第1話 転生した雀、早速行動に移す
「す〜ず〜ちゃ〜ん!あ〜そびましょ〜!」
白壁の団地に、小学生の声がこだまする。
赤いランドセル。青いランドセル。ピンク、茶色、淡いパープル。
思い思いの好きを背負った女の子たちが、一階角部屋の前でどんぐりの背比べをしている。
放課後の朗らかな光景。見慣れた日常に退屈はない。
何故なら、見るものすべてがキラキラしていて、毎日が楽しいから。
この世界は誘惑だらけで、あれもこれもと欲張ってしまいそうになる。
しかし、それではだめだ。
私は後ろ髪引かれる思いで窓へと駆け寄る。
空気を肺いっぱいに吸い込んで、一思いに宣言する。
「ごめん!みんな〜〜〜!木曜日もダンスのレッスンなんだぁぁぁ〜〜!!!」
「えええ〜〜〜また〜〜〜!?」
羽山すず。
それが、人間になった私の名前。
かつてのか弱い雀の今の姿だ。
台風の日。傷ついた私が事切れる時。
その人は、どこからともなく現れた。
たぶんすごく綺麗な人だったと思う。
目が開かなくて顔はわからなかったけれど、あたたかな手のぬくもりが、心の美しさを物語っていた。
綺麗で優しいあの人は、きっと神さまだったのだろう。
神さまの手の中では体の痛みはなくなって、寒さも恐怖心も薄れて、ただただ安心して眠るように静かに生を終えた。
それだけでも救いだったのに、日頃の行いがよかったのか。
これっぽっちも思い当たる節はないけれど、見ず知らずの一羽の鳥に、神さまは惜しみなく奇跡の大盤振る舞いしてくれた。
アイドルになりたい。
強く強く願ったあの頃は今も鮮明で、記憶は途切れることなくつづいている。
「あとは貴女次第」
神さまが残した言葉が、心の奥底に響いている。
私は人間の赤ん坊として生まれてまもなく、すぐさま行動を起こした。
「ままぁ!ぱぱぁ!あい、どう!あちぃいあいどぅなうぅ〜〜〜〜!」
「あらやだうちの子もう喋り始めたわ!!!」
「まだ生後6ヶ月なのに!すごいぞ!天才だ!!!すずは将来きっと大物になるぞぉう!!!」
今にして思えばちょっとやりすぎだ。
あんな死に方をしたばっかりに、私はずいぶんと生き急いでいたのだ。
奇怪すぎる赤ちゃんの言動に周囲がドン引くことだってあり得るのに、なりふり構わずあれやこれやと望みを口にした。
でも、パパとママは驚くどころか、むしろ大喜びで私の願いを叶えてくれた。
肝のすわった両親には感謝しかない。
まだ歯も揃ってないのに、ダンスや歌のレッスンに通わせてくれた。
芸術性を磨かせるため、演劇や映画もたくさん見せてくれた。
前世の記憶が残ってる私だけれど、人間の文化に触れるのははじめてだから、全部が真新しくて、何もかもが学びになった。
それでも、やっぱり私が好きなものは変わらない。
「それじゃあ次の曲!聞いてください!私たちの大切な一曲『memorial』!」
センターの唯亜ちゃんがタイトルコールをして、ステージがしんっと静まりかえる。
ダンッダンッと印象的なビートが切り口のイントロ。
照明がピンクと青交互に入れ替わって、リズムを刻む。
中央にまとまっていた集団が、颯爽と横に広がって、ワンツーとステップを踏み始める。
会場のボルテージは最高潮に引き上がる。
不動のセンターの代表曲。
アイドルグループ『クリアエイト』の名を世に知らしめたナンバーだ。
「きゃあああ唯亜ちゃぁぁぁやっぱり可愛いよぉぉぉ!!!」
親の目も気にせず、居間のテレビの前に五体投地で転がり回る。
だって本当に可愛い。可愛すぎるのだ。
でもただ可愛いだけじゃない。
なんだあの声は、歌は、身振りは。
幼さの残る透明感、プロとして極まったエンターテイメントのセンス、未成熟と成熟の間をゆく唯一無二の人間性。
あぁ、私もこんなアイドルになりたい。
前世でもたくさんの推しはいたが、今現在の目標は彼女だ。
伊熊唯亜17歳。
15歳の時、深夜のオーディション番組でその才能を見出され、その後クリアエイト3期生としてデビュー。いきなりセンターに抜擢され、年末のファン投票も見事一位を獲得した。
みんなから愛されるアイドル。
私の憧れのアイドル。
そして、私の最大のライバルだ。
12歳になった私は、週3でダンス教室、週1でボイストレーニングに通っている。
小学校では4年生から部活動が出来るので、迷うことなく合唱部に入部した。
歌のレパートリーは大いに越したことはない。
いつしかあだ名は「ビヨンセ」とか「テイラー」とか、何故か外国人歌手ばかりが列挙した。
どうせなら日本人アイドル……しいて言えば唯亜ちゃんの名前をあげて欲しかったけれど……いや、恐れ多いのでやっぱりいいです。
そんなわけで、普段の授業を受けながらも、頭の中は歌とダンスで頭がいっぱいだ。
正直なところ勉強は苦手で、中でも算数の成績はよくない。
でも雑誌のインタビューで唯亜ちゃんは、勉強もアイドルも両立出来ていると話していた。
衝撃的すぎて、学校を休もうかと思うレベルだった。
彼女の方が私よりよっぽどハードなはずなのに。そんな情報を小耳に挟んでしまったからには、もうがむしゃらに頑張るしかない。
だから、友達の遊びも断ってしまうぐらい私はレッスンにのめり込んだ。
中学は公立だけど、ダンス部が強い学校に進学するつもりだ。
ウチはそれほど裕福な家庭ではない。
都営団地の一階、両親は共働き。
親の理解はあったし、全力で応援してくれたけれど、家計を圧迫するのは避けたかった。
私はパパとママが大好きだった。
アイドルになりたいという願いから始まった2回目の人生だけど、本当にこの人たちの家の子になれて良かったと思う。
幸せ者だ。
だからこそ、大好きな家族のためにも、私は夢を叶えたくなった。
この感情は、あの時とよく似ている。
初めて私を理解してくれた、口は悪いけど、ファンになってくれると約束してくれた君。
ひとりじゃないと気づかせてくれた、私のかけがえのない友人。
あれから幾分と時間が経ってしまって、お別れも言えなかったけれど、まだあの街にいるだろうか?
人間の私がアイドルになって、あの大型ビジョンに映し出されたら、きっとすっごく驚くだろうなぁ。
「すず。よく聞いて」
突然、ママが真剣な顔つきで、私の両の肩を掴んで抱き寄せてきた。
小学校から帰ってきて、玄関の靴を揃えてあがった矢先の出来事だ。
普段なら、まだ仕事から帰ってきていない時間なのに。
今日は私が夕飯を作る番だ。帰り道、スーパーでカレーの材料を買ってきたのだ。
どうして家にいるのだろう。
尋ねる間もなく、ママは私の背を撫でて涙を溢した。
「パパね、仕事で大怪我しちゃったの。休職してこれからリハビリを受けるのだけど、足が……いつ、治るのか、全然わからないの。もしかしたら、一生杖がないと歩けないかもしれない。だから、だからね、すず……ごめんなさい。あなた凄く一生懸命なのに、こんな……こんなのって……ママわかってるのに……」
ママが何を言いたいか、頭の良くない私だけど、流石に理解できた。
きっと相当な治療費がかかるのだ。
ウチは私のレッスン費を捻出するだけで毎月必死だった。
それをパパの治療費に当てれば、パパの足は良くなるかもしれない。
なら、迷う必要なんてない。
私は優しいパパが好き。ママが笑ってるのが好き。
みんなで幸せになろう。
家族が困ってたら、家族みんなで支え合おう。
それに、歌やダンスは自分ひとりでもやりようはあるし。夢を諦めるわけじゃない。そうそう、これは小休止にすぎないんだ。
パパの足が治ったら、また通えるかもしれない。通えなくても、まぁなんとかなるって。
だから、大丈夫だよ、ママ。そんな顔しないで。
せっかく転生したんだ。私は、これくらいじゃめげないよ。
その日を境に、私はボイトレもダンスレッスンもきっかりやめた。
中学に上がってダンス部に入っても、ほとんど幽霊部員。その分、ママが働いてる間の家事を率先して引き受けた。
休みの日は、パパのリハビリにも付き添った。
そうして、あっという間に3年の月日が経過した。
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