第12話 転生した雀、果敢にも告白する


それからの2週間、私たち二次審査組は都内に解放されたレッスンスタジオでダンスに明け暮れた。


想像通り、ナナちゃんの才能はここでも遺憾無く発揮される。

まず振り付けは私たちで自由に決めてよかったので、基盤のところはナナちゃんが大まかに作って私たちがあとから修正。

とはいえ、初めから出来上がったものがほとんど手直しなんて必要なくて、あとはフォーメーションをいじくるぐらい。

さすがは演出家の娘。周りがよく見えているし、誰がどんな持ち味を持っているか、どうやったら引き出せるかよくわかっていらっしゃる。

だからこそ、余計にわからないことがある。


「ナナちゃんはさ、何でセキプロのオーディション受けたの?」


休憩中、ここぞとばかりに膝を突き合わせて聞いてみた。

ちょっとだけ周囲の話し声が小さくなった気がする。

「すずちゃん。KAGUYAって知ってる?」

俯いて靴紐を結び直すナナちゃんは、逆に質問を返してくる。

「かぐや……かぐや姫、ってこと?」

「うー、由来はきっとそうだけど、違う違う。私たちが生まれる前にいた歌姫のことだよ」

そういえば、お父さんとお母さんが昔の歌番組を見ながら話していたかもしれない。

それはもう絶世の美女で、紅白歌合戦にも出場した老若男女に認知されたシンガー。

そしてー

「人気絶頂で迎えた初のTドーム公演。そのフィナーレのさなか、KAGUYAはステージから忽然と姿を消した。まさに天に昇ったかぐや姫ってね。当時はそれはもう大変な騒ぎだったんだって」



KAGUYAは数々の伝説を残した。

けれど、その幕引きはあまりにも衝撃的で、彼女が築いたどんな伝説よりも強烈なインパクトを残した。

誰もがその真相解明を望むも、結局なにも開示されることはなく、歌姫の物語は闇へと屠られた。

「KAGUYAは女優業もやっててね。私のお父さんとも仕事してたの。だから家にKAGUYAが出てるドラマのビデオとか残っててさ。小さい頃から何度も見返して、凄く綺麗でお芝居も上手で、私の憧れだったんだ」

なるほど。ナナちゃんの憧れの女優は本職歌手だったのか。

それも国民的知名度。人々に愛されるまさにアイドルというわけだ。

「セキプロのアイドルオーディションの張り紙を見た時、思わずこれだ!って思った。わたしら世代みんな知らないと思うけど、実はKAGUYAってセキプロ所属のアーティストだったんだよ」

「えっそうなの!?」

セキプロのアイドルオーディションは十数年ぶりとも聞いたが、まさか所属アーティストが失踪なんて過去を持つ事務所だったとは。

たしかにアーティストは多数在籍しているものの、けっして音楽方面に強い事務所ではなかった。でも、一連のゴタゴタのせいで一線から退いていたのだとすれば、空白の十数年の辻褄は合う。


「KAGUYAは何を思ってあんな居なくなり方をしたのか。それはきっと居なくなった本人しか知らないだ。誰もKAGUYAのすべてを理解できない。でも、あの人が立ってた場所に私も立てるかもって考えたらさ。何か見えるかもしれないじゃない?」

ナナちゃんの目が鋭い光を帯びている。

夢を追いかける少女。追いかける背中はとうに消え失せてしまったけれど、走るべき方向はわかっているんだ。

信じている。期待している。

ナナちゃんの原動力は、彼女のお父さんからの影響ではなく、魂の奥底、過ぎ去った記憶から汲み上げられた途方もない情熱なんだ。


「すずちゃんは?すずちゃんも、誰か目標があってオーディションに参加したの?」

「私は……」

すぐに浮かんだことがいる。けれど、どう説明したらいいのか上手く言葉にできなくて、体育座りのまま抱えた膝の下で指を絡ませる。

「憧れの人はいっぱい、かな。クリアエイトの唯亜ちゃんが最近の推しだけど、モモンガーとかvividとか、風呼maybeとか……あげ出したらキリがない。でも、私がアイドルになる姿、お父さんとお母さん以外に見て欲しい人がひとりいるの」

「えっなになに急に恋バナ?彼氏?片思い?」

「そっそんなんじゃないよ!強いて言えば、恩人……って感じ?ひとりぼっちの時そばにいてくれた、優しい人だったの」

生まれ変わる前、私を応援してくれた黒い翼の君。

今も生きているかすら怪しいのに、不思議とまだあの街の空を飛んでいる気がする。

だからこそ、私は幾度とめげそうになっても立ち上がれたのだ。


「……へぇいいなぁ、そういうの。私そういうのないからさ。なんだか羨ましいよ」

未来の大女優は悔しそうに頬杖をついた。

心が僅かに乱される。

その何気ないため息混じりのつぶやきが、なんだか釈然としなかった。

気がつくと色々と込み上げるものがあって、最初は触れることすら躊躇ったはずの天才の手のひらを乱暴に掴んでいた。

「ナナちゃんは勘違いしてるよ」

「どうしたのすずちゃん、怖い顔して」

「ナナちゃんを応援してる人はたくさんいるよ。ここにもひとりいるんだからね」

胸の鼓動が早い。

クラスメイトがクラスの男子に廊下で告白したのを偶然目撃したことがある。

今ならあの顔を赤らめた女の子の気持ちが痛いほどわかる。

「ナナちゃんがデビューする時は私もぜっっったい横並びでデビューするけど、記念すべきファン第一号枠は私が欲しいんだ。サインもいの一番に書いて欲しいし、握手もして欲しい!!!もちろんファンクラブに入って限定グッズもゲットしたい!!!!」

今まで隠してきたけど、ついにオタク丸出しで懇願してしまった。

だって、私にはそういうのないとか寂しいこと言うんだもん。

見聞き捨てならない。そうは問屋が卸さない、である。

「すずちゃん、それってまじ?真面目に言ってる?」

「ごめん!絶対言うつもりなかったけど抑え切れなかった私の気持ち!ごめん!大好きなんだごめん!」

「えっなんで謝るのさ」

「だってこんなの予定になくて」

「ちょっ涙目なってるよ?やめてやめて恥ずかしいってばぁ」

私が頭を深く深く下げるのに合わせて、ナナちゃんの姿勢もどんどん低くなる。ふたりして床に這いつくばり、ついには可笑しくなって大爆笑した。

「もぉう笑わせないでよぉ〜」

「だってナナちゃんが〜〜〜」


もうすぐ休憩時間が終わる。

みんなレッスンスタジオに戻っていく。その通路の片隅で、私たちの笑いがこだましている。

「ありがと。すずちゃんの嘘偽りない告白、マジで素直に嬉しい」

息を整えながら、アイドルの卵が微笑んだ。

憂いのない澄み渡った春の田園みたい。ヒバリが舞い、愛を言祝ぐ。

「私、すずちゃんに胸張れるアイドルになるよ。そんでもってゆくゆくは女優になる。ぜったい、絶対にね」


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