木下 雫③-3


 タクシーに乗り込んだ私は、れんちーを肩で支えながら運転手へ行き先を伝えた。

 初めはれんちーを家まで送り、それから私は家に帰る予定だ。


 目的地を確認した運転手はそっけない返事を返すと、タクシーを発進させた。


 車内ではラジオ音楽が流れていた。

 リスナーリクエストの曲で、私の知らない一昔前の歌のようだ。


 運転手がボリューム少し上げると、それに蓋をする様にルーフを叩く雨音が車内に大きく響いてきた。


 今日の夜は雨天気だったのか。


 私は音楽よりも雨音に耳を傾けながら、今日のパーティーを振り返った。


 今日は楽しかったなー。最後は変な締め方になったけど、皆で集まって飲み食いするのは本当に楽しい。

 私はたっちゃんとの大食いバトルを思い返し、クスッと笑った。

 たっちゃんと張り合うなんて自分でも馬鹿な事をするなーと思う。だけどそれはそれで楽しい思い出だ。

 

 だがしかし、パーティーでの出来事を一つ一つ思い出す中で、私の心には後悔の念が残っていた。


 結局……今回もれんちーとの進展は見られなかった。


 その一点だけが私の心を曇らせる。

 私がもっと早くお酒を止めていれば、れんちーは倒れずに済んだのに。


 大好きなれんちーと付き合いたい。今はその気持ちでいっぱいだ。


 れんちーが告白しようと決意した日。私は逃げてしまった。折角れんちーが勇気を振り絞って告白したのに、私はどうしたらいいのか分からず逃げだしたのだ。


 れんちーが過去に囚われているから、私達は付き合う事が出来ないのだと思っていたが、実は私自身も気持ちの整理が出来ていなかったのだ。


 何とも滑稽な話。何とも不甲斐ない話。


 私は一体何がしたいんだ?と問いかける。

 もうこんな思いはしたくない。

 一つしか無い答えに迷うんじゃない!


 横を向くと、そこには私の肩で寝るれんちーの姿がある。


 私は思わず、ふっと自虐的に鼻で笑った。

 こんなに近くに居るのに……本当に何してるんだろうね。


 その時、れんちーがモゾモゾと動き目を覚ました。

 とにかく……後悔は後だ。今はれんちーを家に送る責務を全うしないといけない。

 私は気持ちを引き締め、泥酔状態のれんちーを家まで無事に導く事に専念することにした。

 

「し……ずく?俺は……?」

「れんちー起きた?いいよ寝てて。お家まで送っていくからさ」


 いつもとは真逆の状況だ。

 れんちーが私を守るのではなく、私がれんちーを守る状況。


 ぼんやりとした面持ちで無防備なれんちー。普段お目にかかれないれんちーの姿に、少しドキッとしてしまう。


 現在の状況を理解し始めたれんちー。

 ぐったりと覇気が無く、とても気分が悪そうである。そしてやはりというべきか。


「ごめん……吐きそう」

「すみません止めて下さい」


 お酒は飲んだこと無いから良くわからないけど、ドラマや映画でよく見る光景だ。お酒は飲み過ぎたら吐くのがセオリーである。

 れんちーの顔色からしてそうなると思った。


 運転手も分かっていたのであろう。

 素早く通りにタクシーを横付けしてドアを開けた。


 れんちーは雨が降る中外に出ると、そのままうずくまり嘔吐した。


 私も慌ててタクシーから降りてれんちーへ駆け寄る。

 れんちーは何度も吐き、苦しそうな表情を見せていた。


 ど、どうしたらいいんだろう。


 取り敢えず酔を冷ますための水を自販機で買った。水を飲めば少しは気分も良くなるかもしれないと思ったからだ。

 

「れんちー大丈夫?お水買ってきたよ。ほら、これで口を拭いて」


 れんちー辛そう……お酒をたくさん飲んだばっかりに。

 お酒って怖い。あのれんちーやたっちゃんを無力化するんだから。


 私は口元を拭くためのハンカチを手渡し、背中をさすった。


「すまん、ありがとう」


 れんちーはそう声を絞り出すと、口を拭いて水を一気飲みした。


 沢山吐いたおかげか顔色が良くなってる。これなら大丈夫そうだ。


「雨降ってるし戻ろっか」


 結構濡れちゃったな。


 タクシーの運転手には悪いと思いながらも、どうにもできないのでそのまま乗り込んだ。


 れんちーは少しは体調が回復したようだが、本調子には程遠く体がフラフラと揺れている。


「いいよ。横になっても」


 横になってたほうが少しは楽になるかもしれない。

 そんな思いで私は自身の太腿を枕にして、れんちーを横にした。


 あ、れんちーに水が垂れちゃう。


 濡れた髪から雨水が滴り落ちている。これだとれんちーの顔に掛かってしまう。

 私は髪をかきあげて雨水を払った。


 その間、れんちーはずっと私の顔を見つめ続けている。

 

 そんなに見られるとちょっと恥ずかしい。せめて何か喋ってくれい。

 普段のれんちーと違い過ぎて困惑しちゃう。

 私は耐えきれず顔をそらして、視線を外へと移した。


 その時れんちーが口を開いた。


「今日は雫の家に泊めてくれないか」


 !?

 

「え!?良いけど……」


 急なイケボ!さっきまで死にそうな声だったのに!ってか、思わずオーケーしちゃったけどいいのか私!?

 イケボにやられちまった。れんちーそれは反則じゃて。


「着替えはどうするの?」

「拓海のを貸してくれ」


 そうでしょうとも。

 着替えなんて持ってないからね。


 え!?っていうか何故急にそうなった?何故その考えに至った?


 れんちーは穏やかな表情で私を見ている。そこに深い意図は感じられない。


 いや、いいけど!全然いいけどさ!

 中学生の時は何度も泊まってたし。私の両親も全く問題なく了承してくれるだろう。


 でもなんだろうこの感じ。れんちーが泊まったのは凄く昔の事だし…………いいのかな?


 ……う、ドキドキしてきた。れんちー家に来るの?


 いつものれんちーと違うどころか別人だぞこりゃあ。でも好き。


 雨はさらに勢いを増してタクシーをノックし続ける。

 私は目的地変更をタクシー運転手に告げた。


ーーー


「やばい。結構雨強い。れんちーいける?」

「大丈夫だ」


 私達はタクシーから降りると、急いで玄関まで駆けた。


 めちゃくちゃ濡れた。

 こりゃあ帰ったら先ずは風呂だな。寒いし風引いちゃうよ。


 れんちーに体調を尋ねると、大分良くなったと返ってきた。良かった。このまま回復に向かいそうだ。


「多分皆寝てるから、出来るだけ静かにお願いね」


 もう夜の10:00を過ぎている為、家族皆寝てる頃だろう。

 弁当屋の朝は早い。早く起きるためには早く寝ないといけないのだ。最も、両親は経理の関係で夜更かしする事もあるようだが、それは私の知らない世界である。


 れんちーに注意を促した後、私はゆっくりとドアを開いた。


 案の定、家の電気は全て消灯しており、静寂が広がるばかりだ。


「ささ、どうぞ上がって。そのままお風呂場に直行ね」 


 私は廊下の電気を付けて、れんちーを家に招き入れると、そのままお風呂場に案内した。


 二人揃ってびしょ濡れである。

 取り敢えずれんちーに先入ってもらって、その後に私が入ろうかな。


「拓海の服を取ってくるからちょっと待っててね」


 私はふわモコのタオルを手に取り、濡れた顔や手足を軽く拭いた後、一度脱衣所から出て弟の部屋へと向かった。


 弟はぐっすりと寝ており、私がタンスを漁っていても起きる様子はない。


 あいつパジャマどこに置いてるんだ。あーこれかな?まぁTシャツでもいいかな。一時的なものだし、れんちーもそこまでこだわらないだろう。


 適当に見繕った服を手に持ち、出来るだけ音を立てないよう慎重に脱衣所へと引き返した。


 うー、ちょっと寒いぞこれは。早く私も入らないと風引いちゃう。

 れんちーには悪いけど素早く入ってもらおう。 


 脱衣所に戻ると、れんちーは来た時のままの体勢でじっとしていた。やはり普段とは違う様子に心配になる。


 まだお酒が抜けないのかな。可哀想なれんちー。お風呂に入ったら元に戻る事を願っているよ。


「おまたせー取ってきたよ。ここに置いとくから、れんちーから先に入っちゃってね。ごめんだけど私も寒いからなるはやで!」


 私は弟の洋服を置いて直ぐ様去ろうとした。

 寒いし早く入ってもらわないと。


 しかし突如左手が掴まれて動きを止められる。


 れんちー?


 振り返ると、れんちーが私の左手を掴みながら強い眼差しを向けていた。


「れんちーどうかした?」 


 私の問いかけに対しても、れんちーは困ってる様な、はたまた驚いてる様な表情を見せている。


 沈黙はほんの数秒だった。

 そしてれんちーは驚くほど冷静に言い放った。


「一緒にお風呂入らないか?」


ーーー


 狭い脱衣所に、雨に濡れた男女二人が立ち尽くしている。私とれんちーだ。

 四方1メートル程度の空間で、びしょ濡れの男はびしょ濡れの女の手を取りこう言った。

『一緒にお風呂入らないか?』と。


 私の辞書に“一緒にお風呂入らないか?”という言葉は存在しない。

 故に戸惑い、口から『へ?』と空気が漏れた。


「えっと……どういうこと?」


 言ってる意味が分からないので聞いてみた。


「言葉通りの意味だ」


 だそうだ。


 私は、人が物事を考える時、3つの領域を意識することが大切だと教わった。


 ①知っていると知っていること

 ②知らないと知っていること

 ③知らないことすら知らないこと


 今の私は③だ。


 そして多くの人は③があることすら知らずに生きている。

 その場合どうなるか?③が目の前に現れると否定に走ってしまうのだ。

 

 それは良くないことだと私は思う。考える事を放棄するに等しい。

 ではどうするか?


 ③を②へ、②を①へ徐々に持っていく事こそが考える、という事である。


 話しを戻そう。

 先程、今の私は③と言ったが、れんちーの言った“言葉通りの意味”をヒントにして、“一緒にお風呂に入らないか?”を咀嚼してみた。


 結果。②を通り越して①となった。

 今の私は知っている。その言葉の意味を。

 だからこそ問いたい。本質を見極める為にも。


 目に見えるものが真実とは限らない。何が本当で何が嘘か。

 れんちーは本当に目が悪いのか。

 たっちゃんよりななみんの方が強いのか。

 占いは何回やっても同じ結果が出るのか?


 真実は一つしか無い。私が求める答えも一つしか無い!


「れんちー酔いすぎじゃない?」

「俺が酔ってるかどうかは関係ない。俺の本音だ。雫と一緒にお風呂に入りたい」


 はふぅーーー!

 わ、私の求める答え……だと?

 ……つまり?

 

 私は自分でもわかるほど顔が赤くなった。思わずれんちーから顔を逸らして背を向けた。


 れれれれんちーとお風呂!?


 私は顔だけ振り返りれんちーの顔を覗き込む。

 れんちーの顔は至って真面目で、そこに嘘や冗談は感じられない。

 そして、私は思わず聞いてみた。


「タオルを……巻いて?」

「タオルは巻かない。雫の裸を見せてくれ」


 裸を見る……の?

 二人とも裸になるの?


 そりゃあそうだろう。一緒に風呂に入るんだから。裸じゃない訳がない。

 望んだ答えなのに私の気持ちが追いつかない。ど、どうしよう。

 裸になるなんてとっても恥ずかしい。流石にそれは無理だよね?


 急に否定的な考えを始めた私。

 

 そんなとき、私はれんちーに告白された時の事を思い出した。

 

 あの時、勇気を振り絞ったれんちーから逃げ出した。そんな自分が嫌で仕方がなかった。

 同じ事はしたくない。今回こそは逃げたくない。


 そして私は決意した。れんちーと一緒にお風呂に入ると!

 でもとっても恥ずかしいのは確かである。

 それでもいく!後悔はしたくない!


「私の体見てもがっかりしないでね……」


 私が言う。 


「がっかりなんてするわけないだろう」


 れんちーが答える。


 時が止まった様に動かない二人。

 そこには換気扇の音だけが響き渡っている。


「どうしよう……何だか凄く恥ずかしいね」


 私はそう言って先に服を脱ぎ始めた。

 とにかく行動しないと、気持ちが揺らいでしまうと思ったからだ。


 そして下着以外は全部脱いだ。こうも大っぴらに脱ぐのは、例えれんちーの前であろうと恥ずかしい。

 だけどここで恥ずかしがっていては次に進めない。今度は下着を脱ぐのだから。


「凄く恥ずかしいよー。次はれんちーの番だよ」


 私はまだ服を脱いでいないれんちーを促した。一人では恥ずかしい。脱ぐ時は一緒にだ。


 しかしそこである異変に気付いた。


 れんちー……どうしたの?


 目の前のれんちーは、表情が強張り、指一本動かさずに直立不動で固まっていた。

 先程までの自信に満ちたれんちーから一転、いつものれんちーに戻っているではないか。


 一目で分かった。これはれんちーだ。いつものでれんちーで間違いない。大方酒が切れて気持ちが縮小したのだろう。


 そんな……このタイミングで。


 ここからの行く末はれんちーに委ねられる。

 そしてそれは、途方もなく厳しい状況になった事を意味していた。


 れんちー怖いだろうなぁ。私だって怖いんだ。れんちーなら尚更だろう。

 

 私は無意識の内にれんちーの手を取り、自身の心臓へと押し当てた。


 少しでもれんちーの力になりたい。

 そう、私達二人で頑張るんだ。一人で頑張らなくてもいい。私もれんちーと同じなんだから。


「私はずっと待ってるから大丈夫だよ」


 私はれんちーに笑顔を向けた。

 少しでも安心出来るように。二人で一歩を踏み出すために。


 ここに来て私は体が震えだした。

 寒い……どうしてこんなに寒いんだろう。分からない。さっきまでは耐えきれたのに、急に震えが……


 それでも私には待つことしか出来ない。そして絶対に逃げ出すなよ私!


 私が自分の心と戦っている中、れんちーが突然自分の頬を殴った。容赦なく本気で。


「れんちー!?」


 驚きの声を上げる私に向けるれんちーの顔は、憑き物が取れたような清々しい顔をしていた。


「雫、ありがとう」


 ありがとうの言葉が私の耳に届いたと同時に、れんちーが動き出した。


 あ……


 あっという間だった。


 れんちーは服を全て脱ぎ捨てた。

 

 あ


 裸……れんちーの……


 私は顔が赤くなり、手で顔を隠そうとしたが、思わず視線は下の方を見てしまう。


 これがおちんちん。見てしまった。見えてしまった。というか見てる。


 凄い……生ちんだ。


 そしてれんちーは服を脱いだ勢いのまま、私を抱き寄せた。


「はわわわぁー。れんちーちょっと待って!」


 突然の抱擁に驚いて変な声が出てしまった。

 れんちーの裸に魅了されて油断していた。私も脱ぐからちょっと待ってね。


 私は一度れんちーを引き剥がすと、ブラジャーのホックを外し、肩紐を下げてそのまま下に落とした。

 次はパンツに手をかけ下へとおろした。


 すっごく恥ずかしい。脱ぐ時が一番恥ずかしい!


 しかし遂に、私達は裸になった。

 こんな日が来る事を誰が予想しただろうか。


 れんちーの全てが見えている様に、れんちーも私の全てを見ている。


 今度は私かられんちーに抱きついた。


 うああああぁぁぁ!?


 抱きついた私は思わず大声をあげそうになった。


 なにこれやばすぎる。


 素肌の密着。それは想像を絶するほど気持ちよかった。

 ぴったりと張り付いた体は二人の大事な所を押し付け合い、最高の刺激と快感をもたらした。


 安楽効果もどんどん高まっていき、ずっとこうしていたいと思わせる程に気持ちよく、私はれんちーをより強く抱きしめた。


 あぁ幸せ。


「雫は温かいな」

「れんちーの方があったかいよ」

「む、胸がが当たってるぞ」

「れんちーこそ。その……ちんちんが当たってるよ」

「お風呂に入るか」

「うん」


 私達は顔を赤らめながら手を繋ぎ、浴室に入っていった。


ーーー


 ゴーゴー


 あー凄かった。マジでやばいよね。


 私はれんちーが去っていった後の脱衣所で、一人髪を乾かしていた。


 こうして一人で居ると、さっきまでの状況がが幻だったんじゃないかと思える程に、マンマ・ミーアな出来事だった。


 しかし、私の手やお股に残ってる感触が、ほんの数分前の実体験を正確に思い出させる。


 幻なんかじゃない。そんな事はわかってる。ただ遅ればせながら驚いてるだけ。

 事実として残る記憶は、あまりにも衝撃的な内容だからだ。


 男子と裸で一緒にお風呂に入るって、どう考えてもやばいよね?

 昨日まで普通の高校生だった私には理解出来なさすぎて思考が置き去りになっている。

 

 果たしてこのまま進んでもいいのだろうか?

 急ぎすぎではないか?

 

 今、部屋に戻ったら恐らく、れんちーは告白する。そしてセックルもするだろう。


 既に思考を置き去りにしてるのに私は大丈夫なのか?


 そこに私の頭上で天使と悪魔の口論が始まった。


天使しず「怖がらないで。さぁ行って。れんちーが待ってるわ」


悪魔しず「おいおい、怖がらないでとか無責任なこと言うなよ。この先は未知の世界なんだ仕方がないだろ」


天使しず「れんちーと二人なら大丈夫。きっと乗り越えられる。あなたならやれるわ」


悪魔しず「そんな事はわかってんの。分かったうえで怖いし不安なんだよ。一緒にお風呂も入ったんだもう十分じゃないか?ってこと」


天使しず「あなたさっきから馬鹿みたいなことを馬鹿みたいに言ってますね。馬鹿は馬鹿らしくう○こ味のカレーについてだけ考えてなさい」


悪魔しず「むきー!馬鹿とはなんだ!馬鹿って言うやつが馬鹿なんだぞ!……とにかく!人間はそう簡単に不安を解消したり、恐怖を克服したりはできないんだ!逃げ道があったって別にいいだろ!」


天使しず「無駄話もここまでです。とある偉人の言葉を流用しましょう。『漠然とした不安や恐怖は害悪でしか無い』これがどういう意味かわかりますか?それとも説明してあげましようか?」


悪魔しず「……ちぇ。分かってるよそんな事は。もう少し粘るつもりだったけどなー…………はぁ、雫を頼んだよ」


天使しず「言われなくても。あなたの出る幕はありません」


 こうして天使と悪魔の口論は、天使が呆気なく勝ってしまった。


 まぁ、そうだよね。うぅー緊張する。


 そして、髪を乾かし終えた私は、脱衣所を出て部屋へと向った。

 所々ギシギシと軋む床板の上を歩み進める。


 部屋の前に到着した私は、ドアノブに手を掛けるのを一瞬躊躇する。

 大きく息を吸い込んで、雑念を吐き出した。


 ガチャ


 暗い部屋のベッドに一つの影が見える。


 外の街灯光がカーテンの隙間から差し込む室内。私は影に近付いた。


 私はベッドに腰をおろすと影に向かって声をかけた。


「れんちーおまたせ。ごめんね、遅くなって」


 …………


 あれ?反応がない。


 私の耳に小さな寝息が聴こえてきた。


 私は大きく安堵のため息を吐き出すのであった。

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