第8話 転生した雀、ライバルあらわる!


控え室はあからさまに浮き足立っていた。

社長が見に来ている。

この事実は参加者全員の士気みたいなものを高めたし、逆に言えば変に緊張感も高めてしまったとも言える。

名前を呼ばれて選考される6人が入室する。

出てきた子達の反応はさまざま。

自信満々の笑みを浮かべる子もいれば、泣き出しちゃう子もいて、一体何をされたんだろうかと気が気でなかった。


とにかく落ち着け。社長がなんだ。

社長は偉い人。でもだからってなんだ。

そりゃ、だいぶ失礼なことしたけど……しちゃったけど………ッ!

社長の特権とかで一発落第とかありうるかもしれない。

いや、それどころか業界中に私の不名誉な噂が広まったりなんかして?

想像したくなくても、最悪のビジョンが頭をよぎる。

いかんいかん、落ち着け。落ち着くんだ、私。

そうだ、カバンの中にいつも持ち歩いてる反省ノートがあるんだ。

あいてるスペースに何でもいいからポジティブな事を書きなぐったら、少しは気持ちが晴れるかも。

善は急げと、私はシャーペンを握ってとにかく楽しい事を書きだしていった。

他の子は発声練習とかしてるのに、ちょっと浮いてしまってるのは否めない。

でもまずはメンタルケアだ。

最高のパフォーマンスをするのに、今の震えた心では声も震えてしまうし、ダンスだって強張ってしまうだろう。


机に突っ伏すようにノートに向かう。背後なんて全く無防備で、だからほんの少しちょんちょんと背中を突かれただけで、思わず悲鳴を上げてしまった。

「あっごめん。そんな驚くなんて思わんくて」

振り向くと驚くくらい愛らしい女の子がいた。

可愛い女の子は好物だ、なんて言ったら変態かな。

でもアイドルの卵たちはみんな可愛らしくて、どうしてもファン目線の私は自分から声をかけるのを躊躇っていた。

だからこうやって話しかけてくれるのは心底ありがたい。

「えっと、その、緊張をほぐすために楽しい事書こうかなって……」

「あー!なるほど!そうだよね、急に社長さん来るんだもん。私もすっごく驚いたよ!」

虎狛ナナちゃん。私と同い年のアイドル志望。よくよく聞けば、このグループ審査で一緒になるひとりだった。

彼女はとにかく明るくて、ハキハキとよく喋る。

事務所には所属はしてないけど、彼女のお父さんが劇団関係の人らしく、演技指導やダンスを学んだそうだ。

「羨ましいなぁ。私も昔はレッスンつけてもらってたんだけど、最近は自己流で……」

「いやいや、私だって大して変わらないよ。私のパパ仕事忙しくってさ。最後に稽古つけてくれたのなんて、もう2年ぐらい前。地方飛び回ってて娘の稽古どころじゃないんだよ」

「ふへぇ〜そうなんだ。芸能一家ってなんだか大変だね」

サラリーマン家庭で育った私には、想像すら出来ない世界だ。

親の力。もちろん、私の両親はアイドルを目指す私を応援してくれているけれど、アドバイスをくれることはない。

もしも身近に芸能にコネクションのある人がいてくれたら、アイドルになる近道かも?なんて淡い期待ぐらいしたことはある。でも、現実問題そうでもないらしい。

「実は今日のオーディション、パパには内緒なの。もちろんママには許可貰ってるんだけど、なんというか、私の夢、パパには話しずらくて」

「えっなんで?お父さん、応援してくれないの?」

「どうだろなぁ〜。パパはあんまりアイドルにいい印象ないみたいだからさぁ。あとあと怒られそう……まぁ受かるかまだわからないけどね!ははっ」

複雑な家族関係なのかな。

赤の他人だけど、同じくアイドルを目指す同志としては気にかかる話だ。

ここで出会ったのも何かの縁。

というか、もしもオーディションに合格したら同じグループのメンバーになるかもしれない子だ。

私、そしておそらく彼女も、いつしか運命共同体みたいな心地になっていた。

お互いに発声練習や準備運動を手伝った。ここはこうした方がいいかもとか、アドバイスを送りあって、それアリかも!と共感したところもあって……


和気藹々としながらも高め合って過ごしているうちに、気づけば私たちの審査の番になっていた。


「それでは、ひとりずつ名前を言ってから、アピールをしてください。歌でもいいですし、ダンスでも構いません。構成は皆さんにお任せします」

審査員の男の人がアナウンスすると、左端の女の子から順番に前に出た。

ちなみに、私はナナちゃんの次、組の一番最後。

なかなかに緊張するやつだ。


視界の端に、麗子社長の姿がある(その隣に三郎さんも)。

特別審査員というだけあって、席は他の審査員からずいぶん離れていた。

正面ではなく、横側。まるで保護者席みたいな不思議な位置どりだ。

ちらっと見たつもりだったが、またしても目があってしまって、茶化すように手を振られる。

顔が火を吹きそうなくらい熱い。たぶん耳の先まで真っ赤に違いない。

なんとか抑えなきゃ。冷静に。頭をクールに。冴え渡らせて……


「それでは次、51番、虎狛ナナさん。お願いします」


ハッとして振り向けば、いつのまにか盟友のところにまで順番が回ってきていた。

ナナちゃんは凛と澄んだ声で「はい!」と言って立ち上がる。

背筋がぴんとしてかっこいい。さすが、演技の勉強をしているだけある。なんだか大人みたいな貫禄があるし、人気者の風格も感じさせる。

"生まれ持ったスター性"。

そういえば、すっかり聞きそびれていたけど、彼女のお父さんって一体どこの劇団の人なのかな。

まさか、日本屈指の演劇集団『春夏秋冬』だったりして。

俳優さん?美術さん?それとも音響さん?

演出家の名前は国内外で有名で、すごく珍しい苗字だった気がする。



記憶を辿ると同時に、ゾクっと寒気を覚えた。

別に風邪を引いたわけじゃない。

今日の体調は完璧。万全を期して1週間前から仕上げてきてる。

だのに、ナナちゃんが、息を吸って、川のせせらぎみたいに歌を奏でた途端。


私は美しいものを目撃した。

観たことのない未来を予感した。

喝采と称賛。

センターマイクを握りしめたナナちゃんが、ステージの上でスポットライトを浴びている。

アイドルの頂点。

なるべくしてそこに至る、選ばれし強者の背中が、私の前に大きく立ち塞がった。

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