転生した雀、果敢にもトップアイドルを目指す!
仁江呼鳥
プロローグ
空は高かった。けれども今より、うんと近かったあの頃。
私という存在は、それはそれはとても小さな体をしていて、それはそれはごくありふれた顔つきをしていた。
粒揃いの茶色い丸っこい群れ。
もこもこしていて、体温を逃さない役目と雨風に耐えれる丈夫な羽毛のかたまり。
にょきっと生えた足は、細くて無防備で魅力的。
ぴーちくぱーちく。
今日はなにをしようか。あっちの餌場がいいらしい。
向こうにおっかない番犬がいるよ。
こんな暑い日には水たまりにダイブしよう。
みんな口々に、勝手気ままに囀っている。
私たちが生きているのは、夏はジメジメしていて、冬は凍えるほど寒い、けれども快適な寝床と豊富な餌場がある人間たちの国だった。
人間とは私たちとおんなじ2本足の、だけどとっても大きくてとっても不思議な囀りをする生き物だ。
どうしたら、そんなに複雑な囀りが出来るのだろう。
……歌?あの囀りは歌というのね!
おんなじ人間でも色が違うのはなぜ?
あのヒラヒラしたものは尾羽?でもなんだか違うみたい。
……スカート、というらしい。
若い人間たちがクルクル回ると、スカートがパァッと花開く。
きれいだなぁ。いいなぁ、楽しそうだなぁ。
私はいつもワクワクしていた。
周りのみんなは人間そっちのけで鳩と餌を取り合ったり、優雅に昼寝をしていたけれど、私だけは違った。
駅前の大型ビジョン向かいの街灯が私の特等席。
最新の曲が、ダンスが、トレンドが、瞬く間に映し出されては入れ替わる。
個性豊かに着飾って、アンニュイに項垂れたり、笑顔を振り撒く人間たちの姿に憧れる。
仕組みはわからない。
わからないけれど、この胸のうちから湧き上がる感情は止められない。
見よう見まねでステップを踏む。歌を口ずさんでみる。
上手ではないけれど、自分なりに観察して研究する。
私は目が元々よかった。
遠くの餌だって、敵だって、仲間のみんなより早く見つけることができる。
だから、素早い身のこなしで踊る人間たちを追うなんてお手のもの。
あの子の動きは。あっちの子はこう回って……
「オい、お前さっきから何やってるンだ?」
だから過信した。夢中になりすぎて、真横にカラスが来ているのに気づかなかった。
驚いて逃げようとしたら、尾羽を踏まれて顔面からずっこけた。
「待テ待テ待テ。捕っテ食わないカら。ちょっと落ち着ケって」
それは無理な話だ。
なんてったって相手は天敵中の天敵。
普段は素知らぬふりをする癖に、弱った私の仲間や雛を狙ってくる。
ずる賢くて、陰気な奴らだ。
でも、このカラスはなんだろう。どうして人間の言葉を話しているのだろう。
「ン?急に大人しくなっタな。まぁいいヤ。ここ座レよ。ちょうど暇しててナ、話相手欲しかっタんだ」
人間の言葉を話す博識なカラス。
見た目は怖いけれど、他のとは違うらしい。
それに、話し相手は私の方も欲しかった。
「アイドルになりたいダぁ???」
想いを打ち明けたらカラスに大笑いされた。
誰にも言ってなかったのに。初めて話したのに損した。
肩はないけど、肩があるあたりをがっくりと落としてしまう。
「あっ、イや、すまん笑ったりシて。そうだよな、夢ハ難しいぐらいがちょうどいい。夢を見るノはいくらでもタダだからな」
えっ難しい?私の夢は難しいの?
「エッ……あぁ、えっと、そうだナ。なかなか難しいんじゃナいか?それこそ、一度死ンで"生まれ変わる"でもしないと」
しぬ?なんで?どうして、アイドルになるために、私死なないといけないの?
「た、たとエ話だ!例え話!別に深い意味じゃナい。忘レろ忘レろ」
むむ。よくわからないが、なんだかはぐらかされてしまった。
博識なカラスは私の知らないことをたくさん知っているらしい。
もっと聞いてみたい気もするけれど、知ってはいけないような気もして躊躇われる。
それにしても、難しいのか。私の夢。
「…………悪イな。たった1羽の夢ごとキ叶えられない若輩でな」
ん?何か言った?
「あ、いヤぁ……そのォ、万が一にも、お前がアイドルになっタ時にゃ、俺がそのファン第一号てもんになっテやろう、かなと」
えっ、ファン!?本当に!?
「なれたらな!な・れ・た・ら!俺は歌とカよくわからないし、アイドルなんテもっての他だが、まぁ頑張る奴ハ……嫌いじゃないしぃ……」
それからも"スケ"と名乗るカラスさんとは、何度か交流があった。
その度に曲の流行とか振り付けとか、誰が好きで、あの子が次に来そうだの、私は思ったことをありのまま伝えた。
カラスさんは大して興味はないようだけど、嫌な顔せずそうかそうかと頷いて、私の話をきちんと聞いてくれた。
別れ際には必ず「本当にナれたらいいな」「応援してるゼ」と最初の時の反応より幾分前向きに、私にエールを送ってくれた。
自分1人だけの夢だったのに、誰か他の鳥と共有できる、後押しされるだけでこんなにも心躍るのか。
私は嬉しくて、ダンスも歌の練習も、前より熱が入った。
いつかきっとこの努力は報われる。ちっぽけな体だれけど、みなぎるパワーは人一倍だった。
妥協はしたくなくて、雨の日も風の日も、私はあの大型ビジョン前を訪れる。
ステップふたつ飛び跳ねて、歌って、回って、手を上げて決めポーズ。
ぽつぽつぽつ。町中あちこちから傘を開く音がする。
私もさすがに気がついて空を仰ぐと、大粒の雨が一斉に降り出してきた。
「速報です。超大型の台風が、関東地方にまもなく上陸します。不要不急の外出を避け、外にいる人は安全な建物の中に避難してください」
ライブ映像がニュースに切り替わった頃には、駅前広場に強風が吹き荒れ、街ゆく人たちの傘をひっくり返して行った。
あぁ、しまった。つい夢中になりすぎた。
私も慌てて飛び立ったけれど、あまりの風にうまく前に飛ぶことができない。
休み休み、木々や商店に身を隠しながら前進する。
仲間たちがいる公園のねぐらはすぐそこなのに、まるで何百キロも離れた大陸にでも向かってるみたい。
体力が奪われ、雨風に強い自慢の羽毛もびっしょりと濡れてしまった。
身震いして水滴を落としても体が重い。翼に力が入らない。
その時だ。
意を決して飛び立った直後、目の前が突然真っ暗になる。
-ギィィィガラガラガラガラ!!!
何かが崩れる凄まじい音。それは強風に煽られ剥がれた看板の崩落だった。
その一欠片が、私の翼に直撃した。
鋭い痛み。それから地面に叩きつけられた痛みが襲ってきた。
「きゃあああ!!」
「危ない!離れろ離れろ!」
人間たちが慌てて逃げてゆく。ちっぽけすぎる私には誰も気づいてないみたいだ。
もう一歩も動けない体に容赦なく雨が打ち付ける。
生還は絶望的だとすぐわかる。自然界ではほんの些細な怪我も命取りだと本能が知っている。
ああ、やだなぁ。私まだやりたいことがいっぱい……
……そうだ。カラスさん、なんて言ってたっけ?
『生まれ変わる』……そう、そうだ。もし、もしも本当に、叶うのなら……私は……
薄れゆく意識の隅で私は願った。
キラキラと満天の星空のようなステージ。
フリルのついた可愛い衣装を身にまとい、見に来てくれたみんなに手を振って、みんなのために愛を歌う。
鳴り止まない拍手。拍手。拍手。
歓声。歓声。歓声。
そこできっと私は笑っている。綻ぶほっぺとはにかむ口を手に入れて、満面の笑みで「ありがとう!」と叫んでる。
最前席には、一番最初のファンになってくれた君を呼んじゃおう。
それくらいいいよね?だって嬉しかったから。
私の晴れ姿を、とっておきを、最初にあなたに観てもらいたいから。
あぁ……なんて……素敵な………………
「一体、誰がそんなことを吹き込んだのかしら」
冷たくなった獣の体を拾い上げ、彼女はぽつりと呟いた。
「努力家さんは大好きよ。でも報われないことなんて日常茶飯事。だから、これもまた一つの結果。所詮は他愛無いただ一羽の死、そう言って片付けられるのでしょう」
落胆と哀れみに満ちた眼差しが注がれる。
彼女の瞳は、これまでどれほどの不条理を映し出してきたのか。
嵐の中にあって無風の空間に揺蕩う彼女の手の温もりの中で、それは七色に光り輝き始める。
「……なんて、そんな傲慢許せないわよね」
溌剌と彼女は否定した。
それはこの世界への反逆か、はては開き直りか。
長い年月、不変を貫いた存在がことこの時何かが弾けた。
「けど、私に出来るのは"生まれ変わらせる"まで。その先は貴女次第よ。ちいさなちいさな可愛いアイドルさん」
祈るように額を寄せると、奇跡の光が強さを増す。
嵐の中に差す一筋の光源は、まるで聖書に語られるノアが大洪水ののち、7日目に見た太陽のように眩しかった。
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