第21話 後の祭り


「げほっがはっ、えっ何?なんだって?」

さらっと、何か重大な事実を告げられたのではないか。少女と男が恐る恐る目配せする。

対して女神は楽観的で、4杯目のビールに手をつけ始めていた。

「あれぇ?もしかして鳥だから鶏肉苦手だったりした?いくら転生者だとしても食の好みまで引き摺らないと思ったのだけど……ムゥ、この美味さがわからないとは、人生それこそ大損よぉ?」

「まてまてまて、待て、麗子。いま、なんて言った?……てんせい?お前、転生って言ったのか?」

カラスが声を顰めて問いただす。もちろん隣の少女には丸聞こえであるが、いかんせん彼の立場上、神は絶対で秘匿が常だ。

しかし、その考慮も酔い心地の女神の前ではまるで無駄だった。

「ん?そうよ?私が、彼女を転生させたの。だって、アイドルに憧れて毎日頑張ってたのよ?だのに嵐の日にたった一羽で死にかけてて、こんなの悲しすぎるじゃないの」

「はぁぁぁ〜〜〜〜〜????」

もはや立場うんぬんどうでもよくなる。人目を憚らず、今度こそ男は天を仰いで悲鳴をあげた。

「嘘だろ……おいおいついに頭のネジ吹っ飛んだか?私欲にも程があるだろ、それは!」

「なによ今更。私たちはいついかなる時代も不遜なんですぅ。やりたいように奇跡は起こすし、嫌だと思ったら問答無用で天罰だってくだすのよ」

「かみさま」

「!」

一音一音、確かめるように雀が鳴く。

彼女にとってそれは福音だった。

救済の啓示を受けた乙女が、羨望の眼差しを向ける。

「本当に……あの時のあの手は、麗子社長なんですか……?」

「ふっふっふっ……驚いてるわねー。崇め奉ってるわねー。そうよ、この私こそが!何を隠そう世の可愛い女の子たちの味方!セキレイ少納ご……」

「ありがとうございます!!!」

狭い半個室席。

深々と下げた頭がテーブルに当たってしまう。

とにかく無我夢中だった。

「ずっとお礼が言いたかったんです。人間に生まれ変わらせてくれて、素敵なパパとママに出会わせてくれて……!私ほんっとうに今幸せで、幸せすぎてバチが当たるんじゃないかってぐらい胸がいっぱいで……」

「お、おぉ、そんなに感謝されるとは……さすがの私も照れちゃうなぁ」

これには不遜な神も柄にもなく畏まった。

施しても何も返ってこないなんてザラだった。これほどストレートに対面で感謝を伝えられたのは、意外にもこれが初めての経験だった。

「麗子。マジなんだな」

ふたりのやりとりで真偽は明らかになった。しかし、三郎はまだ信じられない。

「鳥一羽を人間にする。俺にはよくわからない。何でそこまでした。というか、そんなことして何ともないのか?体に負荷は?どっかしらで無茶をしたんじゃないのか?」

「……貴方がそれを言うの?」

「は?」

酷く冷めた目つきで睨まれ、三郎は不本意だった。しかしながら、神の方も不服なので全く譲る気はない。

「なんでもなーい。三郎なんてだいっきらーい」

「はぁ??どういうことだよ」

当然の反応ではある。

彼には記憶がない。前世のすずには会った覚えがない。今世が初対面だと認識している。

もどかしく思いつつ、かといって身に覚えのない罪に彼をこれ以上巻き込む気もなかった。

ゆえにこれは自己満でしかないのだ。我ながら滑稽なことだと、女神は自嘲した。

「兎にも角にも、芸能の神でもある麗子様には奇跡を起こすだけの力があり、アイドル志望の雀は人間になれたのでした!めでたしめでたし〜〜〜☆」

「うぉい!なんかいい感じにまとめるなぁ!」

「えっと……私は……」

「すずちゃん好きなもの頼んじゃいなさい。今日は三郎の奢りよ!」

「なんでだよ!!!」




「それはそうと、三郎。貴方には今後彼女のマネージャー兼プロデュース任せるけど、何かプランは持ってるのかしら?」

「う゛っ」

宴もたけなわ。

結局ここは社長の奢りとなりことなきを得た三郎だったが、6杯目のビールに口をつけながら社長はジャブを繰り出す。

隣のアイドル研修生と目が合う。すっかり慣れてきた様子で焼き鳥串を頬張っている。


「いきなり無茶苦茶な。今日決まったばかりなんだぞ。そんなもの、これから考えるに決まってるだろ」

「ちょっとぉ。私には散々文句言って自分は何もなしぃ?」

「いや、何で俺が怒られてる流れに?」

「下積みはキッチリこなさないと。彼女のためにならないんだから、貴方もそのつもりでいなさい。それと、せっかく研究生制度を作ったんだから、もう少し人数を増やしたいわね。そっちのほうも貴方に任せるわ」

「そしてまた仕事が増えたんだがぁぁ……」

こうなると上司を問い詰めるどころではない。

責任ある大人として、預かるアイドルの卵たちと向き合わねばならない。

これまでも馬車馬のように働いてきたが、今後はそれ以上の困難が待ち受けている。予感ではなく、確定された未来だ。


「だーいじょうぶ!研究生候補なら目星はつけてあるから!まずはそこを当たってみるのがいいわ!」

などとまた調子のいいことを言う、と三郎は思った。

思ったと同時に、はてと疑念がよぎった。

「目星って、アンタいつの間にそんなもの……」

多忙極める女社長。どこにそんな余裕があったのか。四六時中供をする部下としては甚だ疑問だ。

寝る間を惜しんで裏で手を回したのか。最近スマホを散々いじり回してたのはこの為か。

しかし、神に道理は通じない。


答えはいつだって予想の斜め上を貫通していく。


「ふふん。まぁこれは気まぐれというか、勢いだったんだけどぉ、実は。みんな素人だけど粒揃いの可愛さだから、結構イケると思うのよぉ〜」

ジョッキは泡だけ残して空になる。

まっさらになった卓上に、唯一残された手羽先の骨が鹿おどしが如くコトンと傾く。

「私以外にも?」

「人間にした?」

「うん、4羽をね」

「「よんんんんんん???」」

今度はふたりで悲鳴をあげる。

予期しない事態が起こり過ぎていた。神の奇跡は一度ならず五度も繰り返されていた。

驚愕の事実に、すずも三郎も腰を抜かしたが、その意味はお互い全く異なる。

「私に、仲間が……?」

「……嫌だ……また問題増えた……もうやだ……」

希望と絶望。両極端の人間を酒のつまみに、神は7杯目のジョッキに手を伸ばす。

「よし、これで次章のテーマは決まったわね!『転生した雀、果敢にもトップアイドルを目指す!〜あらたなる転生者編〜』は近日公開!乞うご期待よ☆」

「麗子社長、誰に話してるんですか?」

「ふふふ。エンターテイメントなんだもの。宣伝は肝中の肝なのよ♡」


遥かどこかの向こう側の、貴方に向けて私はウインクする。

神はいつ何時だって不遜なのです。

気まぐれに、貴方の日常に踏み込むのも訳がないのです。


それでは、今宵はここまで。

きっとまたお会いしましょうね。


あでゅー!

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転生した雀、果敢にもトップアイドルを目指す! 仁江呼鳥 @inishie_kotori

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