第10話 転生した雀、めげてなるものか!


「えっ、三郎さん?どうしてここに……」

オーディション会場から離れた路上。

それもこんな室外機やら飲食店のダクトが外壁から飛び出た、お世辞にも煌めかないところに。

その人はごく自然に佇んでいた。

「おじさん呼びを正したのはいいが、下の名前できたか。俺は構わないけど、やっぱ神経図太いよな、君」

そう言って、また自販機をポチり。落ちてきたカフェオレ缶をプシュッと開けた。

人気男性アイドルがCM起用されて話題のやつ。どうやら結構な甘党らしい。

「まぁ、その図太さが今回の一次審査の勝因なんだが。ウチの会社の奴ら言ってたぜ。演出家・虎狛達也の一人娘、天才子役・虎狛ナナの後で、あのポテンシャルは評価できるってな」

「えっ」

思いがけないセリフに、サイダーが手から滑り落ちそうになる。寸前のところでキャッチした勢いそのままに、私は三郎さんに詰め寄った。

「あのっ!それって……私の歌が……!」

「あぁ、歌はなんとも平凡だったな」


ヒィーーーツ

私の心がヒヨドリのように戦慄く。

大人は容赦がなかった。私の一番嫌いな感想を、一切濁すことなく、息をするみたいに吐いた。

「これと言って悪いところはないし、キーも外れてはいない。なのに、どうしてか"響かない"。まぁ横にいたのが舞台女優だからな。それが余計に浮き彫りになって、だから平凡。平均点ってところだ」

グサッグサグサッ

「はうっ……はぁぁぁ」

心を滅多刺しにされる。それ以上聞きたくない。わかってる。自分が一番知ってるんだ。

ナナちゃんの声量は凄まじい。なのに繊細な音色の強弱を操り、感情を揺さぶる恍惚とした表情が観る者を華麗に射抜く。

披露したのがミュージカル楽曲だったから尚更だ。彼女の得意分野。

文字通り、彼女の独壇場だった。

「いやしかし、君も君だ。まさかアレに、アンサーソングで挑むとはな」

苦笑する三郎さんは、呆れた様子だ。

私もどうかしていたと思う。

一次審査、用意していた別の歌があった。でもこれじゃ勝てないと思った。いや、何をしても私の技術でナナちゃんを上回るのは困難だ。

だから、私は方向性を変えた。魅せるアピールポイントを、パーソナルからパブリックへ。

すなわち、ミュージカル楽曲。それも彼女が歌った曲に返答する、愛と勇気のアンサーソング。


「はったりかもしれないが、君のエンターテイメント性はたしかに評価された。アイドルっていう娯楽は、まず人の心を掴まなければ始まらない。君は、それをはなから理解し、観客である我々にショーを観せたわけだ。いいんじゃないか。そういうのも、ある種の武器だ」

私が審査を通った理由。

純粋な力比べとはいかなかったけれど、私の機転は大人を動かすにあたる価値ある行動だったらしい。

それは素直に嬉しい。悲観的になっていたけど、ちょっとだけ自分を褒めてもいい気がした。

「とはいえ、こちらも遊びでやってるわけじゃない。ふるいにかけて、違うと思えば問答無用で落としていく。大変なのはこれからだろうさ」

「うっ……ですよねぇ……」

結局のところ、やばいのは変わらない。課題は山積みで、地道にこなすにはあまりに足りない2週間という期限つき。

地獄だ。やっぱりこのオーディション、地獄だ。

「と、まぁ色々言ったが、今日の俺はあくまで社長の運転手役なんでな。審査には全く関わってないので、あくまでただの感想だ」

「え……かか、わ、っえええー!」

なんだそれ。ちょっとぐらい噛んでるんじゃないの?じゃあ、いままでの説教とも激励とも取れるやり取りはなんだったのか。

てか、なんでここにいるのさ、貴方。


「何が『えええー!』だ。当たり前だろ。たったひとりの、それも凡人相手に目をかける審査員があるかよ。外野だから出来るんだ。外野だからな」

念を押して三郎さんは二度も言う。

尚更、なんでここにいるのかわからない。

私を揶揄いに来たのか。だとしたらタチが悪い。好感なんて持って損した。大嫌いになりそうだ。


カランカラン。

空き缶をゴミ箱にアンダースローで投げ入れると、ボーリングみたいに中で弾けた。

ガッツポーズする大人は心底嬉しそうだけど、私はちっとも愉快じゃない。

でもサイダーは貰っておく。さっきから喉がカラカラだ。


「次の審査、もっといいもの見せてくれよ」

去り際に大きな背中がつぶやいた。

闇から光へ向かう人。逆光となってシルエットだけになった三郎さんが、雑踏の中に消えていく。


「君の歌は響かない。けれど、君の歌には"未来"がある。未来があれば、道はいかようにでも切り開かれるはずだ」

詩人みたいな言い回しが、私には上手く飲み込めない。

切り開いた先に未来があるのではないのか?私の歌に未来がある?どういうことだろうか?

「今日だって、君がその歌で切り開いたんだろう。せっかくこじ開けた道を、このまま呆気なく閉じてしまって、君はこの先の人生、後悔しないのか?」

「……後悔……」

嫌だ。

悔いを残すなんて、嫌。

そんなの、そんなもの"前世"だけでもう沢山だ。



……あれっ?なんだ、簡単じゃないか。

何を悩む必要があったんだ。高い壁だろうと全力で立ち向かう。このオーディションを最後まで勝ち抜く。

それだけじゃない。

人に愛してもらえるように。

人に愛を伝えられるように。

認めてもらえるまで。いつかの君に見つけてもらえるまで。


私は絶対負けない。そして、人生を目一杯楽しみたい。

なぜなら私は、アイドルになるために、この世に再び生まれてきたのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る