第20話 神々の祝賀祭


「それでは皆の衆〜☆アイドル研究生として弊社所属となりました、羽山すずちゃんの益々の活躍とこれからの成長を祈ってぇ〜乾杯ぃ〜〜〜!!」

「か、かんぱーい!」

「……乾杯」

大衆居酒屋の一角、いわゆる半個室席に押し込められる形で、3人は向かいあっていた。

ウーロン茶を両手で握りしめ、ドギマギしならストローを咥える元すずめの少女。

その隣にはワイシャツ姿の元八咫烏のマネージャー。

対面にふたりがけの座敷を占領し、生ジョッキを一気に飲み干すセキレイ、もといセキプロ女社長。

中身は鳥しかいなかった。そんな三者が名物の焼き鳥串を前に膝を突き合わせている。

炭焼きの香りが鼻腔をくすぐる。肉の脂身がぷちぷちと踊り狂う。

山ほど積み重なった鶏肉の中から、麗子はセセリをチョイスして口に放り込む。

「あぁ〜〜〜やっぱり仕事の後はビールと焼き鳥ねぇ〜〜〜なんとも罪深い味だわぁ〜〜〜〜」

「……鳥ジョークか?」

困惑しながらも、きっちりツッコミは入れておく三郎。

異様な状況だ。しかし、こんな時こそペースを乱されてはいけない。

ひとつ咳払い。

関係ないと一蹴されたとしても、元神としてカラスはなんとしても問いたださねばならかった。

「社長、あなたには聞かないとならんことが山ほど……」

「あれぇーすずちゃん食欲ない?全然箸進んでないぞぉう?」

縮こまる少女を気遣う社長はすでに出来上がってた。

普段から自らを酒豪と紹介していたが、どうやら酒の回りは早いらしい。

酒の席に慣れていない子供には酷だろと三郎が白い目を向ける。

「あぁ、いえ。その、何が何だかまだよくわからなくて……」

言う通り、羽山すずは物凄く混乱していた。

オーディションでは散々な酷評に打ちのめされた。アイドルにはなれない。そのはずだった。

しかし、終わりの頃の記憶が妙に曖昧で気づけば居酒屋。知らぬ間に研究生という待遇。

自分のための歓迎会と言われても、いまいち実感が湧かない。

三郎と違って予備知識のない彼女は、それこそ神隠しにでもあった心地だ。


「あーそうねぇ。無理もないわよねぇ。うん。でも安心して。なんてったってウチの三郎がプロデュースするって言うんだから、これはもう百人力よ!どーんと大船に乗ったつもりで任せちゃいなさい☆」

「三郎さんが……」

曖昧ながら、その記憶は強烈に残ってる。

舞台まで駆け上がってきた大きな背広姿。隣を向けば、あの時の顔がすぐそこにある。

「プロデューサーさん?」

「!……あっ、あれは、コイツの態度があんまりにもムカついてだな……」

「おんやぁ???男に二言はなしでしょ。万が一にも前言撤回とか言ったら私、貴方を絞め殺すからね♡」

「言わねーわ!大人として、覚悟を持っての発言だわ!あと絞め殺すとか物騒だからやめろ、冗談に聞こえないんだよ、アンタの場合ぃ!」

と、あらかたなんちゃって夫婦漫才をかましたあと、はとして少女の方を観た。

彼女は借りてきた猫みたいに相変わらず縮こまってるが、普段通りに見える。

「すまん、煩くなかったか?」

「えっ、あぁ、あれ、そういえば……なんともないです。なんか大丈夫みたいです!」

音に耐性がない。

などと、女社長は指摘して彼女をオーディションで落としたから、てっきりコレもアウトかと懸念した。

2杯目のビールを飲み干した吐息が漏れる。

「ふふふ。見つめ合っちゃってぇ、可愛いわねぇ貴方たちぃ。あっおかわりくださーい」

「ちょっまだ10分も経ってないぞ。アンタには酔い潰れる前に聞かないといけないことがあるんだ。そんなハイペースに飲むんじゃない」

「えーーーいいじゃないぃ最近めっきり飲み会なんてやってなかったんだからぁ。今日くらいは無礼講といこうじゃないのぉ」

「アンタはいつでも無礼講だろ。今日くらいは俺の話を真面目に聞いてくれ」

「あのぉ……」

隣で謙虚に手が上がる。

物言いたげな少女に、大人たちはすっと我に返り態度を改める。

「私も、実は麗子社長に聞きたいことがあって……」

「ん?私に?なになに?可愛い貴女の質問なら何でも答えちゃうわよ」

「えぇぇ俺と態度ちがう……」

愕然とする部下を尻目に、麗子はすずと真正面に向かい合う。

先ほどの冷酷無慈悲な選定者と同一人物とは思えない微笑みは、まさに仏のように尊大。

何を言っても許しましょう、と言わんばかりの大らかさが滲み出る。

すずは意を決して口を開く。

「今日は色々あって、正直あんまり飲み込めてないことばかりなんですけど、その……ほかのみんな……LittleStarsはちゃんとデビュー出来るんでしょうか?」

「!」

仏の目が見開かれる。隣のカラスも目を丸くしていた。

「……あぁ、あははっ……そうか。そうよね。そりゃ心配よね、うんうん」

考えてみれば、なんとも彼女らしい疑問だった。

仲間を気遣える素敵な少女に、ほろ酔い気分の麗子は心洗われた。

「……大丈夫よ。あの子たちは社の威信をかけてちゃんとデビューさせる。約束するわ」

「……本当ですか!よかった……気づいたら4人ともいなくなっちゃってたから……あぁ、よかったぁ。本当によかったぁ」

「これから事務所もおんなじなんだし、なんなら社内でまた会えるわよ。今日はみんな……えーっと、親御さんが迎えに来てしまったから先に帰してしまったのだけど……いやぁ!とっても残念ねぇー!」

「だいぶ強引に辻褄合わせたなぁ」

「そうだったんだ……なんだか私後半記憶がなくて……今度ちゃんと話してみます。ありがとうございます!」

「そして君はこの雑な説明で納得するんだな」

不貞腐れながら癖でツッコむ三郎。

先ほどまで徹底的に問い詰めるつもりでいたのに、女子のほっこりトークモードに水を差すのが億劫になってきた。

とりあえず、手近のなんこつをポリポリ貪り食しつつ機を図ることにする。


「それはそうと、今度は貴女の話をしなくちゃね。実のところ研究生制度は当社では初めての試みだから、結構試験的なスケジュール調整もあると思うの。それは理解してくれる?」

「試験的……わ、わかりました。がんばります!」

「詳しくは日を改めてまた打ち合わせするつもりだけど、まぁ当面の問題は学校のことかしらねぇ。学業に影響したらご両親も心配するでしょう……」

「そ、そうですね……でも、学費は奨学金を使ったりしてて、もしセキプロで働けるのであれば、学校は……」

「すずちゃん、それはダメ。いくら義務教育終わってたとしても、人生一度きりの女子高生よ。リアル学生服よ」

唐突に鼻息を荒くして、女社長は主張する。おもむろに握られた手は、こたつの中のようにじんわり熱い。

「なんならお金の工面も考えるわ。給与の前払いも特例として認めてもいいわ」

「えええ!いや、それはいくらなんでも!」

「いいの。これは夢を追いかける女の子への先行投資なんだから。学校へは行きなさい。そして思う存分青春を謳歌しなさい」

「あ……あの、なんだか私、社長にもらってばかりで、どうしたらいいのか……」

願ったりの甘言ばかり。嬉しくないわけがないが、赤の他人からの好意がこうも手厚いと逆に萎縮する。

世の中には仏様みたいな人間が本当に存在する。

前世で救ってくれた神様もそうだった。

あの指先は、今握っている社長の手になんだかとてもよく似ている気がした。

「あ、でもその代わり……」

絡んだ指をほどき、女社長は嬉々と嗤った。

「今後は貴女をアイドル研究生としてみっちりしごくからね?ちゃーんと成長していかないと、今度こそ落っことしちゃうかもしれないから、覚悟、してね♡」

「へっ?」

安堵したのも束の間。雇用主たる最高権力者が突然怖いことを言う。

経営のプロとしての目利き、感触、言祝ぎ。どれも誠として成立するし嘘にも成り変わる。

それがセキプロ女社長、関麗子という人物。時に寛容に閃き、時に我が道を押し通す無類の独裁者。

その洗礼を浴びた一羽のすずめはガクブルが止まらない。

「おい。びびらせすぎだ」

これには成り行きを見守っていたお目付役が割って入る。

「あれれ?やり過ぎたぁ?んんんーーーお酒が美味しいからついーーー」

「はぁ、変な絡み方やめとけよ。後々接しにくくなるだろう」

「むぅー。そうねぇ、お仕事は円滑に。アイドルはスマイル100万点だものねぇ」

言いつつ、肉の山からおもむろにぼんじりをヒョイと拾い上げる。

社長の大好物だった。お詫びと仲直りのしるしにとばかりに少女の口元に運ぶと、彼女は益々困った表情を浮かべた。

女神はふふっと吹き出す。

「何はともあれ、ここまでは来れたのは貴女の努力の賜物よ。そこは誇っていいわ。本当によく頑張ったわねぇ」

「え……あ、ありがとう、ございます……?」

唐突な賞賛とともに口を開けるよう催促されて、少女はとうとう肉にかぶりつく。

脂の濃さに舌は驚き、柔らかい肉は噛めば噛むほど脂を滴らせた。

唇についたタレを拭ってやる。雛鳥への給餌を彷彿とさせて、忘れかけていた母性をくすぐった。


「結局のところ、私は何も出来ないのよ。力を貸してもすべては本人次第。結実しないことだってザラにある。だから、ちゃんと真っ直ぐ育ってくれて心底安心したのよ。うんうん、生みの母として私も鼻高々だわぁ」

「はぁ……生みの……、ん?母?」


それは、突如食らった豆鉄砲。

あるいは、手品の仕掛けから飛び出したギンバトの羽ばたき。

すずの思考が一時停止する。それは隣の背広も同様で、飲みかけたビールを盛大に吹き出していた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る