
「その時に言ったでしょ?奈々実をハッピーエンドにしてあげるって。私達三人は本気だったのよ?」
確かトイレに連れ込んで素っ裸になれとか言ってな。とても本気とは思えない作戦だったが?
「それなのに奈々実は一人で行動して、あまつさえ私達にそれを隠してるなんて……そんなんじゃハッピーエンドになれないよ?私達三人も一緒に考えた方が確実にいいでしょ?ほら、三人寄れば文殊の知恵って言うし」
破滅的に知恵を絞らないのが二人いる場合、その言葉は成り立たないんじゃないか?寧ろマイナスでしょ!
それにハッピーエンドになりそうなのよ。手伝わなくても私大丈夫そうなのよ。
雫はずっと、うんうんと頷きながら愛里の言葉を聞いている。
「はぁー、わかったわ。皆の力を貸して頂戴」
「やった!」
どうせ折れないと話が進まない。それに隠す事でも無いしね。ただ恥ずかしいだけで。
雫は相変わらず首を縦に振るだけだ。あんたそれがしたいだけでしょ!
「さーて、奈々実の許可も貰ったし、これより彼氏いない三人衆による緊急会議を始めます」
「わーい」
「このクソみたいなメンバーに自分が含まれている運命を呪いたい」
私はただ傍観するだけか。夏夜だけが頼りないなんだから頑張って!
「先ずはこの動画を見て頂戴。昨日何があったか理解できるわ」
動画?一体何を見せるっていうの?
愛里は二人の顔を見渡し、準備が出来てることを確認して動画再生ボタンを押した。
ーーー
動画ストーリー
タイトル:恋はハチミツと共に
奈々実は退屈な日々を送っていた。
同じ毎日の繰り返し。
奈々実にとって学園は、机に向き合いひたすらに勉強するだけの場所。
勿論、学生の本文は学業だ。だからそれは当然といえば当然なのだが……
退屈とはスパイスの入ってないカレーだ。何とも味気がなく、刺激が足りず、満足感も得られない。
そんな奈々実にとって、学校生活で唯一の楽しみはたっちゃんとお話することだ。
たっちゃんとは幼馴染で、とっても仲が良い。少しエッチで、いやらしいことをされることもあるけど、私もエッチだから嫌いではない。
そう、私はたっちゃんが大好きだ。
勉強してる時以外はずっとたっちゃんのことを考えてる。心の中で花びらを千切って、たっちゃんが私のことを好きか嫌いか占ってる。因みに毎回結果は"好き"である。
それでも……自信が持てない。たっちゃんに踏み込むことができない。
私は勉強も運動もコミュ力も想像力も営業力も時間管理能力も統率力もカリスマ性も全て神レベルに高い。恋愛力だけちょっと低いのだ。
友人に頼ろうかとも考えたが、私ともあろうものが他人に頼るなんて考えられないと、一歩踏みとどまった。
本当にどうしようか。このまま告白も出来ずに高校生活を終えたくない。たっちゃんと付き合えない未来など、私程のスペックを持ってしても幸せになれない。
そんなある日、いつもの様に漫然と時間を潰し、愛里にツンツンとちょっかいを出していると、たっちゃんの方から声を掛けてきた。
「今日一緒に帰れるか?」
ドキッ……
このフレーズ。最高!たっちゃん大好き!
鋭く端的に纏められたセリフは美しい。私が今求めている言葉ナンバー1。
正に渡りに船。
日常という大海原で遭難している所に、たっちゃんがカヤックで迎えに来たのだ。
「あんた今日はバレー部の連中と打ち合わせでしょ?」
反射的に愛里の心臓を潰してしまいそうになった。このマヌケ面はとんでもない事を吐かしやがる。悪いのはこの口か!この口が悪いのか!?
「こっちは急ぎじゃねーんだ。用事があるならまた今度にするか?」
「何言ってるの!私は暇人よ。一緒に帰れるわ」
「暇人ではねーだろ。んじゃ、放課後な」
咄嗟に引き留めたが上手く行った。
折角たっちゃんから声を掛けてくれたのだ。膠着状態だった恋が動き出す予感がする。
新幹線のドアは開かれた。超特急で向かう先はまだ見ぬ未開の地。準備だけは怠るな。
私肌荒れてないかな。ハンカチ、絆創膏、大丈夫、色々と持ってる。
いざゆかん。たっちゃんとのデートへ。
放課後
「おまたせーー!!」
簡単な用事を済ませて、私はたっちゃんと合流した。勢いよくドア開けたせいか、少しドアが壊れてしまった。気持ちが先走り過ぎたようだ。反省、反省、てへっ。
「よし、けーるか」
「雫と蓮はいないんだよね?」
「あいつらは先に帰ったよ。今日は俺と二人だけだ」
「あっ……そう?」
しゃあーー!!あのおじゃま虫達がいなければどうとでもなる。ずっと私のターンだからね。
「今日は道場休みなの?」
早送り→→→どうでも良い会話は割愛
「いいぜ、そこに行こう」
「やった!」
駅地下のハニー・ヤミーに行くことになった。甘い物まで食えるって最高かよ。はちみつ大好物なのよね。たっちゃんも甘い物に大好きだからwinwinだわ。
そうだ!はちみつ全身にぬって、たっちゃんに食べてもらおうかしら。なーんちゃって、うふふふふ。
お店は混んでいたが、待つのは全然苦痛ではなかった。
私はハニーシューと、ハニータルトと、ハニースプラッシュ。たっちゃんはハニーヤミーSPサンドにした。
「すぐそこの公園で食べようよ」
「そうだな。そうするか」
お店の香りに当てられて、私のお腹は早くハニーシューを放り込んでくれと叫んでいる。
公園に着いた私達はベンチを探した。
公園利用者は少なく、直に空きベンチを発見できた。
「あっちに座ろうか?」
「おう」
時刻は夕方。公園は朱色に染まり、日中とは違った表情を見せる。夕焼けに対する想いは人それぞれ違うと思うが、今の私は最高のロケーションを得たと感じる。
普段は毛程に何も感じないけどね。
私達はカップルの様に二人で仲良くベンチに座った。
「ハニーシューから食べよーっと」
「頂きます」
私達は腰掛けると直ぐに袋を開き、腹を透かしたゾンビの如くかっ食らった。
この辺から音声が乱れて録音が上手く出来てなかったので、雰囲気でお伝えします。
二人で美味しく食べている。
そこで一口交換しよ。と奈々実が言う。
たっちゃんは快く承諾。
動きが停止する二人。これにはパントマイマーもビッくらポンです。マジで石像になってる。
間接キスを躊躇してると思われる。
これから公園のトイレで"ピー"をする予定の奴らが何を戸惑っているのやら。愛里には理解できません。
ようやく一口パク。顔は赤面、何をぶってるのかしら。これからトイレで"ピー"するつもりのくせに。愛里ちゃんは不快感をあらわにします。
完食。美味しすぎてほっぺた落ちちゃった。的な事を言ってる。リア充許すまじ。
音声が復活。引き続きお楽しみ下さい。
「私最近ミサンガ作るの流行ってるんだー」
「ん、そうなのか?何か古くね?」
「あはは、そうだね。再燃してるって感じ?」
「色んな色で作れるのがいいよな。俺あれ好きだわー」
「それでね、私が作ったのたっちゃんにあげる」
「いいのか?……大事にするよ」
遂にミサンガを渡すことが出来た!
しかも愛里がアドバイスした通り、いい雰囲気の時に!これは本当にもしかして、もしかするかもしれない。
心臓がドキドキと高鳴り、抑えることができない。
「うふふ、私達リンクしてるね」
少し冷たい風が頬を撫でるのと同時に、私も同じミサンガをしていることを伝えた。
その瞬間、私の意識がたっちゃんへコネクトした。
正確に言うと表情や息遣いから、気持ちが伝わってきた。たっちゃんも私の事好きだと。
とても不思議な感覚が体全体を覆っていく。
緊張感や高揚感に始まり、恍惚感や刹那的幸福感が混ざりあっていく。
悪くない。寧ろ最高だ。
たっちゃんは真っ直ぐと私を見つめて離さない。
たっちゃんありがとう。今なのね。
ずっと待ちに待った瞬間が訪れようとしている。大丈夫、心も驚くほど落ち着いている。思えばずっと昔から準備は出来ていた。遂にその時が来たのだ。
『1カメ何してるの!もっと寄せて!!マジで告白するわ。2カメは引きをキープ。3カメは奈々実のアップを絶対に逃さないで。歴史的瞬間よ。皆集中!』
信じられないほど静かだ。
全ての雑音が消えた。
半径1メートルの私達だけの空間。今、たっちゃんと私の神経は繫がっている。
そしてたっちゃんは静かに口を開いた。
「俺さ…………」
「…………うん」
『やべー、めっちゃドキドキする。たっちゃんも奈々実も頑張れ!』
『隊長!!』
『何だ!!今重要なところなんだぞ!!』
『2カメをみてください!誰かいます!』
『はぁ?誰もいるわけ無い…………でしょ?』
ドッドッドッドッドッ
心臓が高鳴っていく。
あるはずの無い影、いるはずの無い人物がそこには写っていた。
『なっ……なっ……なんでここにかっちゃんが!?!?』
誰も気付かなかった?音声すらも?
私は自分のフィールドに絶対的な自信がある。
部外者が立ち入れば即座に撤去願うし、無法者が立ち入れば暴力も辞さない。
それだけの実績やノウハウも持っている。
それなのに……こいつは何なんだ?一体どこから現れた?
たっちゃんと奈々実は全く気付いていない。二人は全神経を互いに集約させている。気付かなくて当然だ。
かっちゃんの動きを止めることは既に不可能。もう背後を取られている。お手上げだ。私達に残された出来ることは、撮影を続けるのみ。
何が起ころうとも、それだけは止めてはいけない。せめての罪滅ぼしに、二人の屍は拾ってやろう。
その間に、たっちゃんは覚悟を決めていた。
一世一代の大勝負。奈々実への告白。
生半可な気持ちじゃない。口から発するのではなく、魂から発せられる言魂。
真の勇者だからこそ巡ってきた奇跡の瞬間。
そして、たっちゃんは生唾を飲み込み、一拍置いて口を開いた。
「お前のことがす……」
「おーい。たっちゃんと奈々美じゃねーか。何してんだこんなところで?」
だよねー。そうなるっしょ。
はい、告白失敗ー。
私の最高傑作になるかもしれなかったのになー。
たっちゃんは全身を瞬間接着剤で塗りたくったかの様にカッチコッチ。奈々実は思考を宇宙に飛ばしてしまった。
もう無理かな。
『はい、撤収ー。興が削がれた。帰るわよー。あ、適当に編集しといて、最後に私がまとめるから』
ー完ー
ーーー
完、じゃねぇ。最後は雑だな!
いや、そこじゃない。私がツッコミたいのはそこじゃない。
っっあーもう!ボケが渋滞していて捌ききれない!どうしてこうなった?私が何か間違っているのだろうか?
「…………一つだけ言わして。これは私ではない」
「どう見ても奈々実でしょ」
「ゴリラに向かって、これはゴリラではないって言ってる様なものだぞ?」
「間違いなくななみんだったよ?」
こいつら皆して私を!泣いちゃうよ?
「確かに、登場人物は私とたっちゃん本人で間違いないわ。でも、性格が全然違うでしょ!?あんな嫌な奴じゃないって!スペックがーとかあり得んし」
「あー、あの副音声はねー、私の所有するAI、ギミック・パートナーの"ミギー"が作ってくれたんだー」
「わけわからん言葉使うな。何であんただけ2030年を生きてるのよ。私の所有するAIってパワーワード初めて聞いたわ」
「令和を生きるならこれくらい当たり前だよ」
「勝手に基準つくんなし。とにかく、そのミギーとかいうゴミが私の事をこけ下ろしたのね?ここに連れてきて。心臓握りつぶすから」
私のことを自意識過剰でエロくて、友達を蔑ろにする人間にしやがって!あんなの私じゃない!
「茶番はここまでにして、そろそろ本題に入ろうぜ。奈々実の現状は概ね分かった。それを踏まえて、愛里は言いたいことがあるんだろ?」
あんな大掛かりな茶番を見せられて、こんなにも冷静でいられるなんて。流石夏夜ね。頼りになるわー。
「奈々実をイジるの楽しいけど、この辺でやめとくかー。それにしても、雫どうしたの?さっきから黙り込んで。あんたは人の形をした口なんだからもっと喋ってよ」
「っや、別に何でもないよ。ただ、あの奈々実とたっちゃんが急接近したのが嬉しくてさ」
「雫……」
「二人にはやっぱり付き合ってほしいよ」
「雫ありがとう」
「さて!雫もこう言ってるわけだし、今後の展開について話し合わなきゃね」
パチンと両手を叩き、愛里は全員の視線を集めた。
雫と愛里も、普段はふざけて私のことをいじってくるが、本心は応援してることを知っている。だからこそあんなことをされても許されるわけだが……
私は本当に嬉しく思う。こんなにも友情に熱い友達が居ることに。そして感謝したい。私を支えてくれる事に。
「奈々実、あんたもしかしてもう付き合ったも同然だ、などとは思ってないわよね?」
愛里は鋭い目つきで私を睨みつけた。
ギクリ。何故考えてる事が分かったの?
「……思ってる。だってたっちゃんも私の事が好きなんだから、付き合うのが自然でしょ?」
「甘い!甘すぎる!そんなんじゃ付き合うことなんて出来ないわよ?せめてカカオ70%の甘さで考えなさい!」
愛里は痛烈な一言を言い放った。
ここまで来て付き合うことができないって言うの?
"確かにななみんは、いちごオレの様に甘い"
"うーん、どちらかというと、あんこの様な甘さだろ"
雫と夏夜がボソボソとどうでもいい事を言っている。無視無視。
「また、たっちゃんからデートの誘いを待つつもり?」
「えっ……うん、そうかも」
「それが駄目なのよ。言っておくけど、たっちゃんはもう誘ってこないわよ。一週間待とうが、一ヶ月待とうが」
「なんでそんなこと言えるの?今回は誘ってくれたじゃない」
「もう無理なのよ……誘いたくても誘えない。なぜならたっちゃんは告白に失敗したから。生命エネルギーを使い果たしたの」
「そんな……」
「今日休んでるのは、間違いなく告白失敗の影響よ。少しは危機感を持ったかな?」
"間抜け面の愛里"と呼んでいたことをお詫びしたい。そんな二つ名を持って羨ましいと馬鹿にしたことを誤りたい。まさかあの愛里が私に活をいれるなんて。
雫と夏夜も、愛里の鋭い指摘に唖然としている。普段の様子からは想像できないほど、まともだからだ。
そして私も、愛里の言うことも一理あるなと思った。
たっちゃんはフィジカルは強いが、マインドに関しては脆弱なところがあるからね。今回の件がトラウマになり、気まずい関係になると私としても辛い。
「次は奈々実から誘うのよ。ほら、手始めに放課後、体育館倉庫に誘いなさい。これは本気で言ってるんだからね!」
「愛里!分かったわ!たっちゃんを体育館倉庫に誘ってみる!」
ポチポチポチ(スマホをタップしている)
「体育館倉庫に誘ってどうするんだ。"ピー"でもするつもりか?愛里が提案した以上、そこに隠しカメラも設置されてるぞ?」
ポチポチ……ポチ?
夏夜の言う通りおかしいな。何故、体育館倉庫に呼ばなくては行けないんだ?
愛里の悪意を感じる。
「かよちんちんそれは言わない約束だよ」
「おい雫、名前の後に"ちん"を2回付けないで」
「えーかわいいのにー!呼ばせてよ!かよちんちん!」
「だから止めろって!後を強調すな!」
やばい、さっきまで大人しかった雫が乱入してきたぞ。泥沼化する前に、早く話をまとめないと……
「結局どうしたらいいの?誰か教えて!」
「そうだな…………私的にはどこかに呼んで告白するのはハードル高いと思う。それに、既にお互いの意思疎通はできてるんだ。焦ることは無い。日常生活で一緒に過ごす時間を増やせば、自然と良いタイミングがやってくるさ。手始めに、明日たっちゃんと一緒に登校したらどうだ?」
夏夜……涙でそう。
あんただけだよ。私の味方は。
「奈々実!騙されるな!こいつは名前の後ろにちんちんと付けるような変態だぞ!?そんな変態の言葉に耳を貸すな!」
「そうだ!そうだ!」
「この前も男子の着替えを盗撮してたの知ってるんだぞ。こいつは信用できない。このビッチ……いや、この腐れビッチンチンめ!」
「ビッチン!ビッチン!」
夏夜はどこから取り出したのか、木刀を手にした。手入れの行き届いた刀身は美しく、所持者の愛情が伺える。
「お前らの頭には脳みそが詰まって無いようだな。どうせ空っぽなんだろう?頭を割って綿でも入れてやるよ。それで少しはマシになるだろう」
「「いやーーー!!やめてーー」」
夏夜の言う通り、明日の登校にたっちゃん誘ってみよっと。
ーーー
なんか目が覚めた。
目覚まし時計を見ると、まだ朝の5時だ。
いつも7時に鳴る時計くんはびっくりしたことだろう。
こいつ何でこんな時間に起きてるんだ?と。
そんな時計くんの事は気にせず、私はアラームを解除した。時計くんの唯一の仕事を奪ってやった。
まぁ気にするな。どうせ一秒間も鳴らすことはないのだから。
私は少しだけ布団の中でモゾモゾした後、ベッドから出た。立ち上がると足元がふらつきを見せる。
頭は冴えてるが、体はまだ寝ぼけてるみたいだ。
部屋を出て洗面所へと向かう。
洗面所に鎮座する洗濯機は既に稼働しており、機械音を大きく鳴らしながらゴトゴトと揺れている。
「奈々実おはよう。今日は早いな。ほら」
「おはよう。パパこそ早いね」
先客がいたか。
パパは私が来ると少しだけ脇に移動して、私にスペースを譲ってくれた。
両親の朝は早い。
普段朝、パパに会うことはないのでちょっと新鮮だ。
歯磨きを片手に、眠そうな顔をでゆっくりと歯を磨いている。
私は素早く顔洗を済ませて、リビングへと向かう。そこにはダイニングテーブルで優雅にコーヒーを啜るママがいた。目を閉じて香りを楽しみ、凄く美味しそうに飲んでいる。
「ママおはよう」
「あら奈々実。どうしたのこんな早い時間に」
「なんか目が覚めちゃってさ」
冷蔵庫から冷水筒ピッチャーを取り出し、中の麦茶をガラスのコップに注ぎ、それを一気に飲み干した。
もう一度注ぎ、そのままコップを持ちながらママの向いの席に腰掛ける。
ママはチラリと私を一目見ると、また直ぐに手元のタブレットに目を落とした。そこにはコレステロール値が〜、健康的な食事が〜、とか書かれていて、非常に楽しくなさそうな記事である。
私は無言でリモコンに手を伸ばし、テレビを付けた。番組表を開くも、朝の5時を回ったばかりのこの時間帯で、何も楽しいのはやってない。
「どうせ見ないんだから消しときなさい。まだ早いんだし、もう一度寝たら?」
「…………そうする」
目が覚めたとら言え、まだふわふわしていて本調子とは言えない。部屋に戻ろうかな。
パパとママは朝の準備で忙しい。あまり邪魔してはいけない。
私は階段を軋ませながら部屋に戻った。
部屋に戻ると直ぐにベッドへ潜り込んだ。
肌寒くなった昨今、寝具の掛け布団は羽毛タイプに衣替えしている。ふかふかする上、暖かくて気持ちいい。何だか二度寝出来そうな気がする。
寝るつもりはないけどね。頭は冴えてるのだから。それを無理矢理オフにはしない。
毛布にくるまりながらスマホの電源を入れ、ファイルマネージャーを開いた。
そういえば春香が動画送ってくれてたな。
私は文化祭でバレー部と一緒に、ダンス踊るわけだが、そのダンス動画を友達の春香がコミュニティにupしてくれていたのだ。
皆で練習する前に、ある程度頭に入れておくようにと言っていた。折角だし練習しようかな。まぁ私にとって練習はあまり意味ないけど……
私はイヤホンの電源を入れ、それを耳にはめると電再生ボタンを押した。
ショート動画でも、誰かが踊っているのをよく見かけるが、しっかりとフルで見るのは初めてだ。
ピアノのゆっくりとしたメロディーから始まり、徐々に起伏が激しくなっていく。バラード調かと思えば、割とアップテンポに流れ、聞き手を引っ張っていく。
歌手がいいのよねこれ。
歌っているのは男性なのだが、女性顔負けの高音を駆使して繋ぐ旋律はとても美しい。鋭くなり過ぎず、少しだけ丸みのある声色は唯一無二の世界観を作り上げている。
おっと、音楽の方に集中しすぎた。今はダンスだ。
とは言え、私はダンスの確認もしっかりできていた。
この位なら問題ないかな……
曲自体は4分に満たなく、動画は直ぐに終了した。そしてそのまま目を閉じて脳内シュミレーションを行う。
私は人に自慢出来る事が一つある。
それは物心付いた時から出来たし、それが普通だと思っていた。まぁ程なくして他の人にとってそれは普通ではないと知ったわけだが。
脳内シュミレーションを終えた私はベッドから這い出ると、リピートボタンを押した。
スマホをベッドに置き、立ち上がり両手を広げる。
音楽が耳元で流れて、それに合わせて体が動いていく。
指先の動きから、目線の動きまで私は覚えている。記憶から直接発せられる電気信号に従って、反射的とも言える程に体が反応する。
動きをマネすること。私はそれが得意なのだ。
勿論どんな動きでも真似できる訳では無い。
あくまでも、自身の体がその動きに対応できればの話である。
オリンピック選手の様な動きは、まず体がついてこれないし、個人の身体的特徴を生かした動き等は真似できない。
それでも、私の体格、筋肉、体幹、体力等で出来ると判断されれば初見で動けてしまう。
このダンスが正にそれだ。私の力量で全然踊れる。
動画で見たキレのあるダンスを、私は流れる様に踊りきった。そして同時に身をベッドに投げ出し、仰向けに寝ころんだ。
ゆっくりと息を吸い込み、弾む呼吸を整えていく。
最高だ。気持ちいいー!
ダンスを踊りきった後は、毎回最高の気分になる。だけどマネするにはかなりの集中力を必要として、終わったあとに凄く疲れる。達成感が凄いから良いんだけどさ。
朝から張り切ってしまった。しかし充実はしている。アドレナリンでてるなー。よし、お腹空いてきた。
勢いよく立ち上がり、服の裾を摘んで額の汗を拭った。
結構汗もかいたし一度着替えようかな。
パジャマを脱ぎ捨て、ウサギのイラストがデザインされたTシャツに袖を通す。
少し汚れているし、少しよれよれになっているが、部屋着として使っているため問題ない。制服に着替えるのもまだ早いしね。
階段を踏み固める様に大きな音を鳴らしながら降りると、パパが丁度会社に行く準備を終えたところだった。
「奈々実は朝から元気だな」
「パパ朝ごはん食べた?」
「パパはいつも朝ごはん食べないぞ。強いて言うならこれが朝ごはんかな」
そう言うと、スーツ姿のパパは野菜ジュースを一気に飲み干した。野菜感が強すぎて私が嫌いなやつだ。苦いのは好きになれない。だからピーマンとかも嫌いだ。
「それだけじゃお腹空くでしょ」
「もう慣れたよ。それじゃあ行ってきます」
私に行ってきますと告げた後、洗面所に移動していたママにも大きな声で行ってきますと伝えた。するとママも大きな声で"はーい、行ってらっしゃい"と返してきた。
そしてパパは私に手を振りながら玄関から出ていった。
さて、お腹も空いてるし何食べようかなー。確かホットケーキミックスがあったはずだ。
うん、そうしよう。パンケーキ作って食べよ。甘々にしてやっつけてやろう。
ーーー
「おはよっ」
「おう」
約束した時間通りにたっちゃん家に着くと、丁度たっちゃんも出てくるところだった。
こんな朝早くからたっちゃんに会うのは新鮮だ。それに一緒に登校するなんて……恋人だけに許された特権とも言える。つまり90%恋人な私の権利。
短い挨拶の後、二人で並んで歩き出した。
時折吹き指す風に体をブルッと震わせると、たっちゃんは少し体を近づけてきた。どうせなら手まで繫ぎたいところだが、そこは焦る必要はない。私は気持ちに余裕がある。
「ちっと寒くなってきたな。もう秋か」
「そうだねー。そろそろ長袖が必要だね。それにしても、よく起きれたわね」
「たまたま早く目が冷めたんだよ」
「そっか。でも嬉しいな。一緒に登校できて」
「ば、ばーろー!たまたまだからな!」
勇気を出して一緒にいれて嬉しいと伝えると、たっちゃんは恥ずかしそうにそっぽ向いた。私も恥ずかしかったが、このような反応を返されると言ったかいがあった。
もっと早くに素直になればよかったな。いや、そうではないか。自分の気持は知っていたし、たっちゃんの事が好きなのは昔からだ。
もっと早く積極的になればよかったなー
私達は歩きながら他愛も無い話をした。
朝ごはん何食べたーとか、食べすぎると太るぞーとイジワル言われたりとか。
私は今とっても幸せ!
退屈な登校路が光り輝き、頬を撫でる風や見慣れた住宅街、道端に生える雑草に至るまで、全てが新鮮で愛おしく感じる。
登校時の数十分間程度だが……貴重で尊い時間。何だかたっちゃんが凄く身近に感じる。
あのときのデートいらい、時間では縮まらなかった距離が一瞬で溶けて無くなった。
二人の間にずっとあったガラス板。
お互いの事をよく見えているが、決して触れ合う事ができなかった壁が今は取り除かれていた。
よく見えていると思ってたけど全然違う。今の方がたっちゃんの事がより鮮明に見える。
そしてわかったこと……と言うよりも、再認識した。
さっきの反応を見てもわかる通り、たっちゃんは私の事が好きなんだと!
私が奥手であったように、たっちゃんも奥手だったのだ。現に今も私のことを横目で何度も見てる。
「何よ。私の顔に何か付いてるの?人の顔ジロジロと見て」
うふふ、ちょっとイジワルだったかな?
少し強めの口調でたっちゃんを問いただした。
「ケーキ付いてるぞ」
へ?
ケーキ?パンケーキ?口に?
不意を突いた返答に、私はキョトンと立ちすくんだ。
次の瞬間、たっちゃんは人差し指で私の口元なぞり、そのまま自身の口に咥えた。
キッ……キャャャーーーーー!!!
えぇ!?
その人差し指、私の唇を触ったよね?うん、確かに触れていた。それを口に入れたの!?
「ば、ばばばかぁー!!先に口で言ってよね!」
ど、ど、ど、どうしよう!落ち着け私ー!
私は顔を両手で隠して、その場にうずくまった。
たっちゃん何でそんな恥ずかしいことが出来るのよ!嬉しいやら恥ずかしやら。私はどうしたらいいの!
流石にもう付いて無いわよね……
ポケットからスマホを取り出して顔全体をチェックした。まだ口元にはたっちゃんの指先の感覚がしっかりと残っている。
……ぺろり
何となくその軌跡を舌で舐めてみた。
って変態か私は!
「たっちゃん!ななみんを泣かせないで!」
突如背後から大声が響き渡った。
びっくりして心臓が飛び出るかと思ったわ。
この声は雫ね。
「ななみんどうしたの?たっちゃんにまたエロい事されたの?」
…………まだされてないわよ。いや、さっきの唇に指ちょんはエロかった気がする。
私は立ち上がり二人に向き直った。
「雫おはよー。蓮もおはよっ。大丈夫大丈夫、何もないよ」
ここの交差点は合流地点だ。学校はまだ先だが、駅の近くで多くの学生がこの道を通っていく。
たっちゃんと二人っきりの登校はこれで終了だ。名残惜しいがしかたないよね。
私達はそのまま四人で並んで歩き出した。
雫と蓮は基本セットだ。見えない紐で繋がっており、二人三脚で生きている。これで付き合ってないというのだから不思議でならない。
私はたっちゃんとの時間を作るのに、こんなに苦労してるってのに。
「皆せっかくだから占ってあげるよ。さてさて、今日の運勢はどうかなー」
そんな私の苦労も知らずに、雫は能天気に占いカードをカバンから取り出した。
タロットカードの様な絵柄が施された綺麗なカード。
絵は好きなんだけどねー
占いはちょっと……ねぇ?当たらないやつをお願いしますって感じである。
「お前まだカード占いやってたんだな」
「頼むから俺は占わないでくれ」
「雫の占いはガチだからねー。怖いわー」
蓮の青ざめた顔。最近何かあったねこりゃ。お気の毒に……
「れんちーと私の、二人の運勢を占って見ましょう!果たして本日結ばれるのでしょうか!」
「俺と奈々実は蚊帳の外じゃねーか」
「まぁまぁ旦那、落ち着きなさんな。私とれんちーの後で、ななみんと結ばれるか占ってあげるから」
「やめろ、そんなことはやめなさい」
雫は笑顔でカード繰りを始めた。雫が人の話を聞くことはほぼない。やりたいからやる。そこに相手意思は関係しない。忖度やおもんぱかるという言葉は彼女には存在しないのだ。
でもみんな許してしまう。
それはなぜか?
………何故だろう?不思議と許せてしまう。
あぁ、雫の雰囲気がそうさせてるのかも。
無邪気な笑顔で本当に楽しそうに占う雫。そこには善悪も無く、ただただ占いを楽しむ雫の姿。誰も邪魔しないわけだ。だってこんなに幸せそうなんだもの。
やられる方は気が気でなく、たまったもんじゃないんだけどね。
私達は諦めた表情で雫の占いを見守り、並行して歩きながら結果を待った。
そういえば今日の一限目は英語だった気がする。黒板を清書ばかりさせる退屈な授業だ。
今日は寝ちゃうかも。朝早かったし。
私が学校での授業について思いを馳せていると、突然雫が歩みを止めて棒立ちになった。
私達も直ぐ様歩みを止めて雫に向き直った。
ん?急に立ち止まってどうしたの?
1枚のカードを見つめる雫。
そして呟いた。
「えっ…………しぬ……?どういう事?」
手からカードがぽろぽろと落ちていく。
体が小刻みに揺れ、恐怖におののいた表情を見せる雫。
「ちょっと雫!急にどうしたの!?何があったの?」
「雫!?どうした!!」
私と蓮は雫の肩を支えて詰め寄った。
雫は過呼吸を引き起こし、体を震わせている。明らかに正常ではない。私と蓮は半分パニック状態である。
こんなときはどうしたらいいの?
小さい声だったが、確かに聴こえた"死ぬ"という言葉。占い結果が芳しくなかったのは間違いない。だが"死ぬ"とは?
世間ではよく聞く一般的な言葉だが、自身に当てはめると何とも曖昧で、空気のようにフワフワとした現実味の無い言葉である。
しかしそれが雫の占い結果だとしたら?
冗談では済まされない。
そう考えた瞬間冷や汗が大量に出た。
雫に触れて触発されただけではない。得体のしれない重圧が全身を圧迫する。
「雫落ち着け!何がでた?何が見えたんだ!?」
私と蓮を押しのけて、雫の肩を掴み詰め寄るたっちゃん。少々乱暴な応酬に引き剥がそうと思ったが、私と蓮は動く事が出来なかった。
なぜなら、たっちゃんの表情にいつもの余裕が無く、焦りや不安、そして恐怖すらも感じ取れたからだ。
「雫!!!」
たっちゃんの手に力が籠もり、雫の肩を揺らして問い詰める。
尋常じゃない程の焦りを見せるたっちゃん。
雫のこんな姿も、たっちゃんのこんな姿も、今まで一度も見たことがない。
言い知れぬ不安は増大し、そして雫の一言で恐怖へと転換した。
「みんな……死んじゃう」
雫は虚ろな目を泳がせて、私とたっちゃん、そして最後に蓮を見つめながら声を絞り出した。
私はそこで悟った。変えられない未来、変えられない現実、変えられない最後。
急に空を見上げるたっちゃん。その動作はサバンナの草食動物が危険察知により、遠くを見つめる行動によく似ていた。
つられて空を見上げる私。
そこで気づいた。私達に残された時間は僅かしかないということに。
ーーー
天災とは自然界の変動によって受ける災難のことを言う。
人類はこの巨大な自然エネルギーの前では赤子同然である。実際、これまでに発生した自然災害で、多くの人々が命を落している。
今でこそ、地震の到達前アラートや津波の警戒、豪雨に備えた地下神殿、台風の起動予測、等といった自然災害を止めることは出来ないが、被害を少なく出来るよう人類は進化してきた。
しかし、あれはそんな次元じゃない。
私達四人が見上げた先にあったもの。それはいくつもの隕石だった。それもとてつもなく巨大である。
天災という言葉では役不足に感じる。言い換えるなら神災、宇宙災と言った方がしっくりくる。
凶悪な殺意を持って、その隕石は大きな影を街中に落としながら急降下していく。
一体何故急に隕石が出現したのか。ニュースでも言ってなかったし、こんな巨大な物体をNASAやJAXA、ひいては世界が見落とすはずがない。
私は咄嗟に色々な事を考えたが、それも全て無駄な事だ。何故なら後何秒後かに死ぬのだから。
超巨大な物体は無慈悲にも、時速400kmを超える速度で迫りくる。
私は茫然自失した。
唐突に訪れた人生の終わり。
逃げ場はない。
どうしてなの?
何も考えられない……
頭がくらくらする……
思考の海へ逃避した私。もう目を瞑ろう……
そんなとき、急に体が引き上げられた。
私を現実世界へ引き戻したのはたっちゃんだった。
腕を掴み乱暴に引き寄せ、私の目を見つめる。
その瞬間泣きそうになった。
あぁ、大好きなたっちゃん。私……死にたくない……
感情が渦巻き自分を保てない。
そんな私をたっちゃんは力強く抱きしめた。
そこに存在する感情は一つだけ。
たっちゃんは既に、隕石など眼中になかった。
「奈々実、好きだ」
三文字に込めた長年の思い。そして……
間髪入れずに
直情的に
流れる様に
たっちゃんは唇を重ねた。
暖かい……
その唇は柔らかくて暖かくて優しかった。
そこで思った。私の人生は今この瞬間の為にあったのだと。心が幸せで満たされた。
私も伝えたい。たっちゃんに好きだという気持を伝えたい!
しかし、重なり合った唇は言葉は不要である事を告げている。
私は気持ちを代弁するかのように、たっちゃんを思いっきり抱きしめ……私は心の中で呟いた。
"たっちゃん大好き!"
そして世界は終わりを告げた。
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