第9話 転生した雀、虎には勝てないです


やばい、なにあれなにあれ。

原石なんてもんじゃない。本物がいた。

すでに磨きがかって、あとはティアラになるだけの才能の宝石が、颯爽と我々の前に舞い降りた。

審査員はみんな彼女の歌声にうっとり聞き惚れたし、一緒の組になった女の子たちは例外なく全員が目をひん剥いた。

もちろん、私も。


一次審査、終了。

結果はすぐさま知らされた。


「51番、虎狛ナナさん」

「52番、羽山すずさん」

集められた大部屋で審査を通過した人の名前が呼ばれた。私も、そしてナナちゃんも、二次審査へコマを進めた。

「やったね!すずちゃん」

「う、うん。まずは第一関門とっぱ、かなぁ……」

ナナちゃんが手を握ってきてブンブンと振り回す。けれど、私は素直に喜ぶことができない。

彼女と私の差は歴然。天と地ほどの差。あの光の届かないマリアナ海峡の底に沈められた心地だ。

なにこれ、やだこれ。


私の混乱をよそに、次の審査内容が矢継ぎ早にレクチャーされる。

次の審査は2週間後。内容はチーム対抗のダンスバトルとのこと。

5人で課題曲を踊る。振り付けは自由。

なお、勝利チームだからといって審査を全員が通過できるわけではないらしい。

たぶん、団体行動の得意不得意とか、発言力とか行動力も考慮されるのだろう。

むかし見たオーディション番組で似たようなシチュエーションがあったので、イメージ自体は出来た。

問題は……


「私たちまた同じグループだ!やったね!すずちゃん!」

満面の宝石が眩しい。

彼女がいれば間違いなくダンスバトルは勝てる。これは予感ではなく、確信だ。

あとは彼女という輝きに埋もれず、私がどこまでやれるか。

彼女の引き立て役じゃいけない。

それではまったく意味がないのだ。



「にしたって、こんなの反則だよぉぉおう!!!」

帰り道。ナナちゃんと分かれた私は、路地裏に所狭しと並んだ自販機たちに猛抗議した。

「ううう゛ぅぅ素材が違いすぎる!なんだあの可愛さ!しかも歌めっちゃうまっ!アイドルなら確実に推してるやつだよ!あああ素直に推したいなぁ!!!」

ライバルにしたくない。相手取るとか烏滸がましいにもほどがある。

彼女のために客席でペンライトを振る方がどんなに素敵で、どんなに平和的な解決だろうか。

想像に難くないアイドル虎狛ナナの晴れ姿が目に浮かぶ。

「なんでわたし、今日のオーディション来ちゃったんだろ」

これが私の本音。人を妬むとか、絶対嫌だけど、いまこの時ばかりは自分の愚かしさを呪った。

「わたし、やっぱりダメなのかな……せっかく、せっかく人間になれたのになぁ……」

真っ赤な自販機におでこをつけ、ひとり語りかける。当然、中身を冷却する機械音と小刻みな振動しか返ってこない。

それでも、誰でもいいから聞いて欲しかった。

私の願い。私の生まれた理由。

抱えてきた決意と挫折。

ちっぽけな小鳥が掴んだ数奇な旅は、道半ばで心折れそうになっていた。


ゴトゴト……ガシャンッ



自販機が大きく揺れた。額に強い衝撃が走って、思わず後退りする。

「へっ?」

見上げると冷え冷えのサイダー缶が視界を覆っていた。わけもわからず、それを掴むと、スーツの裾がチラッと映る。

「まったく……泣くならもっと上手いことやれ。表通りまでだだ漏れだぞ?」

ぶっきらぼうな声が降ってきて、驚きのあまり溜めた涙も引っ込む。

日の当たらない路地裏に、その人の黒はよく馴染んでいた。

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